暗闇に響きし異音
ショキショキ、ショキショキ……。
「おい、聞こえたか今の?」
「お前も? じゃあ間違いないよな」
暗闇の中、マグライトを手に歩く二人の若者。
彼らはとある動画配信サイトで活動する、いわゆるホラー系配信者だった。
廃墟やいわくつきのスポットを訪れて噂の真相を確かめたり、オカルト現象をでっち上げたりしている。
こうした心霊スポットの多くは私有地であり、大抵は立ち入り禁止だ。
そこへ突撃――当然無許可である――する二人は、迷惑系配信者とも表現できる。
ショキショキ、ショキショキ……。
「ほんとに仕込みじゃないんだよな!?」
「仕込む暇なんてあるわけないだろ……!」
彼らが訪れたのは、とある山の中。
ここでは登山客が忽然と姿を消したり、山の中には有り得ない奇妙奇天烈な建築物を目の当たりにしたという噂が流れている。
その真偽を確かめるという名目で、山の管理者の許可も取らずに深夜の撮影を敢行した。
ショキショキ、ショキショキ……。
「……あ、あっちの方だな」
「マ、マジで行くのか?」
マグライトがなければ、彼らを照らすものは何もない。
そして今、暗闇から聞こえるのは――不気味な音だった。
「当たり前だろ!」
縮れ毛の若者が声を潜めて言った。
「こんなの、確実に当たりだぜ。撮れ高抜群だよ」
「で、でもさぁ……」
ツーブロックヘアの若者は引け腰だ。
「いいから! 登録者数伸び悩んでるっていつも言ってたの、お前じゃねえか」
「……わ、わかったって!」
マグライトの光が小刻みに震える。
彼らはお互いの恐怖を決して指摘せず、目を逸らすように闇の中を歩いた。
ショキショキ、ショキショキ……。
音は幻聴ではない。奥に進むにつれ、徐々に大きくなっている。
つまり、発生源に近づきつつあるということだ。
彼らはカチカチと歯を鳴らし、足は震えてへたり込む寸前だ。
だが、全ては数字のため。そしてついに二人は――音の発生源らしき場所に辿り着いた。
……その時!
「アアアアアッ!!」
女のような甲高い叫びが、暗闇に響いた。
二人は恐怖の閾値を越え、呆然と立ち尽くす。心臓が破裂したような錯覚。
暗闇だったのは幸いだ。ズボンに広がるシミがスマホの映像に残らなくて済んだのだから。
「「…………!!」」
顔面蒼白でお互いを見つめ、悲鳴を上げることすら出来ずに逃げ出した。
●
……と。
√EDENから偶然迷い込んだ、特に何の関係もない迷惑系配信者の話はさておき。
「あーっ!! 大変です大変です!」
闇の中の悲鳴の主――もとい、久瀬・八雲は半泣きで下流へ急ぐ。
そして川の流れに乗ってしまった大量の小豆を、ザルで掬い取っていった。
はて?
小豆? ザル? というか、八雲??
「はぁはぁ、なんとか回収できました。小豆洗いも油断できないですね!」
指差し数えて全ての小豆を回収した八雲は、定位置に戻る。
そして今度は小豆を零してしまわないよう、ザルの角度に注意しながら手洗いした。
ショキショキ、ショキショキ。
川の水に曝された小豆が擦れ合い、独特の音を鳴らした。
「なんだか心が洗われますねぇ」
ショキショキ、ショキショキ……この手の作業は、八雲の得意分野である。
もうおわかりだろう。そもそもここは√EDENではない。
√妖怪百鬼夜行にある、小豆洗いバイトの仕事場なのだ。
……小豆洗いバイト??
「いやーお嬢ちゃん、筋がいいねえ」
「ホントホント。集中力もあるし」
「若いのに見上げたもんよねぇ~」
しかも八雲一人ではない。
タヌキ・キツネ・カマキリの同業者たちが、ショキショキと小豆を洗っている。
先述の通り、迷惑系配信者のコンビは知らないうちに異世界の道を潜り抜け、別の√へ迷い込んでしまった。
というよりも、噂の発生自体がその通路によるものだ。
そして謎のバイト風景に勝手に恐れ慄き、タイミング悪く八雲が大声を上げてしまった――というのが、さっきまでのホラー展開の真相である。
いや、小豆洗いバイトって何??(二回目)
「とんでもないです、恐れ入ります!」
八雲は照れ臭そうにペコペコした。
「わたしなんかより、先輩たちのほうが立派ですよ! なんていうかこう、堂々としてるっていうか貫禄があるっていうか……」
「そりゃあねえ、コン山さんはこの道30年のベテランだもの」
「よせやいポコ吉さん、あんただってそう変わらないだろう?」
なんかタヌキとキツネがベテランみたいな会話をしている。なんだこの絵面。
「カマ美さんは勤務歴どのぐらいなんですか?」
「あらぁ、私どのぐらいやってるように見える?」
カマキリはぱちんとウィンクした。ちなみにれっきとした♀である。ほらまつげも長い。
カマキリのまつ毛って何??
「うーん……一年? いや半年ぐらい! お若いので!」
「やだ~、八雲ちゃんったらお世辞が得意なのね~!」
しかもなんか盛り上がっている。なんだこの絵面(二回目)。
「ところで、どうしてこのバイトって夜限定なんでしょう?」
ショキショキしながら、八雲は疑問を口にした。
「どうしてって……そんなの、なぁ?」
「あー……だな」
タヌキのポコ|吉《よし》さんとキツネのコン|山《やま》さんは言葉を濁す。
「??? 何か聞いちゃいけないことでした?」
「違うわよぉ、私たちも知らないだ・け!」
カマキリのカマ美さんがくすくす笑う。
「え~!? ベテランの皆さんでも知らないんですか?」
「当たり前になってたからなぁ」
「特に不都合があるわけでもねえしな」
「ここ福利厚生いいのよねぇ、社員旅行もあるのよ」
「すごい! 至れり尽くせりですね!」
八雲は臨時バイトの身だが、ちょっと本格的に働くのも悪くないと思った。
時給は相当良心的だ。夏に色々と散財したせいで、お財布がピンチなのである。
「ま、若いのはなかなかこなくて人手不足なんだけどな」
「だから八雲の嬢ちゃんが来てくれて、助かってるぜ!」
「ほんとねぇ、頑張りましょうね~?」
「はい! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」
八雲はショキショキしながら頭を下げた。
結局、どうしてこんな山の中で、しかも夜にやっているのかは誰も知らない。
というかバイト雇うほど大量の小豆を洗う理由も、なんなら誰にもわからない。
それはそれとして、ご覧のようにとてもアットホームな職場である。
ショキショキ、ショキショキ……楽しげな雑談の合間に、小豆の擦れる音。
√EDENでは、「現代に蘇った小豆洗い」なる出所不明の都市伝説が流布した上に、山の管理者に気絶しているところを見つかった迷惑配信者コンビが活動停止するハメになっていたりするが、八雲にはまったく関係のない話である……。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功