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夏の海の過ごし方~エレノール・ムーンレイカーの場合

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 夏。そこから連想するものはなにか──。
 代表的な答えの一つが『海』だろう。
 では夏の海は何故人を惹きつけるのか。
 もちろん理由は様々だ。青い空。白い雲。照り付ける太陽。美しい景色は目を楽しませてくれるだけでなく、訪れた人々に涼と独特の趣を与えてくれる。
 紺碧の海へと泳ぎ出せば迎えるのは波。それは砂浜へと絶えず打ち寄せ、波打ち際を歩く人にも心地良い足裏の感触を与えてくれる。
 砂浜が広ければそこでビーチパラソルを立てたりサンオイルを塗って寝そべったり、はたまたビーチスポーツに明け暮れたりと、思い思いに過ごす事も出来る。
 総じて、明るい砂浜には夏を象徴する多くの魅力的なものが集まるから──と、多くの人々の意見を要約する事も出来る。
 そして当然その『魅力的なもの』の中には『海の家』も含まれるだろう。
 エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)もそうだ。
 含まれていると言うより、それこそが彼女にとって最大のものですらある。
 正確に言えばエレノール、海の家で食べるのが好きなのだ。
 夏の海というまたとないシチュエーションがそうさせるのか、はたまたひと泳ぎを挟んでの空腹というものがいつも以上に食欲を増進させるのか、ともかくもエレノールは、この夏のひとときを、毎年何よりの楽しみとしているのだった。
 しかし、今回の海の家のメニューは、例年とは一線を画していた──。

 誰もが人魚と錯覚したに違いない。
 紺碧の海から、突如すらりとした肢体が伸び上がったかと思うと、若草を思わせる緑のセパレートビキニと均整の取れた色白の全身が、夏の日差しの下に露となった。
「ふぅ」
 エレノール。一息ついて砂浜に足を踏み入れ、濡れた琥珀色のセミロングを掻き上げる。
 そしてそのままエルフとしての神秘性を強調するかのような月と星の飾りを、ウインドブレイカーに袖を通して覆い隠す。
 何気ない動作ひとつではあった。だがどうやらそれに釣られるような形で、たまたま近くにいたガラの悪いナンパ連中が寄って来る。彼等の誘い文句を涼しい顔で聞き流したエレノールは鎧袖一触、手加減カウンターで適当に吹っ飛ばすと、そのまま砂浜にリリースしてやった。
 ──いつもの事だ。海に泳ぎに来ればだいたいこうなる。
 真面目な雰囲気に美しい容姿も相俟って、模範的なエルフそのものといった気配を普段から湛えているエレノールだが、それでもふとした動作の合間に隙を見せる事がある為か、はたまた小さめのエルフ耳が他の種族に親近感を覚えさせるが故か、時に勘違い男を呼び寄せる事がある。
 だからこれはエレノールにとって、もはや作業。とはいえ。
(「おなかが……すきましたね」)
 エレノールは砂浜に伸びた男たちをその場に残し、すたすたと海辺を歩み始めた。
 目指すのは勿論、海の家。
 あては無い。だがこうした賑やかな浜辺にそれが存在しない事はあり得ない事をエレノールは知っている。
 そして案の定、うろつくうちに、とある建物が目に留まった。
 海の家。ただかなり混雑しているようで、玄関に列が出来ている。
「すみません」
 エレノールがその辺の人々に話を聞いていけば、どうやら今年新しく開店したらしい。
 会話を進めていくうちに、皆口を揃えて、あそこは美味しい。混むのも納得だ。という類の感想を漏らす。
(「これは」)
 期待大。行ってみなければ──そう決意し、エレノールは列の最後尾に並んだ。

 1時間ほど待った頃だろうか。
「次の方どうぞ~」
 ようやく店員の声がかかる。
 エレノールの番だ。ワクワクを胸に通されるままに席へと進む。
 奥にある壁際の席だった。板敷きの席に腰を下ろし、足を揃えて座る。
 真新しい木の素材の香りが心地良い。ふわ、と潮風が近くの窓から吹き込み、浜辺の暑さに火照ったエレノールの頬を優しく撫でて行った。
「さて」
 ざっとメニューに目を通していく。最後に書かれたアルコール類は無視して、ご飯類、揚げ物、麺類、デザートにソフトドリンク。その他諸々。
 エレノール自身、海の家に置かれたメニューというものが、大概はなんという事もない、普段の生活とそれほど変わり映えのない食物で構成されている事くらいは理解している。
 理解してはいるのだが、こうしたシンプルな料理こそが、作り手の技量を如実に反映する事も、そもそもが夏の海という特殊なシチュエーションとの組み合わせを狙った海の家というシステムと上手く嚙み合った場合、確実に美味しさが倍加する事も、身を以て知っている。
「すみません」
 はーい! と元気よく答えた店員にエレノールは注文を伝えていく。
 店員が去った後、エレノールは整った容貌に微かな微笑みを浮かべて周りを眺める。
 店内は満員御礼。水着のままの客も多い。家族連れなのか、扇風機の近くで子供達が楽しそうにはしゃいでいる。
 ふと玄関を見ればまだ列は途切れていない。どうやら人気店も人気店だったらしい。
(「そんなに急いで食べる必要もないでしょうが、食べ終えたらすぐに出ましょう」)
 そんなことをぼんやりとエレノールが考えているうちに。
「お待たせしました~」
 ことり、と注文の品が机の上に置かれた。
 最初は焼きそばだった。
 テーブルの上に広がるソースの香り。
 軽い油が麵の褐色とキャベツの緑をキラキラと輝かせ、そこへアクセントとばかりに紅生姜が添えられた、鮮やかな一皿。
「いただきます」
 手を合わせ、早速一口。
(「これは」)
 ソースをベースにしつつも醤油で隠し味がされている。
 炒める前にパリッと焼かれたであろう麺が、香ばしさを引き出していた。
 そこへすぐさまキャベツと豚肉の甘味が追い付き、エレノールの口の中で絡まりながら広がっていく。
 具材はシンプルなのに──いや、だからこそ、作り手の工夫が随所に光る逸品。
 何よりこうした場所で食べる焼きそばは、特別美味しく感じられる。
 どこか懐かしい気分に浸るエレノール。腹持ちも良く、海で泳いだあとの空腹を埋めるのにぴったりと言える。
 エレノールが焼きそばに舌鼓を打っていると、次のメニューが運ばれて来た。
 七輪に載せられた浜焼きから今度は磯の香りが広がり始める。
「地元で獲れたホタテで~す」
(「いい匂い」)
 焙られる虹色の貝殻の上で、つやつやとした貝柱が、ぐつぐつ沸騰する汁に洗われていた。ちょこんと乗せられたバターの香りが鼻をくすぐる。
 エレノールが少しだけ醤油を垂らす。焦げる香りが食欲を掻き立てる。
「ん」
 口に入れ、はふはふしながら独特の食感を楽しむ。そこへ病みつきになるような味が加われば、もう咀嚼が止められない。
 絶妙な焼き加減。正直これだけでもいい。
 お酒もお米も必要ない。目の前にある蒼い海そのものをぎゅっと閉じ込め濃縮したかのような、他では味わえない海鮮の旨味がエレノールの舌を支配する。
 あまりの美味しさに、数個あったホタテはあっという間に殻だけになった。
(「ふぅ」)
 少し休憩。穏やかな時間を楽しむうちに、最後のメニューがエレノールの元に運ばれて来た。
「ご注文の品で~す」
「ありがとうございます」
 かき氷。
 太陽の日差しと砂浜の照り返しで、エレノールが歩いて来たビーチは紫外線だらけだらけだった。
 そんな場所で日焼けしたカラダをクールダウンさせるには、もってこいの品だ。
 シロップをどれにするかを、道中ワクワクしながら考えていたエレノールが結局選んだのは、宇治金時だった。
 ガラスの器に盛られた氷の山をしゃきしゃきと崩していき、ゆっくりと崩れた一角を、添えられていた小豆と白玉ごと、スプーンで掬って口へと運ぶ。
「!」
 茶の渋みと小豆の甘さ、そして何よりきんとした氷の冷たさが、一緒になってエレノールの喉を通っていく。口に残した餅の食感を楽しむうちにも、先程の熱々メニューの火照りが急速に覚めていく。
 ふと窓の外を見れば青一色の世界。先程とは打って変わった、周りの喧噪を忘れさせる程に涼やかで晴れやかな気分がエレノールの胸を満たしていた。

 数分後、エレノールは完食を果たす。どれも素晴らしいメニューだった。
「すみません」
 席を立ったエレノールはカウンターに立って勘定を済ませる。値段も至って良心的。評判が良かったのも頷ける。
 思わぬ感激を胸に玄関を出たエレノールを、再び強い日差しが迎える。
 思わず眩しさで目を覆った彼女の優雅な仕草に、行列から幾つもの視線が集まった。
 ともあれ、そんな事は露知らずといった様子で、エレノールは海の家を背にしたまま、さくさくと白い砂を踏んで海辺を歩き始める。
(「またこのビーチを訪れる機会があれば、ぜひ来たいものです」)
 これからどう過ごすか。
 元気は出た。時間もある。
 だからまた泳いでも良いし、のんびり散歩しても良い。
 心から満ち足りた様子で、エレノールは穏やかな午後を過ごし始めるのだった──。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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