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『ヴェーロ・ポータルの美味しい食べ方について』

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 些か、油断をしていた。
 それがどのような姿だったのか、記憶は曖昧だ。そう、確か、自分よりも体格が良い存在だったことは覚えている。顔は見えなかった。無かったのかもしれない。血しぶきがよく映える体だったことも、どうしてか覚えている。
 不意打ちであった。気配を消すのが相当上手い相手だった。魔術での防護も間に合わず、背から爪を立てられそのまま路地のアスファルトへと打ち捨てられる。普段ならばすぐに反撃できたはずだ――だというのに。
 這いずるように立ち上がろうとした爪が、腕が獣のものへと変化する。振り返り一撃、食らわせたはずだった。何かが散った、血液ではなかったと思う――ああ。姿の分からぬそれ、月光に照らされた姿、見たこともない影。
 意識が薄れる。首を掻き切る一閃が煌めいた。


 約束事をしていた。あの時は確か結構に酔っていた記憶があるが、それでも約束は約束である。守ってもらわねばならないし、実際、それは現実として|守られた《・・・・》。

 横たわる「それ」は見知った姿だ。それこそ毎日のように顔を合わせて話をして。しかし今は物言わぬなんとやら。
 本来ならば悲しみ哀れみ涙を溢すかもしれない、だが今回に限って――否、今後でも。北條・春幸はこの|遺体《・・》を、ヴェーロ・ポータルの|死体《・・》を喜んで、自分の『キッチン』へと迎え入れるのだろう。
 どう回収したか。どう入手したかは内緒、ヒミツ。実は、なんていうのも存在するが。どこかの機関、どこかのカミガリ、もしかすればフリークスバスター。さだかというのは言うわけもなし。
 この調子なら、うっかりさんでもしたのだろう。死因は出血多量か、首には深い傷が刻まれている。血抜きの心配はなさそうだが、一部は念の為と吊るしてやったほうが良いだろうか? ついでに血液も得ることができるだろう、ブラッドソーセージなんかにでも仕立てられるかもしれない。

 さて、解体の時間だ。流石にヒトの体をしたものに刃を入れるのには抵抗があるが、それはそれ、これはこれと割り切って。吊るせるだけの姿に――肘の関節に刃を。怪異よりも柔らかい質感だ。肘から先は獣化している。恐らくは敵へと抗おうとした痕跡だが、残念なことに敵わなかった様子だ。こちらも吊るしておこう。
 毛皮と爪の処理は少し考えなければいけない。知識さえあれば丁寧に保存処理したのになあ、と春幸は顎を揉み考えた。
 それこそ牛や羊の方が皮の処理も楽だったか。ヒトの処理ともなれば資料は少ない、だが『ない』わけではない。半ば手探りに、皮膚を肉からナイフと手で剥がしていく。肌に入れた切っ先を取っ掛かりとして、肉と皮の隙間に手を入れて。
 これじゃあまるで殺人鬼が死体の処理をしているようだが、彼は今頃どこかしらの√で蘇生している。これは抜け殻に過ぎない――淡々と行われる作業、初めてにしては上出来ではないか?

 あとは『いつも通り』だ。ヒトに似た骨格をした怪異の解体には慣れている。血液は殆ど滴っていないが、なんとなく顔を見ることは気が……引けるが、視界に入ればそれはもう仕方がない。
 吊り下げられていた『肉』を降ろし、ナイフで肉の部位ごとに削ぎ取って、鉈で骨を割り。鼻歌混じりだ。寄生虫の心配がないというのは強い利点。躰の持ち主に感謝しなければ。最高である、と。頚椎に鉈を振り下ろしながら思うことではなかったかもしれないが。


 さて、食肉にするにあたっての処理は終わった。ここからは調理の時間である。『大量』なので皮は程々処分することになるだろうが、まずは痛むのが早そうな部位から。内臓は日持ちがするように加工をしておこう。他のものは煮たり串焼き、それこそ――肉から腸を頂くのは少々難しかったので羊の腸でソーセージと、ブラッドソーセージ。解体され冷蔵庫で眠っている複数の部位は丁寧に処理され、使うもの以外はいわゆる熟成工程に入っている。腐らないうちにと食べようと思っても、少々量が多いか? ハムや燻製にしても美味しそうだ、しっかりレシピを確認して試してみよう。冷蔵庫いっぱいのそれを見つつ、ぱたんとドアをしめた。

 本題だ。食卓である。
 上から、下へ。
 まずはと味わうは白っぽいそれ、どこだかはもう想像にお任せしたいところであるが言及しよう、切り分けられた脳である。さっと茹でられポン酢と紅葉おろしを乗せられてしまえば、食肉そのものであった。ぷりっとした脂肪感と食感に舌鼓を打つ。|美味しい《・・・・》。これがヴェーロ・ポータルの肉に寄せられた『感想』であった。少し雑食動物のそれに似ているか。
 であればとハーブと塩で茹でられることになった|それら《・・・》、鍋の中身を見れば卒倒するものも出るだろう。だが恐怖心も何もあったものではない春幸、浮いてきた余分な脂やアクと戦うのに夢中であった。
 こちらも丁寧に包丁で切りそろえ――今から食感が愉しみになる切れ味にわくわくしながら――準備は整った。ハーブソルトでいただこう。

 ヤバい。ヴェーロ美味しい。
 ――シンプルに聞けば『最悪!』であろうが、これは肉への褒め言葉である。ぷりっぷりのタンを咀嚼しながら、満足げに笑みを浮かべる春幸。目玉はもはや白く濁って視線が合うことはない。口にすれば、コラーゲンのような食感が口内を楽しませてくれる。
 鉄板のレバ刺しも、寄生虫や衛生面の心配は殆どない。丁寧に処理をしたし、徹底的に清潔にした空間で調理をしたのだから。
 塩と胡麻油にさらりとくぐらせ、その旨味と甘さに笑みを浮かべる。しかしこの量だ、何日持つだろうか? 真空パックにはしておいたが、そう日持ちはしないはずだ。毎日これを食べるのはああ、悪くはないかも。贅沢にもほどがある生活を送ることになるが!

 そうこうしている間に、肉が焼き上がったようだ。オーブンでブン。鳴ったタイマーを止めて、ミトンを手にして天板を引き出す。こうなってしまえば本当に何の肉やら! 知らないとはもはや言わせない!
 胡椒、蜂蜜、ニンニク……しかも骨付き! 今すぐかぶりつきたい欲を抑えて。少し肉を休ませ、その間にキッチンを軽く掃除し、そして食卓を整える。特別な肉には特別な場所を用意しなければ!
 整えられたテーブル、皿の上。そこに乗っているのは黙する肉。
 ナイフとフォークで切り分けられて見える筋繊維。口にすれば広がるのは少し強めにした胡椒、ぱりっとした表面、肉からはじゅわりとした肉汁が溢れる。同時に溢れた笑みを我慢する必要などない。
 腿肉と腕肉の『食べ比べ』だ。片や、甘く感じる肉汁。片や、獣に少し似た独特な臭みと旨味。どちらも甲乙つけがたい!
 こんなにも、知った肉が、美味しいなんて知らなかった。今まで食すことができなかったその味、なんとも美味で、少しだけ背徳的で……。
 これをひとりじめするだなんて、ちょっと勿体ないなあ。そう考えながら、春幸は肉へとフォークを突き刺した。


 ヴェーロ・ポータルが目覚めたのはベッドの上だった。自宅である。見慣れた天井、知っているシーツの感覚。寝返りをうったあと……ぼんやりとしていた思考が、記憶が徐々に明瞭になる。
 ……ああ、……そうか、死んだのか。我ながら、しくじった。単純な仕事だと油断していたが、あのような脅威と出会うとは。後でしっかりと報告をしておかなければならない。あんなものが縄張りとしている区域があるとなれば、それこそ√能力者たちの出番である。
 ――そうして、思い出す。嫌な予感。……こういうものは的中するものだ、知っている。
 そういえば、だ。春幸との『あの約束』をしてから死んだのは、今回が初めてでは?
 |最後《最期》に私はどこにいた。――√汎神解剖機関。

 いや、まさか。あれはちょっとした酒の席の冗談だ。
 念の為。念の為の確認。言い聞かせながらも、察してはいる――せめてゆっくり準備をして、心身の調子を整えてから家を出ることにしよう。

「――御機嫌よう、春幸」
「いらっしゃい、ヴェーロ!」
 ドアを開けた春幸はにこやかであった。いやに、にこやかであった。
 この笑顔は。予感的中では。
 対するヴェーロ、やや引きつった笑みを浮かべてしまう。何か、彼から良い匂いがしている。それも丁度、美味しそうな――調理の匂い。これは、肉を炒めた匂いと、南瓜の匂いではないか?

「……いえ、特に何というわけではないのですが。近くに寄ったのでミルキーさんにご挨拶をしようかと……」
「丁度良かった! 南瓜コロッケを作ってたんだよ!」
 聞いているのか。主人はともかく、ミルキーさんは呼ばれたからか、丁寧にご挨拶に来てくれた。どうにも「仕方ないわね」みたいな顔をしているのは、うん、まあ、そうだよね。といったところである。挨拶だけで去って行かれる程度に。
 ところでそれは何の肉で。聞かずとも分かることを口に出す勇気はない。ただ多少、この男はどうしようもないなと思ってしまっている自分がいる。

 さて、彼が調理をするのなら、それは地下室だ。半ば渋々降りたその先に見えた光景。
 ――絶句するしかなかった。いくつか残っている鍋。ラップをかけられた『何か』。吊るされているのは……あれは……獣の腕と……。思わず口元に手をやる。何事だ、と言うには、察してしまっている以上……口にできない。

「今から揚げるんだけど、良かったら食べてみる?」
 丁寧にパン粉をまぶされた、揚げる前のコロッケ。見た目は普通そのものだが、続く言葉は問題そのものだった。

「君のお肉、いい弾力があって意外と濃厚な味わい」
 無言になったヴェーロ。あれ? と顔を覗き込んでくる春幸に、ヴェーロは溜息をつきながら。

「……まさか本当にやるとは思わなかった。私のことをそんな目で見ていたのか……」
 たっぷりの誤解。
「見ていたよ、美味しそうだって」
 こちらもたっぷりの誤解。美味しそうだと思っていなければ、食べさせてくれなんて言わないだろう? 当然だ! 言いながらわざわざ良いワインを開けようとしている春幸。手で『待て』と制されて、ひとまず栓を開けるのはやめておく。

 自分で自分を食べるのは大変に遠慮したいが。
「そんなにも、美味しかったのですか」
 味の感想くらいは聞いておこうじゃないか。迷いなく頷いた春幸。頭を抱えるヴェーロ。
「ハムや腸詰も美味しく出来たし、煮込み料理もワインに合う味わいだ」
 味を聞くなんて滅多にあることではない、が、聞いて少し後悔した自分がいた。そこまで聞いていない。ちらりと見たキッチンに積まれた皿、結構な量を食べてはいないか。

「僕の手料理で良ければ他の料理も御馳走するよ」
 何と言っても、肉を提供してくれたのは君だしね。――罪悪感の欠片もない屈託ない笑顔は、どうにも……こうにも。

 ……まぁ、この親友には|多少《・・》頭を抱えるが。
 この光景を見ても、そう気が悪くなるわけでもないとは。私も大概だ。
 ヴェーロは深い溜息をつきながら、「遠慮しておきます」としっかりと断った。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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