石は煉瓦に、漆喰は瀝青に
たった一つの切っ掛けが、人生を180度変えてしまう事がある。
それが何時、誰を襲うかはわからない。
ひとつだけ言えるのは、彼女は普通の女子大生だったと言う事だ。
本当にどこにでもいる、真面目で、ほんの少しだけ地味な彼女に、運命の悪戯が訪れたのは、果たして幸か不幸か。
「……?」
バイトの帰り道。ふと立ち止まる。
振り向いた先には、薄暗い路地裏。
そこから誰かに呼ばれた気がような、そんな気がして。
「……」
なんの気なしに、ひょいと覗き込んでみる。
誰もいない。
その代わり、真っ白な室外機の上に、何か赤茶けた四角いものが、ぽつんと置いてあった。
おそるおそる近づいてみる。
果たしてその正体は、一冊の本だった。
機械の振動に合わせて小刻みに震えているそれは、状態から見て相当に古い。
手を伸ばせば、独特の手触り。
(「この素材……」)
植物由来ではない。大学の西洋史の授業で写真だけは見たことがある、所謂羊皮紙というものだろうか。
なぜそんなものが此処に。そんな好奇心のままに、彼女が本を開いた、その瞬間。
「!!」
最初に感じたのは、頭の中を貫かれたような、焼けつくような痛み。
表情を歪める間もなく。
今度は本を持った右手から、おぞましい何かが這い回るような感触。
ずしゃり、と膝から崩れ落ちる女性。
その手から、ばさり、と本が滑り落ち、未知の言語で埋まった頁を、路地裏の蔭に晒した。
この瞬間、彼女はすべてを失った。
自分自身に関わる記憶も、過去の痕跡も、アイデンティティも。
数分後、彼女は本と共に、路地裏から消えていた。
……
…………
『秘匿情報』
対象は既に公開手配済み。ただし、機密情報を以下に記す。
●本名
不明。公開名は偽名。
●罪状
国家テロリズム、他多数。
●概要
政府のデータベースから全ての情報が削除されている。
確かなのは、テロ組織を築き上げ、秘密裏に市井の人々に対し害を為している事。
テロ手法には言葉を媒介とした魔術や呪詛を用いる事が多い。
また様々な手段で人々の精神に訴えかける心理操作性の高さを持ち、彼女自身が人の域を超えた、所謂『人間災厄』である可能性もある。
現段階で捜査網を通して入手した呼び名としては、『塔の魔女』あるいは『アノマニス・ネームレス』等。ただし、女性か否かは不明……
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功