年の瀬、冬麗の下で
――蛇ノ目町。
√妖怪百鬼夜行に、何故か良く雨が降る町がある。
空模様故に傘を扱う店が多い事から傘が土産物として有名なその町は、いつからか蛇ノ目町と呼ばれていた。
そんな町にある一件の萬屋で――。
「……」
店主である葵・慈雨(掃晴娘・h01028)が、蔵の中でちょこんと正座していた。
「今度は何をやらかしたんですかぃ?」
そんな慈雨に視線を向けているのは、野分・時雨(初嵐・h00536)である。
2人の間には、壺だったものの残骸が散らばっている。
「やらかしたんですね?」
「大掃除をしようと思ったの……」
時雨の追求に、慈雨はばつが悪そうにいきさつを話し始める。
「今日は特に天気が良いから……お布団を干したいなと思ったの。掛け軸も虫干ししたいなと思ったの。それで、まずは掛け軸を取りに来たんだけど……」
「掛け軸取ろうとして、壺落としたと」
皆まで言わせない時雨に、慈雨はこくりと頷いた。
慈雨は晴れ女である。それもかなりの。
うっかり傘を持たずに出かけても濡れずに帰って来るし、慈雨のいる萬家は蛇ノ目町の中でも雨が遠い日が多い。
それでも、此処は蛇ノ目町。
虫干しや布団干しに適した程に町全体で1日続きそうな晴れの日となると、まあ貴重だ。
「確かにまあ……珍しく良い天気ですねぃ」
窓の外に広がる青空を見れば、時雨もそこは頷ける。
「蔵の片付けと掃除の続きはぼくがやるんで、慈雨さんは他の掃除をしてください」
だから大掃除自体は同意して、時雨は慈雨を蔵の外へと促した。
「そんなの悪いわ。わたしが落としたんだから――」
「いいから、任せて」
手伝いたそうな慈雨だが、時雨はそれを少し食い気味にそれを遮る。
蔵にあるのは、『曰く付きの品』もある。曰くを抜きにしても、刀剣類などが降ってきたら普通に危ない。落とせば割れるであろう壺の類もまだ幾つかある。
要するに、蔵に慈雨がいる事それ自体が、危ないのだ。
運勢を数値化できるのなら、晴れに全振りしてそうなくらいに他の事には不運な慈雨がいる事が。
「慈雨さんは掛け軸と、布団を頼みます」
慈雨は仏画師でもあるのだから掛け軸の扱いは問題ないだろうし、ふわふわの布団ならば危険もないだろう。
そう考え、時雨は掛け軸の入った桐箱を慈雨に押し付ける。
「そう言えばお布団も干したかったのよね。じゃあ、ここはしぐちゃんにお願いするね」
布団の事を思い出した慈雨は、掛け軸の箱を抱えて表長屋の方に戻って行った。
脚立を使いながら、蔵の上の方からはたきをかけていく。
棚の物を出し、奥の埃を落としてしまい直す。その繰り返し。単純な作業だ。手間はかかるが、別段、難しい事ではない。
――専念出来れば。
「えぇ……もうですかぃ」
溜息を零した時雨の姿が、脚立の上からふっと消える。
「し、しぐちゃーん。いるのー?」
次の瞬間には、中から慈雨の声がする布団の山の前に時雨の姿はあった。
隙間から出てもぞもぞと何かを探る様に動く白い手。その指のひとつには、見慣れた指輪も光っている。
「何がどうなれば、布団に埋もれるんですかねぃ」
「うう……」
溜息混じりに呟きながら、時雨は布団を押し除けて慈雨を引っ張り出した。
そして時雨が蔵に戻って掃除の続きを再開してから――またしばらくして。
「今日はまた多いですねぃ」
何かに気づいた様子の時雨が、脚立の上でまた溜息を零すと同時にまた姿が消えて。
今度は、おかきが散らばっている台所に現れた。
「またやらかしたんですね?」
「うう……」
やらかしたと言う自覚は慈雨にもあるようで、お盆を手に申し訳なさそうにしている。
とまあ、慈雨のやらかせばその後始末に向かい、また蔵に戻って――と萬家の中を飛び回りながらも、時雨はついに蔵の掃除を終えた。
「慈雨さん、終わりましたよ!」
掃除を終えたと、時雨は慈雨に聞こえる様に声を張り上げる。
……。
しかし、返事がない。
「予報は来てないし……どこに??」
どこに行ったのかと探し回ってみれば、卓袱台の上に『夕飯の買い物に行ってくるね』と言う書置きが置かれていた。
問題なのは、すぐ横の小棚の上に慈雨のお財布がある事だ。
「いやいやいや!? 何でまた忘れる!?」
時雨の声に、苛立ちの色が混ざる。
「これで財布忘れて出かけるの、今週、何回目だ!」
さもありなん。
「ああもう――早く気づけ!」
じれったそうに時雨が天井を仰いだ。
一方、その頃。
「今日は1人かい?」
「ええ、しぐちゃんには掃除して貰ってるから」
慈雨は近所の八百屋で、店の主と談笑していた。
「だから美味しい夕飯を――あら?」
金を払おうとした所でやっと、お財布の不在に気づいた様子。
「あら? あらあら?」
「……まぁた、財布忘れたのかい?」
慌てる慈雨の様子に、八百屋店主も慣れた様子で苦笑している。
「そうみたい。待ってて。お財布持ってくるから――」
「いや。そろそろあいつが来るんじゃねえか?」
「財布忘れないでくださいねって、何回言わせるんですかぃ!」
戻ると言う慈雨を店主が止めようとした所に、時雨が財布を持って現れた。
「お前さん、いつも良い所に来るな。大したもんだ」
「はは……」
良いタイミングだと感心する店主に、時雨は少し困ったように曖昧に返す。
単に時雨の勘が良いとか、そう言うものではない。それだけで、こうも間が良く慈雨の元の駆け付けられる筈がない。
何かやらかした慈雨の傍に瞬間移動する事が出来る、と言う時雨の√能力の為せる業である。
お互いが何処にいようとも、慈雨が『やっちゃった!』と心底慌てれば、時雨はそれを必ず察知できる。
傍から見れば、時雨は良いタイミングで助けに来ている様に見えるだろう。
けれどそこには、不自由さもあった。
|条件《トリガー》が慈雨の側にしかないのだ。時雨の意志でいつでも慈雨の元に瞬間移動できるわけではない。
先の大掃除中の様に、慈雨に何かある度に萬家の中を文字通りに『飛び回る』ことは出来る。だが今回の様に財布を忘れた事を慈雨が気づいていなければ、時雨がその元に飛んで行くのはギリギリになる事もある。
先程、財布を見つけた時の様にじれったさを感じる時もある。
それでも、これは紛れもなく|ただひとり《Anker》の為だけの能力だ。
必要な時に――急に雨に降られた時に傘を持っていけるくらいの――助けになる為の能力だ。慈雨が未だ諦めてない|本来その隣にいるべき者《今は亡き忍者の恩師》に代わって。
その為に、慈雨を守る為に、時雨は素性を隠して萬家に転がり込んだのだから。
――雨降り予報。
「しぐちゃん! 今日も助かったわ」
そして本当に安堵した様子で笑みを浮かべる慈雨の顔を見れば、時雨は充分に助けになっている。
きっと彼自身が思う以上に。
「ここまで来たついでです。買い物も手伝いますよ。あと何件です?」
「しぐちゃんは? 何食べたい?」
「何でも。どうせぼくが作る事になるんですから」
「ううん、今日は蔵の掃除もまかせちゃったから、夕飯はまかせて!」
「任せらんねぇですねぃ」
(「ああしてると、親子か姉弟みたいだな」)
八百屋の主の様に、時雨が慈雨の元にいる事情を何も知らない者にも、そう見えるくらいに。
それはつまり、時雨の苦労が来年も続くのが確定したも同然なのである。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功