剣鬼の標的
とあるマンションの地下駐車場。
エレベーターの扉が開き、深紫のスーツを着た男が降りてきた。
意味もなく肩をいからせて、その男は愛車へと歩き始めた。だが、数メートルも進まぬうちに立ち止まった。
柱の陰から一人の少年が現れ、行く手を塞いだのだ。
異様な外見の少年だった。男に向けられた双眸が赤く見えるのは、瞳孔が赤いからだけではなく、白目の部分が血走っているから。顔中に血管が浮き上がっている点も不気味だ。いや、浮き上がっているというよりも膨れ上がっている。はち切れんばかりに。
男は一目で見抜いた。
少年が自分と同類であることを。
すなわち、吸血鬼であることを。
「どうした、坊や? 辻斬りごっこでもやってんのか?」
からかうような調子で男がそう尋ねたのは、少年が帯刀しているからだ。
「……」
少年はなにも答えず、腰に差した刀の柄に手をやった。
「問答無用ってわけかい。そういうノリは嫌いじゃないぜ」
男はスーツの懐に右手を伸ばした。特別仕様の弾丸が装填された拳銃を抜くために。
しかし、指先が銃把に触れるより先に少年が動いた。素早く踏み出して距離を詰め、そして、瞬時に後退し、元の位置へ。
カチン! ……と、小さな金属音が聞こえた。
それは唾鳴り。
少年が刀を鞘に納めたのだ。
鞘に納めたからには、その前の段階――鞘から刀を抜き放つ行動があったはずだが、男の目はそれを捉えることができなかった。刃の残光すら見えなかった。
懐へと伸ばした右手はまだ拳銃を握っていない。
握れるわけがない。
親指しか残っていないのだから。
それ以外の四指は足下に転がっているのだから。
「あひひひぃーっ!?」
情けない悲鳴が男の口から飛び出した。四つの切断面の痛みはさして激しくない。だが、心が恐怖で弾け、脳が混乱で爆ぜた。
「首を斬り落とすこともできた」
少年が初めて言葉を発した。
いや、彼――|霞海《かすみ》・|焔《ほむら》は少年ではない。実年齢は七十を超えている。
「だが、指だけにしておいた。おまえに訊きたいことがあるからだ」
焔は再び抜刀した。
先程と違い、ゆっくりと。
鞘から解放された白刃が照明を受け、鈍く輝いた。凶悪な光だ。もっとも、焔の眼光ほどではないが。
「俺の知りたいことをあんたが知っているといいんだがなあ」
そして、尋問が始まった。
それは拷問でもあり、たっぷりと時間をかけた処刑でもあった。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功