嘆き
●予知夢
大きな、大きな泣き声が聞こえる。
それは、無為に失われていく命を嘆いていた。
それは、己の無力さを嘆いていた。
ああ、ああ、おお、おお、と嗚咽を漏らして、泣いていた。
どうか、どうか、助けておくれ、助けておくれ、人の子よ。
泣きながら、助けを求めていた。
自分では最早、どうにもならぬと、嘆いていた。
自分では最早、止められぬと、涙を零し続けていた。
自分が、自分で無くなってしまいそうだ、狂いそうだと、頭を抱えていた。
●全てが不明瞭な調査依頼
嫌な夢だった。
人は死なないが、今度は、何か大きなモノが自身を見失いそうになっている。
いや、きっと命は失われるのだろう。これはそう言う類の夢見だ。物から偶に流れ込んで来る、記憶に近いのだ。
寺山・夏(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h03127)は溜息を吐き、パーソナル・コンピュータと向き合う。簡単な動画を作り、サイトへとアップロードする。
「星詠みから√能力者へ、√EDENでの調査依頼です。宜しければ、お願い致します」
意味不明な夢の体験を語り、朧気に流れた√エデンの村の住所を告げる。
「何をすれば良いのかは不透明です。ですが、兎に角、良くない事が起きているのは確かです。予想ではありますが、きっと、命が失われています。どうか、この動画を見た貴方が、協力してくれることを願います。宜しく、お願い致します」
深く頭を下げた後、夏は文章でも投稿している事を伝え、√EDENの情報を語り、アドレスを流した。
●世界説明【√EDEN】
√EDENは現代の地球であり、約束の場所と呼ばれている楽園だ。
その特性故に、様々な√世界から侵略を受けている。
√能力者達は真実を知る者達であり、彼等の戦いこそが防衛戦である。と言うのも、心を守る為に、慣れ、忘れようとする力が、此処では極めて強く働いている事が原因と予測されており、この影響の為か、あらゆるメディア、国家、公的機関すら、誰も簒奪者の侵略という真実を認識出来ていないという状況にある。
一方で他√への入り口が多く存在し、普通の人も迷い込む危険性がある。
簒奪者が侵略行為を繰り返す理由は、この状況において、最も大量のインビジブルが漂っている世界である事だ。
√能力者の数は忘れようとする力故か、多くなく、防衛戦線は次第に限界に達しようとしている。
他、詳細は該当サイトのライブラリ項目【√EDEN】を参照して下さい。
マスターより

●挨拶
始めましての方は始めまして、紫と申します。
√EDENの農村で起こる異常事態を解決しましょう。
農村での催事は下記【※※ギミック※※】に記載していますので、出来ればご参照下さい。
●シナリオについて
・1章毎にopを制作します(大体1~3日程お待たせします)。
※※ギミック※※
【催事】
村では仲睦まじい男女が幾つかの祠を巡り、山頂に札を奉納すると言う催事が行われています。これは外部の者の方が良いとされており、また多ければ多いほど良いとされています。
取り敢えず男女で居るか、仲が良ければ白羽の矢が立ちます。
村人に機微を見抜く能力は有りません。
【催事中の村人達の様子】
村人達の気前は良く、食事や飲み物を振る舞ってくれます。
農村なので宿はありません。村人向けのちょっとした食堂は有ります。
12
第1章 冒険 『因習村|体験《調査》ツアー!』

POW
祠を壊す
SPD
開かずの扉を開ける
WIZ
村の狂人と接触する
√EDEN 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

妹で妻のジェニー(h01063)と
ジェニー、ぼくは君にもう無理をしてほしくないんだよ。何度も言ってるよね。
あ、村の方ですか。ぼくはジルベール。こっちが――
言っちゃった。ええと、ぼくらの故郷には特別な法律があって、条件を満たせば血縁や年齢を無視して結婚出来るんです。
え? ジェニー? んっ、人前で……ん、ちゅ……。
その気になったって、駄目だよ、ここには二人だけの場所無いし、外でも駄目だからね。この先は帰ってから!
一人で先に行かない。それでは祠まで行ってきます。
ストライドスーツがもつ情報収集力を頼りに祠まで。礼をして回りながら、大気の成分、重力異常などがないか調べます。
ぼくらの手に負えるかどうか。

兄で夫のジルベールお兄ちゃん(h01027)と
お兄ちゃん、私がまだ八歳だからって軽んじるのは止めてよね。『大恩』を受けた以上、世界にそれを返していかなきゃ。ほら、村の人が来たよ。
兄の妻のジュヌヴィエーヴ・アンジューです。どうぞよろしく。
証明しちゃいましょう、お兄ちゃん。
|兄《夫》の首に腕を回し大人の口付けを堪能して。その身体の反応も楽しみ。唇を離すと銀の橋が二人の間に架かります。
その気になってきました。お兄ちゃんもでしょ。――もう、堅物なんだから。
それじゃ、祠に参りましょ。それがそもそもの目的よね。
私は「ドローン操縦」で上空から村を監視。あと祠の配置に結界などの意味が無いか調べてみる。

WIZ 絡み・アドリブOK
うーん、どうにも気になる依頼だねぇ
とはいえ、おいちゃんにつき合ってくれるほど
酔狂な|女性《ひと》は思い当たらないし……
ここは村の中で、催事の由来やお札の内容、
あとは霊験あらたかな場所についてでも
聞いて回ってみようかな
聞けた情報は、√能力で執事さんに
随時まとめてもらっちゃおう
催事にあえて参加しないで、脇で見てるからこそ
わかることもある……といいなぁ
ほら、岡目八目って言うでしょ

許嫁であり同類である貴充(h03099)と
今の名乗りは『六絽・満弥』です。
…バレンタインに入籍予定です。
農村へやってきましたが…何やら催事が行われてますね、貴充。
そうして親しくしていたら、村の方にその催事に誘われて…?
ええ、貴充と一緒に行いましょう。何かここに手がかりがあると、私の勘がいっています。
なので札を受け取り、山頂へと向かいましょう。
さて、何が起こるのでしょうか…?

許嫁で同類な満弥(h05235)とな
今の僕は『八薙・貴充』ってな。
バレンタインに入籍予定やで、本当!
まあなあ、この世界にずっとおる僕らやしなぁ。
あ、本当やね、何かやっとるけど…うん、村の人に誘われたというか、こういうのが白羽の矢が立つっていうんやろな。
満弥の勘は当たるでな、やろか。しかしなぁ、祠。何のいわれがあるんやろ?
そんで、最後の山頂も…何あるんやろなぁ?

◎
夢は素敵なものだけれど
悲しい夢は少しだけ、寂しくて
命が失われてしまうのは、もっと寂しくて
今ならまだ間に合うかしら
私達にも何か出来ることがあるかしら?
見知らぬ土地
見知らぬ人々
何もかもが初めてで分からないだらけですから
まずは識ることからはじめましょう
こんにちは
私旅の途中だったのですけど、
どこか賑やかな声がしたので気になって
何か催しでもされて?
見かけた村人の方へ話しかけしりたいコトを尋ねてみます
お祭り…?
仲睦まじい同士で祠を巡る…?
まぁ…!何だか素敵ですね!
ひとりですけど見て回るだけなら私も許されるでしょうか?
怪しまれない程度に会話を弾ませて
一つずつ、少しずつ、すべきことを識りましょう
●美味しい一時
「ジェニー、ぼくは君にもう無理をしてほしくないんだよ。何度も言ってるよね」
「お兄ちゃん、私がまだ八歳だからって軽んじるのは止めてよね。世界から大恩を貰った以上、ちゃんと返していかなきゃ」
小さな白い頭が二つ、並んで歩いている。赤い瞳四つはそのまま向き合って、過去と現状を重ねて、互いを思うが故に、唇を尖らせる。
心配している方が、少しだけ背の高い兄、ジルベール・アンジュー(『神童』の兄・h01027)で、強気な態度は責任を感じている所為だろうか、大人びた意見を言っているのが妹の、ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)だ。
何方も譲る機が無さそうなのは、過去の所為か。単に似た者同士なだけなのか、それは二人だけが知る事だろう。その手は二度と離さないと言うように、指を絡め合って繋がれていた。
「ほら、着いたみたいだよ」
田園風景の続く農村を、何となく声のする方へ止め処なく歩いている内に、目的の場所に着いた様だった。
村人が誰でも寄り合える様に平地に作られた小さな社、注連縄を括り付けられた小さな鳥居。炊き出しを行っている者と、それを受け取る者が歓談を繰り広げ、一組の男女が社の前でのんびりと語らっている。
来客に気付いて寄ってきた村人に、まずジルベールが軽く会釈をする。
「こんにちは、僕はジルベール、こっちが……」
「許嫁のジュヌヴィエーヴ・アンジューです。どうぞよろしく」
繋いだ手から力を抜いて、逃すまいと力を入れるタイミングを見抜いてするりと解き、彼の首の後ろに両手を回す。悪戯っぽく赤い瞳を細める。
「え、ジェニー?」
兄が一瞬動揺する。
そんな彼が愛おしくて、可愛らしくて、思わず口元が緩む。唇が二の句を紡ごうとするのを、野暮でしょうと言外に伝える様に、自分の唇を重ねて、そっと塞ぐ。
何かを言おうとする兄を舌を入れ、絡ませ、貪り、捻じ伏せる。頬が上気し、開かれた瞳が屈服する様に閉じられるのを見て、満足した所で、兄の目が開かれ、無理矢理引き剥がされた。瞬間、見える者には見える半透明の銀の橋が二人の間に浮かび上がった。
「ジェニー、駄目だよ」
「もう少しだったのに、残念。堅物なんだから……」
故郷の常識は、少なくともこの世界では不要だろうと、ジルベールは説明を控え、昔から仲の良い地の遠い遠縁の親戚で、婚姻が出来る関係で、許嫁については親が決めた事だと嘘で纏める事にした。
「仲睦まじいのは良い事じゃのう、丁度、催事の時期でな、どれ、お前さん方なら十分じゃろ、どうじゃ、参加していかんか?」
お節介な老人が二人を神主に紹介すると、快く受け入れ、二人に札を渡し、順に大幣を振る。そして、山中の祠を巡り、頂上に奉納するのだと説明を行った。
「先に来たお二人は村の者なのですが、此方については、村の外の方が多ければ多いほど、喜ばれるのです」
「丁寧なご説明、ありがとうございます。それじゃあ行こうか、ジェニー」
「うん、行こうか、お兄ちゃん」
●罪狩り番い
「何やら催事が行われている様ですね、貴充」
一通りの遣り取りを見て、 六絽・シャーグヴァーリ・ユディト・満弥
(嚮導者・h05235)は、動揺を隠す様に努めて平静を装った声音で、 八薙・ヴァシュヴァーリ・イムレ・貴充(情報屋・h03099)に手を差し出して、語りかける。
「本当やねえ、何かやっとるけど、うん」
貴充は、それよりも先客、しかも恐らく同類のアグレッシブさを興味深そうに眺め、後ろに伸ばされた満弥の手に快く応えた。
「いらっしゃい、お二人さん。炊き出しもやっとるよ、何か食べていくかい?」
「んー、僕ら、バレンタインに入籍予定でなぁ」
「はい。バレンタインに入籍予定です」
「風の噂で、この村で変わった催し物しとるって聞いてなぁ、のんびり婚前旅行でもしようかって話になってな」
貴充がそれとなく満弥に視線を送ると、彼女は意図を理解して、こくりと頷いた。
「ああ、なるほど、それじゃあ、先ずは神主さんからお札を貰ってきなされ。炊き出しも社でやっとるから、好きな時にきなせぇ」
あっさりと神主の前に通され、同じ儀式の後に札を渡される。
「こう言うんが白羽の矢が立つって事なんやろうな」
「ええ、ここに何らかの手掛かりがあると、私の勘が言っています」
「満弥の勘は当たるでな、しかしなぁ、祠、何の謂れがあるんやろ?」
山頂も、気になるなぁ、何があるんやろうなぁ。骨董屋の呟きは、気ままな風に乗って消えていく。
●砂漠に雪は降るか
「夢は素敵なものだけれど」
田園を歩きながら、アルティノル・アトラ(イシュカ・ワルツ・h05329)は、思いを寄せてみる。
悲しい夢は少しだけ、寂しくて。
覚えがある。そんな時は、何時も隣に居るギンカの背を撫でた。
命が失われてしまうのは、もっと寂しくて。
此方は想像する事しか出来なかった。だが、人知らず消えて行く命を予感したのなら、きっと、悲しい夢よりも、きっと、心が嗚咽を上げたくて、堪らなくなると思った。
「今ならまだ間に合うかしら」
私達にも、何か出来ることがあるかしら。
救われる未来を夢見て、人が居なくなる寂しさから逃れる為に、手を差し伸べようとするのだろう。
「それは、愛と言うのかしら?」
仄暗い湖の上で、透き通る様な水色の瞳が、終わらない円舞を踊る。
「まずは、識る事から始めましょう……と思っていたのですが」
思わぬ物に目が釘付けになる。情熱的な愛と、そっと信頼し、寄り添う愛。異なる形の愛は、アトラの好奇心を満たした。
ただ、自身に重ねると途端に、解釈は霧の迷宮に隠れてしまう。求める愛の形が違うのだろうか、そもそも、愛は形を為すものなのか、焦がれているだけでは駄目なのだろうか。
「悪い癖でした。それにしても、何時もより、元気がありませんね?」
何時もより元気の無いギンカの鳴き声が聞こえて、誤魔化す様に微笑んで、思考の袋小路から抜け出して、背を撫でる。視線を戻すと。
小さな土塊人形が、涙を流していた。良く見ずとも、その身体は透けていた。声は無く、泣き顔のまま、土塊人形はゆっくりとアトラの側に近付き、その影に沈む。
「あら、何でしょう。でも、影の中であなたが一時でも安らげるなら、どうぞ、ゆっくりとなさって下さいね」
何となく、優しく語り掛けて、アトラは気を取り直し、振る舞われる料理を頂きながら、村人と話す。
「まぁ……何だか素敵な催しですね! 一人ですけれど、見て回るだけなら良いのでしょうか?」
「そりゃあ、要は作った山道に沿って山を登るだけじゃ。地元のもんは山菜採りやらなんやらで散々やっとるし、わざわざ一人で回る者が居らんだけよ。神さんは会いに行くのを拒みゃあせん」
「神様?」
「そうよ、これはなぁ、神さんに挨拶とか、顔見せに行くだけの催しよ」
村としては、宴が開けるだけで良いし、希ではあるが、こうして観光客も来て、村が活気付くので歓迎という事らしい。軽く酒が入った男は、自分の知っている事を話し始めた。
「いわれは知らんけどなぁ、あらたま? になってしもうた神さんを、やって来たもう一人の神さんが鎮めとんのじゃて。今も生贄が欲しい欲しい言うとるせえで、新しい神さんも参ってしまいそうになるから、たまに祠回って、人の顔を見せて欲しいんじゃてぇ」
「興味深いお話ですね、そう言ったお話に詳しい方はいらっしゃいますか?」
「お、そんな若ぇのに、先生か何かなんか? 神主は忙しいしなぁ、変わりもんで通っとる爺さんかなぁ?」
もう一つ、古くなった社に、迎えが来るまで籠もっている老人が居る。
「あっちは、あらたまになった神さんの社なんじゃがなぁ……当たり前じゃがもう、誰も世話しとらん。爺さんも新しい神さんの事慕っとるらしいのに、不思議でならん」
●√百鬼夜行の警官的観察と考察
「どうにも気になるねぇ」
与田・宗次郎(半人半妖の汚職警官・h01067)は、泣き顔の土塊人形に遭遇し、特に驚くことも無く、屈んでその頭を撫でた。会話を試みようとしたが、土塊人形は何も言わず、宗次郎の影に沈む。
「それにしても、若いってのは良いねぇ。おいちゃんに付き合ってくれる物好きな女性は、いないもんかねぇ……」
歓談を始めた、半透明のネコを連れた金髪碧眼の女性をそれとなく見遣り、何となく溜息を吐いた。
「外部から来たっぽい子達とは、後で落ち合う時間を作らないとねぇ」
村人から甘酒を頂きながら、アトラと男の話に耳を傾ける。重要な部分を抑え、執事を呼ぼうと思ったが。
「妙なんだよねぇ」
極端に少ないインビジブル。味方してくれているのは先程の土塊人形くらいだが、どうも、脆そうだ。通常、√能力数回で使い切る事はないのだが、あれについては、回数が限られていると考えるべきだ。
「何でこんな所に、偶に観光客が来るのかねぇ」
どう見ても、ネットワークに詳しい人種が居ない。広報をしている様子も無い。神主と言う人物も、免許を持った神職では無いし、社も国の管理下では無いだろう。
宿泊施設も当然の様に見当たらない。
「おかしいんだよねぇ」
空気が重苦しい。村も、山も、まるで異界の様だ。
「と言うより、異界なんだろうねぇ、ここ」
詳細は分からないが、界を幾重にも幾重にも重ねて区切っているのだ。そのくせ、迷い込む様に、外界との繋がりを作っている。
「入り口が多そうだねぇ、きな臭いったらありゃしない。で、入ったら閉じられるんでしょ、おいちゃんだったらさァ、そうするねぇ。さて」
村を見回っても、恐らく催事の由来は見付からない。此処までやるなら、そう言った物は綺麗さっぱり消されている筈だ。
「妖怪には、それが二番目くらいに効くからねぇ」
恐らく元の社が残っているのは、忘れようとする力を上回った村人の小さな、本当に小さな記憶の欠片と、理性の賜物だろう。
「気になるとは思ったけど」
インビジブルが極端に少ないと言う事は、碌でもない、悪趣味な人殺しが今も行われていると言う事だ。
「殺人事件は、おいちゃんの領分だね」
●鎖
「待って、お兄ちゃん」
「ジェニー、何か分かったかい?」
ジェニーは一度周囲を見渡してから、兄の耳に唇を寄せて囁いた。
「祠っぽいのが、ちょっと多すぎるの。何コレ、蛇、ううん、これじゃあ山を絡め取る鎖みたいよ」
最後に唇で耳たぶを擽ると、兄が軽く目を瞑る。
「うーん……そう言う事なら、みたいじゃなくて、きっとそうなんだろうね」
「でも祠も、ざっくり二種類くらいあるみたい……綺麗なのと、古ぼけたの」
「多いのはどっちだい?」
「分かってて聞いてるでしょ」
「流石だね、ジェニー」
「当たり前よ、もう」
妹の膨らませた柔らかい頬を頬を突く。唇が指を追う頃を見計らって離す。
「一つ目は古い方を」
「次は綺麗な方ね」
何時からか背後に居た土塊人形が、静かに二人の影へと沈む。
「気付いてた?」
「当たり前。随分弱った、インビジブルよね」
「少し、話に混ぜて貰ってええやろか? 僕等も祠、回ろうと思ってん」
後ろからの誘いを、二人は快く承諾した。
●祠を巡るならご一緒しましょう
「気付いとる?」
「気付いています」
何かが起こっている以前に、インビジブルが少ない。皆無と言って良い。そこへ背後に現れた土塊人形が、静かに自分達の影に沈む。
「唯一の味方やな」
「しかし、気配が小さ過ぎます。脆すぎるでしょう」
「多分、使える回数、限られとるん、やろなぁ」
貴充は何となく言葉を区切りながら、天を仰ぐ。
「あ、先に出て行ったお二人が見えて来ました」
「あんなあからさまに警戒しとったらバレるやろ……いや、素人しか居らんなら、アレでええんか」
先を行く二人に声を掛け、軽い自己紹介をし、情報を共有する。
●狂ひ人の社
「儂の言葉は全て真実じゃ、心して聞くが良い」
対面するアトラに、開口一番、老人はそう言った。
「鬼子母神様は存在しておる。村人はそれを有難く崇めておる。本当に素晴らしい事じゃな」
「あの、鬼子母神様とは?」
「荒魂となった、山神様を鎮めておる。本当に素晴らしい事じゃな。山神様は本当に荒魂となってしまわれた。鬼子母神様は今も尽力しておる。素晴らしい事じゃ。儂は真実を知らぬ。全て只の戯言じゃ。聞き流すが良い。山神様は生贄を求めておる。山神様は弱い、山神様は酷い神様じゃ、鬼子母神様が子を従えて攻め入った際に、村の夫婦を人質に取り、脅しおった。お前が動けば、この夫婦を順に食うぞ、と。鬼子母神様の子等はその際に全て殺され、鬼子母神様はその際に力を奪われてしもうた。ほんに愚かな行いじゃ。儂は何一つ覚えて居らん。鬼子母神様は儂に祝福を授けた。山神様は儂に呪いを掛けた。儂は希望を持って生きて居る。この社を壊し、生きることが絶望よ。良いか、儂の話は戯言じゃ、何一つ覚えなくて良い。さあ、もう少し此処に居るが良い。相手をすると何かしら、益があるじゃろ」
「ええと、土塊の人形みたいなのを見たのですが」
「それは呪いじゃ。山神様の呪いじゃ。お主等の敵であり、山神様のおぞましい怨霊よ。お主等は不幸じゃな」
「そうですね、お山について何か……」
「彼の地は山神様の怨霊で満ちておる。鬼子母神様が守ってくれるじゃろう。呪いを受けたお主等は護ってくれぬ。良いか、村人は皆正気だ。神主もな。鬼子母神様が祝福を掛けておる」
「……うーん?」
「……儂の言葉は真実じゃ、心して聞くが良い」
「お爺さん、随分と酷い事をされてるねぇ。ただねぇ、おいちゃん、解呪は専門外でねぇ。この状況だと尚更ね。済まないねぇ」
掴みかけながらも困っていたアトラに、宗次郎が横から顔を出して助け船を出す。同類で、土塊人形を見た事を宗次郎は話す。
「せめて山神様の名前が知りたいんだどねぇ」
「言える。言える。覚えて居らぬ。言える、言える、覚えて居らぬ」
「書けないかねぇ?」
「試して居らぬ、試して居らぬのだ。出来る」
老人は宗次郎の言葉に、幾度か首肯する。
「本当に酷い事されてるねぇ……普通なら家族くらいは気付く筈だけど、そこもきっちりしてるねぇ、これは。中に入っても、良いのかねぇ?」
「開けてはならぬ。皆が気にするじゃろう」
「ありがとねぇ」
社の中には、一枚の古ぼけた水墨画が残っていた。大男が山に下半身を埋め、仲睦まじい男女を和やかに見下ろし、大きな手を翳す、そんな構図だった。
「今も多く残って居るじゃろ、ゆっくり見るが良い。覚えて居らぬ記憶を描いた、他人の作品じゃ。全て、絵空事よ」
老人は、心が耐えられなくなったのだろう。無自覚に涙を流していた。心が軋んで嘆き、嗚咽を漏らす。
「……本当に、有難うねぇ」
「鬼子母神様が祝福されておる。見守って居られる。のんびりと行くがよい。無礼者……」
「最後に、殺された人達は、どうなっているか、知ってるかねぇ?」
「此処で人殺しなど起こって居らぬ。全て無事に帰路に着いて居る。鬼子母神様の祝福を受け、皆、幸せに寄り添ってな……鬼子母神様は本当に素晴らしいお方じゃ」
老人の言葉に、宗次郎は一瞬、歯を強く噛んだ。アトラは、思わず声を漏らしそうになった。
●祠にて
一番近くの古い祠に四人が辿り着く。重力異常の確認をジルベールが行ったが、概ね予想通り、山も村も重力が異常な状態である為、役に立たなかった。
祠に辿り着くと、影に沈んだ土塊人形が祠から何かを吸い込む。崩れそうだった身体が幾ばくか補強された。
「って事は、真新しい方の祠は碌でもない事が起こるって事やな」
「壊そうかな?」
「壊すのが一番だよね」
「さて、土塊君がどの程度回復したんかによるよなぁ……」
赤い瞳の子供二人は、祠の位置を鎖のようだと表現し、それを肯定した。となると、祠は、それ自体が√能力のみでしか壊せない強度となっている可能性が高い。そして、此処は敵地である。
「悩み所ですね。貴充」
「君もちょっとは考えてや、満弥。僕等、多分標的やで。ここの新しい方の神さん、確実にシュミ悪いで」
「では、お二方に質問します。古い方は後何箇所ほどか、分かりますか?」
「あと八箇所程ね。場所はきっちりしてないし、まばらよ」
「多分だけど、祠を巡るのは後付なんだろうね」
「少なくとも、一度で人形が崩壊しないのなら、矢張り、祠を壊してみるのが一番でしょうか」
「色々頭捻るより、試すしか無いんか。難儀やな」
「まだあまり進んで無くて良かったねぇ。何か分かったかい?」
先に合流していた四人に追い付いた宗次郎が進捗を聞く。その後にアトラが顔を見せた。
「おっちゃんも、警察か?」
「まぁねぇ。事件が起こっているし、解決に尽力している所だよ。目的は同じだと思うねぇ。少なくとも敵じゃあない。集めた情報も共有しよう」
「私も、ご一緒しても宜しいですか?」
アトラの申し出を断る理由も無く、六人は合流し、情報を共有する。結局行動を起こしてみる他無いと、近場の新しい祠を√能力を使い、一つ、壊す。
ちゃきん、ばきんと鎖が断ち切られる様な音が響き、毒々しい赤黒い粒子が霧散する。
●回想「興り」
大きな手が山岳地帯を掘り返し、平地を作る。村が出来ると、指で山をなぞり、山道を作る。
受け入れたくれた村人に、それは感謝し、己の下半身を最寄りの山に預け、村人と共に在る事を選んだ。
村人はその事を忘れないように、朧気な記憶を繋いで、それを奉った。
山頂に行かねば会話も儘ならぬ。
大きすぎて覚えられぬ。
それは私達を見守ってくれている。
故に、夫婦となる際は山頂を訪れよ。
それはお前達を祝福し、災厄を遠ざける。
子が森山に迷えば村に返し、家族が獣に襲われぬ様、見張ってくれるだろう。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第2章 集団戦 『暴走インビジブルの群れ』

POW
ブルータルファング
【赤い霊気】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【インビジブルの牙】」が使用可能になる。
【赤い霊気】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【インビジブルの牙】」が使用可能になる。
SPD
トランススイム
【無数のインビジブルによる突撃】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【近接攻撃】に対する抵抗力を10分の1にする。
【無数のインビジブルによる突撃】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【近接攻撃】に対する抵抗力を10分の1にする。
WIZ
ポリューションレッド
爆破地点から半径レベルm内の全員に「疑心暗鬼・凶暴化・虚言癖・正直病」からひとつ状態異常を与える【赤き汚染】を、同時にレベル個まで具現化できる。
爆破地点から半径レベルm内の全員に「疑心暗鬼・凶暴化・虚言癖・正直病」からひとつ状態異常を与える【赤き汚染】を、同時にレベル個まで具現化できる。
√EDEN 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●進展
じゃらり、じゃらりと鎖が鳴る。
大きな頭が山頂に叩き付けられる。
山が揺れる。
その轟音が、何処かに響くことは無い。
鎖を操る異形の女が、頭に向かって不機嫌そうに罵ったかと思えば、次には慈母の様な笑みを浮かべて、耳元に唇を寄せ、何事かを囁く。それが大粒の涙を流し、叫び、嗚咽するのを見て、嗜虐的に口元を歪ませる。楽しくて堪らないのか、笑いは止まらず、やがて哄笑となって、空に響き、霧散し、消えていく。
ひとしきり。異形の女の前に、番いの仔が顔を出す。
その目からは、涙を流している。
その口からは、嘆きの声を上げている。
それでも、仔は救いを齎した母の言葉に従い、山中へと身を躍らせる。
ああ、ああ、ああ……。
嘆きの声ばかりが、山中に木霊する。
●状況説明1(新しい祠と√能力制限について)
現在の状況で√能力者にとって最も厄介なのは、インビジブルが存在せず、√能力に回数制限がある事だろう。これは新しい祠を壊す、古い祠を訪れる、何れかを行えば緩和される。
破壊する必要のある新しい祠は合計で20。
それぞれ下腹に5箇所、中腹に5箇所、頂上付近に5箇所となる。
場所は探索済みであり、迷うことは無い。
これらは√能力でしか破壊出来ない強度だが、祠の破壊のみに√能力を使用するのであれば、√能力の回数に余裕が出来る。
半数、10も壊せば√能力は無制限に使えると思って良い。
もし興味があれば、壊す度に山神様と呼ばれていた者に関連した記憶を見る事が出来る、見たい記憶を選んでも良い。
●状況説明2(敵と、その対処について)
状況は進展し、敵も動き始めた。
場所は山中と山道だ。視界が悪く、傾斜がある。
敵は暴走したインビジブルだ。
殆どが二体一組のを基礎とした集団で襲ってくる。
【技能】を駆使すれば倒せる程度の脆さであり、思考能力も低い代わりに、数が多い。また、敵は常に泣いている為、接近には気付き易いだろう。
対処として、敵を欺く、囮になって引きつける、隠れながら祠のみを壊す、取れる行動は多い筈だ。気に掛けるのであれば浄化、浄霊出来そうな技能を使ってみるのも良い。
●状況説明3(古い祠について)
古い祠の付近であれば、敵は標的である√能力者を見付けられない。身を隠すには丁度良い、利用方法を考えてみるのも良いだろう。
古い祠は下腹に2箇所、中腹に3箇所、頂上付近に3箇所ある。
【山神様】と呼ばれていた日本の妖怪の名に心当たりが有れば、此処で唱えてみるのも良いかも知れない。
情報を整理し、√能力者は行動を開始する。

夫のお兄ちゃん(h01027)と
お役に立てて嬉しいわ。
ぼんやりしてるけど十分見えるよ。√能力は無くなったけど、多少の影響はまだ残ってる。
「インビジブル制御」は通じないか。
――それじゃ始めよう、お兄ちゃん。
浮遊砲台群『アルテミシア』展開。無人機母艦『ハニカム』、無人機『ホーネット』を放出。
ビームの「弾幕」と刃で「範囲攻撃」。襲ってくるインビジブルを撃ち抜き切り刻む。接近なんて許さない。出てくる端から蜂の巣にしてあげる。以後無人機で索敵。
これくらい軽いね。それでどの辺りを回ろうか?
事項了解、中腹ね。じゃ行こっか。
√能力に頼らないといけないのは大変ね。
ん、山神様の記憶。随分古いみたい。ここへ来た時?

妻で妹のジェニー(h01063)と
祠の位置確認、お疲れ様。お陰で迷わずにすむ。
インビジブルが出てきた。暴走してるみたいだけど、見える?
――それじゃ行こうか。
√能力は温存しなくちゃね。浮遊砲台群『アポロニア』展開。「一斉射撃」の「弾幕」で出現したインビジブルを無に還す。
インビジブルならこんなものか。だけど、いくらでもいるみたいだからね、警戒しながら進もう。
そうだね一番気になるのは山頂だけど、他に行く人がいるだろうから、手薄になりそうなのは、中腹かな。ぼくらはそこを回る。
新しい祠を見つけたら、ぼくが人類の怒りの一撃で壊すよ。こればっかりはぼくじゃないとね。
山神様の記憶か。これは封印された時のこと?

SPD ○
まだ謎だらけだけど、√能力が使えないのは何かと厄介だ
「後々」のためにも、ここはみんなの力を借りちゃおう
√能力を1回使用
配下妖怪を分散させて、新しい祠の破壊に回ってもらう
「壊せた数だけ、お菓子おごるから。頼んだよ」
自分は「切り込み」と「零距離射撃」その他の
戦闘系技能で、インビジブルを引きつけて倒す
可能であれば「鬼子母神様」と山神様の間に
何があったのかの記憶を見たい

◎
―助けて。か
随分とまぁ切実な訴えだなぁ
誰の嘆きか分かりゃしないけど、
聞こえたからには応えようじゃないか
とりあえず山頂付近の空から目ぼしいモノ探し
ここが一番声が大きく聞こえるし
お仲間居るなら状況聞けたらいいんだけどね
で、さっきからちらほら見かける祠
新しそうなのは何となくイヤな感じだ
第六感がそう言ってるし壊しちゃおうかな
……と。君等はさっきから何がそんなに悲しいのかな
そんなに泣いてたら涙も涸れてしまうよ
一応最優先は新しめの祠破壊で
愛用の精霊銃で雷霆万鈞を撃ち込む
その場に自分以外のお仲間が居るなら、
敵さん惹きつける囮にでもなるとしようか
こっちだよ、ついておいで
手は出さないで撒けるだけ撒いてみるよ

許嫁で同類な満弥(h05235)とな
あー、これ完全に僕ら標的やなぁ…。なあ、満弥、行くで?
もちろん、山頂の方にな。
脆いのが幸いやけど、数多いんでなぁ。この敵への対処は、暗殺道具・炎によるだまし討ちからの暗殺焼却していこか。
もちろん、燃やすのは敵たる『暴走インビジブルの群れ』だけや。
祠を見つけたら、√能力使って破壊するしなぁ…。僕はできるだけ目立つようにするさかい。
何でって、年嵩で標的なら、目立った方がええやろ?他の人も動きやすいやろし。
ただ、危なぁなったら、その古い方の祠へ退避しての安全確保。ああ、そこから暗殺道具・炎を飛ばすのもええかもしれんな?

許嫁であり同類である貴充(h03099)と
あー、カミガリやってると、よくあるやつ…。
え?山頂に?…わかりました、貴充。
私は貴充の死角になりそうなところを補う。
リミッター解除。御用警棒に妖力を流し込んで伸ばし、それからの殴打を。
貴充の炎は、仲間を…私を焼きませんから。たまに突っ込んでだまし討ちでの殴打も!
√能力は、新しい祠の破壊にのみ使いますけれど。
貴充って、どこか自己犠牲精神がありまして。
ええ、年長で標的になってるからこそ、その考えは私にもわかりますよ。
でも危なかったら、その腕引っ張ってでも古い祠の方へ退避させますけど!?
山…巨人…当てずっぽうになってしまいますが、『ダイダラボッチ』ですか…?

祝福は確かにあったのでしょう
いいえ。今も形を変えて尚、それはあるのでしょう
守ろうとして。守れなくて
そうして、嘆き苦しみ涙を流している
他者を想いあうその心
それを人は愛と呼ぶのでしょうか
私は新しい祠を壊す皆さまのサポートに
周囲を警戒し耳を澄まし
インビジブル達の声が聞こえたら
魔女の詩を口ずさみ迎えましょう
赤の汚染は可能な限り回避に努めますが
受け入れる事が慰めになるのなら、甘んじて受けましょう
あなた方を傷つけるつもりはありません
どうか、私達に聞かせては下さいませんか?
あなた方の物語…痛みも悲しみも喜びも、全て
何時かは覚めてしまう魔法
けれど今この一瞬は、過ぎ去りし夢をもう一度
祈りが届いて下さいますように
●摺り合わせ
「祠の位置確認お疲れ様、お陰で迷わずにすむ。見える?」
「お役に立てて嬉しいわ。十分に見えるよ」
ジルベール・アンジュー(『神童』の兄・h01027)の問い掛けに、ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)は首肯する。
「有難うねぇ、お陰で、少しは楽が出来そうだ」
確認を、と言って 与田・宗次郎(半人半妖の汚職警官・h01067)は人差し指を立てる。
「おいちゃんは一回だけ、一回だけねぇ。√能力を使うよ。後々の事を考えて、そっちの方が良いだろうからねぇ。そこで、皆はどう動くのかねぇ?」
「制圧射撃をしながら、中腹かな、手薄になりそうだから、ぼくらはそこを回るよ」
良いかい、とジルベールは隣のジェニーに視線を送り、確認する。
「事項了解、中腹ね」
「これ完全に僕ら標的やからなぁ……山頂に行くでな、なぁ、満弥?」
「え? 山頂に? 分かりました。貴充」
あー、カミガリやってると良くあるヤツ、等と呟いている六絽・シャーグヴァーリ・ユディト・満弥(嚮導者・h05235)を見て、八薙・ヴァシュヴァーリ・イムレ・貴充(情報屋・h03099)は、やや毒気を抜かれて苦笑した。
「僕は出来るだけ目立つようにするさかい」
「そゆことねぇ。助かるよ」
片眼鏡をした糸目が軽く開かれて、宗次郎は二人の意図を汲む。
「私は皆さまの補助を」
何か思うところがあったのか、目を閉じたまま、静かに話を聞いていたアルティノル・アトラ(イシュカ・ワルツ・h05329)は、静かに、口遊む。
「大体分かったよ。それじゃあ始めちゃおう。土塊ちゃんには、ちょっと無理させるけど、ごめんねぇ」
警棒で地面を軽快に叩く。小気味の良い音が響いたかと思うと、宗次郎の身体が香に巻かれて、様々な風体の小妖怪達が煙から現れ、宗次郎に菓子をねだる。
「壊せた祠の数だけ、お菓子を奢るから。頼んだよ」
何匹かの頭を撫でてそう言うと、やる気一杯に山中を散策する。
●心を繋ぐ郵便屋
「急がなくて良かった。大体そう言う感じなんだね。にしても」
誰の嘆きかは知らない。分かりやしない。ただ、あまりにも切実な訴えだった。
「聞こえたからには、応えようじゃないか」
少なくとも、心を繋ぐ為に羽ばたく郵便屋、ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)の心を動かすには、十分だった。過ぎる程だ。
「山頂には二人かな。先駆けて物見だね」
目的は新しい祠の破壊だし、競争かなぁ、と楽観的な思考を働かせながら、愛銃の黒い銃身を撫で、翼を広げ、山頂を目指す。
●月の女神に命を捧げ
「それじゃ、行こうか」
「始めようか、お兄ちゃん」
繋いだ手を、改めて、強く、強く、握り締める。
「浮遊砲台群、アルテミシア、展開」
「浮遊砲台群、アポロニア、展開」
月の女神と殉教者が絡み合い、山中の宙空を踊る。一瞬で数十の光が瞬いたかと思えば、迸る閃光に、泣き濡れる敵が熱線によって、容赦無く焼き払われる。
「インビジブルならこんなものか。警戒しながら行こう」
「ええ。出て来る端から蜂の巣にしてあげるわ」
●謎を解く
閃光で開かれて行く道を18程の小妖怪達が走り回る。
尚包囲されている状況に、宗次郎は敵に肉薄し、警棒を振り抜く。
「済まないねぇ」
すぐさま、空いた手で拳銃を構え、引き金を引く。三度の軽妙な発砲音。硝煙が立ち昇る。零距離で放たれた銃弾は、宗次郎の狙い通り、急所と思われる場所の肉を食い破る。ああ、と短い声を上げ、空を仰いで、泣き顔のインビジブルが消滅する。
怒りの慟哭を上げ、片割れが我を忘れて突進する。
「もっと早くに来られたらって、ねぇ」
何度思っただろう。数え切れない。警察であれ、探偵であれ、その身分は、起こった事を、或いは積み上がって来たモノを精算するだけだ。だから。
「今と先を生きる皆くらいは、救ってあげたいんだよねぇ」
突進する敵に合わせて刹那、剣を抜き、放つ。インビジブルという謎が解け、存在が浄化される。謎の残滓が欠片となって頭中に訴える。
将来を誓い合った二人が殺し合う。
将来を誓い合った二人が、互いに拷問を行い、絶望の果てに殺される。
教唆は空からの大きな声。裏切りに、悲痛な訴えが木霊する。
嘆きと悲鳴と憎悪と絶望と、マイナスの感情が満ちに満ちたインビジブルに、付け込むように、異形の女が優しく声を掛けるのだ。
「ああ……そうかい……そうなんだねェ」
刀を握る指の爪が、肉に食い込んでいるのに気付いて、宗次郎は珍しく想起された激情を抑え込んだ。暴言を理性で抑え込む。口を閉じ、静かに、インビジブルを送り返す。
妖怪達が新しい祠に辿り着き、一つを壊す。
ことん、ことん、ぱきん、ちゃきり。
祠が壊れて、鎖が切れる様な音が響く。
●回想「後の鬼子母神と山神」或いは「封印」
大きな拳が簒奪者らしき異形を砕く。
大きな掌が異形を払う。
異形の女は引き連れてきた仔を全て祓われ、舌打ちする。
女はソレには姿を見せずに身を潜め、機を伺い、程なく。
女は学習した。
山を登る夫婦に声を掛ける。正気を失った村の夫婦が、自身の首元に刃物を当てる。
怒りに震える声が山頂の遙か上方から響く。
異形の女は、圧倒的に優位な状況に笑い、嗤い、契約と決断を迫る。
契約内容は語られず、後に山神と呼ばれるソレは、夫婦の解放を条件に、不平等な契約を結ぶ。
夫婦は、異形の女の指示通り、契約条件通り、忘我のまま、自身の首を切る。どくどくと流れ、溢れる鮮血が、現世からの解放をありありと示した。
それの怒りと嘆きは、首輪と鎖いう形で顕れた契約によって、無碍にされ、踏み躙られる。女は手応えにほくそ笑んだ。
「これで、貴方の力と身体は私のモノね。あら……力ばかりの馬鹿だと思っていたけれど、色々識っているのね。素晴らしいわ」
狂ったような笑い声が、響く。
「契約の前に色々と厄介な事をした様だけれど、大丈夫。ゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて、躾けてあげる。だって、私達は今日から夫婦だもの。ねぇ、旦那様?」
たった一人、一部始終を目撃した人間は、女に呪われ、誰にも理解されない悲しみを背負い、孤独に、社に引き籠もった。
●月に魂の炎を焼べて
忘れられた嘆きは、高潔な月光への殉教によって祓われ、近付く事も侭ならない。兄妹は山中を閃光と共に掘り進む。流石に中腹までは時間が掛かった。
漸く祠に辿り着き、勝手に喘ぐ息を整えた。
「こればっかりは、ぼくじゃないとね」
ジルベールは利き腕に魂に炎を宿し、祠に突き立てる。
●回想「来訪」
雲を突き抜け、天にも届かんばかりの巨体。
されど、それが踏み鳴らす大地には、僅かな跡が残るのみ。
見られる事も無く、触られる事も無く、自身が在る理由を、ソレは探していた。
いいや、見えても人の子は、その殆どが、忘れるのだ。
生まれた意味を識る事は無く、人の子と関わる理由も無く、彷徨い歩いていた。
見える者はその偉容に驚き、受け入れられる事も無かった。
村を作ると息巻いている若者が目に入った。
何となくだったのだろう。その若者は感付いて、大男に声を掛けた。
崩しても良い山を選び、拳を振るう。集まった人の子を避けるように土砂が宙を舞い、平地が出来上がる。
若者は喜びに感嘆の声を漏らし、喜んで飛び跳ねた。
周囲に居た者達は何が起きたのか分からなかったが、目を丸くする。
若者は、ソレに手を差し伸べた。
若者は、ソレに何度も話しかけ、余裕がある時は酒を持ってきた。
村人となる者達は、何かの存在を確信して、貢ぐのでは無く、御礼として農作物や山菜を持って来た。食事は必要の無い身体だったが、人の子から貰ったそれは、美味しいと感じた。
友人となった若者の笑顔に、夫婦となった者達の幸福そうな顔を眺め、それは漸く、在る理由を見付けたと思った。だから、山に半身を預け、村人と共に在る事を決めた。
●下腹制圧
銃声と金属音。古びたコートの影が合わせて靡く。
宗次郎はただ、黙々とインビジブルを送り返し続けた。
成る可く、苦痛の無いように。
そうしている内に、妖怪達は次々と祠を壊していく。
宗次郎の様子のおかしさに気付きながら、そのコートの裾を引っ張って。
約束の菓子をねだる。
「ああ、済まないねぇ。それじゃあ、此処は終わったんだねぇ」
妖怪達に約束の報酬を与え、共に山を登る。
●囮
「思ったよりは、やり易いなぁ」
煙管の煙で敵の目を欺く。煙に気を取られている内に、ぼうぼうと、燃えて行く。
背後からの襲撃を、満弥の威力制限を解除した伸縮自在の警棒で思い切り打ち付ける。
多くの視線を感じた所で深い木々の合間を縫うように駆ける。
相手の速度を測って見切り、追い付かれない速度で引きつけ、頃合いを見計らって虚を付き、敵を焼く。
(貴充って、どこか自己犠牲精神が有るんですよね)
「そら、満弥に言われたら終いよなぁ」
「口に出していません。考えている事を読まないで下さい、貴充」
「顔に言いたいこと全部書いとる満弥が悪いで」
「危なくなったら、その腕引っ張ってでも待避させますからね!」
「満弥に引っ張って貰えるんならアリやなぁ、なんてな。分かっとるで」
下腹では途中妖怪達が、中腹では兄妹の無人機から放たれる閃光が引き連れた敵を送り返す。
囮役を買って出た二人のお陰で、下腹と中腹の祠の処理は迅速に終わる。
●幕間
七つ祠が壊れたのと同時に、空間に罅が入る。
ぱきん、ぱきんと澄んだ音が響いて、硝子の箱が割れる様に、空間に有った何かが砕ける。影に潜んでいた土塊人形達が姿を現して、ふわりと浮かび上がる。
大きな、大きな嘆きの声が山中に響き、√能力者達の鼓膜を震わせる。
元気の無かった護霊が、何時もの元気な姿を見せ始めた。
●魔女の詩
「祝福は、確かにあったのでしょう」
アトラは首を振る。
「いいえ、今も形を変えて尚、それはあるのでしょう」
影に潜んでいた土塊人形がインビジブルの様に宙空に身を躍らせるのを、視界に捉えて、歌うように、口遊む。
「守ろうとして。守れなくて。そうして、嘆き、苦しみ、涙を流している。他者を思い合う心こそを、人は愛と呼ぶのでしょうか」
それは愛の形の一つだと思う。それでもアトラには、それが分からなかった。
皆が切り開いた道を歩く。残骸すら残らない彼等の死には、酷く胸が締め付けられる。
嘆きは、あらゆる方法で呑まれて消えて行く。仲間達が切り捨てている、切り捨てていく感情を、アトラはどうしても、捨てる事が出来なかった。
泣き濡れるインビジブルの声が無性に寂しく聞こえて、釣られて頬を涙が伝う。
頂上付近に近付いて、皆が集まって、閃光と自律機械の無機質な駆動音が、大きく響く
それでも、仲間に近付くインビジブルの声に耳を澄まして、アトラは声を届ける事にした。
「祈りが、届いて下さいますように」
欠けては満ちる月のように
欠けゆくものを満たしましょう
寄り添って
悲しさを分かち合って
寂しさを紛らわせて
それでも それでも
救いに手を伸ばして
暗い暗い夜を歩き 共にある
だから 今は
三日月の船に 身を寄せて
揺蕩う月光の漣に 耳を寄せて
身体を横たえて
二人で微睡む時を 楽しみましょう
三日月の下 二人きり
星の海を 巡りましょう
口遊む詩が彼等の慰めになるかは分からない。
それでも、泣き顔のまま、多数のインビジブルが詩に耳を傾け、生来の姿を取り戻す。
「どうか、あなた方の話を、私達に聞かせては下さいませんか?」
知性を獲得しても、インビジブル達は泣いてばかりだった。
問い掛けに答えた。
喜びの回答は皆一様に、好き合った人と一緒に居られる事だった。
悲しみと痛みについての回答は、酷く残酷だった。
やり口は至って単純だ。
二人で居ることを決め、山を登ろうとする者達の精神と肉体を徹底的に苛め抜く。
それだけだ。
アトラは幾つかのやり口を聞いて、吐き気を催した。
一時、化物としての姿から解放してくれたインビジブル達は、アトラに感謝し、現世からの解放を望み、身を差し出した。
アトラは何も言わなかった。
何かを言えるような状態では無かった。
ギンカがそれを慰める様に、鳴き声を上げた。
「ああ……」
いつかは覚めてしまう一時の魔法。
彼等は過ぎ去った時を取り戻し、寄り添って、世界に身を委ねた。
●エレメンタル・バレット
「良い歌だなぁ、良いなぁ、一緒に歌ってみたいなぁ。君もそう思わない?」
影から浮かび上がった半透明の土塊人形に語りかけて、多数の新しい祠に向けて銃口を向ける。
「もう大丈夫みたいだし、思い切り行っちゃおうか!」
悲しい理由は聞こえなかった。祠に向かっての最短ルートを急降下し、愛銃を向け、二三、呟くと、ニュクスの翼に雷光が宿る。それはすぐさま銃口に集中し、特大の雷球を形作る。
「雷霆万鈞。ファイア! ってね」
トリガと共に、高速で射出される雷球が新しい祠の周囲で炸裂し、爆発する。歌の範囲外に居たインビジブル達が爆発に巻き込まれて消滅する。
続いて襲ってくる者達に問い掛ける。
「君等は何が悲しいのかな、そんなに泣いてたら、涙も涸れてしまうよ」
飛行による自在な三次元軌道と共に、急所とおぼしき場所に溜め無しの雷弾を叩き込む。機構を知り尽くしたラピッド・ファイアが、インビジブル達の身を的確に砕いて行く。
●精霊・ダイダラボッチ
「貴充、予定とは少し違いますが」
「ええで、ほな行ってみよか」
引きつけていた敵を一斉に浄化してくれたアトラのお陰で、余裕が出来る。彼等の信条や手口に思う所はあったが、二人は慣れている方だった。
頂上付近の祠を訪れて、満弥は少し考える。山と巨人。
「山神様、荒魂、様々な呼ばれ方をしていますが、あなたはもしかして、ダイダラボッチと、言うのでしょうか?」
古い祠が淡い光に包まれ、嘆きとは別の声が響く。
そう、そうだ。
確かに、私はそう呼ばれていた。
ありがとう、ありがとう、人の子よ。
私はだいだらぼっちと言うのだ。
ありがとう、ありがとう。
久しく呼ばれていなかったのだ
私はもう、私が何者か、分からなりそうだった。
本当に、おかしくなりそうだった。
ありがとう、本当に。
漸く、自分を取り戻す事が出来た。
そして、許しておくれ。
この土地に呼んだ事を。
この様な土地で、助けを求めたことを。
許して、おくれ
私に出来た事は、ただ、小さな小さな分け身を送る事だけだった
「泣かないで下さい。状況としては、手遅れ寸前でした。私としては、あなたに感謝したい位です。きっとそのままでは、あなたは……鬼子母神を騙る何かに、取り込まれてしまう所だったのでしょう?」
目前を横切ったインビジブルを、警戒していた貴充の炎が焼く。
●山頂付近制圧
山頂の祠の破壊は破壊と囮を買って出たジズベットの活躍により、迅速に進む。暴走していたインビジブルの影は絶え、施されていた、ダイダラボッチの封印が解け、施された多重結界が晴れる。
重苦しかった空気が、淀んでいたそれが澄んだ自然なものへと変わっていく。
異形の女はそれでも、嗤っていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

POW
クヴァリフの御手
【無数の眼球】による牽制、【女神の抱擁】による捕縛、【触手】による強撃の連続攻撃を与える。
【無数の眼球】による牽制、【女神の抱擁】による捕縛、【触手】による強撃の連続攻撃を与える。
SPD
クヴァリフの仔『無生』
【その場で産んだ『仔』】と完全融合し、【『未知なる生命』の誕生】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
【その場で産んだ『仔』】と完全融合し、【『未知なる生命』の誕生】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
WIZ
クヴァリフの肚
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【クヴァリフの肚】」から【最も強き『仔』】を1体召喚する。[最も強き『仔』]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【クヴァリフの肚】」から【最も強き『仔』】を1体召喚する。[最も強き『仔』]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●でえだら
「おめぇみたいなでっけぇヤツは、でえだらぽっちと、言うんだと。ちょっとなげえな、でえだらって呼んでも、良いか?」
問い掛けへ、それは精霊の名では無く、妖怪の名だと答えた記憶がある。人にとっては些細な違いだろうと思った。然し、訛りを加味すると、その名が丁度良いなと、笑ったのを思い出す。
「でえだらー、野菜食うかぁ?」
断っても渡す何時もの老婆。礼代わりに体調を気遣った。そろそろ山に登るのも堪える頃だろう。呪いの類で疲労を抜いてやる事は出来るが、確り薬師や医者を呼ぶように注意した。
その内、何処でも話せるようにと、祠と社が作られた。
懐かしい、気持ちになった。
浸ることが出来たのは、今し方此処を訪れ、名を唱えた人の子のお陰だろう。
幾つ感謝の言葉を唱えれば、この恩に報いる事が出来るのだろう。
●鬼子母神「クヴァリフ」
「旦那様の浮気性には本当に困った者ね。こんなに美人な奥さんが側に居るのに、何が不満なのかしら」
物を言わぬ無駄に大きな頭を踏み躙る。みしりと大地が悲鳴を上げて、すぐに轟と言う大きな音に変わり、派手な窪みが出来上がる。
「寝ているのかしら? 寝ている振りなのかしら? 何方も駄目よ。私が喋ってあげているのに、無視なんて。本当に酷い人。倦怠期と勘違いされちゃったらどうするのかしら? ねえ、聞いているの、旦那様?」
片手で頭を掴み、持ち上げて無理矢理目線を合わせる。
「返事は、はい。次に、はい。最後に、はい。無視は一番駄目ってあれだけ言い聞かせているのに、何時になったら、旦那様は弁えてくれるのかしら? ねえ?」
「わ、た、しは」
「返事は、はい……いいえ、旦那様の言いたいことが分かったわ! 語感が嫌なのね。じゃあ次からはワン、ね。ほら、鳴いてみせなさい?」
「や、め」
「旦那様、良い夫というのはね、飼われている犬みたいに、奥様に媚び諂って、何でも言うことを聞く生き物の事を言うの。何度も、何度も言い聞かせているでしょう? 何時になったら覚えてくれるのかしら? 愛とはそう言う関係のことを言うのよ、旦那様。それに、私は寛容だから、浮気には何度も何度も目を瞑って上げているでしょう? 村の仔達だけじゃなくて、若い子達ばかりと連絡を取りたがるんだから。でも」
旦那様も見たいのよね。
「ち、が」
あの子達が、ぼろぼろになって捕まって、虐められて殺されていくト・コ・ロ。
「返事はワン、早く鳴きなさい。旦那様。それにしても」
嬉しい。楽しい。儚い希望で自我を取り戻して、取り込まれる一歩手前で足掻こうとする、この力を失いかけているかつて強大で、今は脆弱な存在が可愛らしい。
みしりと、頭が潰れない程度の力を込める。
「ねえ旦那様、可哀想ねぇ、旦那様が呼んだ所為であの子達は死んじゃうの。本当に可哀想。でも安心して、旦那様が悲しまないように、私の仔として産んで上げる、ねえ、荒魂で、生贄を求める名無しの山神様?」
「わ……た……し、は!」
ああ、ああ、アア、嗚呼、亜あ、アアアアアアアア!
何者だったかを思い出したのだ。
半狂乱の声を上げながら、両腕に残った力を込めて首輪を握る。
「健気ねぇ旦那様。それにしても、半端な希望を与えて、残酷な仔達。厳しく教育してあげないと、駄目みたいね。ねえ、旦那様?」
●状況説明1(ステージ)
山頂には鬼子母神を騙る√汎神解剖機関の簒奪者「クヴァリフ」と、名前を取り戻した精霊「だいだらぼっち」が居る。
だいだらぼっちは最も古く、最も強い契約に縛られながら、崩壊寸前の自我を保っている状態だ。その両腕は首輪を引き剥がそうと常に藻掻いている。√能力者達を襲うことは無いだろう。
√汎神解剖機関については今回の話に特に関わりが無い。もし知りたい者が居れば、ライブラリの世界説明を覗いてみると良いだろう。
●状況説明2(出来る事)
√能力者達は【クヴァリフの討伐】と【だいだらぼっちの救出】を行える。何方かに注力しても良いし、両方の行動をしても良い。これにペナルティは無い。
●状況説明3(クヴァリフ:ギミック及び技能)
【クヴァリフ】は√能力の他に、技能として【光学迷彩】【隠密】【怪力】。そして、強力な【催眠】を持つ。
特に【催眠】は彼女が声を発するだけで効果があり、目を合わせた状態で催眠を掛けられた場合、対策をしていなければ√能力者でも抗うことは不可能だ。
催眠への対策は必須だろう。何でも良いから考えておくと良い。
傾向として、クヴァリフは狡猾で卑劣、そして残忍だ。
姿が見えれば√能力者を盾にしようとする。他にも、想い合う√能力者同士を殺し合わせる様な状況は、彼女が好む者だと、覚えておくと良いだろう。
強力な技能の源泉は、だいだらぼっちから契約によって掠め取った物だ。
契約を無理矢理にでも破棄すれば、クヴァリフは著しく弱体化する。よって、クヴァリフはだいだらぼっちの救出を行おうとする者を優先して妨害する。
勿論、やり方次第では正面から制圧する事も可能だろう。
全ては√能力者の判断に任されている。
●状況説明4(だいだらぼっちの救出)
だいだらぼっちの救出には最も古く、最も強い契約、それが形となっている首輪と鎖を破壊する必要がある。
だいだらぼっちは名前を取り戻し、常に抗っている。だから、自身であれば、この契約を、どの様に断ち切るのか、それを考えるだけで良い。
ただし、前述した通り、クヴァリフは、この行動を行おうとする√能力者を優先して妨害する。気を付ける必要があるだろう。
状況を認識し、√能力者は行動を開始する。

妹で妻のジェニー(h01063)と
つくづくたちが悪い。大精霊も厄介なものに捕まったもんだ。途中で拾ったWZにジェニーと乗り込み、相乗りウォーゾーン。
ぼくらは、大精霊の契約破棄に向かう人たちのため「時間稼ぎ」に徹する。WZのカメラを切って、ジェニーの誘導に任せる。『アポロニア』の制御権も渡しておくよ。
妹の指示で、連装機関銃を「範囲攻撃」にした「援護射撃」。邪魔はさせないよ。
可能なら、WZを敵と味方の間に「ダッシュ」で割り込ませよう。ジェニー、ナビよろしく!
「エネルギーバリア」展開。ここは通さない。
うん、終わったね。
ジェニーったら、いつもそれなんだから。毎晩気を失うまで付き合ってるでしょ。

夫で兄のジルベールお兄ちゃん(h01027)と
旦那様? 奥さん? 笑わせてくれる。本当の夫婦っていうのがどんなものか、見せてやろう、お兄ちゃん!
お兄ちゃんらしい地味な戦い方ね。いいよ、付き合う。
催眠に対しては「オーラ防御」と「精神抵抗」ではね除ける。
WZの上部ハッチから身体を出して、「ドローン制御」で『アポロニア』『アルテミシア』の両浮遊砲台群による「弾幕」での「援護射撃」。
『ハニカム』のドローン群も放出して、催眠を使う余裕がないくらい攻め立てる。
お兄ちゃんにも、大まかな敵の位置を伝えるよ。それで攻撃お願い。
終わったみたい。お疲れ様、お兄ちゃん。頑張ったご褒美、ベッドの中で一杯ちょうだいね。

SPD ○
いやぁ、世にも恐ろしい嫁さんだ
やっぱりおいちゃん、独り身のままでいいかなぁ……
いや、今はそれどころじゃないね
【だいだらぼっちの救出】
配下妖怪をあちこち飛び回らせて、クヴァリフの目玉(視界)を撹乱させる
自分はクヴァリフのほうを絶対に向かず、だいだらぼっちを援護
「昔は『夫婦喧嘩は民事不介入』なんて言ったもんだけどねぇ。今は時代が違うのさ。だから、もう大丈夫」
だいだらぼっちが自力で「契約を破棄する」と言えそうなら、それを支援
無理そうなら、探偵刀などで鎖や首輪の破壊を優先

◎
許嫁で同類な満弥(h05235)とな
主な行動【だいだらぼっちの救出】
満弥に任せて正解やったなぁ。
さて、やること…決まっとるやろ。あのクヴァリフの性格からして、一番狙われるの、僕らやで?
契約の破棄なぁ。さっきからの言動からすると…名前を取り戻した上の『離縁』な気がしとる。
婚姻の破棄ってな。
クヴァリフで一番気にせなアカンのは、催眠なぁ。
僕は煙管の煙によっての視界遮り、さらには霊的防護としよか。それに、いくら隠密いうても、煙はつられて動くでな?
あとなぁ、実は僕ら、この依頼受けてから一度も本来の名前言ってないんよ。なぁ、そうやろ…『ユディト』。

◎
許嫁であり同類である貴充(h03099)と
主な行動【だいだらぼっちの救出】
怪異に対するには、怪異を知ることも必要でしたから。名前も含めて。
そして、そう言うと思いました。
私は『霊震』でクヴァリフへ最大震度を齎して、少しでも動きづらくして…貴充への援護としましょう。
ええ、だいだらぼっち。泣くことはありません。私たちは、このためにここへと来たのですから。
私は、何度でもあなたの名前を言いましょう。
催眠への対策…この霊鏡は役に立つでしょうか。これ、怪異の力を跳ね返すものですから…。
それに、ええ。名前が関係することがあるなら。偶然そうなったにせよ…策になるでしょうね、『イムレ』。

姿は見えない。かといって目を合わせてもダメ
とんだ困った奥様だね。全く…
狙われてたり危険な仲間がいるなら率先して援護や救助に
銃と鋼剣を使い分け、
空を舞い地を駆けて翻弄し確実に一手を与えていく
目が合いそうになったら、目を閉じ第六感に任せて回避に
躱せぬと判断した攻撃は身を以て受け止めるよ
…ああ良かった。これなら
追葬の風を使用し、即座に銃撃を
目には目をって言うだろう?貰ったものは返さないとね
ほら、余所見しないで
そのご自慢の力で掴まえてごらんよ
それとも飛ぶ鳥一羽も仕留められない?
挑発するように囀り、笑う
自慢の翼が傷ついたって羽ばたいてみせよう
だいだらぼっち。山の神
君のその強い想いに応えるために。何度でも

ギンカと共にだいだらぼっち様の元へ
嘆く御仁へそっと声を
あなたは『あなた』
この地で彼等と共に在ることを選んだ
山の神だいだらぼっち
――目を開けて耳を澄まして
彼等や私達の命の鼓動が聞こえますでしょう?
どうかご自分を責めないで
罪の意識にとらわれないで
共に抗いましょう
愛したものを守るために
ギンカを呼び銀砂ノ嵐で攻撃と目眩ましを
耳に障る甘い言葉は防げずとも、視線を遮ることはできるでしょう
きらきらと舞う砂の星
目の良い貴女には少し眩しいかもしれませんが
どうぞよくごらんになって下さいね
傷ついた時には煌星ノ雫を降らせ己や皆に癒やしを
私達は逃げも隠れもしませんよ
この悲劇を閉じるまで何度でもお相手いたしましょう
●聞き上手
ぎ、ぎ、ぎ、ぎ。
絡み付く蔦が、樹木の根が、蔓が、四肢を縛っている。
目的は枯れ、何の為に居るのかを忘れ、それはただ黙々と、プログラムを走らせ続けていた。姿を見せない山に居る何者かが、何時か話しかけて来た事を、何故か鮮明に覚えている。切って捨てた事を、覚えている。
何も出来ず、来る日も来る日も動植物と自然をアイカメラで眺めていた。救援を期待していた、様な気がする。何時だったか、救援が来ないと諦めてからは、廃棄処分または戦死判断が下されたのだと判断し、内容を消去した。
やることが無くなった。空っぽだった。
何度も何度も音声記録を再生した。
それが、何を伝えたかったのを理解した。
太陽が昇り、朝が来て、小鳥とミミズクの声に聴覚センサを委ねる。昼が過ぎ、陽が落ち始め、空が夕焼けに染まり、鴉達が巣に帰ろうと、哀愁を感じさせる鳴き声を上げる。夜に虫達がざわめいて、夏には蛍が温かい光を灯し、鈴虫がりぃりぃと、心地良い声を届けてくれる。
膨大になってしまったログファイル。どれもこれも、消す事を躊躇した。何時しか宿った心、そのもので、自分を削る様な思いだった。
何より、何時か声を掛けてくれた者の雰囲気が変わり、久しく使用していなかったレーダーに一つ、敵影が増えていた。
大きな敵影を友軍へと変更する。
錆び付いた身体でも。心を作る時間をくれた、優しい恩人を、救いたいと思った。
最悪のパターンを想定して、長く、長く機能停止状態を維持した。
状況は悪化の一途だ。敵影が見る見る内に増えていった。とうとう、アイセンサで捉えられる程の間近に、嘆き続ける異形が山中を行き来する。
何時からか、戦場で飽きるほど嗅いだ嫌な匂いばかりが山を漂っていた。
結局、何も出来ない儘に、時間が過ぎていくばかりだった。
懐かしい音が響いた。敵影が見る見る内に減少する。
小型ドローンに備え付けられる発砲音、高出力光学兵器が発する、独特の収束音。
見えたのは、子兎を思わせる、二人の小さな男女だった。
漸く、時が来たのだと思った。
アイセンサを開く、システムを立ち上げる。四肢の稼働率をチェックし、装甲にこびりついていた錆を落としながら、絡み付いた植物等を引き千切る。良く遊びに来ていた小鳥達が逃げていく。
元々、二人乗りとして作られていたハッチを開ける。
何故その様に作られたのかは、データとして、残ってはいない。
始めまして。お二方。
私の名前は、ナリス。
宜しければ、お二人の名前を教えて下さい。
尚、当機の目的は、名も知らぬ恩人への、恩返しです。
繰り返します、当機の目的は、名も知らぬ恩人への、恩返しです。
「ジルベール・アンジューだ。宜しく、ナリス」
「ジュヌヴィエーヴ・アンジューよ。素敵な動機ね。相乗りさせて貰うわ」
ジルベール・アンジュー(『神童』の兄・h01027)と、ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)は慣れた手付きでナリスとドローンの同期を終わらせて行く。
「随分年数が経ってるみたいだけど、あなた、中身も素敵だわ」
「妬くよ。ジェニー。でも本当に凄いね。思わぬ拾い物。恩返しが終わったら、ぼくらと一緒に来ないかい?」
返答は事が終わるまで保留とします。
「賢明。制御権は渡しておくよ、ジェニー」
「了解、お兄ちゃん」
●恩返し状況開始
「つくづくたちが悪い。大精霊も厄介なものに捕まったもんだ。ナリス」
敵影認識。複座ハッチ開放。視覚センサ・モジュールをオフにします。
以降、本機はレーダーでの索敵のみを行います。
「本当に良い子。婚期逃して焦った、行き遅れの奥様とは大違いね。本当に笑えるわ。悪い事は言わないから、ままごとから勉強し直して来なさい、ね?」
スモークを射出します。恩人、貴方が苦しんでいる姿を見るのは、とても息苦しく、心苦しい。今まで、救出行動を取れなかったことを謝罪したい。
そして、感謝を、伝えたい。
あの日の恩に、必ず、報います。
射出された煙幕が、敵の目を覆う。解放されたハッチから顔を出したジェニーの指示に従い、遅れて到着した人口のアルテミスが、殉教者を率いて、赤目が捉えた目標に小銃を乱射する。
「まだまだ行くわよ、ハニカム!」
レーダーが捉えている目標と妹の照準を頼りに、連想機関砲を準備。
「酷い反抗期ね。可愛らしいわ。止まりなさい」
精神同調・増幅モジュールを、起動。
煙の向こうで、声だけが響く。瞬時に機体まるまるを、生体オーラで覆い、ジェニーはナリスと、ジルベール共に、精神を同調させ、精神防壁を張り巡らせる。
「あら、玩具に夢中になって、自分達の世界に閉じこもっちゃ駄目よ」
「そんな事言って、旦那様が浮気ばかりするから、羨ましいんでしょう? 良い加減、自分に魅力が無い事に気付きなさい。お・ば・さ・ん」
●時間稼ぎの間に話が進む
「さっきは、満弥に任せて正解やったなぁ」
「怪異に対するには、怪異を知ることも必要でしたから。名前も含めて」
はにかむ様な微笑みを見せた六絽・シャーグヴァーリ・ユディト・満弥(嚮導者・h05235)の頭に、つい、手をやりそうになって、八薙・ヴァシュヴァーリ・イムレ・貴充(情報屋・h03099)は状況を思い返し、戒めた。解決してからでも、そう言った事は遅く無い筈だ。
満弥は思考を回す貴充の方をじっと見つめ、すぐに何時もの表情に戻る。貴充は何となく察して、食事処の候補を頭中で探す。
「いやぁ、世にも恐ろしいお嫁さんだ。やっぱりおいちゃん、独り身のままで良いかなぁ……いや、今はそれどころじゃないね」
妖怪達のお陰で、何時もの調子を取り戻した与田・宗次郎(半人半妖の汚職警官・h01067)が声を響かせる。
「おいちゃん、ちょっと酷過ぎるモンだけ見て諦めるんは良うないで。結構良え線いっとるのに、勿体ないて。一番槍引き受けてもろたお陰で今は狙われへんけど、一番狙われるん、僕らよな。そんで契約の破棄、破棄なぁ、この場合は離縁よなぁ」
「昔はねぇ、夫婦喧嘩で民事不介入なんて言ったもんだけどねぇ」
「今はちゃうもんな」
「はい。そして、そう言うと、思っていました」
「ほな、行くで」
「寄り添います」
「若いなぁ……煙々羅ちゃんに鎌鼬ちゃん、今回は要だから、宜しくね。ぬりかべちゃんは……だいだらぼっちちゃんが知ってるよねぇ。絶対、破られるよねぇ」
機械の放つスモークに、貴充がが吸ったままの煙管の煙、全てを小さな煙々羅が乗っ取って滞留させる。消えない毒煙が、敵の視界を奪い、体力をじわじわと削る中で、鎌鼬が三つに身を分け、味方の動きと合わせて奇襲を掛ける。
●銀砂
「とんだ奥様だよね、全く」
低空で仕掛け時を見極めようとしていたゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は、この状況で手を出すのは難しいと考えた。何せ視界は不明瞭、敵の姿を煙の揺らぎだけで追う。流石に難しい。宛てなく牽制。皆に合わせて、幾らか銃撃を繰り返す。
「おいで、ギンカ」
アルティノル・アトラ(イシュカ・ワルツ・h05329)の囁きに、気儘な鳴き声が応えて、姿を見せる。
自慢の毛並みを煌めかせながら。
煙の妖怪を、興味深く見つめて。
銀砂の嵐は、それを遮ること無く、山頂を舞う。。
音無く、静かに。ただ、影を照らす。
「目の良い貴女には、少し眩しいかもしれませんが、どうぞよく、ご覧になって下さい」
神々しさすら感じる銀光が、無数の眼球を焼き、その輪郭を、形作る。
怒り混じりの醜い悲鳴が山頂に響く。
「こ……む」
無茶苦茶に振り回される触手が、片端から焼かれ、裂かれて行く。
「うん、やっぱり、今度一緒に歌って欲しいなぁ」
空に高く舞い上がり、意識の逸れた視界を外れ、急降下しつつ、愛銃を構え、トリガを引く。銃声を追い抜く勢いで駆け、二つ星を宿した細剣を一閃。敵の胴を裂く。
「貰った想いは、返さないとね?」
生命活動を停止した、かの様に思えた。
ずるりと、異形が這いずり、胎内に帰る事を願い、ぐちぐちと音を立て、母の身体に潜り込む。壊れた身体の心臓が脈打ち、首をもたげた。
「保険は、掛けておくものね。お陰でッ、気分は最悪よ」
暴れる触手が煙を吹き飛ばす。近付こうとした妖怪を薙ぎ倒そうと迫る。地面が割れ、空間が歪む。脂汗を滲ませ、頭痛に苛まれる頭を、片腕で抑え付け、生々しい音と共に、五指が頭に埋没し、血が滴る。
冷静さを欠いた為か、その姿を隠そうとはしなかった。
●願い
「今の内に、行きましょうか。ギンカ」
激昂するクヴァリフを仲間に任せ、アトラは大きな身体に近づけて、嘆きにそっと声を届けた。
あなたは『あなた』
この地で彼等と共に在ることを選んだ 山の神、だいだらぼっち
目を開けて
耳を澄まして
皆の声に
命の鼓動
聞こえますでしょう
だから どうか ご自分を責めないで
罪の意識にとらわれないで下さいませ
●奈落煙々
「煙々羅君が散らされてしもたなぁ。不味いなぁ」
ゆらりと現れた影を睨み付けようとして、その視線が傾き、揺れる。すぐに煙管から発せられる煙で身体が覆われ、不快な匂いと気配に苛立ちながら、呪いを発する。
「殺し合え、貴充。殺し合え、満弥。愛し合うと言う事は殺し合うと言う事でしょう? ほうら早く、母の言うことに間違いは無いはずよ」
途中で思わず嗤いが漏れた。この二人は特に良く名前を呼び合っている。番いだ。名を知っていれば、声の呪力だけでも十分。人形にして終わったら他の√能力者も殺し合わせれば良い。
「殺し愛なぁ、僕らとは無縁やな」
身体を奈落に染め上げる。煙が暗く昏く墜ちていき、クヴァリフの視界も身体も、奈落の底に墜ちていく。身体が揺れる、頭が割れそうな震動が響き続ける。
奈落の煙が、這い出そうとした子供ごと、串刺しにする。
「この奈落に、蜘蛛の糸は期待せん方がええよ。なぁ、ユディト」
「はい、イムレ」
空間内の対象は大きい。絞る手間が省けている。散らされた煙々羅も、一時退避した鎌鼬も、その他の妖怪も、すぐに加勢に来る。
「だいだらぼっち。泣くことはありません。私たちは、このために、この地へと来たのですから。私は、何度でもあなたの名前を呼びましょう。だいだらぼっち。あなたは、だいだらぼっちと、言うのですよ」
人を思い、泣き濡れてしまう優しいあなたが、全てを取り戻せる様に。
「そう、もう大丈夫。昔は色々あったけどねぇ。奥さん、随分君に酷い事をしたそうじゃないか。今なら、目も届かないよ。それに、奥さんねぇ、随分変わっちゃったみたいだよ」
奈落色の煙々羅の中を、匂いで追える妖怪達が包囲する。
「共に、抗いましょう。愛したものを、守るために」
●泣き虫
優しい声が聞こえる。
私は。
「でーだらぁ、寝てんのかあ?」
寝ていないと返すのは何度目だっただろう。覚えていない。
「だいだら様。祝言を挙げるので、ご報告に参りました」
顔を見せるのは嬉しいが無理をしなくても良いと何度も村の者に伝えた。そもそも社を建てたのだから、祝言の際の呪いは其方で行える。
嗚呼、会いに来てくれるのが嬉しいというのは、どうしようおなく、伝わってしまうらしい。
私は。
「機械兵、他世界の簒奪者か。此処で暫く、頭を冷やして行くと良い。兵士以外の在り方が、見付かるはずだ」
私は。
「これで、貴方の身体と力は私のものね」
ち、が、う。
「私達は今日から夫婦だもの」
や、め、ろ。
私はでえ、だら。村と共に在る事を決めた、ただの、この世界の住民だ。
私は、でえだら。私は、あの様なモノに、納得していない。
私は。
「山に身を預けた精霊、だいだらぼっち」
ああ。そうだった。漸く、漸く私は。
「ありがとう、ありがとう。導いてくれて、本当に、ありがとう」
ぱきん、ぱきん。
クヴァリフに奪われた力が逆流し、鎖に罅が入る。
「妻よ、私は、お前との婚姻関係を破棄し、縁を絶つ」
かちゃり、ごとん。
宣言と共に、首輪が落ちて、鎖が消滅する。
血に染まった手が戻ることは無い。
拐かしてしまった、口が許される事も無い。
結局、失った者を思い、涙が溢れるばかりだった。
ああ、ああ、ああ。
自分を取り戻しても、嘆いてばかりだった。
無性に笑いたくなって、涙を拭き、役目を果たす。
●代理郵便
「ほらほら、摑まえてご覧よ。旦那様と別れたら、飛ぶ鳥一羽仕留められない? 笑っちゃうね」
煙に囚われたクヴァリフを嘲り、笑う。
彼は優しいから、やられてきた事の仕返しよりも、多くの命を奪った事を気に掛けた。貴女の事を否定はしても、罵倒もしない。
貴女にやらされた事だって誰もが納得していても、彼は自身の口で、自身の手で、殺めた事を責めている。
その気持ちに応えたいと思う。だから、今は。
「僕が怒りを届けるよ。この山は悲しみしか聞こえてこなかった」
きっと、彼が望むことでは無いけれど、それでも我慢がならない。弱ったクヴァリフを挑発する。
「全部、お前の所為じゃないか。彼等は、あんなになっても、涙が涸れ果てそうな程、泣いていたじゃないか。お前の言うことを、それでも聞いてくれたじゃないか」
自翼を触手が打ち据えて、ギンカと呼ばれていた不思議な猫が、煌めく星で修復してくれる。
「だから、確り受け止めるんだよ」
自分のことしか考えていない怯えた顔が見えた。怒りの感情を思い切り込めて愛銃を放ち、細剣を振るう。やめろと聞こえてきても、誰も手を止めなかった。
「やめろやめろやめろやめろやめてやめてやめて私が死ぬ消える死んじゃうやめておねがいやめてやめて命だけは盗らないで、助けてお願い」
同じ事を、クヴァリフの被害者達は訴えていただろう。彼女は聞く耳を持たず、嬉々としてそれを嬲り、死んでも泣き濡れるほどの絶望を与えてきた。
「ありがとう」
空からの声に、手を止める。
「そして、その願いは聞けない。我等は多くを奪いすぎてしまった」
終わらせよう。そう言って、クヴァリフを包む奈落の煙に、大きな拳が振り下ろされ、事件は幕を閉じた。
●終幕
「終わったみたい。お疲れ様。頑張ったご褒美は?」
「うん、終わったね。はいはい」
ジルベールは妹の頭を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細めた所で、手を止めた。
「これだけ?」
「今はね?」
少し不満気な妹の唇を塞ぐ。今はこれだけで良いだろうと、ジルベールはゆっくり目を閉じて、甘い時間に浸る。。
ナリスは恩人ことだいだらぼっちに感謝を述べ、結局、兄妹に付いて行く事にした。
「終わったなぁ。ほな、僕らも行こか?」
「今日は何方で奢ってくれるのでしょう」
「心読まんで、満弥」
「お返しですよ、貴充」
貴充と満弥は来た時と同じように手を繋ぐ。
だいだらぼっちは、そんな二人を祝福した。
「どうなさるのですか?」
「そうだ、どうするんだい?」
「村と共に在ると決めていたが」
ゼズベットとアトラの問い掛けに、だいだらは頭を捻る。
村人達はクヴァリフの催眠が解けた後、殆どが出て行ってしまった。
一人、社に籠もっていた老人だけが残り、久々にだいだらの声を聞いて、酷く安心し、昔此処を訪れた時の事を語ってくれたように、好きに生きて良いと、快く送り出した。
「こうなってしまってはなぁ」
名前を思い出させてくれた二人に付いて行こうか迷い、流石に邪魔が過ぎると躊躇し、祝福と縁を結ぶだけに留めた。
「とりあえず、宿が決まるまで、おいちゃんと来るかい? 違う世界でも良ければ、伝手もあるしねぇ」
「ううむ、済まない。まだ頼る事になる。成る可く早く宿を決める故」
「本当にだいだらちゃんは真面目だねぇ。もう少し適当でも良いんだよ」
それじゃあと、大きな掌に、砂粒の様な飴をだいだらに渡す。だいだらは器用にそれを口に運び、暫く舐めた。
「こうした関係はやはり、良いものだな」
「あ、折角なので、私にも頂けませんか?」
アトラに雨を渡すと、小妖怪達がこぞって宗次郎をもみくちゃにしていく。
「はいはい、ちょっと待ってねぇ」
「そだ、君にも。今度一緒に歌ってくれない?」
「私と、ですか?」
アトラの返事は、二人だけが知る所だ。
√能力者達は、今日も日常と非日常を行き来する。
大切な者達の為に。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功