シナリオ

きらめく夜灯、ともし君

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 朱に染まる頬は、きっと未だに夏の名残を含んだ夜風のせいだ。
 西空には斜陽が柔らかな日暮れ時のグラデーションを描いている。もうすぐ訪れる夜の物寂しさも今宵は祭囃子が打ち消していた。
 眼前を通り過ぎる人々は皆一様に楽しげな笑顔を浮かべていて、浮き足立つ心だってきっと彼らに影響されたせいだ。
「……まだ、でしょう、か……」
 四之宮・榴は落ち着かない様子で彼が居るであろう神社の奥をちらちらと見ては再び目を逸らす。
 落ち着きなく待ちわびる目線をあちらこちらへせわしなく行ったりきたり。何だかみっともないかもしれない――なんて思って凛と佇んで、やはり彼がいるであろう神社の奥を眺めて忙しなく視線を彷徨わせた。
 今日は和田・辰巳の実家である神社の例大祭。当然辰巳は実家の用事に忙しい。だけれど、その合間を縫って共に過ごそうと約束をしてくれた。
 榴は時計に視線を落とす。約束の時間まではあと少し。決して彼が遅刻しているわけではない。なのに、秒針が刻む一秒が待ちわびる心のせいか無性に長く感じた。
 勿論急かすつもりなんて更々無い。だけれど、逸る気持ちが体内を駆け巡ってなんだか無性に落ち着かなくて、頬が火照ってしまう。
 熱でも出ているのだろうか。こんな日に体調が悪くなってしまうようなことなんてあってはならないのに――その時だった。
「お待たせ」
 時計に視線を落としていた榴はパッと弾かれたように顔をあげる。
 待ち人は時間ぴったりに訪れた。身を包むのは涼しげな浴衣。仕事の最中だというのに、きっと態々着替えてきてくれたのだろう。
「待ったかな」
「……いえ、時間……丁度、です……」
「よかった。じゃあ、早速行こうか」
 時間はぴったりだったけれど、気持ちはそれ以上長く待っていた気がする――そんな想いを飲み込んでいる榴の手を辰巳は取る。
 触れた手のぬくもりに一瞬驚いたように榴は琥珀色の双眸を見開いて、すぐにぎゅっと辰巳の手を握り返した。
 多数の人々が行き交う参道。人混みに押し流されて決してはぐれないようにぎゅっと手を握る。いつもよりもなんだか近く感じる距離感と祭りの熱気に鼓動を弾ませながら進ませる歩調は軽い。
 祭りの喧噪は随分と喧しいはずなのに、なんだか何処か遠くに感じる。多数の人で行き交う参道の中なのに、何故だかふたりだけの世界にも感じる。
 そんな世界か火照る気持ちに何だか酔ってしまいそうになっている榴の手を握る辰巳の手に力が籠められたことを感じた。
 急に、どうしたのだろう。不思議に思う榴の視線は自然と辰巳の方へ向いた。
「……辰巳、様……?」
「榴、腕を組まない?」
 予想だにしなかった申し出だった。穏やかだった辰巳の瞳には、なんだか真剣そうな色彩が混じっている。
「……わかり、ました……でも、どう、した……んでしょうか……?」
「思ったより人が多いみたいだから、はぐれてしまったら大変だろう?」
 榴が問えば辰巳は返す。やはりその表情には真剣な色彩が籠められている。
 照れが勝つ。だけれど、彼の方から申し出てくれるならば腕を取らない理由はない。思い切って彼の腕にしがみついた。
(……言えるわけない、よね。浴衣の榴が注目を集めていたからなんて)
 一方の辰巳は誤魔化すように周囲を眺めながら心のなかでごちる。つまりはくだらぬ独占欲。
 彷徨う辰巳の視線はやがて飲み物売りの屋台を見つける。
「そういえば、榴はラムネって飲んだことある?」
「……いえ……名前は、聞いた……ことあり、ますが……」
 辰巳が問いかけてみれば榴は静かに首を振る。なんとなく返答は予想通り。辰巳はくいと腕を促すように引く。
 意図を察した榴も素直についていき、向かう屋台の前。覗き込んだドリンクストッカーの中で氷水にドリンクが浮かぶ様は涼しげだ。
 早速ラムネを買った辰巳はそのまま傍らにいる柘榴へ渡すけれど、彼女は不思議そうにラムネ瓶を眺めた。
「これって……どう、開けるん……でしょうか……?」
 榴はとりあえずラベルを剥がしてはみた。
 だけれど、その奥にあるペットボトルの蓋のようにも見えるものを捻っては見たけれど固くてとても開きそうにない。
「ああ、これはね」
 辰巳がそう言いながらラムネ瓶を受け取って開けてみせる。ぽろんと落ちる硝子玉。しゅわりと泡立つ炭酸の音。
「お待たせ。はい、どうぞ」
 榴は辰巳から渡されたラムネを早速口に含む――が、思ったよりも口の中で弾ける炭酸水は飲み慣れない榴には刺激が強かった。
 それでも気合いで飲んだけれど半分飲んだところでギブアップ。残りは辰巳が飲み干した。
 ふたりで飲み終えたラムネ瓶の中で硝子玉がカランと涼しげな音をたてて転がる。祭灯りを反射し燦めく硝子玉はとても美しく榴の瞳に映る。
「……取れないん……でしょう、か……」
「取れるよ。分別の為にも開けられるようになっているんだ。少しコツは必要だけど」
 眺める榴の視線の先で辰巳は少し力を込めて開けてみせた。
 屋台の店主にお手ふきを分けて貰って拭き取ると待ちわびるように眺めていた榴に手渡した。

 参道を進み、先にあるのは辰巳の実家でもある神社の社殿。
 例大祭の参拝客に混ざって並ぶ。その間も言葉は交わすけれど榴の視線は先に居る人々を見ていた。
(……ちゃんと、正しい……ルールで……参拝しない……と……)
 ルールは知っていても、いざとなると緊張してしまうものだ。榴は先に並ぶ人達の仕草を眺めながら脳内で何度かイメージトレーニングを行う。
 その努力は報われて、自分達の番では美しい動作で参拝することができた。
 社殿を後にしておみくじを引きに向かう。列に並び御神籤をひく。受け取ったおみくじを少し人が少ない場所に移動してから眺めた。
 辰巳の結果は小吉。書かれているのも可も無く不可も無く全体的に『努力すればかなう』ような旨が書かれている。
「僕は、まずまずの結果だったかな。榴は?」
「……僕、は……」
 辰巳に問われた榴は己のみくじを彼に見せる。榴は中吉だった。辰巳同様項目は努力しなさいや苦難はあるかもしれない等がこちらも御神籤にはありきたりの内容が書いてある。
 だが、それよりも榴が気になっていたのは待ち人の欄だ。少々変わったことが書いてあったのだ。
「……待ち人……は共にあり……って、既にいっしょにいたら、待ち人では、ないの、では……」
 言葉を紡いでから榴ははっと双眸をしまったとでも言うように大きく見開いた。此処は辰巳の実家である。
 その実家の神社の祭神にまるで文句を言っているような発言になるのではないか――辰巳の機嫌を損ねてしまうのではないか。
 恐々と顔をあげれば、彼は柔らかな表情で微笑んでいた。榴が想像など露ほどしていなかった穏やかそうな様相で榴は呆気に取られてしまう。
「……辰巳、様……?」
「そうだね。もう、|待ち人《半身》には既に出会っているってことだから――」
 辰巳は微笑んで言いながらも言葉は途中で止まる。まるで神様にも認められているみたいだよね――なんて言葉はさすがに恥ずかしくって何だか口にするのは躊躇われた。
 榴は不思議そうに小首を傾げた。何を言おうとしていたのだろう。その続きは解らずとも、彼の様子が決して悪いことを言おうとしている様子でないことだけは理解する。
 それならばそれでいい。愛おしそうに榴は御神籤をもう一度眺める。噛み締めるようにもう一度文字をじっくり読んだ。
「……そう……ですね。最高の……御神籤です、ね。あの、良い結果の……御神籤って……このあと、どうすればいいんでした、か……」
「榴の好きにするといい」
「……僕、の……ですか……?」
 おみくじを握ったまま榴は辰巳の表情を伺い見る。
 辰巳は穏やかに微笑みながら、口元に手を遣って少し言葉を纏めてからふたたび口を開く。
「一般的には良い結果は持ち帰って悪い結果はおみくじかけに結ぶことが多いけれど、それは正式に決められたマナーでもないんだよ。おみくじは神様の言葉だから個人的には持ち帰ることを勧めてはいるけれど」
「……では、持って帰り……ます。此処、に書い……てある言葉……とても嬉しい……ですし、大切にしたいと……思うので……」
「そうか。そうだね、僕も嬉しいよ」
 何より、辰巳と紡いだ大切な"想い出"だ。ささやかなことだって逃したくはないし、残しておきたいと思う。
 ふたりは穏やかに微笑みを咲かせる。榴はおみくじを大切に折りたたんで財布へと仕舞う。
 辰巳はその様子を微笑ましく眺めていたが、遠くから聞こえた神楽太鼓の音に経過した時間の長さを思い知る。
(ああ、もうそんな時間か……)
 例大祭の神事のひとつが始まったのだ。20時30分から予定されている神事。
 ふたりで過ごす時間はあっと言う間で流れる時のことも忘れていた。まだ休憩時間は少し残っている。だが、あの神事が終わるまでには辰巳は戻らなければならない。
 つまりは、この時間に榴を一人きりにしていかなければならないということで――。
「夜も遅いし一人で帰るのは危ないから、今晩は泊っていかない?」
「……え……?」
 |√EDEN《ここ》には、彼女を害そうとするものがいる。
 それよりも、先程もあれほど注目を集めていた彼女をひとりで夜の街に放つなど辰巳は耐えらない。
 榴は驚いたように言葉を漏らすと辰巳の青色の瞳を伺い見る。滄溟の双眸は真剣な色彩を宿していた。
 決して辰巳は冗談などを言っているわけではない。唐突な誘いに驚きはしたものの、その申し出は榴にとっても魅力的なものであったことは決して否定などできない。
 暫く思案する。適切な言葉を探し出そうとするけれど、思い悩んで出てきたのはたった一言。

「……はい……」

 頬が熱を持つのは、きっと、未だに夏の名残を含んだ夜風のせいだ。
 浮き足だつこの心も――きっと、祭りの空気と彼のせいだ。
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