シナリオ

しあわせの華を、あなたと

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #秋祭り2025

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√妖怪百鬼夜行
 #ノベル
 #秋祭り2025

※あなたはタグを編集できません。


「うわぁ、」
 眼下に広がる光景に、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)の瞳は輝きを増した。
 薄紗のように漂う霧の衣を纏った山間の街に、色彩豊かな灯火がひとつ、またひとつと息づくように点ってゆく。頭上を仰げば赤い提灯が風に揺れ、炎の瞬きが宵闇を背景にして舞う。その連なりは、あたかも人ならぬ領域へ誘う灯標のようであった。
「すっごい綺麗にゃ!」
 通りの両脇には、茶の芳香を漂わせる店々、ほくほくと湯気を上げる芋団子の屋台、煌きを閉じ込めた硝子細工を並べた露店が軒を連ね、現実の地平から切り離された幻夢の景が広がっている。瀬堀・秋沙(都の果ての魔女っ子猫・h00416)は、胸いっぱいにその空気を吸い込み、弾む声を響かせる。
「楽しみですね!」
「楽しみだにゃ!」
 揃いの下駄をカラコロと鳴らしながら、ふたりは夜の賑わいへと歩み出した。



 ――すべての始まりは、一枚のチラシであった。
 喧騒から遠く隔てられ、秋の色づきを帯びはじめた木々に囲まれた隠れ家。据えられたポストに差し込まれていた秋祭りの知らせ。

「良ければ一緒に行きませんか?」

 豊穣を寿ぎ、秋の宵を楽しむため、√妖怪百鬼夜行で催される夜市。
 お祭りの終盤に行われる打ち上げ花火には一番大きな花火の時に祈ると願い事が叶うというジンクスもあるようだ。なにより、大好きなお姉ちゃんからの誘いとあれば、秋沙に行かないという選択肢はない。ぴこぽこと忙しなく動く猫耳、しゃんと立った尻尾がその心を雄弁に語っている。
「もちろんにゃ! 一緒に行くにゃ!」
「良ければ浴衣で行きませんか? ヘアアレンジとか着付けくらいなら私できますから」
「そうだにゃ、せっかくの可愛い浴衣があるから着ないとにゃ」
 貴重な機会だ。沢山おめかしをして可愛く仕上げたいと気合を入れる七三子の手は、まるで魔術師のそれのように鮮やかに布地を纏わせ、髪を結い、少女の姿を瑞々しい浴衣姿へと仕立て上げてゆく。
「ふふ! お姉ちゃんの手は魔法の手だにゃ!」
 鏡の中で器用に結わわれてゆく自分を眺めつつ、秋沙は笑みを浮かべて大人しく座っている。可愛らしい仕上がりを信じて疑わぬ瞳が、煌めきの色を宿していた。無意識にごろごろと鳴る義妹の喉の音を聞きながら七三子は上機嫌に手を動かす。髪は姉妹のように揃えてまとめられ、互いの瞳の色を溶かしたリボンを髪飾りに添える。モチーフは、|ある戦闘員《七三子》を思い起こさせる意匠。
 準備が終わったところで忘れ物がないかチェックしていた七三子の視線が止まった。
「そのポシェット、」
 七三子が誕生日に秋沙へ贈った手作りのポシェット。
「お気に入りだから連れて行くにゃ!」
「……えへへ、使ってもらえてうれしいです。ありがとうございます」

 互いの笑みを合図に、ふたりは並んで歩き出した。



 朱の瓦と木格子が折り重なる古い街並みに敷かれた石畳の坂道を提灯の灯りが照らし、澄んだ秋の宵を楽しむ人々の間を仄かな冷気を含んだ風がすり抜けてゆく。和の面影と異国の趣が入り乱れるのは√妖怪百鬼夜行の良さだろう。
「屋台がたくさんあるにゃ! すごいにゃ!」
 故郷の催しも情緒豊かで素敵な祭りだがまた違う良さが溢れており、くじ引き、ヨーヨー釣り、かたぬき、射撃など立ち並んだ出店の数々は懐かしさも相まって目移りしてしまう。
「本当、いろいろありますねえ」
 何から見て行こうか、どこから寄って行こうか、迷う時間も楽しいもの。
 然し時間は無限ではない。勿体ないとばかりに歩き出そうとするが各々楽しむ人の流れは壁のようにふたりを阻んだ。
「お姉ちゃん、」
 秋沙がおずおずと手を伸ばせば、喧騒の中で差し出された小さな手を七三子はしっかりと握り返す。はぐれないように。掌と掌が触れあう温度から滲む安心感。押し寄せる人波も、もう怖くない。改めて楽しい秋祭りに飛び込んだ。

 色とりどりの屋台が軒を連ねる中、赤や青、琥珀色の風船が水面にゆらゆらと揺れ提灯の灯りを写して煌めき目を引いていた。
「ヨーヨー釣りやるにゃ!」
 七三子の手を引き、狙いを定めた秋沙は台へ駆け寄った。
「お、猫の嬢ちゃんが挑戦するのかい」
 店主は愛想よくふたりを迎え、代金と引き換えに紙のこよりを渡してくれる。
「ファイトです、秋沙ちゃん!」
「頑張るにゃ!」
 よしっと気合を入れて水面を探る。まるで宝物を扱うような慎重な手つきだ。緊張感さえ漂う横顔を眺めながら七三子も横にしゃがみ固唾を飲んで見守っている。球体が逃げて跳ねて水が跳ねて光の粒となって視界を奪う。手元が震えないように、何度か目標を変えつつもやっとの思いで掬い上げたのは紫色。鮮やかな黄色の向日葵が咲く夏らしいヨーヨーだ。
「取れたにゃー!」
「すごいすごい! 上手でしたよ!」
「お、一番上等な奴を取りやがったな」
 ちょうど|ふたりの色《赤と青》を合わせた色合いに秋沙は満足げにぺっかりと笑い、店主は「おめでとさん」と改めて声をかけた。

 続いて向かったのは射的の屋台。
「ちょっと腕試しです」
 √能力者として、戦闘員として、銃の扱いがどれほど身に馴染んだのか、こういう遊びの場だからこそ気軽に試せるのだと七三子は木製の銃を手に取る。
「一回三発だぞ」
「はい、ありがとうございます!」
 少し強面の店主が三発分のコルクを小さな器に入れて出してくれた。普通の女の子であれば怯えてしまいそうな雰囲気だが、七三子は動じない。その様子に少しだけ店主は眉根を寄せた。怖がらせて失敗させる作戦なのだろうか。
「あの子、ハヤタくんにそっくりだにゃ?」
 駄菓子、ゲーム機、謎の箱、人気キャラクターのグッズ、――その中に並ぶ黒い犬のぬいぐるみ。猫、兎と並んで鎮座するあの子は確かに似ている。人懐っこく好奇心旺盛に輝く瞳が大きなビーズで再現されているようだ。
「じゃあ、あの子を狙いましょう」
 少し塗装の剥げた玩具の木製の銃を構える七三子の目は真剣そのもの。無駄な力は一切なく、まさに本職の構え。柔らかな雰囲気は消え失せ、彼女の耳には周囲のざわめきすら遠のいて。景品台との距離、そよぐ風の気配、呼吸さえ計算の内に組み込んで銃口が狙うのはただひとつ。
 射的をしにやって来た他の客の声も、動揺を誘おうとする店主の軽口も、彼女の世界には|届《ひび》かない。
 呼吸が落ちる刹那。
 コルクを飛ばす乾いた音。
 黒い犬のぬいぐるみは確かに揺れ、追撃のように放たれた二発目が揺れを大きくし、三発目のコルクで重心が元に戻る事を許さなかった。
「……すごい!!」
 射的にやって来た子供は目を輝かせて叫び、店主は呆気に取られている。
「わぁ、取れました!」
 ふんわりとした笑顔に戻る七三子の明るい声が響き、再び祭りの喧騒が動き出した。

「お姉ちゃん格好良かったにゃ!」
 ぴょんと跳ねた秋沙と喜びのハイタッチをした七三子の腕の中には、存外手触りのよいふわふわの黒い犬のぬいぐるみが抱えられている。
「ふふ、ありがとうございます」
 繋いだ手の反対側、秋沙の空いた手にはヨーヨーが揺れて、夏の思い出はしっかりと形に残りそうだ。
「さて、次は何に行きましょうか」
「くじ引きとかも面白そうだにゃ?」
「……秋沙ちゃんが引いたら凄い景品が当たりそう」
 ふと見つけた屋台では所謂紐を引いて景品をゲットするタイプなようだが、子供向けの玩具がメインなようだ。
「猫の幸運に賭けてみるかにゃ?」
 期待されれば応えなければならない、と秋沙がぐっと拳を握るが、中々心惹かれる屋台には出会えず秋沙の本領発揮はお預けとなるようだった。



 その後もかたぬきに挑戦したり、輪投げで記録を出してみたり、金魚にもてあそばれたり、休憩がてら座ったベンチで甘い芋団子を分け合ったり。ふたりは時間を忘れて楽しんだ。提灯の光はますます鮮やかに夜を照らしていく。
 やがて祭りの騒めきが少しずつ静まり、空を見上げる人々の気配に気付いた。

 ――遠い山影の彼方、ひとすじの光が夜を切り裂いた。

「花火だ」
 轟音と共に開いた光の花。紅、黄金、藍や白、夜空を次々に染め上げてゆく。人々の歓声が重なり、街の瓦屋根や石段に反射して辺り一面を光の洪水が埋め尽くす。
 七三子と秋沙はちょうど空いていた石段の隙間に滑り込み、再び空を見上げた。
「……えへへ、秋沙ちゃんを独り占めしてお祭りデートなんて、私は贅沢ものですねえ」
 ふたりの視線は夜空に釘付けなのに。
 繋いだままの手を互いに握り返したのは、同じタイミングだった。
「お姉ちゃん」
 決して大きくない声のはずなのに、秋沙の声を七三子は聞き逃さなかった。
「猫のお姉ちゃんになってくれて、ありがとにゃ」
 零れるように溢れた思い。
 好奇心豊かな|猫《かのじょ》に|小笠原《ボニン》は狭すぎた。飛び出した広い√世界で、たったひとり、大事な|義姉《ひと》に出逢えた奇跡。こうして手を繋ぎ、同じ時間を共有できることは、最大の幸運といっても過言ではないだろう。
「私も、秋沙ちゃんと一緒に居られてうれしいです」
 大事な|義妹《こ》。その心に寄り添い、同じ思いだと七三子は告げる。

 ぱぁん、と一際大きな花火が咲いた。

 赤と青の花弁が闇に散り広がる。
 刹那の葛藤。色彩は次第にほどけて溶け合い、やがて紫のゆらめきへと変わり、深く透き通るような光の欠片が夜空に刻まれた。

「大好きな秋沙ちゃんが幸せになれるよう、いっぱい祈ってます」
「猫もお姉ちゃんの幸運を願ってるし、これからもずっと大好きにゃ!」

 口許を抑えて「ふふ!」と秋沙は幸せそうに笑った。
 つられて七三子も「えへへ」と照れ臭そうに笑った。

 ――願いを込めた華が夜の帳に弾けて揺らめいて消える。
 然しその焔は未来へ続く希望の灯火のようにふたりの|心《きおく》に燃え移った。
 寄り添い重なり合う影が、明日も、来年も、大好きを伝えられるように。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト