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琥珀の酒と【無名】の水

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #不思議骨董屋店主 #物々交換屋【無名】

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 ゆらり、ふわりと白煙が舞う。

「暑さ寒さも彼岸まで、か……日中はまだ暑いんだけどねぇ」
 店先で白露・花宵が見上げるのは茜色に染まった我が家——物々交換屋【無名】だ。蔵を改築した二階建てのこの店は、下が店舗で上は住居という造りになっている。
 更に上へと視線をずらせば、厚みのあった夏の雲はいつしか遠去かり、秋告げるうろこ雲が悠々と流れていた。

「《物々交換いたします 【無名】》……?」
『ぷきゃ?』
 不意に聞こえてきた声に視線を戻せば、店の入口で雑に書かれた板の文字を読む少年の姿が。その肩ではチンチラらしき生き物が、少年に倣って板を眺めていた。
「おや、可愛らしいお客さんだ……何か交換していくかい?」
 吸殻を携帯灰皿に落とした花宵がそう声をかければ、銀髪の少年は少し悩んだのちに頷いて。両の手で大事に抱えていた物をひと撫ですると、そっとそれを差し出してきた。
「これも何かの縁、かも……それじゃあ、お願いしよう、かな」
「ならお前さん達が本日最後の客だ。さぁ入った入った」
 どうやらこの店が目的だったわけではないようだ。
 時として、この店にはそういう客が迷い込むことがある。そんな時は面白いものが見れることがあるのだが、はてさて此度はどうだろうか。
 僅かな興味を気怠げな笑みに隠し、花宵は少年を店へと招き入れた。

「で。それを交換するんだったね」
「うん、これはお父さ……ぼくの持ち主だった人が、最後に漬けた梅酒の|甕《かめ》、なんだけど」
「持ち主? ってことはお前さん付喪神かい」
 花宵の問いにおっとり笑うと、少年は「これがぼくの本体、だよ」と自身の髪を飾る白椿の簪を指さした。
「沢山あったから、昨日ご近所さんに振る舞ったん、だけど。今朝、この甕を見つけちゃって。ぼくらは飲めないし、ひとまず知り合いの所に、って歩いてたら、気付けばお店の前で……」
「あぁ……飛ばされたのか。それで何かの縁、ね」
「あっ。今朝確認で開封しちゃったから、中身は傷む前に飲んでもらえると、有難い、かな」
「おやまぁ。なら縁もゆかりもない身で良けりゃ、ご相伴に与ろうかね」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しい、な」
 少年が言葉と共に甕の蓋を取ると、熟成されたまろやかな梅の香りがふわっと立ちのぼった。甕の中では店内の明かりに照らされ、琥珀色に輝く液体が揺らめいている。
「あぁいい香りだ……それじゃ、店の中から好きなものを選んどくれ。価値が釣り合うかはそれからさね」
「うん、ありがとう。……ぷいぷい、一緒に見てくれる?」
『ぷいきゅ!』
 元気な返事にこくり頷くと、少年は肩の相棒と共に店内を回り始めた。
 こういった店が物珍しいのか楽し気な様子に、見ている花宵の瞳も自然と柔く緩んでいく。
(「さぁて、この子たちは何を見つけるのかねぇ」)

 そうして暫しの間見守っていると、少年の肩で大人しく眺めていたチンチラが突如騒ぎ出した。
『ぷ? ぷい、ぷぷい!!』
「わ、どうしたの? ……あ、何か光ってる……?」
 それ、それ!! と言わんばかりに訴える場所を見遣れば、棚の奥でキラキラ輝く不思議な小瓶を見つけたようで。
「あぁそれ、綺麗だろう? なんでも異世界の伝説の泉の水だとか……まぁ眉唾物だがねぇ」
「異世界の伝説の泉……」
 謳い文句は兎も角として。その|名も無き《・・・・》泉の水は見た目が美しいので、好事家が高く買ってくれりゃ御の字と密かに思っていた物だった。
 そっと小瓶を手に取ると、少年はその不思議な輝きをじっと見つめ続け——。
「……うん、これにする、よ」
 ふ、と笑って花宵へそう告げた。
「いいのかい? さっきも言ったが眉唾物だ。後で紛い物だったと泣きを見ても、文句は聞かないよ」
「ふふ、それならそれでいいん、だ。だけど……冒険が好きだったお父さんが、探してこいって、送り出してくれてるようで……きっと、これがご縁だと思う、から」
 そう語りながら小瓶を見る少年の姿に、ふと、あの人の柔和な笑顔が重なる。
「……そうかい。なら大事に持ってお行き」
 ——気付けばそう告げていた。
 そうするべきだという心の訴えに任せるように。

 嬉しそうに何度も礼を言う少年を見送ったその夜、花宵は二階の私室で晩酌を楽しんでいた。
 口広の硝子の酒器に梅酒を注ぎ入れると、とろりとした琥珀が大きな氷を伝う様がよく見える。それをゆっくり傾け口に含めば、時を経た芳醇な香りと共に蜜のような酒精が舌を灼いた。
 そうして思い返すのはあの少年の眼差しだ。
「……よっぽど好きなんだろうね、持ち主のことが」
 愛しげに小瓶を見る彼の瞳は、花宵を見るときの老医師の瞳にどこか似ていて。
「あんな|瞳《め》を見たらねぇ……何だかあたしまで無性に会いたくなっちまったよ」
 心底おかしそうな言葉とは裏腹に。
 花宵の瞳もまた、親愛をその琥珀色に滲ませるのだった——。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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