回る寿司屋のエトセトラ
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世間様や子供達は、夏休みだなんだと浮足立ってはいるけれど、いい大人ともなれば、あんまり関係ないのが現実である。駄菓子屋としては午前中から客が入る点が少々違うが、日も暮れればいつも通り平日か祝日をこなした顔ぶれが揃う。さしたる特別感はない――そんな状況に少しばかり倦んでいたのか、それとも本当にただの気まぐれか、破場・美禰子(駄菓子屋BAR店主・h00437)の口をついて出たのは、こんな言葉だった。
「そうだ、回転寿司にいこう」
唐突と言えば唐突なそれに、居合わせたツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)と小沼瀬・回(忘る笠・h00489)が振り返る。ふむ、寿司か。そんな一呼吸分の間をおいて。
「では行こうか」
「話が早いね」
二つ返事で頷いたツェイの様子に美禰子が笑う。「今から?」とか問い返されることすらないのはむしろ小気味良い。
「私も同行しよう美禰子殿」
夏の穴子は美味いからな。こちらもすんなりと回が頷く。同行者に困らないのは助かる限り。そんな二人の出で立ちを、美禰子は交互に確認して。
「2人とも、回転寿司にゃ余り馴染みに無い感じかい?」
「そうだな」
「足運んだのはほんの数回かのう」
回に続いてツェイがそう応じる。
「まぁ、山菜ちらし寿司なれば偶に作るが」
「山菜たァ、今時ソッチのが高価そうな気もするけどね」
「ふふふ、山の麓は菜が豊富でな」
その話も少々続きが気になるが、今日のところは置いておくことにしよう。
「アタシもそう頻繁ッて訳じゃァないけども……じゃあ、今日はイイ時間になるといいねェ」
「……食事にいくのだろう?」
大袈裟では? 何やら含みの多い美禰子の言葉に、回がそんな風に首を傾げる。ふっと笑みを浮かべた美禰子は、早速出かける支度を始めた。
「行ってみればわかるよ」
あれはまあ、言うなれば一種のレジャーだからね。
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「寿司が……回っている!」
「まあそこからだよねェ」
期待通りの第一声に美禰子が頷く。微笑ましく思えるが、こちらはこちらで説明書きやらに目を通すのに忙しい。ご時世的なアップデートやチェーン店によって、いろいろとシステムに違いがあるのがこの手の店だ。一応は経験者であるツェイにとっても、見覚えのないものは多数あるようで。
「ふぅむ、色々季節モノも色々流れているじゃァないの」
先導する美禰子に従うように、二人も共に席に着いた。物珍し気に辺りを見回し、そこからは見様見真似である。
「話に聞いてはいたが何とも奇妙な景だな……」
なんかそこに湯呑を当てるとお湯が出るらしい。熱いお茶を用意しながら回が呟く。あとは回っている物から自由に選べば良いようだが、このシステムは合理的なのかどうなのか。
「個別に注文したい時はコッチのタブレットからだね」
「これは……すまほのようなものだろうか?」
「そうそう、あれの少し大きいものだと思えばいいよ」
最近習得したスマホの操作の応用、画面をタップしたツェイが、表示されたメニュー画面をスライドさせていく。慣れない手つきではあるが、回からすると熟練のそれと変わりない。一人で来ていたら途方に暮れていたかもしれないが、先達が二人居るのはなんとも頼もしい。
「上段のレーンは注文メニューが届く専用特急便らしいよ」
「ほほう……回殿、このすまほで注文すると、寿司がここを走ってくるらしい」
「成程、邪魔をせぬよう気を付けよう」
なにか誤解が発生したような気がしたが、美禰子はとりあえずそこには触れないことにした。古くから、「百聞は一見に如かず」と言うもので――おっと、丁度いいところに欲しい皿が流れてきた。レーンの上のスズキにコハダ、それらをひょいひょいと手元に取ると、ついでに摘まんだかんぴょうの巻物を箸休めにしつつのんびりと味わっていく。
レーンの上を巡る寿司の列を吟味し、二人もまた各々好みの寿司を選んだようだ。しかし、それでも回は訝しげに周囲を見回していた。
「……然して、足の生えた寿司などは何処にもないな?」
なに? 美禰子とツェイが顔を見合わせるが、いまいち意味が掴めない。
「走ってくるのだろう?」
「……あぁ」
「なるほど、そういう」
ようやく合点がいったところで、タイミングよく席にアナウンスが流れてきた。曰く、特急便がレーンを通過していくのだとか。
「……特急?」
伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
「回殿、あそこを猛然と駆けてくる故気を付けられよ」
「なに!? 如何に身を護れば!?」
走ってくるという話ではあったが、まさか徒歩ではなく列車とは。拳を握り、身を引いた回の横を、隣のテーブルの寿司を乗せたちっちゃい電車が横切って行った。
「…………なるほどな」
「次はうちのテーブルにも止まってもらおうかね」
胸を撫で下ろす回に対し、笑みを噛み殺すようにしながら、美禰子は注文用のタブレットを手に取った。
注文した寿司を特急が運んでくる、そのシステムは理解したものの、まだまだ慣れないのか回が顔を顰める。まあ、丁度彼の注文を持ってきてくれたところだが。
「で、ソッチは何にしたンだい?」
鮪に間八、鰯に帆立――お目当ての穴子は最後に取っておくつもりの回に対し、ツェイは青魚を中心にいくらか皿を取っていた。
「うにいくら軍艦……だったか。実に贅沢だぞ、これは」
「うむ、これもなかなかに良いぞ美禰子殿。つまみにも合うのではないか」
「へェ、ならそれももらおうかね」
ツェイの口にしたオススメを、美禰子は一通り注文していく。まあまあの皿の数になってしまうような気はするが、彼女の方に躊躇はない。胃の丈夫さには自信があるし、ヒトが美味しそうに食べているものは、やっぱり気になるもので――。
「あ、さっき食べた鯵鱠の軍艦も中々だったよ」
「ほう、其方も気になるな」
互いのおすすめを口にして、それぞれに講評は続いていく。
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テーブルにはまたいくらか空いた皿が積まれて、ある意味寿司らしい寿司をしばし楽しんだところで、美禰子はタブレットに表示されたメニューを繰り始める。季節のおすすめに各種魚介類、そしてもちろん、その先にもメニュー項目は存在している。
「お、焼肉握りなんてのもあるのか」
「なに、この寿司屋は肉まで置いているのか」
最近の回転寿司はこの手のメニューも豊富にあるもの、美禰子がテーブルの中央に置いた端末を、二人もまた覗き込んだ。
「これと、イワシ骨の唐揚げと……あとビールだなビール!」
「酒に肴に、何かと行き届いているのだな」
飲み始めるにはいい頃合いだろう、美禰子が居酒屋っぽいメニューを注文し始めると、ツェイもまた変わったメニューの方へと吟味の目を向けていく。
「おお、このくりーむそーだ、唐傘を差しておるぞ」
「和風を意識してンのかね?」
「ほおう、実に洒落た曹達で佳いではないか」
表示されたそれらを順に眺めていくのも、これだけバリエーションに富んでいるとなかなか飽きないもので。
「美禰子殿、この見目麗しい男女は一体?」
「ああ……なんだっけねぇ、店に来る子供達から聞いたような……」
「こらぼめにゅー、というのか?」
そうして和気あいあいとしている横を、再度寿司皿を乗せた特急が通過していく。回もいい加減それには慣れてきたけれど、今回の列車には思わず目を見張ってしまう。
「……はて、あれは何であろうか」
「ありゃァ……どう見ても肉の山と、アイスの山だね」
メニューの方に視線を戻せば、確かにそんな注文もできそうだ。
「めが、もり……ろーすとびーふ・まうんてん……?」
「アッチはメガ盛りラーメンだってさ」
なるほど、寿司屋なのに肉まであるのか――などと言ってはいたが、いくらなんでもこれはありすぎる。
「なんなんだ此の店は……?」
「寿司屋……のはずだけどねぇ」
途方に暮れるように呟くと、思わず苦笑にも似た息が零れた。
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思い付いての想定通り、いや想定を超える様々なメニューを楽しんで、お腹もそろそろ満ちてきただろうか。最後に選ぶデザートについても、ここはメニューが豊富なので。
「締めはどれにするかの、ううむ」
「ゆっくり悩んでな」
最後の締めは大事な問題、じっくりと選びはじめたツェイの横で、回は胃に優しい茶碗蒸しを口に運んでいる。アイスの山も揚げ物の山も気になるけれど、さすがにそろそろ限界か。
「白玉抹茶ぱふぇ、というのをもらおうか」
「アタシはバニラアイスで……メガじゃない方でね」
「伊達巻か、ぷりんか……うーむ」
どうせなら両方頼んでしまえばいいのでは? そんなこんなで注文を終えて、運ばれてきた唐笠つきグラスを回が手にする。酒には付き合えなかったけれど、これならば。
「この曹達で乾杯しても構わんかね?」
もちろん、と応じて、美禰子は杯を掲げた。
「何でやったって、乾杯はイイもんさ」
卓上に揃った甘味と、まだ冷たいクリームソーダの残り。夏の夕暮れ、寿司の余韻と笑い声が、回転レーンの先まで流れていった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功