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発明品の名は。

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 ここは皮崎・帝凪の研究所、またの名を魔王城。
 その一角にある研究室で、彼は一人の客人を迎え入れた。
「まずはライラ! 貴様の決断に感謝しよう。よくぞ立候補してくれた!」
「そ、それほどではありませんわ!」
 推しに面と向かって褒められたライラ・カメリアは、照れ臭そうにもじもじ。
 今日は、ただお茶をしに来たというわけではない。

「いや! これを褒めずしていられようか!」
 帝凪は大仰な身振りで否定した。
「科学の発展には被験体が必須。いかな天才とて無から被験体は作り出せぬ。
 我が素晴らしき発明品を、その身で体験する者がいてこそ進歩は成り立つのだ!」
 そう、ライラの目的は新たな発明品の被験者となること。
 奇想天外な発明遍歴を知っていれば、普通は立候補などしないものだが……。
「ああっ、ダイナ様! そこまで喜んでいただけて光栄ですわ!」
 ライラもまた、歌劇のように感激を表現した。
「わたしこそ胸が張り裂けそうですの。貴方様の実験に携われるだなんて夢のよう!
 しかも、わたしの願いまで叶えていただけるんですもの。全力で務めを果たしますわね!」
「うむ! その願いとやらについてだが――」
 帝凪は巨大な装置を見上げた。

 正体不明のケーブルが無数に繋がった装置には、「生体属性仮想化装置」というラベル。
「念の為、もう一度仕組みを説明しておこう」
「はい! 謹んで拝聴させていただきますわ!」
「まずは事前に配布した、お手元のレジュメをご覧ください」
「かしこまりましたわ」
 何故か丁寧語になる帝凪。眼鏡をクイッと押し上げると、その姿はまるで敏腕営業マンだ。
「この装置は名前の通り、生物が持つ概念的な属性をスキャンして抽出、認識する。
 そしてアレがこーなってコレがこうすることで、それを一時的に仮想化出来るのだ!」
「まあ……専門的なところはさっぱり分かりませんけれど、すごいですわ!」
「うむ! 重要なのは、たった一つ!」

 帝凪は装置を指し示した。
「すなわち! 属性の仮想化による入れ替えを、一定時間にのみ行えることだ!
 |√マスクドヒーロー《我が故郷》の十八番たる不可逆の人体改造とは、そこが違うッ!
 安全! かつ! 高機能! 貴様の願いも、容易く叶えることが出来るというわけだッ!」
「……まあ……!」
 ライラは両手を組み合わせ、眼をキラキラと輝かせた。
「それでは、わたしは……今日だけ男性の身体になることが出来るんですのね!?」
「その通りッ! 一切心身に後遺症を残さず、完璧に|男女を入れ替えて《・・・・・・・・》みせようッ!」
 カカッ! どこかに仕掛けられたライトが、天才魔王を照らし出す!
「なんて素晴らしいんですの! よっ、天下無敵の魔王様! さすがですわーっ!」
 ライラはパチパチと拍手しながら、全力で声援を送った。

「……ところでライラよ」
「あ、はい」
「何故そのような願いを抱いているのか、理由を聞いても?」
 昨今、ジェンダーの悩みは深刻だ。帝凪はあくまで紳士的に、答えたくなければ答えなくていいと前置きしつつ質問した。
「それは……」
 ライラは目を閉じ、真剣な面持ちを浮かべた。

「わたし、|執事喫茶《バイトさき》の経験のために洗練された所作を学びたいんですの!」
「なるほどな、誰しも多かれ少なかれ何かしらの苦悩を抱え――えっバイト??」
「はい。per seという喫茶店なのですけれど」
「ヴェーロの店ではないか! 行ったことあるんだが!? 水着コンテストの時とか!」
「そんな……! もしかしてわたしがお休みの日でしたの……!?」
 普通に共通の知り合いのお店だし、深刻な話は一切なかった。

「オホン! ……まあよい」
 咳払いで気を取り直す。
「さあライラよ、そのスイッチを押すのだ!」
「これですわね! ポチッとな、ですわ!」
 人差し指が触れた瞬間、激しい光が部屋を満たした――!

 やがて視界が少しずつ晴れると、見えてきた世界は普段より一段……いや二段は高い。
「わぁ……!」
 ライラは感激し、両手を合わせて喜ぶ。
「さすがはダイナ様、天才ですわ! これが男性の目線ですの、ね……???」
 だがふと強烈な違和感を覚え、訝しんだ。
「んんっ! アー、あーあー」
 ライラは喉に手を当て、咳払いしたり様々な音程で声を発する。
 やがて違和感は明瞭な確信へと変わっていく――この声は!?
「ど、どうしてわたしの声帯からダイナ様の素晴らしいお声が出てますの~!?」
「ううむ……」
 眼の前の光景が完全に元通りになった瞬間、ライラはピシリと硬直した。

「むっ。どうやら完璧に設計通りの効果が出たようだな!」
 聞こえてきたのは、本来のライラの声。
 いや、そもそも……|ライラが目の前にいる《・・・・・・・・・・》ではないか!
「これで今日一日、貴様は男の体……あれ??」
 そして、眼の前の|彼《・》も、自らの声の違和感に気付いた。
「んん? はて、何故俺の声がライラのような美しいものになっているのだ?」
「…………わ」
 |彼女《・・》はふらりとよろめき、研究室に置かれた鏡を見た。

 そこには、まるで女のようになよっとしたポーズの帝凪。
「|ダイナ様《男》と|わたし《女》が、入れ替わってます、わ――」
「えっ!? 俺が何故目の前に……っとと、大丈夫か!?」
 意識を失う寸前に見たのは、慌てて駆け寄る|自分自身《ライラ》の姿だった。


「……ハッ!」
 ライラはすぐに目を覚まし、天井を見つめる。
「わ、わたし目眩を起こし、て……!?」
 そして自分と――いや、自分の身体に入った帝凪と目が合う。
「ほほう。この小柄な肉体で素晴らしい膂力だ! 俺の肉体をこうも軽々と!」
 ライラ(帝凪の身体。ややこしい)は今、帝凪(ライラの身体。ややこしい!)にお姫様抱っこされているのだ!
「は、はわわわっ!?」
 たとえ肉体は入れ替わっても、中身は推し。ライラは思わず真っ赤な顔を両手で覆う。
 傍から見ると帝凪が縮こまっているわけで、知り合いが見たら卒倒するだろう。

「しかし、まさかこんな形で「入れ替わる」とはな」
「そ、そうですわね。どういたしましょう……」
「いや! 入れ替わったからには、明日の効果終了までこの状況を利用するのみだッ!」
 帝凪の辞書に後悔という文字はない。究極のポジティブ思考!
「さすがはダイナ様ですわ……!」
 ライラは足を丸めたまま、パチパチと小さく拍手した。知り合いが見たら卒倒する絵面だ。

 そして運動場のような多目的ルームに場所を変え、まずは身体の動かし方に慣れることに。
「はぁ……ダイナ様、素敵ですわぁ……」
 鏡張りの壁の前で|帝凪の肉体《じぶん》に見惚れるライラ。涎も出ている。
「なるほど……! これが空を飛ぶ感覚というものか!」
 一方、帝凪はすっかりライラの身体に慣れ、ビュンビュンと頭上を飛んでいた。
「だ、ダイナ様っ、わたしの翼なんかでいいんですの!?」
「"なんか"とはなんだ、身体も軽いし何の申し分もない! 素晴らしい体験だ!」
「はわわわ……」
 震えるライラの前に、軽やかに降り立つ。
「しかしどうもコツが掴みきれないな。後でアドバイスをもらってもよいか?」
「わ、わかりましたわ。高速移動から空中回転、わたしの知識でよければ全て!
 なんなら翼が千切れて、翼だけパタパタ飛んでいく勢いで使い倒してくださいませ!」
「実は自己破壊願望とか抱えていたのか?? ま、まあそれはともかく……」
 帝凪はライラを再び鏡に向き直らせる。
「執事らしい所作を練習するのだろう? さあ、好きに俺の身体を使うがいい!」
「若干いかがわしい響きになってますわ!? で、でもせっかくなので少しだけ……」
 ライラは照れながら、ヴェーロの動きを脳内再生し真似てみる。

 ビシッ!(執事っぽいポーズ)
「はわわっ!」
 ビシィッ!(執事っぽいポーズ)
「はわわわわ~~!!」
 キマるキマる、すらりとした長身と鮮やかな褐色、長い髪がポーズに映えまくる!
 筋肉量も当然違うので、ピタッと動きを止めた瞬間のキマり具合が別物だ。
「男性のお身体ですと、こうも所作が様に……いいえ違うわライラ、ダイナ様のお姿だからよ! なんて素敵なの、きゃーっ!」
 両手を頬に当てくねくねすると落差がすごい。
「……そこまで違うものなのか? まあ、よいか」
 帝凪は細かいことを考えず再び床に降り立つ。
「では、より執事らしい所作を極めるため、実際に茶を淹れてもらおうか!」
 パチン! フィンガースナップが響き渡った!

 ……だが、返ってきたのは静寂のみ。
「ダイナ様?」
「今は俺の身体ではないのだった……!!」
「こう、ですの……??」
 ライラは見様見真似で、パチンと指を鳴らしてみた。

 すると床や天井がスライドし、マルチプルアームが出現。
 あっという間に、ダイニングチェアとテーブル、そしてティーセットを設置した!
「うむ!、よし! それでは改めて!」
 帝凪はダイニングチェアに優雅な着席を決めた。
「俺のことをお嬢様だと思って、給仕してみるがいい!」
「だ、ダイナ様が、お嬢様に……!?」
 この瞬間、彼女は肉体が入れ替わったことを心の底から感謝した。
 見慣れた自分の肉体でなければ、きっと緊張してそれどころではなかったはずだ!

「そ、それではダイナさ……」
「お嬢様と呼べッ!」
「お、お嬢様! し、失礼いたします」
 ライラはかがんでティーセットを持ち上げ、出来るだけ優雅にそつなく配膳する。
 バイト先で教えられたように、と意識して動作を行う内に、徐々に動揺が収まっていく。
(「これは練習、これは練習……」)
 心のなかで念じ、表情もスマートな執事の凛々しいものに。
 この時点でようやく、傍から見ても帝凪らしく――は、なっていない。なぜなら彼は、こんなキリッとした顔で黙ってられない性質だからである。
 そう、普段なら絶対見せないシリアス顔……具体的には13074という謎の魔法の数字で導き出される|それ《IC》を浮かべているのだ!

「お待たせいたしました、お嬢様」
 教育の賜物か、はたまた帝凪の肉体のおかげか。
 ライラは完璧な所作でお茶の用意を終える。
「ご苦労」
 対する帝凪もまた、貴族らしい堂々とした態度でティーカップに口をつける。
「ほう、茶もなかなか美味いではないか。これならヴェーロも満点を」
「……うふ、うふふふっ」
「!?」
 急に自分の声で笑い出されると、さすがの魔王もビビる。
「ど、どうしたライラよ」
「いえ、その……ダイナ様の声があまりにも格好良くてつい……うふふふふ(ニチャア)」
「今大分カッコよくない表情になっているぞ!? いや俺の身体なのだが!」
「はっ! そ、そうでしたわね」
 ライラは気を取り直し、カップを片付けようとする。
「それでは失礼いたしま――あ、わ、わあっ!?」
 だが長い脚のせいでもつれ、紅茶入りのケトルが宙を舞う!

 その時、小さな物体がシュッと割り込んだ。
 素早くケトルを回収、謎の力で帝凪の肉体が転ばないよう支える。
「大丈夫かライラよ!」
 帝凪は立ち上がり、飛行して近くへ。
「あ、危ないところでしたわ……」
「怪生物ちゃんのおかげだな。いい子だぞ!」
 咄嗟に手助けしたのは、帝凪が可愛がっている機械生命体。
 ちょこんと佇む怪生物ちゃんは、二人を交互に見て首を傾げるような仕草をした。
「ダイナ様の肉体ですから、助けてくださったんですのね? ありがとうございます」
 正座してぺこりとお辞儀すると、怪生物ちゃんはさらに困惑する。
 どうやら、中身が違ってもわかるらしい。思考そのものは読み取れないが。
「それでこそ怪生物ちゃんだ! さあ、俺の胸に飛び込んでくるがいい!」
(「はしゃぐダイナ様も素敵ですわ……でも、ちょっとだけ掌に乗せてみたいかも……」)
 両腕を広げる帝凪と、無意識に片手を差し出すライラを、怪生物ちゃんは交互に眺め……。

「なあっ!?」
「はわわっ!?」
 なんと、ライラの掌の上に飛び乗った!
「ば、バカな!? 怪生物ちゃん、俺がわからな……いや、違う」
 天才の頭脳は即座に動揺を打ち消し、ひらめいた。
「ライラの願望を感じ取り、叶えてやったのか! やはり俺の怪人細胞を分けただけはあるな! フハハハハ!」
「はわわわわ……わ、わたし、幸せすぎますわ~!!」
 その日の体験は、ライラにとって忘れがたい夢のような一日になった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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