わふわふ大脱走
犬未満さん(命名:白くてきれいなおねえさん)は困惑していた。
我々は怪異である。個人的には「我」である。一匹の自覚があるが沢山のもにょもにょ集まりし、クヴァの何たらを研究した結果生まれたかわいい(※飼い主ら談)怪異、それが犬未満さんであった。
人をもにもにで癒し、飼い主の放任により楽しく過ごしてきた。ようは何もしてない。
本日はお散歩である!
たまに実験室の鍵があいていることがあり、そういうときは外に出て、人気のない所をもちゃもちゃ歩くのが犬未満さん――本名『エンデュミオン』の趣味であったのだ。
四足歩行ゆえ見られただけでは誰も自分が怪異だと気づかない! 本能で真相に勘付いた彼は今日もごきげんで外に出た。
回し車から解放されしハムスターが如く、ご近所のお散歩に勤しんでいたのだ――が。
「だあれ! だあれ!」
今現在。わふわふぐるぐる、犬未満さんの周りを、一匹の喋る犬が駆け回っていた。
――いい天気! 夕暮れのお散歩の時間だが、ご主人! 忙しそうだ。小難しい顔をして誰かに手紙を書いているようで、背後でおすわりをして待っていたが、主人が立ち上がる気配はない。
となれば一匹でおさんぽだ。ほんの少しツメとフローリングの掠れる音をさせながら、イッヌは――エスタスは、ひとりでお散歩に行くことにしたのだ!
立派なジャーマンシェパードのオスがノーリード脱走を!? そう考えた君、安心したまえ。彼はかしこきイッヌ! 礼儀正しきわんこ! 自分のリードは自分で咥えている。脱走じゃん。
心地よい秋風通る中、鼻を鳴らしながらおさんぽだ。踏みしめる落ち葉の感覚が気持ち良い! まだ突っ込めるほどの量は積もっていないけど。
そんな中、知っているにおいがした。ぎんいろの、フワフワの匂いかも。それはご主人のともだちのしろいのひとによく似ている。知ってる匂い!
思わず追いかけた先で出会ったのは――。
「だあれ! なまえなあに?」
興奮した様子で尻尾を振る、喋るイッヌ。相手のモチモチは人語と動物語をチョット解する。名前を聞かれたが答える術はないので。
「ピぅ」
いつもの通りにおじぎをした。
その姿が、エスタスには「あそんで」のポーズに見えたのだ! 名前を知らないお友達ができた!
「あそぼ! なにがすき? あそぼ!」
周囲を回られる犬未満さんも遊びの誘いと理解した! 伝える術はやっぱりないので、その場でぴょんと飛び跳ねて、ご機嫌に走り始めた。
「おいかけっこ!」
エスタスがその後を追う。そして追い抜く。犬未満さんはトロい。走って追いつかれまた走る、そうして人気のない公園へとやってきた。
ここは穴場だ! 滅多に人がこない――主人のせいだが、それは別の話――犬未満さんもご機嫌で遊べる!
何かないかなと土を掘る犬未満さん、鼻を効かせるエスタス。ふんすふんすと探していると。
「ボール! みつけた! あそぶ?」
「ミ゜!」
古いテニスボールを咥えて犬未満さんの前に置く。しってる、キャッチボール!
触手で丁寧にボールを掴んだ犬未満さん――なげた!
走り出すエスタス。とってこいの形で始まったボール遊び! 途中からサッカーめいたボール転がしになり、ワチャワチャ、四足歩行のいきもの二匹、げんきに夕暮れの中走り回っている。
はふはふ。つかれてきた。友達はお水が欲しそうだ。察した犬未満さん、水飲み場の低いところの蛇口を捻る。捻ることはできるのだ、戻せないけど。
「ありがとー!」
ちゃぷちゃぷお水を飲んで、ぺしょったお口をぶるりと振って、それが犬未満さんにも飛んでいった。
「ワ。ニゥ!」
犬未満さんもお水が好きである。今度は触手で水遊び。ぱしゃぱしゃ犬未満さんが飛ばす水をわーいと浴びに行くエスタス、ああ、平和。
「――エンデュミオン。おぅい。また、何をして……」
時間はあっという間に過ぎてしまって、ご主人の登場である。
呆れ顔の銀色、見覚えのある姿にもご挨拶。
「こんばんは! こんばんは!」
「こんばんは……何かね、迷い込んだのか?」
本来異なる√で暮らしているはずの「知り合い」だ。びちゃびちゃなエスタスと犬未満さんを見て察したか、開けっぱなしの蛇口を締め。
犬未満さんはともかく。
「君は、拭いてやってから帰すべきだな……」
ちょっと呆れた様子のご主人は、怒ってはいないようだった。ぷあ。犬未満さんも一安心である。
「……もう少し遊ぶかね」
ボールを拾い上げた、白い飼い主。こういう時の付き合いは良いものだ。投げられたボールを追いかけて、二匹は健やかに走り出す。
どう言い訳したものか、白いのは正直内心、ちょっぴり、頭を抱えていたりするのだが。イッヌを拭いて友人のもとへ帰して、自分のペットの脱走を叱って……。
ああ、もう、やらなければならないことだらけであった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功