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Fall in Hole

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #ハロウィン2025

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 #√妖怪百鬼夜行
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●Pumpkin Parade
 ここは行方探偵事務所。
 『探偵事務所』と名を掲げてはいるものの、客の姿はとんと見えぬ日々が続く。探偵が暇だと云うことはこの街が平和な証でもあるのだけれど、さて置いて。
 今日も閑古鳥が鳴いている筈の商店街の片隅にどうしてか一際まぶしいほどの賑やかしさが溢れんばかりに満ちていて、唐草・黒海(告解・h04793)は扉に手を掛ける前から首を傾げていた。
「おや、黒海くんではありませんか! ようこそようこそ!」
 まるでそれが偶然によって運ばれた幸運であるかのように華々しく出迎えられた黒海は見慣れぬ装いに身を包んだ行方・暖(常世見物・h00896)の――よくよく見ればそのすぐ後ろで期待に満ちた表情でこちらを見つめる仲間たちもまた同じ。三者三様の装いに目を瞬かせながら、宴会でもしていたのだろうかと探偵事務所の入り口で固まっていた黒海へ『中へどうぞ』と上機嫌にてのひらを広げる少女の姿があった。
「Happy Halloween! 黒海さん、お待ちしてたのよ」
「そう。ハロウィンと言えば――仮装! そしてパレードです!」
 今日はハロウィン。海を越えた土地では悪霊を追い払うための行事であったり収穫祭であったり様々な意味合いがあるけれど。この日本に於いては皆で仮装を楽しむ風潮が徐々に一般化しつつあることを黒海は和の要素を取り入れた帽子屋の高らかなる宣誓と愛らしいあおいろに身を包んだアリス、物集・にあ(わたつみのおとしもの・h01103)の弾む声を耳にしながら思慮を巡らせる。
「ハロウィンなんてイベントを、うちのセンセがスルーすると思う?」
「ええ、ええ! 探偵さんが企画してくれて、助手さんが用意をがんばってくれたの」
 にこやかに差し出された和装は三人の装いに合わせたとっておき。『諦めて、ほら』と有無を言わせずに衣装を渡す朧木・柊(死火・h07354)の頭上にはまるいネズミの耳がひょこりと備わっており、彼もまた既に今日と云う魔法に染まりきっていることを如実に表していた。
「これ、わざわざ人数分買ったんですか……?」
 皆とても似合っている。似合っているが――無駄遣いばかりするからいつも事務所の家計は火の車なのではないだろうかと。黒海は衣装と共に渡された芋虫のぬいぐるみと水煙草を手に小さく溜息を吐くのだった。

 はやく、はやく。逆さ周りの時計は待ってはくれないと、狂ったお茶会もそこそこにおめかしを終えたアリスたちは仮装に身を包んだひとで溢れる商店街まで足を伸ばしていた。
「今日は沢山出店が並ぶんだって。日が暮れたら各家を一軒ずつ訪問するパレードも予定されてるらしいけど……そっちは子供用のイベントかな?」
 いたずらか、ごちそうか。
 子どもたちの間で交わされる愛らしいまじないを口にしながら楽しげに目を細める柊に、黒海はなるほどとひとつ頷きを返す。
 ここに来るまで周囲の雰囲気など特に気にも留めていなかったけれど、可愛らしいおばけやカボチャのオーナメントで粧し込んだ街中は思い思いの仮装に身を包んだ人々が溢れている。まるで街じゅうが夜闇の魔法に包まれて、掲げられた橙いろの燈りが見慣れているはずの風景を異界へとすっかり塗り替えてしまったかのようだ。
「確かに外も、いつもとは違う雰囲気のよう、な……?」
「うん?」
 異様なまでの賑わいと幾つも浮かぶあかりがそうさせているのだろうか。僅かな違和感に首を傾げる黒海を気に掛けるようににあは傍らを見上げるけれど、それを打ち破るかのように響いた暖の明朗な声が浮かんだ疑問を追い遣るから、黒海もにあも目を丸くしてしまう。
「祭りの醍醐味は食べ歩きもありますからね、みんなで食べましょう!」
 何時の間に買い歩いていたのだろう。チョコレートで作られた蜘蛛の巣を飾ったスイートポテトに、ひとくちサイズのパンプキンパイ。ときどきはしょっぱいものを、と掲げられたアメリカンドッグは巨人の指を模ったちょっぴり不気味なおばけ仕様。それら全てを柊に託した暖は終始ご満悦な様子でつい今し方射的で勝ち取った駄菓子の数々を両手で抱えにこにこと笑っていた。
「ついこの間、夏祭りで散々出店を楽しんだばかりなんだけどなあ……」
「ふふ、美味しそうなものがたくさんあるからしょうがないわ」
 とはいえ、少食のにあにはすこし。いや、かなり多い。早々にちょっとずつをつまむかたちに切り替えつつも、焼きたてのベビーカステラの袋を抱えれば蜂蜜とたまごのあまい香りが食欲を刺激してくるものだから、おまつりの魔法とは実におそろしい。
「現代でも随分賑わっているんですね、万聖節って」
「そうね、みんなお祭り好きなんでしょうけど……ジャック・オー・ランタンの悪戯には気を付けなきゃね」
 ゆらり、ゆらり。手にした洋燈を揺らせば、照らしたあかりのその先に。何時しか自分たちが祭の中心、パンプキン・パレードの中に紛れ込んでしまっていたことに気付いて柊はぱちりと目を瞬かせた。
「え、あれ? これ勝手に混ざっちゃっても良いの?」
「む? これはもしや妖怪の行列でした?」
 暖は期待に胸を弾ませるけれど、周囲の気配が少しだけ様相を変えたことにまだ気付かない。不死者の看護婦に狼男の看守、それまでは如何にも『仮装』といった風貌の人々で溢れていたはずなのに――なにかが、違う。
「……この行列、どこへ向かっているんでしょう」
 ざく。ざく。
 ざく。ざく。
 足音は止まらない。
 人の流れは止まらない。
 可笑げな笑い声ばかりが変わらず響いているのに、ああ、誰もがただ一点だけを見詰めているのは、一体なぜ?
「あっ、ごめんなさい! ……あら?」
 ざく。ざく。
 ざく。ざく。
 すれ違うひとと肩が触れ合いそうになってにあが軽く頭を下げた先。歩き続けるミイラ男もまた、真っ直ぐにどこか一点を見詰めたまま。そのすがたが薄く向こうの景色を透かしている事に気付いた柊が、怪訝に眉を寄せて目を眇めた。
「……なんか今の人、透けてない?」
 歩みは止まらない。
 人の流れは、止まらない。

 ――あ、これ本物だ。

 背筋につう、と冷たい汗が伝う。
 そうだ。先までとは明らかに違う。だって――だって、『さっきから、誰とも目が合わない』。
「……。いや、おばけ……ってことは幽霊?」
 まずい、と思った時には既に遅い。
 何時から迷い込んでいたのだろう。否、何時から招かれていたのだろう?
 みんな、みんな笑っている。笑っているけれど、それは他愛無いお喋りに花を咲かせた人々のそれではなく。束の間のうつしよを楽しんだ、ひとならざるものたちの哄笑だった。
「……え? 逃げた方が良いような……」
 本物だ、とぽつりと呟いた柊の言葉にざっと血の気を引かせた暖は懐に忍ばせていた清め塩を取り出して、表情だけは平静を装いながら仲間たちを降り仰ぐ。
「……皆、逃げますよ!」
 なぜ彼が清め塩などを大事に持ち歩いていたのかと言えば、それは暖が一重に幽霊と名がつく本来ならば不可視の存在、彼らが引き起こす霊障の類が大の苦手だったからなのだけれど、最年長として仲間たちに無様は見せられない。
「え? センセなんで塩なんか常備――って、ちょっと! 待ってよ!」
 効くかどうかの是非を気にしている余裕もない。塩を撒きながら一目散に駆け出す暖の姿に黒海は溜息を吐きながらも頷き、少し遅れて柊もにあを庇いながら走り出す。
「わ、えっと……うん! わかったわ、逃げるのよ」

 来ていたはずの道を必死で戻る。
 洋燈のあかりをしるべに、走って、走って、全員の息が上がるころ。見慣れた街の風景が視界に戻ってきたことを知り、四人はほっと安堵の息を吐く。
「はあ、はあ……皆、無事ですか?」
「大丈夫ですか、行方さん。……結局あれって、何だったんでしょうね」
 ぜいぜいと肩で息をする暖の背を摩りながら黒海は潮が引いていくかのように過ぎ去った大行進を振り返るけれど、あるのは子どもたちのきらきらと輝くような燥いだ笑い声ばかり。生きた温度のある賑わいを取り戻せたことを知ればこころの帯も自然と緩む。
「いやあ……祭りの賑やかさに誘われて来てしまったのかもね」
 普段はひとの目に見えない彼らも、街じゅうが『あちら側』に寄って境界線が曖昧になる今宵ばかりはうつしよに羽を伸ばしているのかも。
 単に楽しむだけならば害のないものなのだろうけれど、如何せん幽霊や魔の類は総じて寂しがり。気に入ったにんげんを気安く連れて帰ってはずうっとその魂を閉じ込めてしまうのだと相場が決まっているのだから、引き返せる段階で気付けたことはきっと幸運だったのだろう。
「ふふ、不思議な夜だったのよ。ちょっぴりびっくりしたけれど、楽しかったわね」
「ええ? にあくん、たくましいなあ」
 格好悪いところは見られなかったろうか。
 無事に取り憑かれることも連れて行かれてしまうこともなく亡者の宴から生還できたことは勿論僥倖なのだけれど。何より誰にも揶揄われる様子がないことに、暖はもう一度、今度は皆に気付かれぬようにこっそりと胸を撫で下ろすのだった。

 万聖節にしろいウサギを見ても、深追いしてはいけないよ。
 ラビット・ホールのいちばん奥深くに何が居るかなんて――だあれも、ほんとうのことは知らないのだから。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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