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「きっと、この夏だけは忘れないんだろうね」

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 夏の終わりのこと。
 祝われるたび|彼《彼女》は自分の年齢が曖昧になる。「あれ」から何歳になったと記録し始めたのはいつだったか。

 普通に寝た日のほうが眠い。不思議な話だ。が、和の朝食を食べているとさらに眠い気がしてきてしまうのが不思議なところ。
 まよひがは賑やかな所だ。たまに泊まって息抜きをしてと過ごしているエルンスト・ハルツェンブッシュも、普段は災厄の管理でてんやわんやしている。

「よ、エル」
 声をかけられ顔を上げる。視線の先にいるのは天國・巽、このまよひがの主だ。正確には少し異なるようだが。
「今日はお前さんの誕生日じゃね? おめでとうさん」
 前回朝イチで祝われたのは……確かどこかで徹夜仕事をしている最中だった。

「ありがと。何歳になったかわかんないけど」
 事実だ。返答に、それもそうだと笑い声が返ってくる。
「まあ、一応アレか? 今年こそは元の体に戻れるよう祈ってくぜ、とか云っといた方がいいか?」
「あは、元の体忘れてるのに!」
 笑った後、最後に残していた卵焼きを口の中に入れて箸を置く。まだ、笑い事で済ませる話。どこかの災厄のおかげで強く根付いた『定義』は簡単には覆せない。

「俺個人としちゃあ、今のお前さんしかしらねェし、見た目的にエライ可愛いから、このままでもいいんじゃねェかって気になっちまうが」
「が~?」
「自分の身に同じことが起きたらと思うと、そうも云ってられねぇからなァ」
 じっとり伏せ目がちになるエルンスト。互いに冗談を言ってからかいあっている。くすくす笑って頷いた|少女《少年》、冷えた麦茶をひとくち飲んで。指先の仕草も少女のようだが、成人男性だと主張している――この姿を見れば疑う他ないが。食べ終わった食器を下げて戻ってきたエルンストに、巽は「ほい」とラッピングされた箱を手渡した。
「プレゼント? ここで開けていいやつ?」
「おう」
 じゃ遠慮なく。包装紙を容赦なく破るのは出身ゆえか。中から現れたものを見て、|少女《少年》は目を輝かせた。
「わ、わ。ねえ、これって!」
「おう。知ったサイズ感だろ?」
 はしゃいだ様子で自分の荷物から取り出すは、愛用している二眼レフカメラだ。古く思い入れのあるものらしい。
「この間測ってたのってコレのため? 良いの、こんなの貰って!」
「勿論」
 早速ケースにカメラを入れ。レンズキャップを収納するスペースまでしっかりととられていることに感嘆の声を上げている。
「ありがとう! 何かお礼……いや、プレゼントにお礼ってのは……」
 困った様子で贈られたケースを見る|少女《少年》の頭にポンと手を置き、巽が笑う。
「良かったらこのあと、海でも見に行こうぜ」
 さっそく一枚、思い出を作りによ。

「――すっごい爽やか!」
 何を指してのことか。巽のファッションに対してか。
「デートする気満々だ!? サマージレだ! サマージレ!」
「言いたいだけだな?」
 指差して言っている|彼女《彼》も。フェミニンな半袖のブラウス、健康的な太ももを強調するショートパンツ、ローヒールのストラップのパンプス、と。
「デートじゃねぇか大概」
「言い返せないね」
 おまけに舞台は南国宮崎、言い逃れはさせぬ。
 さて海に行くには英気を養うところから。こんなに暑いのだ、アイスのひとつは買い食いするし、景色の良い場所で食事だってする。ちゃっかり弁当を作ってきたエルンストの――甘い卵焼きと煮物、赤ウインナーという『らしさ』が格闘してる、みたいなそれを食べて、ふうとひと息ついてから、またランクルで暫くの移動だ。

「――海だ!」
 はしゃぐ声はもはや違いなく少女だ。だが砂浜に降りる前に、サンダルをビーチ用に履き替えるあたりに僅かな抗い。
 砂を蹴って降り、まずは一枚ぱしゃりと素撮り。あれこれ弄ってもう一枚。
「ほら早く! キミも遊ぶんだろ!」
 手を振る彼女に招かれて、巽は笑いながら砂浜へと降りる階段を下った。
「……お。シーグラス!」
 その間にも彼女は思い出拾いに気を取られている。波に足が浸るのも気にせず――近づいてきた巽に、水をふっかけた!
「お、やったな?」
「やったとも!」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて。反撃とばかりに掛けられる水、少女の手で掬う量では敵わない! ほどほど濡れて遊んでいたところで――エルンストが、波に足をとられた。
 咄嗟にその腕を掴んで引き寄せた巽。……僅かな沈黙の後に。
「ありがと。ずぶ濡れになるとこだった」
 照れくさそうに、少女は笑った。

 夏はそろそろ終わる。空は青く高く雲は白く、風は爽やかに吹いて。青々とした木々も生気に満ち溢れ。だからこその物悲しさ。暮れていく日がそう思わせるのだろうか。
 この時間が続けばいいのに、なんていう。

「あらためて誕生日、おめでとう」
 笑った巽に、エルンストがカメラを向ける。ぱしゃり。夕陽に映える色男の写真だよ、なんて笑う|彼女《彼》は、満足げに微笑んだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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