喰らいつく
國崎・氷海風は上機嫌であった。狩猟に出る漁師の気分。確実に獲物が獲れる、口笛でも吹きたくなるものだ。迫る足音に逃げ惑う声、吠える狼が道を塞ぎ追い込んでいく。
奇しくもあるいはわざと。あの時己が追い詰めた行き止まり。
開かない金網の扉を必死に開けようとするその背を、軽ぅくハチェットの刃で滑らせるように撫でれば、男は悲鳴を上げずりずり崩れ落ちた。優しく割れた背中から露出する脊柱、鮮やかな血液。
助けてくれ悪かった何故生きてる、それにいちいち首を傾げ。分かっていなさそうな顔をしてやる。返答の代わり振るう刃、伸ばされた右手の先がばつんと飛んで転がった。すぐに左腕を踏みつけ骨を割る、ああ煩い、それでいい。右腕をさらに断てば二の腕の先が失せ。それを咥えた狼、取り合いだ。
男に馬乗りになり、その顔を覗き込みながらぐ、と鎖骨に指をかけた。めき、ぱきり、若い男の指の力ではない力加減にて骨が砕かれる。柔らかくなったそこをマッサージでもするかのように揉み込みながら、必死に叫ぼうとしている男を眺め。吐物が詰まったかゴボゴボ音がするばかり。やさしくしているつもりなのに。
確かこのように割っていたなと腹を裂く、手斧一本でどこまで出来るかお試しだ。花咲くように溢れる腸を掻き出し、邪魔な腸間膜を切り裂きながら先へ進む。
血みどろと言うには脂肪と腸の綺麗な桃色、ファンシーなカラーリングに近い視界。引き摺り出せるだけ出しても男は必死に呼吸していた。
始まりをぶつりと切って手繰り寄せ、確かに長いと笑ってから終わりは切らずに放り出す。汚いものが詰まっているから。放り出された腑へ喰らいつく狼達の顎。我先にと行儀悪く、だが叱る必要無し。
漁って見えた背骨に被さる肉を見つけて、そこ目掛けて振りかざす手斧。下半身がぴたりと動きを止めた、成程神経とはこの様に正しく機能しているのか。――気絶しかけているか、男の呼吸音が浅い。面倒だがひっくり返し、その背を踏みつける。がふっと吐物を吐く音にばきり混ざる骨の音。まだ生きようとしている……まだ無様に……先の失せた腕と折れた腕で、必死に這いずり、金網に手をかけるも。
飽きてしまった。弱々しすぎて。
食べて「おしまい」。けだものたちは嬉々として――待っていましたとばかりに、その四肢に喰らいつく。べしゃ、ぐず、ごり。
悲鳴は氷海風の鼓膜にのみ届いて、あとは誰も、行方を知らない。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功