団栗転々
秋の準備で賑わう店内。この時期ならではの楽しい楽しいイベントがある。店の奥、作業スペースでは、二つの頭が棚越しに覗く。
「お客様、本日はどのような帽子に致しましょう?」
帽子の写真が並ぶアルバムを見下ろし、もう既に決まっているのだと言わんばかりにララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)は、折り畳み式の踏み台の上で胸を張る。その様子を知ってか知らずか、どこか得意げに。それでいて言いたくてたまらないと言った様子のララを横目に、雨夜・氷月(壊月・h00493)は問いかける。
「ララはどんな帽子作るの?」
「帽子屋さん……ララは秋にぴったりの帽子を作るのよ。秋と言ったら、どんぐり
つまり、どんぐり帽子よ。」
机上を覗くための踏み台が良い仕事をしていた。いつもより少しだけ目線の上がったララは、椅子に座った氷月と同じ高さで物事を見ることが出来る。踏み台分、若干だがララの方が上かもしれない。得意げに胸を張る姿も、いつも以上に堂々として見えるのだ。その姿がどこか微笑ましくもある。静かに笑いをこぼした氷月は、その吐息のままでアルバムを捲りながらも言葉を告げる。
「なるほど、秋に合わせてどんぐりね。いいんじゃない?」
「俺はキャスケットでも作ろうかな。ラフな服装で使う帽子が欲しくてさ。」
「お前はキャスケットなの?」
「ん?」
アルバムから視線を逸らした氷月の宵の月と、不思議そうに氷月を見つめる真っ赤なアネモネが重なり合う。どんぐりにすればいいのに、と先程よりも低く落ちた声色が氷月の耳に届く。今は秋だ。そしてなによりもどんぐりにはかわいい。ララが秋はどんぐりと言ったらどんぐりなのに、目の前の男はどんぐりを選ばない。ほんの少しだけ、頬が膨らんでしまったかもしれない。
春と夏。二つが重なり合えば移ろう季節の秋が手元に届くだろうに、氷月と言えば不思議そうなララに合わせて笑みを含んだ声で言葉を続ける。もちろん、少しだけ膨らんだ頬も、ちゃんと視界に入っている。
「どんぐり?同じの二つ作るのツマンナイじゃん。」
「アンタ絶対帽子糸くずにするでしょ。」
笑みを含んだ声色が、今度こそ正真正銘笑みへと変わる。机上に肘を置き、頬杖をついた氷月はニンマリと意地悪そうな笑みを浮かべてはララを見つめていた。
「それもそ――むう!ララは糸くずにしたりしないのよ、ちゃんとどんぐり帽子になるの。」
膨れ始めていた頬が萎む前に、更なる爆弾が投下される。今度こそ空気を頬一杯に詰め込んだララの頬は、リスも驚くほどに膨れ上がってしまった。
「……あの時は慣れていなかったのよ。見てなさい、見事な帽子を作ってみせるわ。」
ぼそぼそと膨れ上がった頬の空気と共に、小さな言葉が抜けて行く。あの時は慣れていなかったのだから仕方がない。しかし今度こそ!と、小さな手で拳を握りしめてはリベンジに燃えるララの隣で、相変わらずの笑みを浮かべたままの氷月はアルバムを閉じる。
「んっふふ、成長してるとイイね?」
そんな二人のやり取りを見守る店長は、棚からどんぐり帽子用の糸や説明書、それからキャスケット用の布を用意し二人の前に置く。暫し説明を受けた二人は、早速帽子を作り始めるのであった。
さて、それから二人はどうなったのだろう。
キャスケットの作り方の説明を受け、手作りの説明書を見ながらも然程苦労をすることもなく氷月は丁寧に布を裁断し、縫い合わせて行く。初心者用のキャスケットではあるものの、元々の器用さもあってか、初めてとは思えないほどに着々と完成へと向かっているのに反し、ララはと言うと――。
「……。」
小さな手で糸を持ち、針に通すも通らない。それどころか何故か全くもって触っていない所で糸の玉が出来上がっていく。思わず首を傾げてしまう。
「…………。」
ならばと毛糸を手に持ってみたが、手元で毛糸玉が出来て行く。今度は訝し気に片眉を上げてしまう。
「……………?」
それならば次は、と次から次に方法を変えてはみたものの結局のところ、自らの手元で出来上がるのは、どれもこれも糸くずばかりだ。もしかすると糸くずに好かれているのかもしれない。しかし、今手元に欲しいのはどんぐりであり、糸くずではない。
「おかしいわ。ララのどんぐりは何処に行ったのかしら?」
「調子はどう?できた?」
ララの真剣な声が氷月の耳にも届く。一旦手を止め、ララの進捗を確かめるべく手元を覗き込んだが、そこにある物はというと糸くずのベッドだった。つまるところ、あれやこれやと色んなものに手を伸ばした結果、手元に残った糸くずたちが集い、ララの手元でベッドのような塊になってしまっていたのだ。
「っふは!やっぱり糸くずできてんじゃん!!あっはははは!!あーおもしろ!」
「むむう!前よりは形が整った糸くずなのよっ。」
だって今回の糸くずはちゃんとベッドになっているのだから!抗議の視線を向け、形の整った糸くずを人差し指で示してみせるも、氷月の笑い声は大きくなるばかりだ。形は整ってはいるが、このサイズのベッドに寝転ぶことが出来る者は、せいぜい小動物くらいだろう。腹を抱えてそれを告げると、今度は反撃と言わんばかりにララが氷月の手元を覗き込み、声をあげる。
「お前だって――む、非の打ち所がないくらい綺麗な帽子になっているのよっ。」
しかしながら完敗だ。これは認めざるを得ない。彼の手元にはララの生み出した糸くずベッドはどこにもないのだから。
「やっぱりこういうところはまだまだオコチャマだね?」
糸くずベッドを片手に持ち、その感触を確かめる。とってもふわふわだ。糸くずとはいえ、中々ふわふわになることもない。ある意味では、これはララの才能かもしれない。勿論それを告げれば本人は不服そうにするのだろうが。
「なぜこんな綺麗な形になるのかしら?氷月って実はミシンの付喪神とかだったりしない?」
「ミシンの付喪神って何?ウケる!」
糸くずベッドをララの手元に戻し、自らも帽子と向き合う。完成間近まで来ていたのだから、あとは仕上げるだけだ。外れないようにとミシンで少しだけ補強をし、あっという間に仕上げを終えた氷月は、完成品をララに見せつけるようにキャスケットを被り、幼い顔を覗き込む。
「どう?」
「……すごく似合うわ。カジュアルな氷月って、新鮮かもしれないわ。」
悔しいが自身よりも上手く出来ており、それでいて似合う。灰色ベースに青のチェックがワンポイント。カジュアルで、それでいて彼の特徴も取り入れられた帽子は、素直に褒める他ない。
「こういうのは丁寧にバランスを意識すればそんなに難しくないと思うんだけど。それチョーダイ、直してあげるからさ。」
ララの手元には未だにベッドと化した糸くずが握られている。先程よりもふわふわさが増しているかもしれない。
「……ふん、いくらお前でもこれを直すことなんてできるのかしら?」
強がりの一言。このベッドがはたしてドングリになるのだろうか。ある意味ではドングリかもしれないが、ララの望むドングリはもっとかわいくて細長くてころころとしているのだ。
「大丈夫、大丈夫。」
絡まり合った糸を器用に解して行き、一本に戻す。何やら他の糸も机上で巻き込んでしまったのだろう。必要のない糸は邪魔にならないように避けておく。真っ直ぐに伸ばした糸は自らの人差し指に絡めて丁寧に編む。静かに編みこまれて行く様子を、同じようにララは静かに眺める。やはり悔しいが、氷月の手の中でドングリがララの思い描くドングリの形となる。
(ララのどんぐり帽子ができあがっていくのよ。糸くずだった名残もないわ……!)
時折サイズを確かめるべくララの頭に被せては編みこんでを繰り返し、氷月の手の中ではドングリ帽子が完成をしたようだ。
「ほら、どんぐり帽子のできあがり。」
「どんぐり!」
早速と言わんばかりに、差し出されたドングリ帽子を被ってみる。サイズを確認するために何度か被ったものの、完成品は初めてだ。頭上に乗せたドングリを見せつけるように踏み台の上にのぼり、ララは胸を張った。
「ふふん、ララどんぐりよ。どう?似合う?」
「ん、イイじゃん、似合ってるよ。」
でも、と氷月は声を漏らす。このままでも十分可愛いのだが、なんだか少し味気ない。踏み台の上で満足した様子のララの頭上からドングリ帽子を取り、何やら再び縫い始めた。今度は一体何をしてくれるのだろうか。好奇心を隠さぬまま、手元を覗き込んだララが、ドングリ帽子をきちんと確認する前に氷月はララに帽子を被せる。それから自らのキャスケットを被り、ララに鏡を見せた。
「ほら、オソロイ。良くない?」
「あら、素敵。お揃いの紅葉のワッペンね。氷月のキャスケットもすごく似合うわ。」
鏡の中のドングリに紅葉、それから隣のキャスケットにも同じ紅葉。お揃いが嬉しくて、それを隠すこともせずに浮かべた笑みを氷月に向ける。ララの満開さにつれらるようにして目を細めた氷月も、改めて鏡の中のキャスケットを見つめる。
「ねぇ、氷月。さっそく秋の森へお散歩へ出かけましょうよ。きっとたくさんの秋を見つけられるわ。」
栗とか、松茸とか。と告げるララに氷月の笑い声が再びあがる。花より団子、紅葉よりも秋の味覚。食いしん坊なララならではのチョイスだ。
「んっふふ、仕方ないなあ。付き合ってあげるよ、オヒメサマ。秋の実りを探しに、なんて滅多にしたことないケド。まあたまには悪くないよね。」
収穫したら美味しいご飯にでもなるのだろうか。それとも糸くずのように、芸術的な何かに変わってしまうのだろうか。
まあ、それでも。
「……いっとうに煌めく秋は、お前が作ってくれたどんぐりの帽子だけど。」
ドングリの帽子を被り直したララは、隣の月光にそう告げた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功