夏と冬のあわい
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夕暮れの空はまだ朱を残し、山の端へと日が沈むにつれて、薄紫の影が町全体を包み込んでいく。境内の参道には、いくつもの提灯がつられており、列を成す橙色の明かりが、人々を誘うように揺れていた。
賑わう秋祭りの会場に、集まったのはよく見知った六人。けれど今日は、場に合わせた新たな装いで。
「いつもと違う装い、新鮮で良いですね!」
魔女風の帽子に飾られた白椿が揺れる。洋風な意匠の混ざった特徴的な浴衣を着込んだ茶治・レモン(魔女代行・h00071)は、そう言って一同の方を振り返った。
「おかしな部分がないといいのですが……」
「いえいえ、みなさんとってもおにあいです!」
黒を基調とした浴衣に赤い帯、着慣れぬそれを心配そうに見下ろす葛木・萩利(ぬくもりなき手・h03140)に、廻里・りり(綴・h01760)が応じる。濃紺の生地に白と水色の七宝柄をあしらったりりの浴衣は、尻尾が出せるようにセパレートタイプになっている。
「皆さま涼しげな装いがお似合いで」
「みんなで浴衣ってるのテンションあがっちゃうね!」
野分・時雨(初嵐・h00536)は藍紫色の浴衣で、八卜・邏傳(ハトでなし・h00142)は竹色の甚平。それぞれ個性的な出で立ちではあるが、普段和装を着ないであろう者達も交えての揃いの衣装、イベントならではの空気はやはり心が浮き立つもの。
「浴衣っておまつりにきた! ってかんじがしますね」
「でもみんなオシャレ過ぎね?」
邏傳の言う通り、各々の装いで華やかな光景に、楽しげな様子の緇・カナト(hellhound・h02325)は、夜空を思わせる紺色の作務衣に黒い狐の面をしている。
「綿あめやカキ氷買ってきたよ~誰か食べるかい?」
「わたあめ! わたあめほしいですっ」
皆に先立って屋台を楽しんできたらしいカナトの言葉にりりが飛びつく。そんな面々の様子をどこか満足気に眺めて、レモンは手始めに屋台を指し示した。
「折角ですし、浴衣に似合うお面も選んで行きませんか?」
ちょうどそこはお面を扱っている屋台のようで、古くからある和風のデザインから最近の子供向け番組のキャラクターまで、多くの種類のものが並べられている。
「あ、カナトさんは元々狐面でしたか……」
「うん、でも他アニマルのも良さそう~」
兎面で語尾がうさうさ~したり、猫面でこねこね~したりねェ。冗談めかしたそれに、りりが反応する。
「えっ語尾がかわるんですか?」
まあそういうこともあるかもしれない。りりの問いを受け流しながら、カナトはほかのお面を吟味し始めた。時雨もまた、目当てのものを探し始めるが。
「牛のお面とか見たことなくない?」
「鬼とか牛お面だったらシグシグ~? ぐれぐれ~とどっちが良いかなぁ、どう思う?」
「ぐれぐれ!? そんな語尾ないでしょ! 可愛い鬼さんのにします!」
「え、しぐしぐかわいいかも…っ」
「ぼく今後語尾しぐしぐにしようしぐ」
とりあえずそんな結論になったらしい。鬼のお面になった時雨の横で、レモンはお目当てのものを決める。
「あっ……猫のお面! 僕これにします、白猫のお面」
「ガスマスクとは全然違うのですね……」
見慣れたそれとはまったく違うお面の並びに、萩利は物珍し気な様子で居る。りりもまた、どれにするか決めあぐねていると。
「迷ってらっしゃるなら、お揃いで猫はいかがですか?」
「……じゃあみけねこさんにしようかな?」
「折角ですので此も猫のお面と致しましょう」
三毛猫のお面をりりが手にして、萩利は通じるものを感じたのかぶちのお面を身に着ける。
「萩利にゃんともおそろい! やったぁ〜! 浴衣もおにあいでね、とってもかわいいですっ」
「有難うございますりりにゃん。あなたもお似合いですよ」
「ふふ、りりにゃんと萩利にゃんの誕生ですね!」
「3ニャンむすめ……でない、3ニャンらぶりーちゃん♡」
揃った猫の並びに邏傳が感嘆の声を上げて。
「やっぱり狐面ならつねづね~かなぁ」
「カナトちゃんはお面全部付けは如何かな?」
「ぜんぶ……!? お顔見えなくなっちゃいそう……!」
「それと、こんなのもあったんですけど……」
レモンが見つけてきたのは光る触角の伸びたカチューシャ、猫の面の上から取り付けたそれが、ミョンミョンと音を立てそうな勢いで揺れている。
「これは……何かを模しているのでしょうか?」
「ぴかぴかカチューシャも面白ね、つけたい!」
こういうのに目がない邏傳が光り輝くそれを身に着ける。
「何その触覚~! 邏傳くんいつ見つけたの!? 揺れてる面白~揺らしていい?」
「あ! ハトちゃんぴかぴか~! うごくと揺れるのかわいいですっ」
時雨の手でがくがくと揺らされて、邏傳の頭の上で光がリズムよく踊った。
各々に気に入ったお面を見つけ、一行は屋台の方へと繰り出していく。
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賑わう屋台通りには、人々を惹き付けるに足る様々な出店が並んでいる。香ばしいソースの匂いの煙を上げる焼きそばやお好み焼きの屋台、そういった食べ物系の他、レジャーに属するものも多く見られた。
今回の秋祭りの目玉、花火の打ち上げが始まるまでは、まだ少し時間があるだろう。
「皆んな、やってみたいものとかある?」
「あれなんていかがでしょう?」
カナトの問いに、前からちょっとやってみたかったのだとレモンが応じる。彼が示したそこは、所謂ヨーヨーすくいの屋台。水の張られた桶の中には、色とりどりの風船が浮かんでいる。
「これは一体どういう……?」
「ヨーヨーすくいならまかせてください! これはですね――」
ぱっと見では判断し辛い光景に首を傾げた萩利に対して、りりが内容を説明する。要するに手元の釣り糸が切れないように、浮かんだ水ヨーヨーを釣り上げればいいのだが。
「お、りりちゃんはお得意な感じ?」
「そ〜っとねらって、こうですっ」
ここからしゅっとやる緩急が大事ですよ。そんな感じの説明がてら、りりが早速一つ釣り上げてみせると、邏傳達から感嘆の声が上がった。
「では、僕もやってみますね」
「レモンちゃんするなら俺もやってみよかな!」
そんなわけで次々と、見様見真似の初心者たちが挑んでいく。とはいえ良いお手本が見られたのだから、勝率は低くないはず――。
「狙うはあの紫色……!」
「あっ」
日々の生活や√能力者としての戦闘とは、やはり勝手が違うらしい。早速幾人か敗退した者達の声が上がったようだ。
「レモにゃんはどう? 取れた?」
「い、いえ、まだこれからですよ」
時雨の問いにレモンが応じる。手元のそれが追い課金、もとい新たな釣り針であることはまだバレていないだろう。
「ぼくの分も取って、あの黄色いのがいいなぁ」
思わぬリクエスト、やれるかどうか保証もできないところだが。
「できるできる。やれるやれる」
「頑張りましょう。此も、一つくらい手に入れたいところです……!」
萩利達の応援の声を聴きながら、レモンは黄色い水ヨーヨーへと挑んでいった。
最初の失敗を良き経験とすることができたか、結果的に狙いは達成できたようで、しばしの後には時雨が上機嫌に手元のヨーヨーをバシバシ叩いて遊んでいた。
「うまくいってよかったですね!」
「ほっとしましたよ。りりさんは何色が取れました?」
「わたしは赤色です!」
こちらはこちらで追加のヨーヨーまで釣れたらしい、釣れなかったメンバーに譲った残りのそれを跳ねさせて、りりが笑みを咲かせる。
カラフルな戦利品を得た一行は、興味の向くまま次の屋台へと流れていく。
「かたぬき? ってなんですかね?」
「恥ずかしながら初めて耳にしました」
薄い板状のお菓子を使い、そこに描かれた絵柄を爪楊枝などで少しずつ削り出していくもの。
そう説明を聞いた時点では、「簡単そう」というのがりりの感想だったけれど、それならばわざわざこんな屋台にするだろうか。しかもうまくいけば景品まで出るという。
「もしかして、むずかしいんですね……?」
「やったことねけども、ムズカシイち聞いた事あるんよ」
「此は粉々にしてしまう予感がします……」
とはいえ、誰しも最初は初心者だ。やってみなければ始まらない。彼らの新たな挑戦はまだまだ続くようだ。
悲喜交々、というか思い通りにならなかった悲鳴の方が多くを占めていたが、そんな時間を過ごしたところで、次は射的の屋台に至る。
「カナトちゃん射的余裕で得意そよね」
「まあ、多少は……何か欲しいモノあったりするかい?」
その言動が既に余裕なんよなあ、と邏傳が笑う。
「此も挑戦してみたく」
一方の萩利も、銃の扱いであれば覚えがあると名乗り出る。当然普段の愛銃とは勝手は違うが、これまでの中では一番向いているだろう。
「射的はぜんっぜんあたらないので……」
コツをおしえていただきたいですね、と弱腰のりりに続いて、時雨は最初から諦めたのか観戦の位置につく。しかしながら、そこでふと思いついたように。
「じゃあ萩利にゃんに出資しようかな」
そう申し出ると、萩利もより一層気合が入ったようだ。
「出資していただいたからには力を尽くさねば」
「いくらでも出すよ。目指せ特賞ドデカまねきねこ」
「構えが堂に入っていますね……」
獲物を狙う目になった萩利の方を見てレモンが微笑む。一方のカナトも、手の中で重さを確かめた銃を、両手で構えて。
「景品いっぱい持ち帰れそうだね、大鍋堂さんにも置かせてもらおうかな?」
「えぇもちろん、どうぞ!」
「では、大鍋堂さんおみやげでいっぱいにしましょう!」
いや、「してください」が正しいか? りりの元気な声を皮切りに、|銃弾《コルク》の発射音が軽やかに鳴り響いた。
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夜の帳がすっかり降り、境内を包んでいた提灯の光も、今では星空の下でほのかに滲んでいる。屋台の煙がまだ漂う参道の上、遠くの闇を裂くようにして――ひとつ、大きな音が響いた。
「あ、もうそんな時間でしたか」
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもの、空に咲いた花を見上げて、レモンは魔導書のページを捲る。そして、その中の一節を指で追った。
「――それでは、ご案内しましょう」
小さな魔法が一行を包んで、ふわりと浮き上がるような感覚をもたらす。一瞬の後に移動したそこは、お祭り会場からさほど離れていない、開けた野原。山中にぽっかりと空いたそこは、訪れる人もなく、時折聞こえるお祭りの喧騒以外は静かなもので。
「絶景スポット……! ありがとうございます!」
「魔法でご案内スゴ~い」
「魔法はこういったこともできるのですね……便利です」
文字通りの穴場、といったところか。りりとカナトに続いて、周囲を見回しながら萩利が言う。そんな彼等に微笑んで返して、レモンは空へと指を向けた。
「折角の花火、ゆっくり堪能しましょう!」
ちょうどそこに打ち上げられたものが、ぱっと美しい花を咲かせる。
「花火でけ~」
「……美しい火ですね」
大きく燃えて、爆ぜるそれは、萩利にとっては戦場を想起させるものではあるけれど――そこに恐ろしさはなく、むしろ心を惹きつける。
「こう言うのって、本当に魅入ってしまうものなんですね」
そんなレモンの言葉に、りりと邏傳も頷いた。
「とってもきれいですね」
「キラキラで迫力で、花火もすんごい魔法ち感じるわぁ!」
けれど、それもきっと、ここにいる皆と一緒だからに違いない。
「秋に見れる花火もあるんですねぃ」
「皆んなで作った思い出も、魔法みたいだったねぇ」
次の花火が上がると、夜空に紫や緑の光が滲み、木々の影がゆらりと揺れた。遠くで太鼓の音が鳴り、誰かの笑い声がこぼれる。冷えた空気の中に、胸の奥を震わせるような高揚と、祭りの終わりを予感させる寂しさが同時に溶け合っていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功