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祭夜に嫋々

#√汎神解剖機関 #ノベル #秋祭り2025

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 たとえどれほど悲観的になろうとも、人類が黄昏を迎えていようとも、ここ√汎神解剖機関でも夏から秋にかけては各所で賑やかな祭りが開かれていた。
 祭囃子の響く夜空の袂に広がる、幾つもの提灯のあかり。鼻をくすぐる焼きそばの香ばしさや、焦げたソースと油の甘い匂い。人波の喧噪に混じる、たくさんの笑み声。
 その只中で、紺地に薄らと縦縞の入った浴衣姿の男が誰よりも朗々と声を響かせた。金地の帯――つまり腰へと手を添え、カンカン帽のつばをくいっと持ち上げる。
「ふふふ、柊くん! 本日は私の華麗な尾行術をお見せしましょう!」
「……はいはい、センセ。声が大きいってば。見失っちゃうよ、ご令嬢」
 今日も絶好調な行方・暖へとひとつ嘆息すると、探偵事務所の助手にして主の抑え役でもある朧木・柊――彼もまた、柊の葉飾りを添えた蘇芳色の帯と薄鼠色の浴衣姿だ――は、再び視線を前へと向けた。

 今夜の依頼は『お忍びで祭りに行く令嬢の尾行』。
 文字通り、ご令嬢本人としては秘密裏に抜け出せていると思っているものの、依頼人たる“パパ”はすべてお見通し。とはいえ、そんな娘を妨害して嫌われることは避けたいという複雑な親心。
 その結果の依頼が、『娘に悪い虫がつかないか見張ってくれ!』という親馬鹿全開の内容だった。

「ええ、それにしても、あのご令嬢。お忍びと聞きましたが……おや?」
 云いながら、暖の動きがぴたりと止まる。
 人混みの向こう、鮮やかな朝顔柄の浴衣を着た娘の隣に現れたのは、ひとりの長身の男。肩が触れそうな距離で並び歩き、時折顔を寄せては微笑み合っている。
「……あれ、ボディーガードじゃない? 資料にあった写真の」
「おお、なんと! つまり護衛付きというわけですか! 素晴らしい、完璧な安全対策ですね!」
「いやいやセンセ。あの距離感、どう見ても仕事中って感じじゃないよね。手なんて、ほら……」
「むむっ、これは……“至近距離警護”というものですか!?」
「いや、ただの恋人繋ぎだよあれは……」
「まあまあ、何事も確認が大事です。予定通り、尾行開始と参りましょう!」
 そう云う暖の口許は既に緩み、その眸は愉しいことを閃いた子供のように燦めきまくっている。幾度となく柊が見てきた、高揚感爆上がりの姿だ。
「……嫌な予感しかしないなぁ」
 溜息交じりに誰へともなくぼやいた柊の声は、すぐさま祭の賑わいに消えていった。

 境内へ向かう参道は、まさに光の海だった。
 行灯の群れが並び、屋台の明かりが波のように続くなか、焼き鳥の煙が夜風に流れ、パチパチと脂の音が弾けた。ふうわりと漂う香りに釣られて、暖の足がふらりとそちらへ向く。
「柊くん、ご覧なさい! 焼き鳥ですよ! たれの艶めき、焦げ目の美しさ……まさに芸術的ですね!」
「はいはい、それはあとでね。尾行、尾行」
「おおっと、あちらにはお好み焼きが! 隣には焼きそばにフランクフルトまで!」
「……センセ、声が大きい。バレる、完全にバレる」
「よしっ! ではまず焼き鳥を10本! お好み焼きを2枚! たこ焼きを3舟! あっ、ミニカステラも忘れてはなりませんね!」
「買わないってば! てか財布は俺が持って――」
 途端、ぴろん、と電子音が響いた。得意気な笑みを向けながら、決済端末から引き上げたキャッシュカードをひらひらと揺らす。
「今や屋台でもキャッシュレスの時代ですよ、柊くん!」
「……っはぁ!? いつの間に!?」
 慌てて見遣れば、すでに店主は笑顔で袋詰めをしていた。今から「やっぱりなしで」と云うのは無理だろう。仕方ない、と柊が肩を落とした矢先、またもや同じ音が耳許に入る。
「センっ……!」
「この規模のお祭りともなると、さすがの品揃えですね!」
 焼きそば、たこ焼き、フランクフルト――カードをかざすたび、ピロン、ピロン、ピロン。その音が祭の太鼓よろしくリズミカルに響いていく。
「ちょっと待ってセンセ! これ、請求書また山になるよ!?」
「大丈夫ですとも! お祭りは一期一会、出逢いの場です! ならば出費は投資と云えましょう!」
「『投資』の使い方おかし――んぐっ」
「まぁまぁ。腹が減っては戦はできぬと云うではありませんか! 柊くんも食べて食べて」
 問答無用で焼きたてのたこ焼きを口に入れられた柊は、やむなくそれを咀嚼する。甘塩っぱいソースに包まれた、ふんわりとした生地の食感。じゅわりと口いっぱいに広がる旨味に、蛸の風味と歯ごたえが加わって、裡にじんわりと満足感が染みてゆく。
「……美味しい……」
「でしょう? ――あっ、柊くん! 見てください、金魚すくいですよ!」
「ええっ!? やるの?」
「勿論、勝負と参りましょう!」
 きらりと挑戦的な視線を向けた暖は、屋台の主から受け取ったポイを構えて蹲むと、真剣な眼差しを水面へと落とした。
 赤や黒、斑模様。可憐な尾をひらひらと揺らしながら浅い水槽を泳ぐ、幾つもの金魚たちの動きをじっと観察する。
「ところでセンセ、金魚すくいやったことあるの?」
「――しっ、柊くん。何事も初動が肝心ですから……! ――今です!」
 狙いを定めた暖の手が、素早く空を切った。
 ――が、スルッと水をすり抜けたポイは、見事なまでに穴が空いていた。
「むむ……もしやこれは不良品というものでは……」
「元からそういう強度だから。ほらセンセ、こうやるんだよ」
 慣れた手つきでポイを掴んだ柊は、そのまま器用に水面へとそれを滑らせた。ひらりと1匹、ひょいとまた1匹。目にも留まらぬ早さで次々に掬い上げていく。
「兄ちゃんすげー! かっけ――!」
「金魚すくいのプロだ!!」
 ちいさな金魚たちが椀にするりと招かれるたびに弾ける、子どもたちの歓声。そうして結局、数えるまでもなく決着を迎えた暖は、けれどあまり落ち込んだ様子もなくすっくと立ち上がる。
「さすが柊くん! しかし、私のこの1匹も大変愛らしいと思いませんか!」
「はいはい。ほら逃がしてあげよう。こんなにいっぱい持って帰っても育てられないでしょ」
「にあくんが喜びそうですが……」
「じゃあ数匹だけだよ? あとはほら、戻す戻す!」

 気づけば既に、ふたりの“尾行”は最早、夜祭遊びの“ついで”になっていた。
 射的では、暖が真剣な面持ちで景品を狙って見事に外し、
「これはまさか、妖怪の仕業では……!?」
「単にセンセが下手なだけだよ」
 ヨーヨー釣りでは、またもやこより紙を幾つも駄目にしながらも、暖はどうにか1つを掬い――その傍らではやはり柊がひょいひょいと手慣れた様子で釣り上げる。結局そのうちの幾つかだけを貰い、その足で立ち寄ったお面屋では気に入りの面を買って。
「って、センセ! ふたりがいない!」
「おおっと柊くん、ちゃんと見ていないと!」
「センセだって見失って――」
「――あ。あちらにいましたよ! ふふ、私の尾行術の勝利です!」
「いやただの運だからそれ」
 そう、柊が幾度目かの溜息を零さんとした瞬間、夜空に一際大きな音が響いた。
 反射的に顔を上げれば、鮮やかな大輪が視界に飛び込む。ぱらぱらと光片を鏤めながら、ふたつ、みっつと止め処なく万彩の花々が紺藍の空を染め上げてゆく。
 提灯の灯が風に滲み、人々が一斉に空を仰ぐ。
 そのなかで寄り添うふたつの影を見つめながら、暖がふわりと口端を緩めた。
「ふふ、柊くん。ご覧なさい、あのふたり。まるで恋人同士のようです」
「まあ、そうなんだろうね。……依頼、どう報告しよう」
「勿論、『ご令嬢は非常に親密なボディーガードに護衛され、万事安全でした』と!」
「いや、それパパが泣くやつだからね!? ちょっとはオブラートに包もうよ!」

 そうして祭も終わり、笑みを絶やすことなく令嬢とボディーガードは帰路へとつく。娘は自宅の門前で軽く手を振り、青年は恭しく一礼して別方向へと歩き出した。
 ――任務完了。
 結果の報告は実に悩ましいが、少なくとも“安全”が確保できたことは確かだった。

「さて。私たちも帰るとしましょうか、柊くん」
「そうだね。物集さんも待ってるだろうし」
 豪邸へと背を向けてまた、からころとふたつの下駄音が夜に鳴る。
 暖と柊の腕には、お土産の山。金魚の入った水袋に、カラフルなヨーヨー。お面も入れたミニドーナツの袋の隣、もうひとつのビニール袋に入ったたこ焼きパックはレンチン前提だ。
「にあくん、きっと喜びますよ! とくにこの金魚! あの子、きっと魚が好きでしょうから」
「……いや、喜ぶのはいいけど、結局世話するの俺なんでしょ?」
「いいえいいえ! 私が育てますとも。妙さんも私がお世話しているんですよ?」
「本当に? お世話されてるの間違いじゃなく?」

 愉しげな暖の笑み声に混じる、幾度目かの柊の苦笑。
 すっかり穏やかになった秋の夜風が、頬に柔く触れて過ぎてゆく。
 ひょんなことから満喫することとなった夜祭りのあと。
 道行きに聞こえる鈴虫の音につられるように――金魚の袋がひとつ、しゃらりと揺れた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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