シナリオ

沈んだ太陽に似た残影

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 その日クラウス・イーザリーは他ルートに出向き、依頼に応じ傭兵らしい姿を|いつもどおり《・・・・・・》に実行していた。人助けする傭兵として知る人ぞ知る存在であるのは確かだった。√ウォーゾーンにおいても、クラウスのすることは変わらない。
 端末に、新しい|依頼《・・》が入った。
「うん、……行こう」
 これは現在地から遠くない。この手が届くなら、すぐに助けに行こう。
 資料の地点は中規模での戦闘激戦区。躊躇う時間は――ない。
 戦闘機械群と戦う誰かが救いを求めるのなら、クラウスは現場に急行するだけだ。

 出向いた地点の抗争は、激戦というより他なかった。
 戦いに従事するレジスタンスの少年兵に、連絡するほどの余裕は見て取れない。
 どこも手が足りないのが見てわかるのだ。
 では、緊急信号として助けを必要としたのは、誰だったのか。
 連絡を送信した対象を探しながら、火花、弾丸が乱れ飛ぶ線状において捜索しつつ、端末の画面は時々確認していた。通信環境が悪いようで、更新されなくなっていく画面に見切りをつけるまであまり時間はかからなかった。
 ――目視で介入した方が早いな、これは。
 通信網の混戦、ダウン。どうしてそうなったのか、大規模戦の事もあったのでなんら不思議なことはなかった。むしろ、端末に信号が届いたことのほうが奇跡だったのだろう。
 そこより前後、クラウスの意識は突如として途切れている。

 *

 ――なぜ、どうして。
 それを認識したとき、こみ上げる想いが胸を焼く。
 ぼんやりした意識が浮上してきた事で、途切れる前に見た光景を思い出した。

 *

 クラウスの意識が途切れる直前。
 それは、救いを求めた信号の正体でもある、数名でチームを組んで戦っていたレジスタンスの少年兵たちを発見した直後の出来事だった。
 駆けつけたクラウスが、状況を聴き好転の一手を打とうとした時のこと。
 ガガガガ、と激しい銃撃音の殺到――。
「――更なる、増援か」
 到来。予想外の方向から現れた戦闘機械群の別部隊に今、囲まれた。機械群はクラウスの接近を待っていたかのように即座に少年兵たちの動きを特殊な拘束装置で封じた。
 痺れ、あるいは――威圧的"恐怖"を与える命が脅かされる可能性があるエネルギーの照射と同時の、両手か両足の鹵獲拘束。
『動くな、傭兵』
 発せられたのは機械の音声だった。
「……!」
 その声が、クラウスの行動を釘付けにした。クラウスの瞳が、助けを求める少年兵たちの怯えを明確に捉えられる。この状況から、彼らを救えるのは自分だけ。
 自分の扱える武器、武装だけで敵を一掃するしかない。
 だが別働隊も、元よりこの場にあった機械群の軍勢は多い。一斉打倒を目標にすれば、少年兵たちも巻き添えになる可能性があった。
「人質は取るなんて、随分な作戦を実行しているね」
 クラウスは柔和に"機械の音声"相手に最低限の交渉を持ちかけるつもりだった。最低限に武器を構える姿勢を崩さぬまま一歩踏み出した瞬間、機械群の一つが拘束具のレバーを引く動作を見せる。
『抵抗するな。その子たちの命が惜しいのなら、お前の武装を捨てろ。さもなくば、今すぐ、ここで機械化の実験台になってもらう』
 誰かを救う為の戦い――自分の行動結果で迫られる残酷な選択肢。
 自身の信条を無視することは流石のクラウスも逡巡し、その一瞬の隙を、敵は逃さなかった。

 クラウスの出した答えは、武器を手放して両手を上げること。
 抵抗しなかったのだ。攻撃姿勢でもあり、防御の構えさえ解いた瞬間、背後から音もなく現れた別個体の戦闘機械が、その巨体と硬質な装甲でクラウスの脇腹を思い切り打ち据えた。激痛が、――走る。
「くっ……!」
 怪力任せの威力が内蔵をひっくり返すような内側に残る鈍い衝撃を齎した。
 意識が一瞬白く飛びそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
 破裂はしていない。ただ、衝撃余波で肋骨がギシリと軋む感覚。
 幾つかの骨が折れたのではないかと思える程、呼吸が浅くなる。
 ――折れてはいない、多分。
 ――なら、……いい。
 疑いを拭い去れない痛みが、呼吸を困難にさせていく。
「……これでいいだろう?彼らを開放して貰うよ」
 クラウスが声を絞り出すと、機械群は冷徹に告げる。
『お前の協力が得られれば、彼らはこの任務から解放されるだろう』
 その返答は真実ではなく、当然のように嘘である事など疑いようがない。
 今度は、自分の命が天秤に掛けられた。少年兵たちの顛末は、クラウスが応じればほんの少しでも生存率があがる可能性がある。
『異論がないならそのまま、動くなよ?』
 朦朧とする意識の中、クラウスの体は重い拘束を受けて視界は暗転した。
 最後に耳が拾っていたのは、戦闘機械群の勝利を確信するような冷たい電子音と、レジスタンスの少年たちの安堵とも絶望ともつかない声だった。

 *

「……っ」
 鈍い痛みまで思い出し、咄嗟に腕を動かそうとして、後ろ手に組まされた両手首には枷があるのに気がつく。そこから伸びるひどく重い鎖が下がっているの所まで見てとれた。同様に、両足首にも自身を拘束する枷が嵌まっている。そこからやはり繋がる太く凶悪な鎖は異常に重く、軽くでも動かそうものなら音が鳴る。椅子に座らせられている、と気がつくまでそう掛からなかった。
 ――此処は、独房か……?
 周囲は鋼鉄の壁に囲まれていて、耳を澄ますと微かに聞こえる機械が稼働する低いノイズ音。そしてそこに、クラウスの荒い呼吸だけ。
 装備関連は、尽く奪われていて身動ぎの度に脇腹の激痛が走る。
 痛みの凶悪さを考えれば、そこまで時間経過が在ったとは思えなかった。
 独房の中に、無力な人間の身体だけが晒されている状態である以外は。
 ――任務は、……少年兵たちは。
 頭の中はあの後何が起こったかを心配になるばかり。
 後悔と痛みのせいでまとまらない。だが一つの真実として、クラウスが戦闘機械群のどこか深い場所に巣くう施設に監禁されていることだけは理解できた。
「……最悪だ」
 独房の空気感は重く冷たい。
 体の芯から凍えそうな程、誰かの助けを期待できない。
 こういう時に言うのだ"絶望的だ"と。

 こつ、こつ。

 その時、閉ざされた鋼鉄の扉の向こうから誰かの足音が近づいてきた。
 ゆっくりと、だが迷いのない足取り。
 そして、ぎぎぎと重い金属扉が開いたのをみた。
 独房はどちらかと言えば灯りの要素さえ閉ざされた暗がり。
 そこへ入り込んだ光は、すぐに人影によって遮られる。
「……!」
 息を呑んだ。
 そこに立っていたのは、茶色の髪、赤い瞳。
 明るく快活な笑顔。手をひらりと上げて、クラウスに合図している。
「うそ、だ……」
 鎖に繋がれたまま、その姿を確かに見た。
 世界からは失われている輝きを失わなかった|太陽《希望》。
 |永瀬・翼《ながせ・つばさ》の姿に瓜二つ――。

 あまりの衝撃に、身体の痛みが一時的に消えた。
 忘れる程精神面に衝撃が刺さった、とも言う。
 ――そんなはず、ない。
 幻覚だろう。クラウスは真っ先にそう考えた。
 極度の疲労、事実上の任務の失敗によるストレスが見せた、都合の良い|幻想《ゆめ》。
 ――あり得ない。
 だが、翼そっくりの人物が笑いかけてきた口を開く。
『よお、クラウス。まあまあ元気そうだな』
 クラウスの認識は、残酷にも打砕かれる。
 見開いた目が、瞬きすら忘れる。
 ――忘れるわけがない……!
 その声は、かつての親友と同じ。
 元気で、自信に満ち溢れているものだ。
 声だけならば、間違いなく翼だ、と断言できた。
 しかし、疑心暗鬼に囚われながらその瞳だけは"絶対違う"と認識が悲鳴を上げる。
『会いたかったんだぜ?クラウス』
 そこに込められた感情。それは――この独房と同質の凍てつかせる程冷酷で、冷たい悪意だった。翼は、にこやかに笑いながら、独房の中に一歩踏み入る。
『しかし……まさかこんな場所で会えるなんてな。オレ凄く嬉しいよ』
 翼はまるで再開を心から喜んでいるように屈託なく笑った。そして、拘束されたクラウスの顔を眼前に迫るほどに覗き込みその青い瞳を、赤い瞳が見つめる。

 視線が無理やり遭わされる。

『なあ、クラウス。どうして黙ったままなんだ?』
 耳元に口を寄せた翼が囁く。頭の中まで染み渡らせるようにゆっくりと。
 両手が拘束されたクラウスには成す術はなく。聴覚遮断も叶わない。
 翼の手が、先ほど打ち据えられたばかりの場所に、軽く、しかし正確に触れられた途端、激痛が走る。急激に喉の奥から血の味がせり上がり、クラウスは思い切り咳き込んだ。
「……っはぁ、はぁ」
 口元を溢れる吐血さえ拭えないまま、クラウスは痛みに耐えながら答える。
「……その姿を止めろ。あいつの声で喋るな」
 言葉通り血の滲んだ声を絞り出すと、翼はニィと人を引っ張るカリスマ性を持つ、クラウスが組みてきた笑顔を浮かべたまま、静かに、そして残忍に告げ返す。
『やめられるわけないだろ?だって、オレはお前の親友だろ?』
 翼の瞳に、紛れもない残虐的な光が灯る。
 ――ああ、ほら。
 ――お前は、あいつじゃない。
 ――あいつは、そんな目なんて、するわけがない。

『すぐに声に出して否定しない、か。お前らしいな』
 朗らかに笑いながら、翼がクラウスの腹部から手を離した。しかし、クラウスの体は枷と鎖に拘束され、その上から襲った鋭い痛みでひきつけを起こしたように震え続けている。
 喉の奥に鉄の味が何度も広がり、クラウスは強く咳き込んだ。その口元を、翼はまるで子供を愛でるかのような、柔和な視線で見つめている。
『どうした、クラウス。そんなにすぐ壊れちゃ、つまらないぜ?』
「……っ」
 まるで、過去の翼が戦闘訓練中に発した発言に似ている。
 ――どうした、クラウス?そんなに気を張ったら、後が続かないぜ?――。
 クラウスを鼓舞した発言に、似ていた。似すぎていた。
 しかし、今聞いた声に込められた残忍な意図が、クラウスの精神を深く抉る。
「あいつは、人を傷付けて、喜ぶような奴じゃない……」
 血の混じった唾を吐き出しながら、言葉通りに吐き捨てる。
 これが今の精一杯。それでも振り絞って、|親友《翼》の名誉のためにも言ってやった。
 その声には、親友の思い出を守ろうとする必死の抵抗が滲んでいた。

 翼は、まるで面白い冗談を聞いたかのように、快活な笑い声を上げた。
『ははっ、それでこそオレの親友だ!まだ、そんなことを信じているのか?オレっていう脆い|希望《幻想》を!』
 つい、と腕が上がり、独房の隅に置かれた無機質な金属の箱を指差す。
『そこから見えるか?見えるよな。……お前が命懸けで守ろうとしたあのガキ共な、すぐに助かったわけじゃないぜ。オレの仲間が、この"悪の抽出"の為の準備を整えるまでの予備パーツとして、無事に確保しただけだ』
「何……!?」
 やはり嘘だった。クラウスは全身の血が冷えるのを感じた。人質を救うために受け入れたはずの拉致・監禁。それが結局は無意味だったという事実。誰かを救う為に動いて、「誰かを救う」という信念を根底から打ち砕いた。誰も、救えていない。
 クラウスの絶望的な表情を見て、さらに笑みを深めた。その表情は、翼の"自信家"という特徴を色濃く模しているが、今は嘲りの感情で塗り固められている。
『そうだよ、クラウス。お前はいつもそうだ。自己犠牲という名の希望に囚われて、本当に大切なものを見失う。例えば、あの時だって――』
 自由に語る口を止められない。
 悪意を吐く、あの声が止められない。
『お前の家族を殺したのは、お前が救おうとした人間の中に紛れ込んだ、ちっぽけな悪意だったかも知れないんだぜ? それを、どうして戦闘機械群のせいに出来る? 一番の裏切り者は、ひょっとしたらいつもお前の味方をしている人間かも知れないのに』
「やめろ……!」
 それ以上親友によく似た声で聴きたくない。
 精神的な激痛が、身体の痛みを凌駕する。クラウスは衝動的に枷を無視し、とにかく鎖を引きちぎろうと無意識に手足に力を込めた。
『止めろじゃないだろ?』
 翼は一転、冷徹な表情を作り上げるとクラウスの顔を片手で掴み、座らせた椅子ごと無造作に壁に叩きつけた。鈍い音が独房に響くと同時にクラウスの視界が歪む。
 ガッ、と壁に激突した後頭部がじんわりと水気を得る。
 ――後頭部から、出血……程度は、わからない。
 広がる痛みで意識はさらに混濁に落ち込んでいく。
『オレはお前の親友だ、簡単に死んで貰っちゃ困るんだよ。お前から全てを奪い、お前の中の絶望を抽出して、新鮮な"悪"に墜ちた|完全機械《インテグラル・アニムス》の為の質の良い最新のサンプルになって貰わないとな』
 掴まれたままの顔から手が離れる。その場に椅子ごと転がされる。今度はクラウスの折れているかもしれない肋骨に向けて、靴の踵を確信を持って押し込んだ。
「ぐ、うぅっ――ッ!!」
 内側から、鋭利な刃物で抉り突き刺される激痛の到来。肋骨が幾つか砕けている箇所が在った可能性があり、クラウスは、痛みでそれ以上声を上げることさえできない。拘束具に固定されているため、身を捩って痛みを逃がすことも叶わない。
 苦悶の表情を見下ろす翼の――偽翼の顔さえも、霞んで見えない。
 翼の自信に溢れた声だけが降ってくる。嗜虐的な喜びを込めて言い放つのだ。
『なあ、まだまだ死なないよな?ははっ、それでこそオレの親友だ!』
 踏む力を更に強められる。
 クラウスの喉がヒュッと鳴った。肋骨への圧力に加え、精神的なショックも合わせ肉体的にも限界まで追い詰めに掛かる。込み上げてきたものは、吐き出すべき血まみれの言葉なのか、それ以外かわからない。
「……うぅう」
 吐き出したものは胃液と混じった鮮やかな血だった。拘束されたまま、自らの血の混じったそれを独房の床に晒すことになった。
 その光景は、彼自身の無力さと敗北を如実に物語っていた。
『……汚ねぇな』
 汚物を吐き出したクラウスを見下ろす言動をした翼が、心底軽蔑したように鼻を鳴らし、もう一度、折れた肋骨の上を容赦なく踏みつけた。

 その瞬間、クラウスの意識は激しい痛みと絶望の渦に飲み込まれ始める。
 ――……もう、いい。
 ――これ以上|翼《お前》に汚されたくない……。
 クラウスの脳裏に、かつて戦闘機械群との戦いで自分を庇い倒れた本物の|太陽《翼》の姿が焼き付いている。あの輝く笑顔だけはこの偽物に穢させてはならない。
「……お前に殺されるなら……それも、いいかな」
 息も絶え絶えに、死を絶望を、受け入れる事でこの地獄を終えて欲しい。
 そうすることで、翼を演じるこの化け物から逃れられる――。
 クラウスは絶望の淵で、最期の願いを口にした。

 クラウスの完全に抵抗を放棄した一言こそが、翼が勝利を確信させた。
『よく言ったぜ、クラウス!なら、その拘束は解いてやるよ!』
 翼は歓喜に満ちた表情でクラウスに近づき、その拘束具を解くための動作に入る。
『これでお前はおしまいだ……。良い絶望をもっと見せてくれよ?』
 勝利を確信し翼が油断した一瞬。クラウスの青い瞳は死の受容ではなく、怒りと微かな哀しみ、同時に燃える確固たる覚悟が宿る。"この地獄を終わらせる”為に。
 ――これは誰かを救う為、じゃない。
 ――俺を救うため、ではある。
 ――だけどこれは"|翼《あいつ》を守るため"の戦いだ。

 勝利に酔いしれた表情でクラウスの傍にある翼。
 その瞳は"親友の絶望"を完膚なきまでに抽出するという達成感が宿っている。
 翼は拘束する特殊な合金製の鎖を解除するため、自身の喉元から指先にかけて微細な調整用ツールのようなものを展開し始める。それは、翼の機械の|核《コア》に繋がる制御システムを、一時的に無防備に晒す行為であり、"絶対に本物ではない"証拠でもあった。

 翼が発した「おしまい」という言葉。親友の顔で嘲笑する姿が、死を受け入れようとしたクラウスの心に、最後の炎を灯した。
 ――お前に殺される事は、思い出さえ永遠に穢すことになる……!
 クラウスは、死を選び逃げることを拒絶した。あの時から今に続く、戦いに赴く意識が絶望を燃料に変えて覚醒する。
「……この|夢《・》は、潰させない」
 誰にも聞こえない程の声で僅かに囁き、その声は吐血と嘔吐で荒れ果てた喉から絞り出された抵抗の宣言だった。

 翼がクラウスの手枷に調整ツールを接触させた、その時。
 クラウスはガタガタな身体と激痛を一時的に無視する。

 彼が学んだあらゆる戦闘技術、そして生きてきた経験の全てが、一筋の行動に集約された。拘束具に固定された状態から、クラウスは背筋と背筋、そして脚の筋肉を無理やり引き絞った。
「ぐ、ぁ……!」
 内側から肉体の限界を超えた軋みが響く。折れた可能性のある肋骨がさらに致命的に砕ける感覚。クラウスはそれを踏み台とした。拘束具を固定する椅子ごと、全身のバネを使って、勢いを付ける。
『なっ!?』
 翼が驚愕の声を漏らす。その体勢は鎖を解くための微細な調整に集中していた翼にとって、全くの不意だった。クラウスは地面に正しくも転がり落ちる勢いと、手首の枷を無理やりねじった反動を利用した。

 ガリッ!

 手首の皮膚が裂けた音がする。枷と皮膚の間から血が噴き出す。
 だが確かに解放された一瞬の自由で、クラウスは右手に気持ちを集中させた。武器は現在持っていないからこそ、満身創痍であっても自身は武器に出来る。
「もう、喋らなくていいよ」
 クラウスの血で濡れた右手が、翼の喉元を基点に露出した調整ツールとその奥の制御核へと、正確無比な文字通り決死の一撃を叩き込んだ。

 ドシュッという、肉と機械が同時に破壊される鈍い音。

 翼の赤い瞳は、嘲りの光を失い驚愕に満たされて凍りつく。
 翼の快活な笑顔は、不自然な痙攣と共に崩れ始めた。
『ま、さか……!お前は、絶望していない!?』
 彼の声が機械的ノイズへと変質していく。元の声はこれだったのだろう。茶色の髪と赤い瞳。自信に満ちた肉体。全てが、砂のように塵となり、クラウスの目前で剥がれ落ちる。
『悪の抽出は、不可能。不完全……エラー。ERROR!』
 それが偽りの太陽が放った最期の|雑音《ノイズ》だった。
 後に残ったのは無機質な金属の残骸と、砕け散った機械のコア。それはクラウスから新鮮な絶望を抽出するために造られた冷酷で特集品なウォーゾーンの兵器の残骸だった。
 残骸が崩壊すると同時に、拘束具と独房を制御していたシステムがダウンした。枷と鎖の県警が断裂し、自由を今度こそ得た。
 ただし、自由になった体は、激痛の塊だった。

 吐き出す血の量も尋常じゃない。堰を切ったように熱い血が溢れ出す。肋骨は折れ、内臓の損傷は深刻。全身の筋肉は悲鳴を上げ、手首からは血が流れ続けている。
 クラウスは、四肢を投げ出して床に倒れ込んだ。もう荒い呼吸を繰り返すのが精一杯だった。痛みで視界はチカチカと点滅し、意識は薄れていく。
 その時、重く閉ざされていた独房の扉が、完全に開ききった。
『クラウスさん!応答を!無事ですか!?』
 レジスタンスの支援部隊が飛び込んでくる。奥に見えたのは、無事解放された少年兵たちの安堵した顔だった。
 ――……ああ、良かった。
 クラウスに、微かな、柔和な笑みが浮かんだ。それは、翼が嘲笑し、穢そうとした"誰かを救うための戦い"が、最終的に報われたことを示す、真実の安堵だった。
 極限の苦痛に晒されながら、意識は深く深く沈んでいく。

 クラウスは意識の奥で、ある光景を見た。
 綺麗な花に囲まれた墓標の前に誰か居る。
 穢される前の、記憶にある太陽のような笑顔で、こちらを見つめていた。
 翼だ。翼は――ずっとそこにいる。
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