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水底から見た光

#√汎神解剖機関 #ノベル

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●解剖のち昔話
 響く悲鳴。切り刻まれる身体。
 痛みに顔が歪み、更なる苦悶の声があがる。
 刑の執行を待つだけだった|死刑囚《彼》は今、死よりも酷い状況にあった。
「動かないでくださいね、手元が狂いますから」
「……! ……!!」
 かけられた声に対して彼は答えられなかった。何故なら、先程から自分を解剖している青年――洸がメスで胸の肉を切り裂いたからだ。
 男の腹部は既に切られており、本来ならば見えてはいけない部分が開いたままになっていた。痛みは麻酔で消されているが、意識や感覚だけは残っている。
 途中からは叫んでも声が出ないようにされた。それゆえに彼は声にならぬ声で悲鳴を紡ぎ、拘束された身体の反応だけで抵抗している状態だ。
 ――どうしてこんなことになったのか。
 男が胸中で自問しても答えは出ない。
 健康な死刑囚だったから、という正解を知っているのは洸だけ。選ばれた男は秘密裏に洸の自宅の地下に移送され、研究のために解剖されることになった。それは犯した罪に対しての罰などではなく、洸の研究のため。ただそれだけだ。
「やはり健康体はいいですね」
「……、…………」
 男は徐々に反応を示さなくなってきた。
 そのことに気付いた洸は首を傾げてから、はたと気付く。
「退屈になったのですね。では、ひとつ昔話を聞かせてあげましょう」
 静かな笑みを浮かべた洸は双眸を細めた。
 昔語りをするのは気紛れ。メスを動かし続ける洸はそっと口を開き、そして――。
 |怨霊《洸》は語ってゆく。
 己が如何にして生まれ、何を経て今の自分に成ったのかを。

●生誕と邂逅
 最初の記憶。それは揺らめく水底の景色と、頭上に見えた光。
 意識が覚醒した時、自分は深い泉の中にいるのだと気付いた。そして、思う。
 ――なぜ自分なのか。こんな|終わり《始まり》は許さない。
 生まれた時には死んでいた。
 理不尽な現実に憤り、気付けば生への執着が心を占めていた。
 水底は濁っている部分もあったが、透き通った箇所もある。自分の姿を確かめようとして、透明な水の方に泳いでいく。
 まず見えたのは、すらりとした手。
 人のような足はなく、魚のような尾鰭があった。背には鰭と一緒に蠢く触手が何本も生えている。他者が見れば悍ましいと表現するほどのものだった。
 だが、鱗だけは宝石のような青色をしていた。鱗は光を反射すれば輝くのだが、普段は妙に黒ずんでいる。
 人魚擬きの幽霊、或いは怨霊。それが当時の姿だった。
 怨霊は、このままでは淀みの底に沈んだままでしかないと感じていた。それゆえに昏い底から見上げた水面の揺らぎと光に手を伸ばし、上へと泳いだ。
 水から上がった際、感じたのは怪異の気配。
 人魂めいた形をした光の塊を見た時、喰らいたいと思った。
「――お前の生気を私に寄越せ」
 そこからどうやって光を喰らったのかは曖昧だ。飢えていたから食べた。そんな生存本能に従い、怪異を捕らえて生気を奪った。
 己の中にある|何か《神霊》の影響だとわかったが、衝動に逆らう気はない。
 それからは怪異を見つけては片っ端から喰らった。
 小動物のような愛らしい怪異、おどろおどろしい姿をした霧めいた怪異。そういった弱いものから始まり、徐々に喰らう対象を大きくしていった。
 狸や狐の化け怪異、獰猛な狼や、悪知恵を持った猿の怪異。やがて、人の形をした怪異まで喰らえるようになった。
 それに比例するように力が蓄えられていく気がしていた。
 いつしか標的としての興味は、怪異ではなく人間へ移り変わる。
 時折、泉の近くを通る者――脆弱な人間を見て狩りやすいだろうと感じ、いつか食べたいと思い始めたからだ。

 人を喰らうことを決めたその日。
 人魚擬きは泉の中に潜み、とある橋を見つめていた。
 此処を最初に通った人間を捕らえて生気を奪う。簡単な算段を立てていたその時、人影が橋に現れた。
 あとはいつものようにするだけ――そのはずだった。
 水辺から勢いよくあがり、触手を人影に伸ばす。一秒後には対象を捕らえ、生気を奪い尽くす。もし暴れるなら骨を砕き、抵抗するなら肉を裂いてもいい。
 だが、そんな未来は訪れなかった。
「――!」
「残念、その動きじゃ無理だよ」
 何本もの触手が弾かれたかと思うと、別の触手が強く引かれた。気付けば一瞬で橋の上に引き寄せられており、身体ごと捻じ伏せられた。
 何が起こったのかわからなかった。
 後から聞いた話では、あれが返り討ちにされたという状態だったらしい。
「ワタシを喰らおうとするのは百年はやいよ」
「……お前は、何者……だ……」
「あれ、言葉が喋れるんだ。顔も綺麗でワタシ好みだね。なるほど……」
 自分が押さえつけている人魚擬きを見て、|彼女《・・》は何かを考え始める。暫し思考を巡らせた後、彼女は告げる。
「師匠。ワタシのことは師匠と呼んでくれていいよ」
「し、しょ……?」
 彼女がこれ以上の危害を加えないことを不審に思った。だが、何故かその言葉と行動に従わなければならない気がした。
 敗北を喫したゆえに無意識にそう思ったのだろう。人魚擬きだったものは彼女の言う通りにしていき、やがて泉を離れることを承諾した。
 そして、彼女は名無しの存在に名前を与える。
 ――泉下・洸。
 以降、幽霊は師匠が付けた名を己のものとしている。
 それから彼女は洸を弟子として扱い、様々なことを教えていった。後にどうしてあの時に自分を殺さなかったのかと聞いた時、師匠はこう語った。
「キミの顔が良かったからだよ。あと、そろそろ弟子が欲しかったから」
「……そうですか」
 師匠は本当に変わった人だった。
 その頃には、洸の言葉遣いは最初の粗暴なものから丁寧な口調に変わっていた。師匠が指導したこともあり、本能に身を任せ過ぎない生き方を知った。
「そうだ、洸の名前の由来も知りたい?」
「いいえ。何となく察していますから説明は不要です」
「そう? もしかしたら意外な理由かもしれないのに」
「師匠のことですから、わかりやすい理由に決まっています」
 いつしか、そんなやりとりも出来るようになった。
 師匠は洸が悪しき者であると知っている。それでも、人間としての姿を取る方法や生活を送る術を教え、悪性を隠す方法をとことんまで叩き込んだ。
 あの人に出会えていなければ、いつか怨霊として討伐されていたかもしれない。
 彼女が居なければ今の洸はいない。つまりは大事な存在であり、転機を与えてくれた相手だ。それゆえに――。

●人として
「――師匠にはとても感謝しています。……と、聞いていますか?」
 話を終えようとした洸はメスを動かしていた手を止める。
 解剖台の上にいる男は答えなかった。否、答えられない状態が続いているので、何かを話すことなど二度とない。
「ああ、既に息絶えてしまっていましたか」
 洸は肩を竦め、男に刺さっていたメスを引き抜いた。
 僅かに死体が跳ねたが、その動きはただの反射反応。実験のサンプルがひとつ壊れただけであり、洸には何の感慨もない。
「さて、次は|これ《死体》を|解体《バラ》して――」
 次の研究に入っていく洸は柔らかく微笑む。彼の裡に隠された悪性は未だ鋭い。
 生きていたい。
 今も胸に抱き続けるのは、始まりの水底で感じた際の感情。だからこそ、人らしく在るために日々の研究を行う。
 洸の瞳の奥には今も――あの淀みの底のような昏さが宿っている。
 
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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