秋の暮と渡り鳥
――この日も、何時もの通り厳正林で調合材料を探していたクルシェイド・ヴィスタークは、遠くから……そう、最果ての町の北にある原生林に囲まれた湖『セクレット・レイク』から吹く風の音色に混じり、不思議な笛と弦の音、そして何かの聲らしい物を耳にした。その謎の聲に導かれるように湖畔へ、一歩、又一歩と歩んで行く。その聲は、歌声であり歓声であり、人々の笑い声であった。
クルシェイドの視界には、古代エルフと呼ばれる者達が篝火を囲み、今年の実りの喜びを、感謝を示した収穫祭の真っ最中のようで……皆、愉しんでいるようだ。
普段は、静謐で護られた見慣れた森と湖。それが今宵ばかりは、無礼講と謂わんばかりの勢いで、見慣れぬ明りが辺りを灯し、様々な楽器で彩られた音楽が此処に満ち、踊りの輪は妖精達が舞い踊る様は、別世界のような輝きを放つ。
クルシェイドは人が苦手と謂うこともあるが、それ以上近寄らずに湖畔を臨む切り株に腰を下ろして、幻想的な光景を己がペースで愉しむのだった。
其処に、そっと彼女らの1人が差し出す多彩な果実の香り溢れる芳醇な果実酒と、焼かれたばかりの温かい焼き栗を笑顔で差し出される。
クルシェイドが、その杯を受け取り、豊かな甘い溢れる酒に、栗の香ばしさに、思わず口角が上がり、自然と口元が緩んでしまう。
脇から|謎の使い魔《カーバンクル》が「自分の分は?」と顔を出して自己主張を続けるのだ。根負けしたクルシェイドは、
「――仕方ない」
――と、彼と使い魔しか分からない言葉で、軽口を交わしていくが、それを気に留める者は誰もいない。
今は、この素晴らしい歌や篝火で彩られた幻想的で、灯篭が反射して揺れる美しい水面をただ一人の観客のように、クルシェイドの心と謂う世界に刻み付ける。
(……なるほど、別の√の現在に紛れ込んだか)
何時もの場所ならこんなことは決して起きない。だからこそ確信できるのだが、今は時代やルートなどと謂う細かな事を気にするつもりはなかった。
今、感じているこの夜が、とても特別であることには、変わらないのだから――。
一晩は愉しむつもりでいたクルシェイドだったが、いつの間にかに寝落ちてしまったようで、すっかり夜は明けている。
もう何処にも祭りの痕跡は欠片も残っていない。――けれど、クルシェイドの胸の奥には、確かな|余韻《モノ》が残っているのだ。
「……まあ、こんな日も悪くないな」
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功