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√嵐影湖光は月影の派を『紅葉のバウンダリー』

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #秋祭り2025

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●√
 和装というものは、ルイ・ミサ(半魔・h02050)にとって、特別な装いであった。
 動きやすさ、というのならば、いつもの服装のほうがいい。
 けれど、動きやすさというものを考慮しないのならば、ハレの日には和装でありたいと思えたかもしれない。
 特別な時に特別な装いを。
 それはルイミサの中にある女性らしさ、というものが作用しているように思えた。

 時は秋。
 場所は√妖怪百鬼夜行の神社。
 見上げれば、紅葉が空と地を覆っている。風に舞うだけで、四方八方が紅葉まみれであった。
 不思議だ、と胸の高鳴りを覚えながらルイミサは、紅葉祭りに誘ってくれた野分・時雨(初嵐・h00536)がすでにほろ酔い具合であることに、少し驚いた。
「もう呑んでいるのか?」
「ええ、お祭りですからね、ルイミサちゃん。祭囃子が調子よくって。ついつい進められるがままに、こう、くいっと」
 くいっと、と時雨が杯を傾ける仕草をして見せる。
 実際、彼の口元からは酒気を帯びた空気が漂っているように思える。
「どうしてそう美味そうな言い方をするんだ。私も何か飲みたくなってしまうじゃあないか。ご機嫌がすぎる」
「まあ、お祭りですからねぇ。ご機嫌で上機嫌なのは、良いことじゃあないですか」
「つまり、今、時雨君は、極上機嫌というわけだ」
「そうともいいます」
 むふん、と時雨はやっぱり上機嫌であった。

「んで、酒を腹に入れるには、まずはなにか食べないとですよねぃ。空きっ腹に酒ってのは、塩梅がよろしくない」
「それはそう?」」
「ええ、せっかくの祭りなんです。普段食べられないものを食べるがよろしいでしょうよ」
「でも、そんなに沢山は……」
「まあ、半分くらいは食べてあげるから」
「それなら、いっぱい買っちゃおうかなぁ。あ、牛串にりんご飴にタコ焼きもある」
「ねぇ、ぼくを前にして牛串選ぶのは、ちょっとあれじゃないですかねぃ……いや、言うてぼくそんな食べませんからね」
「時雨君は、こっちに並んでおいて。私はあっちで並んでくるから~」
「話聞いてました?!」
 そんなやりとりの後、ルイミサはカラコロと駆け出していく。

 整えた髪を纏めたかんざしの飾りが揺れていくのを時雨は止める暇もなかった。
「はぁ……忙しないったら……あ、おじさん。タコ焼きひとつ。あと焼きそばも」
 時雨は、ルイミサが颯爽たる風のように紅葉を舞い上げて走っていく背中を見送りながら、これは胃袋がどうにかなる前に彼女を止めなくてはならないと思った。
 だが、ルイミサが走っていった方角に向かっても、一向に彼女の背中らしきものが見えない。
 何時もと違う装いであったとは言え、彼女の着物柄などは覚えている。
 けれど、それが視界に映らないのだ。
「……え、迷子? ドジっ子暗殺者極まれりなんですかねぃ? あの、もし、ちょっとドジ半魔さん見なかった?」
 そこ行く妖怪たちに尋ねても、首をふるばかりであった。
「あーもー……世話が焼ける。一体どこまでほっつき歩くつもりなんですかねぃ」

 時雨は息を吐きだす。
 こうも簡単に逸れるとは想定外であった。
 周囲を見回す。
 紅葉祭実行委員会の本部に言って、アナウンスで呼び出してもらおうかしら、と時雨が思っていると視界の端に白い影を見た。
 いや、それは白い影ではなく、白い実験着を身にまとった少女であった。
「ん……?」
 普段であれば、それは見逃すことのない異変であった。
 ぐるり、ぐるりと紅葉祭の散る紅葉が渦を巻いている。
 時雨の周囲で、ぐるり、ぐるり。
 上も下も右も左も。
 ただ、実験着の白さだけが、時雨の視線を捕らえて離さなかった。
 こんなこともあるのかと、祭りだからと思ったが、どうにも気になる。

 見やれば、実験着の少女も時雨を見つめているではないか。
「こんばんは、お嬢さんは迷子?」
 気がつくと少女に時雨は話しかけていた。
 若干、距離を取られていることに気がついた。時雨が一歩踏み出せば一歩後ずさる。半歩踏み出せば、半歩下がる。
 無理に距離を詰めれば逃げられるな、と若干の面倒くささを感じる。
 なんていうか、今日は迷子に縁があるのかもしれない。
 こちらを見上げる少女の瞳には不審があった。
「……これは、何の実験? 次は何をすればいいの?」
「実験? はて。今日はお祭りの日ですよって。実験とは程遠いんじゃあないですかねぃ?」
「……からかわれているの?」
「からかう? いやぁ、流石に妖怪が人間大好きとは言っても、そこまでは。まあ、悪い妖怪であれば頭からバリバリ食べちゃうんでしょうが」
「悪い妖怪に食べられる実験? それとも戦うの?」
「いやいや、そうならないために……お嬢さん、お名前は? ぼくは牛さんです」
「牛さん……変な名前。私はルイ・ミサ。被検体ナンバー32。所属セクターはE」
 時雨は、おいおい、と内心毒づいた。
 これはどう言葉にするのが正しいのだろうか。
 秋祭りの魔力に当てられて、妙な混線具合が起きているのか?

 事象に対して心当たりはないが、そういうこともあるのかもしれない、程度には時雨はまだ冷静だった。
「へぇ、ルイミサちゃん」
「ちゃんづけやめて……わっ!」
 少女がそう告げた瞬間、空に走るのは閃光と轟音。
 それも色とりどりの光だった。
 そう、花火である。彼女は大きな音に驚いて、思わず時雨の前に駆け出してしまっていた。
「おや、おやおや? 大きい音苦手なんですかぁ?」
「……苦手じゃない。怖くもない」
 ツン、とした態度に時雨は恐らく、とあたりを付けていた。
 見当がついていた、というのがただしいだろう。これは、神隠しの変則技みたいな状況なのだろう。

 恐らく多くの妖怪たちや、√、そうしたものが何かしらが原因で混線しているのだ。
 であれば、この眼の前の少女は幼き日のルイミサ、ということになる。
 大抵、こういう場合、鳥居や橋向に返せばいい、というのは定番である。
「尻尾掴む? それともお手々にしますか?」
「……牛さんは悪い妖怪のところへ連れて行く案内役?」
「そー。悪いとこにつれてくの。まあ、あの鳥居をくぐれば、全て万事解決でしょう」
 そう告げるも、小さな少女は聞いていないようだった。
 聞けよ、と時雨は思った。
 だが、その瞳に映るのは彼女にとってどれも不思議な光景だったのだろう。
 そして、彼女も理解したのだ。
 これがきっと楽しい催しなのだと。見開いていた目は徐々に細められ、そしてついには背けられた。

「ま、きみの元いた場所に、無事変えることができるでしょうよ」
 その言葉に少女は掴んでいた時雨の手を離した。
 そして、鳥居をくぐる前に振り返ってこう言ったのだ。
「帰りたい場所なんてない――」

●√
 それはふとしたことで視界に入った少年だった。
 時雨にそっくりで、思わずルイミサは駆け寄っていた。
「時雨君、なにそれ変身の術? そんなのを身に着けていたなんて、まるで聞いてなかった! すごく可愛い!」
「……は?」
 時雨そっくりなままに小さくした少年は、駆け寄ってきたルイミサの言葉に眉根を寄せた。ものすごく可愛い見た目なのに、仕草が可愛くない。
 手にしたなにかの破片の鋭さすら、ルイミサは気にしなかった。
「あの、ごめんなさい。お恥ずかしながら迷ってしまったみたいで」
「うん? 何の演技?」
「いえ、演技でなく。ぼく、こんなおきれいな人に会えるなんて思っていなかったものですから……」
 ルイミサは首を傾げる。
 益々わからない。
 時雨は何を言っているのだ? もしかして、これはドッキリ、というやつなのかとルイミサは訝しんだ。

「小さな子はそんなお世辞は言わないぞ。子どもの演技をするなら、もっとちゃんと甘えないと」
 ほら、と少年の体を軽々と持ち上げる。
 少年は、は? とまた眉根を寄せたが、無理矢理眉を持ち上げた。
「では、おことばに甘えて。でも、おもたいですよね。あの」
「大丈夫。ん、綿あめどうぞ。半分食べてくれる約束~」
「あ、ちょっと」
 さ、とルイミサは少年の手からガラス片を取り上げた。
「危ないから。預かっておく」
「……くそ」
 悪態吐く姿は、時雨だな、とルイミサは思っただろう。

 けれど、どうにも腑に落ちない。
 彼なら、ここらで種明かしをするはずだ。だが、その様子がない。
 もしかしたら、本当に。
「似てるだけの違う子……?」
「あの、ぼくは、たぶん橋向こうに行けば戻れると思うんですよ。潮のにおいがするので」
「そうなのか?」
 ええ、と少年は少年らしくなく頷きながら、ワタアメを舐めて、もういいでしょ、とばかりに押し返す。
 遠慮しなくていいのに、とルイミサは思いながら彼を抱えて橋の欄干の手前にて彼を降ろす。

「ごめんなさい、たすかりました。おそらく、二度と会えないかと思うため、ぼくにできることがあれば恩返しさせていただきます。なんなりと」
「二度と会えないのに恩返し?」
「……そのときがあれば、せいしんせいい、という意味です」
「二度と縁がないなんて、誰にもわからないことだぞ? 時雨君」
「そうかもしれません。ん? それ、ぼくの名前じゃないです。ひとちがいです。ぼく、うしおにです」
 少年は首をかしげた。
 そこだけが、とても少年らしかった。
「ウシオニ? それって」
 聞き返すまもなく、少年は橋の向こう側に消えてしまう。

「幻、か……? でもよかった。時雨君にそんな悲しいこと言われたら……」
「ドジ娘。ひとりでうろうろしちゃって」
 その声に振り返る。
 そこには少年ではない時雨の姿があった。
「時雨君!」
「なんです、なんかおばけにあったような顔しちゃって」
「いや、さっき……時雨君そっくりな小さな子に会ったんだぁ。可愛くて思わず抱いて歩いていたんだけど……」
「は?」
 何言ってんの、と時雨はまた小首を傾げた。
 けれど、ルイミサは思った。

 それ、さっきの少年とそっくりな仕草だな、って――。
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