ひだまりのアミティエ
●咲いて、咲って
「りりさん19歳のお誕生日、アニーさん16歳のお誕生日、そして僕、13歳! 皆さんおめでとうございます!」
「おめでとうございますっ」
軽やかなクラッカーの破裂音と共に舞った紙のリボンと花吹雪を頭から被りながら、アン・ロワ(彩羽・h00005)は口をぽかんと開けたまま全部がお誕生日席の丸テーブルを見詰めていた。
『今度お誕生日なんです』と大鍋堂に招かれるや否やアンは諸手を上げて応じたのだけれど。そこに自分が含まれているなんて思ってもみなかったらしい少女の瞳に次第に歓喜のひかりがきらきらと満ちていくのを見て、茶治・レモン(魔女代行・h00071)と廻里・りり(綴・h01760)は顔を見合わせてひみつの作戦の成功を喜び合った。
「どうぞ、アニーさん。りりさんも、これを!」
「かわいい!」
「わぁ! お帽子もタスキもはじめてです!」
バースデーケーキの帽子は三人お揃い。『あんたが主役』と雄々しい筆文字で記されたタスキに、ハッピーバースデーメガネは――、
「これは僕が掛けておきましょう」
真顔である。あるが、レモンも今日という日を楽しみにしていたのは同じ。巡り巡る日々の中で生まれた日がこんなにも近しいひとが三人集まるなんてことはそうないし、それが親しい友人同士であるのならばなおのこと。
「えへへ、アニーさんとってもかわいいですね」
「ありがとう。ふたりもとってもすてきよ。それに……ふふふ! 今日はふつうのお誕生日会じゃなかったのね」
漸く状況を理解したアンはその事実を噛み締めるようにくしゃりと顔を綻ばせる。こんなふうにおいわいしてもらうなんてはじめて、と口にするのにりりも頬をばらいろに染めて微笑んだ。
りりが用意したサンドイッチはこの日の為の特別製。からりと揚がったからあげは高くおやまを作っていて、漂う香ばしい匂いだけでお腹の虫が鳴くようだ。
「あたしね、ジュースをもってきたの! みんなで乾杯しましょ!」
アンが持ってきたりんごジュースはご近所さんのお墨付き。ちょっぴり背伸びして――先代が嘗ては傾けたのであろうワイングラスに注いでみたなら、一足早くおとなになったような気分が味わえてなんだか誇らしい。
「おふたりともありがとうございます。これだけでも充分素敵ですが……誕生日と言えばやっぱり……じゃん! バースデーケーキ!!」
レモンがケーキボックスへと手を掛けたなら、そこにあったのはきらきらと輝く真っ赤な宝石たち。ナパージュでおめかしした苺がぎっしり敷き詰められたショートケーキに、思わず身を乗り出してしまうのを止められるひとなんてきっといやしない。
「いっぱいいちごがのってる! アニーさんもいちごお好きですか?」
「わああ、すごい、すごい! うん、だいすき!」
「折角なので、苺が盛り盛り乗っているものにしました」
喜んで頂けてよかったですと、何処か得意げに胸を張るレモンに齎されるは雨の如く降り注ぐ賞賛の声。ちょっぴり照れ臭くなってしまいそうになるほどの心からの言葉を受けながら、レモンはりりへと数字を形取ったキャンドルたちを差し出した。
「りりさん、こちらのナンバーキャンドルを刺していただいて良いですか?」
「あ! あ! 数字のキャンドル! あこがれてましたっ。……ええっと、順番はどうしましょう?」
そこで今一度、三人は自分たちが何歳になったのかを確かめ合う。
口々に齎されるその数字たちに、りりはくすりと笑みを溢しながらそれぞれを示すキャンドルを苺たちの合間にそうっと刺していく。
「……できました! わたしたち、ちょうど3歳ずつちがうんですね?」
おふたりともしっかりしているから、もうちょこっと近いのかと思ってました、なんて。気恥ずかしげに頬を赤らめるりりの姿に、アンはふるふるとかぶりを振って見せる。
「あたし、まだまだ立派な淑女にはなれていないわ。木登りだってやめられないし……この間も式典服を泥んこにしちゃったの!」
ないしょね、なんて声をひそめて囁く声に笑いながら。なんだかものすごくご長寿になってしまった『191613』のキャンドルに火を点し、レモンは少女たちを促すように『ご一緒に!』と歌い出す。
――ハッピーバースデートゥーユー!
ありふれたフレーズも三人で交わせば特別になる。
元気いっぱいに歌うアンとりりの姿に目を細めながら、レモンはともしびを宿したケーキを指し示した。
「りりさんアニーさん、どうぞ消して下さい!」
「「えっ!」」
ふたつの声が重なった。だって、この場にいるのは全員がとくべつで、ふたりきりで享受するなんて。そんなのだめですとりりが言えば、レモンもいっしょよとアンも続く。
「今日はみんなが主役ですから、3人でいっしょに消しましょう!」
「そうよ、みんなで!」
「……えへへ。では一緒に……せーのっ」
ふう、と吹き消されたちいさな炎が部屋に一瞬の静寂を齎すけれど、直ぐに割れんほどの拍手に依って打ち破られる。早速ごちそうを一緒に食べようとケーキを切り分けたなら――なんてこと!
「ケーキは6等分、分けやすくて良いですね」
「ふたきれずつ……! いっぱいたべられますねっ」
ひときれでも特別なのに、ふたつもだなんて。頬っぺたをりんごのように真っ赤に上気させたアンが目を輝かせれば、こちらもどうぞといちばんおおきな苺を齎されるものだから、もう大変!
「あたし、うれしくて気を失っちゃいそう……!」
「ふふっ、良かったです! りりさんにはこのチョコレートプレートを」
「いいんですか……! えと、レモンさんにはおっきめなケーキをっ」
よくばりなお皿はみっつぶん。並んだごちそうはそれぞれの想いのかたち。いただきます、と口にしかかって――はた、と大切なことを思い出す。
「あっ! 待ってプレゼントもあります!!」
「あ! わたしも! わたしもプレゼントご用意してきました!」
こっそり隠し持っていた包みを差し出したなら、頷いたアンも色違いのスカーフに包まれた誕生日プレゼントを手提げの中から取り出しふたりへと手渡した。
「わっ、かわいい!」
中にあったのはしろとくろ。ふたりになぞらえた愛らしいふわふわの動物たち。月と星をそれぞれ抱いたぬいぐるみを抱けば、代わりにそれぞれの贈り物を手にしたアンが歓声を上げた。
「すてき……! 硝子のペンに、こっちは宝箱かしら。わあ、わあ、おそろい!」
「気にいっていただけたらうれしいですっ。わたしもたいせつにしますね」
家族に祝ってもらったことはあっても、こんな風に友人たちに祝ってもらったことはない。りりから齎された言葉にレモンは『お祝いさせて下さり嬉しいです』とはにかんで。記念に皆で写真を撮りましょうとふたりを促したなら、いそいそと肩を寄せた三人はその面映さに誰からともなく声を上げて笑い合った。
「りりさんアニーさん、生まれて来てくれてありがとうございます!」
「レモンさん、アニーさん、ありがとうございますっ」
自分はからっぽで、そらはもううんと遠くなってしまって。
なにも思い出せなくて。だけど、アンはそれを憂いたことはない。
「ありがとう。うれしいわ! とってもよ。とっっても! ふたりとも……あたしも! お誕生日おめでとう!」
瞼を開ければ、ほら。
こんなにも眩しくてあたたかい『いま』が、この胸を満たしてやまないのだから。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功