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A Typical Day

#√汎神解剖機関 #ノベル

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 平日の昼下がり。繁華街の裏通りにある町中華『華楽園』のカウンターで、久遠は黙々といつものラーメンセットを食していた。麺を啜る音とチャーハンを掬うレンゲの音が、規則正しく繰り返される。
「お、やっぱりここだった」
 陽を透いた赤い暖簾が揺れ、聞き慣れた声が店内に流れ込んだ。振り返らずとも、誰だか分かる。
「相変わらず良い食いっぷりだなぁ、真面目くん」
「|空閑《くま》さん……あなたもここで昼食ですか?」
「それでも良いんだけどねー。ソイツで久遠も聞いたでしょ? さっきの情報」
 券売機を素通りして隣へと腰を下ろした男が、久遠のジャケットの内ポケットを指差した。僅かに膨らんだそこには、|警視庁異能捜査官《カミガリ》として支給された携帯無線がある。
「なにか進展が?」
「ソレね、アンタとオレで組むことになったの。今のうちに現場調べとけって嶺ちゃんが――」
「“嶺岡さん”」
 久遠の冷ややかな声が、男の話を一刀両断した。きょとりと瞠目した空閑が、大仰に肩をすくめる。
「ったく真面目くんはクソ真面目だねぇ」
「上司なんですから、きちんとした呼び名で呼ぶべきです」
「嶺ちゃんに助けられたからって義理堅いなー。ハイハイ、じゃあ“嶺岡さん”ね」
「……で、早く続きを言ってください」
「話遮ったの久遠でしょ!? ……まぁいいや。で、嶺ちゃ――嶺岡さん曰く、このまま現場に行けってさ」
「分かりました。それにしても……|また《・・》あなたとですか」
 まだ新米の身としては、|空閑《経験者》と同等に扱ってもらえるのは光栄だし、その分より実地での経験を積める面でも有り難い。とはいえ、初回の事件から今まで、この男と組まされてばかりだ。
「“また”って云い方よ……。久遠が日本刀での近距離攻撃、オレがレギオンでの遠距離攻撃。少なくとも戦闘面での相性が良いのは確かでしょー?」
 軽い見目と言動にもかかわらず、存外現実主義者である空閑の云い分には肯定するしかなかった。そんな複雑な心境を現すかのように、義体尾――無自覚に√EDENから√ウォーゾーンへ移った際、事件に巻き込まれ重傷を負い、脊髄を義体化した――が僅かに揺れる。
「……分かりました。すぐに食べ終えます」
「ゆーっくりでいいよ? オレ、ここでラーメンの香り嗅ぎながら待ってるから」
「嫌がらせですか」
「愛情表現ー」
「どこがですか」
 云って、久遠が眼鏡越しに半眼を返したそのとき、

『――空閑くん、鳴海くん、聞こえる?』

 通信端末が震え、イヤホンをつけた耳許で凛とした女の声が響いた。ふたりの表情が一瞬だけ真剣なものへと変わる。
『事態が急変したわ。現場近くで強い霊的反応があったの。√EDENの同じ座標でも同様の反応が|見えた《・・・》から、恐らく簒奪者絡みね……悪いけど、至急向かってくれる?』
「承知しました、嶺岡さん」
「了解ー! ……ごめんおっちゃん。また今度食いにくるわ」
 申し訳なさそうに眉尻を下げる空閑の傍ら、久遠は丼に残ったスープを一気に飲み干した。空になったチャーハン皿の隣へ揃えて置き、速やかに席を立つ。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「おう、ありがとな。次はくまちゃんと一緒に来いよ!」
「はーい♪」
「来ません……!」
 軽快なやり取りを残しながら、久遠は出入口の引き戸を開けた。昼の光がふたりを照らし、湯気が一筋、外へと逃げていく。
「行きますよ、空閑さん」
「オーケー、真面目くん」
 カラカラと音を響かせながら丁寧に戸を閉めた久遠は、空閑と肩を並べて歩き出す。

 今日も変わらず、仄暗い薄暮めく|世界《そら》の下。
 繁華街の喧噪のなかに、ふたつの靴音が溶けていった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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