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秋夜に沁む

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #秋祭り2025

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 夕暮れを背に、石畳へと伸びていたふたつの影も知らぬ間に消えたころ。
 道端の提灯に花の|彩《いろ》が交じり始めたことにふと気づいた真琴が、一度脚を止めた。青藍の浴衣の裾が、ちいさく夜にはためく。
「……ああ、ここみたいだね。ヴァロさんが云ってた神社」
 以前の依頼で顔見知りになった星読みと偶然街で出会い、「とっておきの情報があるんです!」と得意気に教えてもらった“|花廻《はなめぐり》神社”の秋祭り。花と月を愛でる祭と聞いて、幼馴染みの桃花を誘ってみたのだけれど、
(……何かむくれているように見えるのは何故だろう?)
 今日貌を合わせたときから感じていた違和感。あまり感情が表に出ないのはいつものことだから気にはならぬし、話を振ればいつものように応えてくれる。それでもまだ、どこか機嫌を損ねているような空気を感じて、真琴はさも自然な様子で傍らを見た。ぱちりと眼が合い――つ、と視線を逸らされる。
(確かにわたし、最近浴衣新調したって話したけれど……)
 とりどりの花を鏤めた、薄桃色の浴衣。合わせた帯締めも桃の花を模していて気に入りなのだと、声を弾ませたのはつい最近のこと。
 それを真琴が覚えていてくれて、更には秋祭りに誘ってもらえるだなんて思ってもいなくて、今宵の誘いを受けた当初は桃花も素直に喜んだ。が、直ぐさま裡に|靄《もや》が掛かった。
 話を聞くに、どうやら情報の出処はヴァロという依頼で知り合った星読みの少女らしい。ただそれだけのことなのに、どうしてか引っかかりを覚えてしまう。
(……あの依頼は春だったし、ということは最近どこかでふたりで逢ってたってこと……だよね。……って、真琴はただの幼馴染みなんだけれども……)
 そう思考を巡らせるだけで、知らずと眉間に皺が寄る。それを自覚したのと同時、
「……桃花?」
 真琴から名を呼ばれて、娘は心臓とひそりと飛び上がらせた。一向に答えが出そうにないものに、いつまでも囚われていても仕方あるまい。折角の夜祭りなのだ。愉しまねば勿体ないと|靄《もや》を振り払うと、
「……んっ。行こう、真琴」
 いつもの声音と|気配《けわい》で、ちいさく頷きを返した。

 ふたり並んで鳥居を潜り、祭囃子の踊る境内を往く。
 |頂《いただき》に満月を擁した神社を飾るのは、月の満ち欠けを思わせる淡い月白のひかりたち。あたりには秋の花が咲き誇り、ほんのりと涼の混じる夜風に揺れている。
(“季節毎に花で彩られる神社”と云われているだけあるな。……けど、)
「……わたし、甘いもの買ってくる」
「なら、僕はあそこの長椅子で待ってるよ」
 真琴は予想通りの娘の台詞に口許を淡く綻ばせながら、からころと下駄を鳴らして小走りで駆けてゆく桃花を見送った。長椅子に腰を下ろし、このあと巡る場所をざっと見繕う。
(射的や投げ輪、ヨーヨー掬い、金魚掬い……定番が揃ってるな。けど、桃花は絶対に食べ物系屋台だろうから……)
 視線を反対側へと――食欲をそそる匂いのするほうへと移せば、たこ焼き、焼きそば、はしまき、イカ焼き。綿飴にリンゴ飴、ミニカステラなどなど、見える限りでも予想通りの品が揃っていた。ヴァロから聞いた、焼き栗や焼き芋といった秋スイーツの類もあちらにありそうだ。広い境内故にさほど混雑はしていないけれど、人混みをゆくのは相応に気疲れするものだ。ならば無駄のないルートを辿るのが良いだろうと行き先を見定める。
「……んっ。お待たせ」
「リンゴ飴、大きいのあって良かったな」
 じゃあ行こうか。そう腰を上げた真琴と肩を並べると、桃花もまた歩調を揃えて歩き始める。

 ふうわりと漂うソースや醤油の香りに、ほんのりと甘いそれが混じる。
「……真琴。焼き芋がある」
「炭火で焼いてるのか。本格的だな」
「あっち、月見団子も」
「その隣は芋ようかんか。どれも桃花が好きそうだ」
「……それは……間違ってない、けれども」
 何気ない言葉だとは分かっているのに、何故か言葉に詰まる。図星を突かれたからだろうか。それにしては、どこか嬉しいような心地もあるのは気のせいか。
 とはいえ、甘味の集ったこの場に身を置く限り、軽く過った疑問程度を留め置くことなんてできやしない。桃花は早速手近な甘味屋台へと立ち寄ると、気になった品を次々に買い始めた。それを視界の端に収めながら、真琴もたこ焼きを注文して早速ひとつを頬張る。
 粉物特有のふんわりとした食感に続く、たこの風味と歯ごたえ。ソースとマヨネーズのまろやかな酸味に添えられた、出汁や青のり、紅生姜の風味。それらを包む鰹節の香りがまたたまらない。
「……あっ、たこ焼き」
 ぽつりと毀れた桃花の声を捉えると同時、傍らへと戻ってきた娘は、真琴の持つ器の端に残っていた爪楊枝を取って1個をぱくりと頬張った。はふはふと熱を逃がしながら食む様子に柔く口端を上げて、真琴もふたつめへと手を伸ばす。
 ゆっくりと味わいながらふと貌を上げれば、辺りを行き交う人々も同じような微笑みを湛えていた。秋色に染まる木々の下、愉しげな声を響かせながら過ごす和やかなその光景へと眦を緩め、ちらと|空《くう》を見遣る。
(……この、ちょっとしんみりとしているけれど楽しい雰囲気を、少しでも|皆《インビジブルたち》が楽しんでいてくれればいいんだけれど)
 丁度半分となる4つ目を口へと運んだ桃花が、そんな傍らの横顔を盗み見た。死者の霊と語り合えるからこそ、彼らを想わずにはいられない。真琴がそれほに優しい少年であることを、誰よりも桃花が知っていた。
(……まあ、こういった静かで何気ないひとときが好きなのは、昔から変わらないよね)
 ここに居る人々の如何ほどが、この時間が当たり前でないと――奇跡とも云えるものだと分かっているのだろう。心穏やかに過ごせる場所と時間、ともに語らい笑い合える相手は、いま確かにそこに在っても、永久に続いて欲しいと願っても、いつ儚く消えてしまってもおかしくはない陽炎のようなものだ。
 真琴の抱いているであろう、心静かな、けれど僅かな物悲しさも孕んだ気配に染まりながら、桃花は傍らへの視線ひとつで離席を伝えた。視界に見えた“月見団子”の文字へと駆け寄り、白と黄の団子詰め合わせを買って戻ってくる。
「……んっ。真琴も、どうぞ」
「……ありがとう」
 云わずともそれがたこ焼きの礼だと気づき、真琴はまあるい|金色《こんじき》の月を想わせるひとつを串で取って頬張った。じんわりと染み入る、南瓜の甘味の混じった柔らかな甘さ。同じく仄かに幸せそうな気配を纏う桃花と視線を重ね、真琴はもひとつ笑みを深めた。

 屋台を満喫したあと、散歩がてらぶらりと歩いていれば、賑わいが霞み始めた場所に小路があった。花あかり小路、と書かれたちいさな立て札に気づいた真琴の隣、桃花が路先に見えた灯りへと小走りに駆け出してゆく。
「わっ……真琴、すごいよ。動くと花びらも一緒についてくる」
「プロジェクションマッピングみたいなものか……綺麗だな」
 そう云った真琴の足許で、ふわりと光の花吹雪が舞った。淡い桃花色から乳白色へ変わりながら一気に真朱から紅へと変化し、大輪の椿を象る。かと思えば次の瞬間にはまた彩を変え、形を変えながら幻想的な夢を描き続けている。
 ふたりの足跡をなぞるように流れる、花模様。淡く柔らかな夜気のなかを抜けてゆけば、辿り着いた先には古風な茶屋があった。月灯籠に照らされた暖簾の隅に“浮花茶屋”の筆文字を見つけた桃花が、そろりと様子を窺う。
 ふわりと鼻先に届いたのは、茶の芳香。店先にある野点のような縁台で茶を嗜む人々を横目に暖簾を潜ると、落ち着いた木の作りの店内にはずらりと茶器が並んでいた。
「……真琴、お茶飲めるみたい。入ってみよう」
「うん、素敵な茶屋だね。ゆっくりできそうだ」
「――いらっしゃいませ。こちらで茶器とお花をお選びください」
 ふたりを出迎えたのは、黄の菊柄の小袖を纏った娘だった。鳥の羽めく耳を見るに、恐らく美しい小鳥の妖怪なのだろう。囀るような愛らしい声で、好きな茶器に好きな茶を注ぎ、そこへ好みの花を浮かべて愉しむ場なのだと説明を添えてくれた。
「茶葉だけでもかなりの種類があるな」
「茶器も、陶器や磁器、硝子まで……色々あって迷っちゃうね。……あっ、どの器にも底に石が嵌まってる」
「そちらは魔力石となります。茶で器を満たすと、内側から優しくほんのりと灯るのです」
 曰く、抹茶のような不透明な茶でも柔くひかりを抱くのだと云う。
「面白い趣向だな。それなら、茶器は店員さんに選んでもらったほうが良さそうだ」
「……んっ。わたしも、お願いしたい」
「桃花。折角だし、お互いに相手のお茶を選んでみないか? 僕は桃花が飲むのを、桃花は僕のを」
「えっ……良い、けど……」
 真琴ってこう言うとき、何が好きだっけ――。パッと思い浮かばぬことに微かな焦りを滲ませるも、その誘いが嬉しくて。桃花はこくりと頷きながら、早速茶葉のメニューへと視線を落とした。真琴もそれに倣い、もうひとつ手渡されたメニューを眺め見る。
(確か、桃花は抹茶とか好きだったよな)
「じゃあ僕は、お茶は抹茶で」
「それでしたら、こちらの器はいかがでしょう。華やかな総雲錦手が、抹茶の緑によう合うと思います」
 象牙色の地に描かれたのは、見事な枝ぶりの桜と紅葉。確かにと得心すると、「お花はいかがしましょう?」と問われた真琴は、密やかに花の名を店員へと告げる。
「わたしは、|澄茶《すみちゃ》に桔梗か金木犀の花にするよ」
「|澄茶《すみちゃ》か。僕も気になってたんだ。飲めるのが楽しみだ」
「……んっ。なら、良かった」
 桔梗、金木犀――どちらにも似たような意味の花言葉が含まれていることを、花言葉にさほど詳しくはない桃花は知る由もない。
 だからこそ真琴も、あの花を選んだのだ。
 ――感謝の意味を持つ、白いダリアを。

 緋毛氈の敷かれた縁台へと並んで腰掛けていれば、暫くして茶が運ばれてきた。店員にお勧めされた色切子の器を桃花が真琴へと渡し、真琴もまた、隣にあった総雲錦手の椀を桃花へと手渡す。
「この白い花……なんて花だっけ?」
「ダリアだね。実際はもっと大きめだけど、妖力でちいさくしてるらしい」
「……そうなんだ。……んっ、抹茶も美味しい」
「この|澄茶《すみちゃ》も不思議な感じだな。こんなにも透明なのに、ちゃんとお茶の風味や香りがある」
 一口、二口。器を傾けるたびに、底から柔いひかりが水面を照らし、花の輪郭を優しく包む。
 ここでは堅苦しい作法も無粋というものだろう。両の手で包んだ茶器から伝わる、あたたかな熱。味わうたびにゆっくりと躰に染みてゆくぬくもりを感じながら、ふたり並んで夜空を仰ぐ。
「……あっ」
「ああ、花火が始まったのか」
 祭の終盤を告げる、華やかな音の群れ。
 白や紅、黄、橙。色とりどりの大輪が幾つも重なりながら、満月の夜に咲き綻んでゆく。
「たまにはこんな日も良いよな」
「……うん。楽しいお祭りだったね」
「――これからも宜しく、桃花」
 それは、幼馴染みだからこそ通ずる、他愛のない言葉。
 だからこそ桃花も、いつもの声音で頷きを返す。
「また機会があれば一緒に来ようね、真琴」

 そう云った桃花の頬に、花火のひかりが柔く映り――ちいさく頷いた真琴もまた、月夜の花へと双眸を細めるのだった。
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