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Special Summer Day

#√EDEN #ノベル #夏休み2025

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●Hooray!
 これぞ、夏。
 突き抜ける青い空。雲はない。うんざりする暑さも、今日だけは心地よい海風が肌を撫でるから気にならない。籠る熱は白波が連れ去ってくれるだろう。
 カラフルなパラソルの花が咲き乱れて、思い思いに海を楽しむ喧騒が、絶え間ない波と共に引いては押し寄せる。
 海水浴もBBQも楽しめる、欲張りビーチに立ったのは、六人の有志。
 六人を知る人もいるだろう――なにせ、近くの雑貨屋に出入りするメンバーだ。
 海と空の青、浜の白さ、潮騒、香り――その全てが気分を高揚させる。今にも走り出したい衝動がむくむくと湧き上がってくる。
 強めの日差しがひとを狂わせるのか、皆のブレーキは緩んでいた。ワクワクと、ソワソワと、ウキウキと。六人に課せられた任は――夏の海を大いに楽しむこと!
 燦々と笑う向日葵をつけた大きな麦わら帽子を被る花牟礼・まほろは、真っ白なTシャツで隠した背中を伸ばして、今にも飛び上がりそうな高揚を隠せないままに、くるりと仲間を振り返った。
「まほろね、一度やってみたかったんだ…」
 漸く彼女が大事に持っているソレの説明をしてくれるらしい。実はずっと気になっていたが、るんたっと振って跳ねているのだから水を差せずにいた。
「じゃじゃーん! 城作りのためのバケツだよ! 大きな、大きな砂の城作り! みんながいれば出来るよね!」
 言ったまほろは、「海水と一緒に固めるといいんだって!」とバケツを掲げてみせた。
 爽やかなセーラーを身に纏った月夜見・洸惺は小さく拍手。
「まほろさん賛成ですっ! 僕も一度してみたかったんだっ」
「砂で、大きな城……作れるのですか?」
 城とはどの規模の――セレネ・デルフィは、こてんと首を傾げる。頭に被せた麦わら帽子が風に攫われないように、白い手で押さえていたから事なきを得たが、悪戯な海風はセレネのワンピースを裾をはためかせた。
「あたしもやってみたかったんだ!」
 イエローのサングラスをかけたアンジュ・ペティーユは、「はいはーい! あたしもさんせーい!」と笑みを弾けさせる。
 セレネはさらさらの砂を触る。これが固まって城になるとは。俄かには信じられないが、本当だったらとても楽しい!
「んじゃあ、先は土台だね! がんばろー!」
「海水と一緒に固めるなら、もっと、波に近い方が造り易いんじゃないか?」
 言いながら結・惟人は、波打ち際と指さした。いつもと変わらない泰然とした彼なのに――白い上着は風を孕んでそよりと揺れて、竜尾は機嫌よく跳ねているようだった。
 とどのつまり。
 皆、すっかり海に浮かれていた。

 たっくさん遊んで、お腹ぺこぺこにしなきゃでしょ? とは、まほろの言だ。それに大きく肯いたのは、太陽に負けず劣らずぺっかり笑うアンジュ。
「うんうんっ、ご飯の前にまずは動かないとね!」
 どんな美味しい料理でも、空腹のスパイスには勝てない。
「海辺だから涼しくって、たくさん遊べて、美味しいものを食べられて…しかも皆さんと一緒だから……これって、一石四鳥なのでは…!」
「一石四鳥…! 本当に良いこと尽くしですよねっ!」
 苦手な暑気を跳ね返すヴァロ・アアルトの弾む言葉に、同意して笑む洸惺もきらきらと目を輝かせていた。
「僕も遊びもご飯もどっちも楽しみたいかもっ」
「私も、たくさん、あそんでみたいです…!」
 夏をこうして満喫した記憶のないセレネだから、今日のこの時を楽しみにしてきたのだ。
「いいんじゃないか? 夏らしいことなんて、夏のうちにしかできないんだ」
 肯いて、惟人。
「いっぱい楽しもう」
 海水を多く含んだ浜に、六人の足跡がくっきり残って、揺れながら伸びていった。

 まずは土台だ。これが強くないといけない。
「ヴァロちゃん、ヴァロちゃん! いっくよー!」
「はい…っ!」
 湿った砂をぎゅうぎゅうに押し込めたバケツを、せいやっとひっくり返した。中身は零れていない。まほろに見つめられて、ヴァロはきゅっと拳を握った。青い眸はバケツに注がれる――すぽん! とバケツだけが勢いよく持ち上げられた。
「わあっ!」
「やった! もう一回!」
 大きな砂のプリンの完成である。たったそれだけ。ただの砂の塊がひとつ出来上がっただけで、テンションはぶちアガる――理由は簡単。海がそうさせるのだ。海の煌きを全身に浴びてしまえば陽気にもなってしまうというもの。
 なるほど、泥団子にしてプリンにくっつけ育てれば、時短にもなる。よく考えられている作戦だ――惟人は感心して、洸惺も拍手。
「さすがです、なるほど…こうですか…」
 まず泥をよい塩梅になるように海水と混ぜるところから始まるのだが、勢い良くまほろがべしょっと塗り付ける。
「大胆っ!」
 跳ねた泥を気にすることもしないで、アンジュ。
 初めて見る光景だけれど、なかなか愉快! 決まりはあってないような、自由きままな創作だ。濡れた表面を乾いた砂で覆って、ひび割れないように固める。
「折角なので、物語に出てくるような豪華で立派なお城にしたいです!」
 ヴァロの小さな手でペタペタと、確実に拡張されていく。
 手分けしながら、丁寧に、それでも初めての作業だからとても不慣れで覚束なくて、ときおり――そう、思わず皆で悲鳴を上げるくらいにはグシャァ……と崩れて――それすら楽しみながら、六人で築城を続けた。
「あたし、飾るもの探してくる!」
「私も…!」
「僕もいいですか? きらきらさせてみたいです」
「よーし、探検だ!」
 からりと笑ったアンジュが麦わら帽子を押さえる。危うく強く吹いた海風に攫われてしまうところだった。
「わあっ、待って!」
 風に落とされた洸惺の帽子はころりんふわりと転がって、慌てて追いかけた。

(ここに堀をつくったら、…)
 惟人はそろーりと掘ってみる。城壁の際に、堀があるなんて――難攻不落になるに違いない。
「見て下さい、綺麗な石を見つけました! くっつけてもいいですか?」
 いつの間にか城づくりに夢中になっていた惟人は、顔を上げる。上機嫌の洸惺が拾って来た大きなシーグラスを掲げている。艶やかで丸い緑と、スモーキーな白いものが二つだ。
 少し歩いて探してこれほどの上物を見つけられて、ほくほくの洸惺。帽子が飛ばされた場所に打ち上がっていた。ラッキー。
 惟人が城壁の模様を刻もうとしていた面を示して、
「洸惺、ここがちょうどいい」
「はいっ…――えい!」
 掛け声は小さくとも、意気込みは十分で、勢い余って城を崩さないように――さくっと小気味よい音と一緒にシーグラスは城壁を飾った。
 思わず感嘆が漏れる。上々ではないか。
「きれいですね…あ、の…! 私も、すごく細い貝殻を見つけました…!」
 ブラウンの縞模様の尖塔、平たくて丸い貝殻、それとシーグラスが煌々とセレネの手の中で輝いていた。
 城の背を高くしていくまほろとヴァロも鮮やかに飾り付けられていくのを見て、歓声を上げた。
「どんどん立派になっていきます…!」
 狐尾をぱたぱたと揺らして、砂まみれの手で小さく拍手。
「これでどうだろう…」
「わ、貝殻をお花みたいに…! ステキなアイデアですっ」
 皆が集めてきた貝殻の花が咲く。器用に飾り付ける惟人の手元を覗き込んで、
「これ、使えるでしょうか…」
「綺麗な色だな」
 セレネの掌上にある貝殻は薄いピンク色で、季節外れの桜の花弁のようだった。それをそっと城壁に張り付ける。さくりと張り付いて、セレネは笑みを弾けさせた。
「凄い! 華やかになりましたねっ」
「うんうん…すばらしい出来!」
 どんどん飾り付けられて、華麗になっていく砂の城。こんな風に立派になっていくなんて、まほろは嬉しくて嬉しくて。

「カニ! 捕まえたの! 見て! ねえ!」

 無邪気に大きく手を振りながら戻ってくるアンジュが、俄かには信じられないことを叫んだ。
「……カニ?」
「え、カニ、ですか?」
「カニ??」
 口々に、彼女が連れてきた小さな来訪者の姿に、歓声を上げた。
「えへっ。つかまえちゃった!」
 言ったアンジュは、ずいぶんと立派になった砂の城の天守にカニをのせた。
「おおっ、カニの城! 立派なお城ができたね…!」
 ――突然、城を与えられたカニは大層驚き、それ以上に喜んでいるようにご自慢の鋏を振り上げた。
 まるで王様! 満足そう! 嬉しそう! 晴れやかにサングラスの奥で目を細めたアンジュは、スマホを構えたヴァロの煌く笑みにつられて笑った。
 洸惺とセレネの拍手も重なって、歓声と笑声が響く。

 堂々建立である。

●Splash!
「次はね……じゃーん! スイカ割ろ!」
「夏のビーチといえばスイカだねっ」
 まほろの提案に、こくこく頷いた洸惺だ。スイカ割りというものすら初めてで、どんなものなのかを知ったヴァロは目を丸くして、ぼわっと狐尾を膨らませた。
「アグレッシブな遊びなんですね…! 目隠して、全力で叩いて、スイカを割るなんて…すっごく面白そうですっ」
 やりたいことはやり尽くすのが夏の鉄則だ――秋も冬もそうかもしれないが、ともかく、今しか楽しめないことはやっておかないと損だ。
 なによりこの日の為に用意した、大きなスイカがすでに居る。シートの上に居て、割られてしまうその瞬間を待ちわびている――きっとスイカも本望のはず。

「スイカを割った人が一番大きなスイカをゲットできます!」

 まほろの宣言に、おおぉ~とどよめき。
 一人一振りがルール。一度振り下ろしたら交代。平衡感覚を狂わせるために、目隠しをした状態でくるくると回ってスタート。
 最初は誰から?――と順番決めの段になって、ちょうど叩き棒を持っていたヴァロに視線が集まる。
「私、ですか…!」
 そわりと尾を震わせて、ヴァロ。
「いいねいいね、よーし! ヴァロちゃん、やっちゃえー!」
 まほろの声援に、ぎゅっと棒を握って、こくりと肯いた。
 インビジブルさんたちの手助けを…なんて思い至ったが、ここは正々堂々とスイカとの勝負を!
 しかし目隠しをされてしまった状態で一歩踏み出すのは、なかなかどうして、楽しい!
 そろっと進んで、平衡感覚を揺らされた後では、僅かな恐怖と普段は感じない揺れに、ヴァロは奇妙な楽しさであわあわと笑ってしまった。
「ヴァロちゃん、頑張れー!」
「そうそう、そのまままっすぐだ」
 ふらつくけれど、まほろと惟人の声がヴァロの背中を押した。それを信じて、ゆっくり進んで、「えいっ!」と棒を思い切り振り下ろす!――ぽこっ。
「ひゃっ」
 当たった!――容赦なくフルスイングしたヴァロが、その衝撃に一等驚いて、目隠しを取った。
「あれ?」
「割れてない?」
「スイカが強すぎたのか」
「はい……この子、強かったです…!」
 それでもドキドキに楽しめた。残念を上回る満足感があった。

「よーし! 次、あたし!」
 はいはーい! と手を上げて、アンジュ。
 ヴァロから目隠しの布を受け取って、揚々と視界を遮った。うっすら見えるかもしれないと思ったが、なるほどこれでは見えない! 開始円の中でぐるぐる回って――思いの外、ふらつく! 面白い!
「きゃー! どこ! どっち!?」
「もっと右です!」
「こっち?」
「行きすぎました、少し左に」
「えっ、そうなの!? こっち?」
 ヴァロの言葉を受けて、方向修正。すいすいっとまっすぐ歩いているつもりなのに、いつの間にかずれていくらしく、セレネの声が「あっ、左に行き過ぎてます…!」と修正して示してくれる。
「そこ!」
「よしっ、ここね!? えーい!!」
 ドキドキしながら、一閃! ざしゅっと切っ先はシート越しに砂浜を叩いた。
「わああっ惜しい!」
「すごい惜しいです、もうちょっと右でした…!」
「ええ~! 残念! ドキドキした~」
 満面の笑みのままに目隠しを取って、アンジュが棒を手放した。

「お次はだーれ? セレネ、する?」
「私、ですか? え、……いいんですか?」
「よーし、あたしが目隠ししてあげる!」
 アンジュに背を押されてスタート地点へ。
「見えませんね…! わあ…」
「よし、回しちゃうよ!」
 視界を遮られたけれど、掴まれている腕や押される背に触れる手と、アンジュの明るい声が視界不良を補って余りある。
 くるくる回されて、ふわふわし始めたころ、ぱっと手を離された。
「ふあぁ…!」
 ゆらゆらと揺れる足が砂にとられて、歩きにくい! 見えないけれど、拍手と一緒に洸惺の「頑張って!」の声援が聞こえてきた。
 そもそも力に自信はない。叩いても割れるかどうかすら怪しいというのに、この不安定な状態では猶更のこと。
 そのまままっすぐ! 右にずれたよ! ああ戻って戻って! そこからゆっくりだよ。
 飛び交う言葉をしっかり聞きながら、あとは野となれ山となれ――セレネは自分の直感を信じて、棒を握った。
「いいぞ、もう少し、あと三歩、まっすぐ進むんだ」
「は、い…! っ…、…えいっ」
 どこか弾んでいるような惟人の声に導かれて、心は逸ってセレネは棒を振り下ろす! 思い切って振り下ろしたというのに、手首に伝わる衝撃は、やけに柔らかで。
「ああぅっ、惜しかったですっ」
 洸惺のきゅうっと握られた拳が開いて、残念そうな声でセレネを労った。目隠しをとって見れば、確かにスイカから僅かに逸れたところに棒で叩いた痕が残っていた。

「次は、月夜見さん、やります…?」
「うんっ、僕、頑張るよっ!」
 小さく跳ねて、目隠しの布を受け取った洸惺は早速巻いてみれば、そわりと湧き上がる昂奮に頬が緩む。次いで渡された棒の感触、そしてくるくる回されて、ふわりと崩れるような浮遊感に笑みが零れ続ける。
 棒を構えて、一歩ずつ確実に、すり足で転ばないように進んだ。
「いいよいいよ、そのままだよ!」
「洸惺くんがんばれー!」
 明るい声援が耳に届く。見えない中でアンジュとまほろの声が聞こえた。やってみせるよと意気込んで、大きく息を吐いた。どこまで進んだだろう。距離感を掴み難くて、歩みは慎重になる。
 できれば割りたい! この手で! がつんっと!――|優勝賞品《おおきなスイカ》がほしい!
 だから方向を間違えないように慎重に慎重に――賑やかなアンジュの声援と、真剣に進行方向を教えてくれるヴァロの声が耳に届く。
 導かれていく。息を飲む。
「そこだよ!」
 アンジュの声に頷き返して、洸惺は手の中の棒を大きく振り上げた。
「えーいっ!」
 発破の声、振り下ろされた棒、ごっという鈍い音――打ち損じられて、それでも、分厚い皮に一本の罅が走った。
「えええっ! 惜しい!」
 皮の罅だけでも、割れた判定になるか。罅割れたことに変わりないのだが、まほろは「う~ん……」と唸って、空を見上げる――あまりに眩しくて目を閉じてしまった。
「皆が一回ずつ挑戦して、割れなかったら洸惺くんの優勝ってことでどうかな?」
 異論はなし! 即席ルールが追加された。

「よーし、まほろもちょうせーん! あっ、」
 はっとなった。あと挑戦していないのはまほろと惟人だ。思わず惟人へと視線を向ければ、彼は「私は構わない」と手をぱっと広げた。そのさり気ない仕草が心地良く、譲ってくれたものだから、まほろは素直に受け取った。
 ぐるぐる~っと回されて、スタート位置から、一歩踏み出した。
「うわあ~思ってるよりふらふらする!」
「花牟礼さん…! がんばって…!」
「左だ、回って、あと一歩、」
「こう!?」
「そう、そのままっ! まっすぐですよっ」
 視界が遮られて聞くしかないこの状況で、耳に届くのはいろんな声が重なった声援で、聞き分けることは難しいけれど、これがなかなか嬉しい。皆の嬉々とした声は耳に心地よい。
 ふらふら、ふわふわして、ともすれば、くわんっと視界が揺れる。こればかりは困った。
「おっとっとっと…!」
 あっちへふらふら、こっちへふらふら――思い通りに歩けないのが面白くて、まほろは笑声を弾けさせた。
「少しだけ、あっ、右に、そこです…!」
「ここ!?」
 控えめながら頑張って導こうとするセレネのゴーサインを聞き逃さなかったし、まほろの勘もココだと叫んでいる――思いきり振り下ろす!
「当たった?」
 皆の悔しがるような声がどよっと押し寄せて、慌てて目隠しを取れば、そこにいるはずのスイカが居ない!
 まほろの振った棒は、まっすぐではなくナナメの軌道を描いて、スイカの固い皮を掠めて、スイカがころんと転げたのだ。
「惜しかったですっ」
「スイカが逃げちゃいました…!」
 割られたくなかったのかなあ…――そんなヴァロの呟きに、セレネも悲しげに眉尻を下げた。

「惟人くん! はい、よろしくお願いしまーす!」
 あっけらかんと、目隠しを渡したまほろ。
「よし…」
 装備を受け取って整える惟人の表情は変わらない。一見していつも通りだけれど、心裡が少しずつ漏れる竜尾がゆうらりと振れる。
 視界は遮られた。なるほど、皆が苦戦するのも頷けるほどの遮光率だ。
「がんばれー!」
 声の方を向いて小さく肯く。思うより気持ちは上がっている。今まで皆の様子をよく見たから解る――はず。
 気配を感じ取る。ヴァロの声が小さな拍手と一緒に聞こえてくる。アンジュが殊更に賑やかしく左右を教えてくれる。
(……こっち、か。スイカの気配がない…うん。うん…)
 声の導くように、スイカの気配を探りながら、一歩一歩と砂を踏みしめる。
「…ここだろうか」
 距離感を正しく掴むために、一等集中して――
「今です!」
 ふっと吐いた息の向こうからヴァロの声も届く。

 ガシュッ!

 六度目の正直――スイカはまっぷたつに割れた。
 現れた瑞々しく鮮やかな赤い実と黒々とした種があって、ようやく出会えた美味そうな色に、おおお~と歓喜。
「わあ、スイカってこんなに豪快に割れちゃうんだね~」
 砕けたようだけど、すぱっと割れた断面の意外なほどの美しさに、まほろは目を丸める。
「凄い! 本当に綺麗に割れてるねっ」
「きっと、洸惺が最初に罅を入れてくれたのが良かったんだろう」
「そうかな? えへ…っ」
 くふくふ笑う洸惺の後ろから、ひょこっと顔を覗かせたセレネが「わあ」と歓声をあげる。
「割れるとこんな感じなのですね…!」
 瑞々しく滴って、スイカの甘い香りがふわりと立った。新鮮だ。叩き割られたスイカなんて初めて見る。
「クーラーボックスで冷やしておこうね! あとで皆で食べよう」
「冷えたスイカ! 賛成ですっ」
 楽しみがどんどん募っていく。
「ひんやりスイカ…きっと美味しいですよね!」
「絶対おいしいよヴァロちゃん! 楽しみだね~」
「冷やしたスイカに塩を振ったら、きっともっと甘くなるよっ」
「えっ! 塩ってしょっぱいのにスイカにつけていいの?」
「いいんだよっ、まほろさん! しょっぱいはずなのにあんま~いってなるよ!」
「へえ…不思議! まほろもやってみよ!」
 きゃっきゃと色めき立つ気安い言葉の応酬を聴きながら、アンジュと惟人がクーラーボックスへとスイカを移していく。
 我ながら満足の割れっぷりだ。詰められていくスイカを見て、きっと格別の味わいになるだろう、冷えたものを皆と食べるその時が楽しみだと惟人の眼差しはやわくなった。
「ふふっ…美味しく冷えますように…!」
 皆の期待も一緒にクーラーボックスへ詰め込まれた。そしてセレネはそっと魔法をかける――美味しくなぁれ。

●BBQ!
「お待ちかねの~…バーベキュー! じゃじゃーんっ!」
 持ってきたトウモロコシはまだヒゲ付き。両手に一本ずつ持って、掲げて見せた。
「皆はなに持ってきたの~? まほろはトウモロコシだよ! バター醤油を塗ってじゃんじゃん焼くからね!」
「私はエビとかイカとか、あと貝と……海の幸を持ってきました…! 魔法で冷やしてきたので悪くなってないはず、です…!」
「じゃーんっ、私は柔らかいお肉だよ! いろんな世界のお肉を集めてきたんだ~!」
「僕は冷凍ピザ生地と、色んなトッピングの具材だよっ。チーズもいっぱい持ってきましたっ!」
「私はトマトを。チーズと一緒にホイル焼きにすると美味しいと聞いて、試してみたくて」
「炭水化物は正義なので、私はバゲットを持ってきました! サクサクにしてガーリックオイルと一緒でも、チーズのせたりしてブルスケッタみたいにしても美味しいかと」
 皆が持ち寄った食材を並べると、とても豪華だ。
 焼けるまでは時間がかかるものから、さっそく網の上に並べていく。
 まずはアンジュの持ってきた、やわらかお肉。綺麗なサシが入っていて、食べる前――焼く前からでも、柔らかいだろう、噛まなくても溶けていきそう。
 腰が曲がらないように串に刺さった有頭エビを等間隔で網に並べて、ゲソも一緒に網にのせた。
 立ち昇り始めた香ばしさが食欲を刺激する。
「……ところで、お料理できる人~!」
 まほろが挙手を促す。そっと目を逸らして明後日の方向を向いたヴァロ――食べるとこは好きだが、作るのは得意でない。
「私、あまり、…お料理をしたことが、ないので…」
 ばつが悪そうに自己申告したセレネに、「うーん…、うん」と同意を示したヴァロは、夏の眩しさのせいにして開き直った。
「皆さんにお任せします!」
 にぱっと笑んで|降参《サムズアップ》!
 ヴァロは適材適所なんて言葉を知っている。料理が出来ない分、その他のお手伝いは出来るのだから、そちらを買って出た。
「私は、簡単なものなら作れるが…焼くだけなら、そこまで難しく考えなくてもいいだろう」
「あたしも、たぶんできると思う!」
 ちゃきんとトングを両手にひとつずつ持ったアンジュが笑う。生の食材用と、焼けたもの用のトングだ。
「お料理は時々お手伝いしているから、難しいものじゃなければ!」
「洸惺君なんて末っ子なのに…しっかりしてるんだねえ…」
「えへへ、皆さんの中では末っ子かもですか、どーんと頼って下さればっ…!」
「まほろはね…うん、焼くだけならなんとかなるよ! きっと!」
「あぁ、まほろの言う通り大体何とかなる」
 なにより焼きたては最高の美味しさであることは自明の理。網の上の肉はどんどん焼けて、エビも赤くなっていく。
 ホイルに包まれたピザと、トマトチーズ、そして表面をサクサクにトーストされていくバゲット。
 バター醤油を塗られたトウモロコシは、魅惑の焼き目をどんどんつけていく。
「えへへー、この香ばしい匂いが嗅ぎたかったの! んー! いい匂い!」
 じりじり焼けていくのを、ゆったりと眺めるものだから、どんどんお腹がすいて――きゅうっと鳴いた。
 落ちた脂がジュッと炭に落ちて、煙を上げた。
「とても良い匂いがしてきました……お腹、空きます、ね…!」
 並びいる食事の豪華さがに心が躍ったセレネだけれど、今にもぐうと鳴きそうなお腹をさすった。
 
「バーベキューでピザが食べられるなんて思わなかったよ!」
 はふはふっと冷ましながら、まほろとヴァロは一緒にピザを頬張った。
「えへ、良かった」
 火傷しないように頬張って、チーズの塩気とアンジュ厳選のお肉の旨味が舌に広がった。
「お肉も美味しいし、惟人くんのホイル焼きも相性ばっちりっ」
 ホイルの中でくつくつと焼けたトマトにチーズはまろやかで、とても美味い。
 皆がそれぞれ好きに食べ進める。
 焼けたものから順に、空いている皿へとひょいひょいと投げ込む惟人だったが、
「お野菜も焼けたよ! 要る人~!」
「食べたい」
 アンジュの声に反応して、焼き野菜を盛ってもらった。皿の上には、つやつやした旨そうな野菜。じゅわりと旨味が弾けて、豊かな香りで満たされた。
「私もー!」
「たんとお食べ~」
 ヴァロの皿の上にも焼けた野菜と絶品お肉が盛られた。きらきら光るお肉を頬張れば、噛まずとも溶けていくようだった。
 肉の脂と一緒にほっぺもとろけそう。
 まほろが楽しみにしていたトウモロコシは甘くてジューシーで、バターでよりまろやかに、醤油で香ばしさマシマシ、香りも十分に楽しむ。
「アンジュも食べているか?」
「食べてるよ!」
 網の世話をしている一番のメリットは、最高のタイミングを見逃さず一番最初に食べることができることだ。これが美味しいのだ!
 選りすぐりの肉を誰よりも最初に食べられる特権だ。そして、これまた格別。
「セレネは?」
「食べてます…っ、おいしいです!」
 持ってきたエビがプリプリな弾力も、染み出してくる旨味も格別。噛めば噛むほどに味わい深くなるイカの甘みは、つけた一味マヨネーズが一役買っていた。
「まさか新鮮な海の幸が食べられるなんて思ってもみなかったよ!」
「よかった…! おいしいですね」
 エビを持ってご満悦な洸惺は、温度の配慮と準備をしてくれたセレネに、改めて感謝を伝えた。恐縮しきりの彼女だったが、それはセレネだけでなく全員にいえること――誰もが今日のこの時を楽しみにして成功させようと準備をしてきたのだ。
 だからこそ、豪勢なパーティーとなった。

 料理は食べる専門のヴァロだけれど、ドリンクを注ぐことは出来るから、皆のコップを満たしていたとき、
「見て見てっ、ヴァロさんオススメのブルスケッタ~! おいしそうだよっ」
 ガーリック香るバゲットの上にはナスやトマトにお肉がのっている。大きな口を開けて、洸惺がかぶりつく!
 ザクザクっと小気味よい音、ふんわり口いっぱいに広がる香りと、じゅわじゅわの旨味に、ほっぺが落ちそう。
「んん~! おいしい…!」
「わあっ、私も食べるー!」
 言ってヴァロも頬張った。正義の味がする――しっかり味わって、皆でゆっくりと進める食事は、この上なく楽しくて。
「んっ、これも美味しい!」
 小気味よい歯ざわりに目を瞠る。
 アスパラガスに巻かれたのは、アンジュ厳選のやわらかお肉の薄切り。それを咀嚼するヴァロはぱたぱたと尻尾を振った。
「…~!」
 惟人はやはりいつもと変わらない涼しい表情のままだが、大好きな野菜を頬張って、隠しきれていない喜びに震える竜尾の様子に思わず笑む。
「美味しい?」
「ん、」
「よかった~」
 ひと手間加えてみた甲斐があった。あとは野菜串だ。ナスとキノコと、タマネギの輪切り――それらが長い串に刺さって、今まさに食べ頃になるまでを待つ。
「皆の分もあるよ!」
「わあっ、アスパラ!」
「いただきます…!」
「ん~~、皆さんと一緒だといつも以上に美味しいし楽しいですっ」
「ふふっ、そうだね。あたしも楽しい!」
 皆の笑顔を見れば、嬉しくて。アンジュもまた深く微笑んだ。

「スイカも食べよ~!」

 クーラーボックスをぽんっと叩いて、まほろ。
 惟人は賞品を、あとの五人はひと切れずつ持ち上げた。
「…大きすぎないか?」
「でも、惟人さんが割ったんですし! すごいです」
 ぽそりと呟いた彼に、ヴァロは、遠慮はいらないのでは? と、ぴこっと狐耳を動かした。
 各々が手にしたスイカは程好く冷えていて、セレネはほっとする――きっと食べ頃だ。
「スイカには塩は欠かせませんよねっ」
 じゃんっと小瓶を掲げて洸惺。さらさらっと振りかけて、豪快に一口!
「んん~!」
 甘いスイカがさらに甘くなるのが不思議でならない。これがクセになる!
「お塩を振って食べる…?」
 驚くセレネは、興味津々に洸惺の真似をしてみる――初めての体験に胸が躍った。
「これが、スイカに塩…!」
 一口齧って、セレネは目を丸くした。そしてヴァロもまた瞠目することになる。
「はわ…! 不思議…!」
 狐耳がぴっと立った。
 ただ塩をかけただけ。しょっぱい塩なのに、甘くなるというのはこれいかに。信じられないくらいに甘みが増して、ヴァロを驚かせた。
「あたしも、こんな食べ方したの初めて!」
 言ったアンジュも、瑞々しい果汁諸共飲み込んだ。
 どうしてこんなに甘く感じられるのだろう。なんだこの面白い感覚は!
 皆の色めき立つ様子に、洸惺は満足気。
「世の中にはこんなに美味しい食べ方があったんですね…」
 トマトとチーズのホイル焼き然り、スイカに塩然り。もっとたくさんの美味しいものがあるだろう。
 薄く塩がかかったスイカを頬張って、「おいしい…」と零したまほろも、何度も頷いてシャクシャクと瑞々しい音を立てる惟人も全身からこのひと時を楽しんでいると叫んでいた。

 焼き網の上に並べられて、どんどん焼けていく肉の、溢れた脂が炭の上で弾けた。
 香ばしく焦げる匂いはずっと続いて、空だったお腹にも美味しいが詰まって、幸せが溜まり始める。
 それでも全然足りないし、いくらでも食えてしまえそうだ――と思っていたが、やはりそうではなかった。
「ふわあ、おなかいっぱーい!」
「ふふっ…次は何をして遊びますか?」
「泳いじゃう?」
 おどけてアンジュ。満足気に笑っていたまほろは目をきらりんと輝かせて、
「泳ぎたーい!」
「ああ、泳ぐのも良いな」
 腹ごしらえも済んだことだから、惟人の竜尾は楽し気にゆらゆらと揺れた。
「私も泳ぎたいですっ」
 泳げるかどうか試したことはないヴァロだけれど、きっと泳げるはず。パシャっと水飛沫を上げるだけでも楽しいだろう。海に入らない選択肢を彼女は持ち合わせていなかった。
「そうだね! せっかくだし?」
「あっ、浮輪借りない?」
 この一時を忘れることのない、かけがえのない思い出にしたいと願う洸惺の一言に、アンジュはサングラスの奥の目をきらんと輝かせ、手を打った。
「それ楽しそう!」
「うきわ…! あの浮かんでいるものですよね、気持ちよさそう、です…」
 興味津々にセレネは海面を眺めて、ほわっと破顔した。
「私ももっと、遊びたいです」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまうけれど――終わるからこそ、次が始まる。太陽が沈むから、夜空が鮮やかに煌くように。
 それでも、まだ、もう少しだけ。
 六人の笑声を孕んだ波が、主の消えた砂の城壁を少しだけ崩した。
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