シナリオ

サウィンの夜に今一度

#√EDEN #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。


「ここ、来たかったんだよね」

 夕暮れの紅を拭い去り、夜の藍が濃くなる頃。ガラス窓の向こう側に輝く星を見つめながら、青柳・サホがポツリとそう呟いた。その言葉に、誘った羽田野・梓としては安堵するものがあったが、来たかったと口にしたわりにサホの様子はどこかソワソワと居心地が悪そうに映る。然しそれも場所を考えたなら無理はない。

──今2人がいるのは、数ある宿泊施設の中でも最高級と呼ぶに相応しいホテルの最上階。それもバーの併設されたハイエンドな雰囲気の漂うラウンジなのだ。

 ハロウィン期間とあって装飾は少し親しみやすさがあるものの、いつもは外から見上げて憧れるばかりの場所。そこに今は客の1人として内側に立っているという事実が嬉しい反面、慣れない場所とあってサホが仕切りに居住まいを正す。その姿に、軽くため息をつきながら梓が足を組んだ。革製の椅子は座り心地も滑らかに、テーブルは足の一つ一つまで繊細な彫刻が彫られている。曇り一つないガラス窓は夜空もビル灯りも美しい一枚絵のように演出し、静かに流れるクラシックはピアノでの生演奏。ここの夜景を好んで度々利用する梓には慣れた光景だが、そうでないサホがこのラグジュアリーな空間に気後れするのは仕方ないことのように思う。その精神的な差異を物語るように、サホは憧れのホテルに見合うようにと、とっておきのシフォンのワンピースを軸にしたデートのようなコーディネートで纏めているのに対し、誘った方の梓といえばいつも通りの自作の説明し難い柄のパーカーにスリッポンを履いている。

(──デートじゃないし、別にいいけど、もうちょっとオシャレすればいいのに。)

 2人の間柄といえば幼馴染というだけで、サホから梓の装いに対する感想は“勿体無い”の気持ちからくるものではある。とはいえ場所としては、周囲を見渡せばどうみてもデート中です、と言った風の男女ばかりが揃っていると、どうしても疑問が浮かぶ。

「女の子と来るとこじゃない?こういうとこって」
 
 先ほどとはまた別の場違いを感じて、思わずサホがそんなことを口にする。今は梓も特定の相手はおらずフリーだというのは知っているが、どうせなら狙ってる子とかを誘って来ればいいのに、と思う。そこでハッと気付いたような表情を作って、サホが戦慄いたフリをしながら梓に視線を送る。

「まさか、梓くん…」
「そういう冗談はタチが悪いよ………お前、自分が女の子じゃないと思ってるの?」

 梓からさっきよりも重いため息とジト目を向けられて、サホが重ねようとした言葉を引っ込めてちろりと舌を覗かせる。冗談だよ、わかってるよ、と肩をすくめて告げれば、梓がやれやれと言ったふうに夜景に顔を向ける。── サホのことは子供の頃から知っているから、今更色っぽい関係にはなれないし、そういう目で見た事もない。だからこそ『狙ってる』だなんて言葉は冗談でも言わないでほしい──と、考え出すとなかなか憮然とした表情が崩せない。それに梓のカンではあるが、なんとなく今のサホには気になる相手が別にちゃんといる気がしている。ならば梓の方こそ|梓《俺》なんかじゃなくて、そいつと来る方がいいに決まってる、と思う次第で。そうして長らく梓が考えを巡らせて黙っているので、サホが心配を込めて声をかけようと口を開きかけた瞬間。

「お待たせ致しました。ハロウィン・アフタヌーンティーのセットで御座います」

 注文していたメニューがテーブルに運ばれてきて、俄然意識がそちらへと向いた。

── アフタヌーンティーといえばまず思い浮かぶ、3段の皿を重ねた金色のケーキスタンド。その1段目の皿はビジュアルの要ともあって、ジャックオランタンの顔が描かれた南瓜色のマカロン、紫と黒のメレンゲクッキー、赤いジュレの乗せられたババロア・オ・フィグとまさにハロウィンに相応しい甘味が華やかに彩る。2段目は1口サイズのケーキが並び、包帯めいた絞りのミルクモンブラン、黒猫に見立てたミロワールショコラ、紫のチョコソースをとろりと掛けた毒林檎そっくりのムース、と手の込んだ作りがまた目にも楽しくて。更に3段目はセイボリーで纏められており、真っ黒の丸パンにクリームチーズと南瓜と生ハムを挟んだサンドイッチ、混ぜればパッと明るいピンクに染まる生クリームを垂らした赤いビーツスープ、レンゲに乗せられたハーブとオリーブオイル漬けのまぁるい一口モツァレラは、目玉の装飾が施されていた。

「わ、可愛い…」
「気に入ったみたいで何より。……ああ、あとワインのリストを」

 思わずこぼれたサホの感想に、梓が満足したように頷く。デザートプレートが運ばれてきたら、さっきまで居心地悪そうに縮こまっていたのが嘘のように目をキラキラさせるサホがおかしくて、気づけばくすりと梓の口角が上がっていた。そのまま写真を撮るのに夢中になっているサホを尻目に、梓がウェイターを呼んで適当にスイーツに合いそうなスパークリングワイン2人分をテキパキと頼む。その間にあらゆる角度からのショットを撮り終えたサホが顔をあげると、慣れた様子でウェイターを呼び、難しそうなワインの名前が羅列されたメニュー表を片手に、目配せと指先一つでサラッと注文を入れる梓の姿は、見慣れた仲でもふと目を奪われるものがあった。思えばここに入ってくる時も気遅れするサホとは違って、梓はいかにもお得意様ですと言った風に顔パスで入ってきた。実際、慣れてるんだろうことはサホにもわかる。

(いろんな女の子と来てるんだろうな……)

 その実、梓はとてもモテる。まず顔がいいし社交的だし、すぐにいろんな人と仲良くなれるし、才能も豊かだ。パタンナーとしての腕も確かだから、梓と組みたいと言う人はいくらでもいる。一方、サホはサホ自身のことを普通だと思っている。優秀と評価される事はあるが、この程度の能力の人間はいくらでもいる。つまり、『替えが利く』程でしかない、と。
 
(──私じゃなくて、梓くんにはもっと|相応しい人《ビジネスパートナー》がいるのかもしれない。)

 ふとしたきっかけからポコポコと浮かぶ連想が、芋蔓式にサホを憂鬱へと落とし込む。が、その考えてることが顔に出たのか、長年の付き合いから『読めた』のか、突然梓の長い指がサホの顔に伸びてきて──ぺしんっ、とデコピンが放たれた。痛い。結構ホントに痛い。

「もー、梓くんいきなり何…」
「人が飯奢ってやってるのに、辛気臭い顔してるんじゃないよ」
「だって、なんか……梓くんとは、住む世界が違うのかなって思えちゃって」
「目の前にいる人間に向かって何言ってんのお前」

 三度目の梓のため息は、一層眉間の皺を深くして溢れていく。──本当はサホもわかってはいる。これが口にしたってどうしようもない、自分自身の心に降り積もる|澱《おり》だというのは。けれど『なんでもない』事のようになんでも出来てしまう梓の行動が、才能が、持ってる何もかもが眩しくて、どうしようもなく揺さぶられて。時折卑屈な気持ちが牙を覗かせるのだ。

「梓くんは服作りも上手いし、場慣れしてるし、私以外にも相応しい人がいるんじゃないかなって」
「お前、俺が何で一年お前の事を待ったと思ってんの?」

 そして梓も、そんなサホの気持ちはすでに見抜いていた。加えるならサホ自身よりもずっと正確に、サホ自身の直向きさや努力を惜しまない姿勢を知っている。幼い頃の夢と題して、思い出の額縁に飾っておくこともできたデザインの道を、現実のものとして掴むべく邁進していることも。だからこそ梓の方も年の差分を埋めるべく、入学を1年遅らせてまで待ったのだ。然し今の沈んだサホの目には、そんな大きな決断を苦も無く下せる梓、という像がまた眩しく映るようだった。

「梓くんはそういう事が出来る人だから……」
「出来るのとやるのじゃ違うでしょ」
「そうかもだけど……」
「かもじゃなくてそうなの。俺はお前以外と組む気は無いよ」
「…えっ?」

 突然打ち明けられた言葉にサホが目を見開くと、しまった、と梓が自らの口を塞いで夜景に視線を逃す。サホのでもでもだってを拭おうと言葉を重ねているうちに、うっかり勢いに任せて普段言わない事を言ってしまった気がする。が、サホの様子を見るにもう聞かなかったことにはできそうになく、諦めの心地が胸に広がった。まぁ、嘘というわけではないし良いか、と梓が前向きに気持ちを纏めようとした時──

「ツンデレかな」

なんとも不本意な言葉が聞こえて、言葉より先に手が出た。

べちんっ!

「ツンデレじゃないし。こっち見るな。」
「痛い。もう、すぐデコピンするのやめてくれない?」

 ちょっぴり赤くなった額をさすりながらサホが梓へ抗議の視線を向けるが、その瞳からはいつの間にか澱んだ色が抜けていた。憧れ羨む|相手《梓》から、唯一とのお墨付きを貰ったことがサホには嬉しかったのだろう。然し梓としてはそんな相手ありきの自信よりも、自身の腕や度量に価値を見出して欲しいところで。

「自己評価の低さも程々にしな。少しなら謙虚かもしれないけど行き過ぎると只の自虐になるよ」

 ぴしり、と指を突きつける梓の言葉に、今度は図星とばかりにうっ、と言葉に詰まったサホが目を泳がせる。耳が痛いとはまさにこのことだろうが、梓もここで手を緩める気はない。

「自虐はお前を傷つけるだけじゃないからね。周りの人間も不幸にするから。覚えときな」

 お説教なんて性じゃないけれど、将来の相方がポンコツのままでは困る。なのでこれは未来への投資だ、と割り切って梓がしっかりと釘を刺せば、サホがうんうんと物分かりの良さそうな表情で何度も頷く。ようやく納得がいったか、と安堵し掛けたが。

「お前みたいなのは、少し傲慢なくらいが丁度良いんだよ。」
「傲慢……そっか、わかった!私、梓くんを見習って偉そうに振舞ってみる!」
「…意欲が出たのはいいけど、なんか余計な事を言われた気がするな。スパークリングワインはお預けにしとくか」
「ごめんなさいちょっと生意気だったかもしれません!何卒お許しを…!」

 今しがた届いたワイン2杯を、どちらも梓が自らの手元に引き寄せれば、サホが深々と頭を下げながら手を伸ばしてくる。けれど説教代とばかりにいたずら心を覗かせる梓を前に、サホがワインにありつけるまでは、あと数分はかかりそうだった。

🎃

「──ごちそう様でした」

 途中話が膨らんだりなんだりと時間はかかったが、アフタヌーンティーは無事綺麗に平らげてサホが手を合わせる。元々奢る予定だったので、ん、と軽く返事をしながら席での会計を済ませた梓がちらりとサホを見ると、すっかりご機嫌な様子に現金なやつ、と口の中だけで呟く。

「今日は楽しかったよ。また来たいなー。」
「…今度は別のやつに連れてきてもらえよ」
「ん?梓くん今なんて言ったの?」
「…さてな。じゃあ行くか」

 質問には答えずに、梓がさっさと席を立つ。その背中を待ってよ、とサホが追いかけてくるのを感じながら、エレベーターホールの切り替わる数字を眺めて待つ。

──口にするのは癪だけど、もしいつか。
サホが思い描く人とここに来る日が来るならば。
きっと、最高のドレスのパターンを引いてやるさ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト