種明かしは|終末の日《ラグナロク》の後で
「……ちょっと脅かしてやりますか」
黒衣の仮装は壁に掛け、ごそごそ着替える影が一つ。
それは鏡の前で出来栄えを確認すると、悪戯っぽい笑みを浮かべ——。
●
小さな庭のある古びた洋館、そのリビングにて。
ソファで寛ぎながら、オフィーリア・ヴェルデは幼馴染の着替えを待っていた。
黒薔薇を上品にあしらった漆黒のドレスは、骨と鎖の装飾も相まってオフィーリアを神秘的に魅せている。顔にメイクも施して、後は繊細なレースが美しい髑髏ヴェールを被れば【冥界の女王ヘル】の完成だ。
「クレスの仮装、とても楽しみだわ。早く来ないかしら」
仮装は共に選んだけれど、姿を見るのはこれが初めて。
湧き立つ心のままに笑んでいると——突如、大きな音と共に扉が勢いよく開かれた。オフィーリアが驚いて其方を向けば、殺人鬼のマスクを被った男が血濡れの斧を持ち佇んでいる。
「クレス……?」
理解が追い付かないのか、きょとんとして声をかけるが男は無反応で。
武装した知らない男に部屋に押し入られている——その事実に漸く思い至ると、オフィーリアは軽い恐慌状態に陥った。
こわい。あの斧に斬られれば痛い、怖い……そうなればきっと、守れなかったとクレスが自責の念に駆られてしまう。それは自分にとっても凄く悲しいことだから。
「こっちに来ないで!」
無言で近寄る殺人鬼にオフィーリアは勇気を奮い立たせると、近くにあった物を手当たり次第投げつけた。
これに焦ったのは殺人鬼……の仮装でトリックを仕掛けた、クレス・ギルバートその人だ。
(「……いや、待て待て待て。怖い仮装でも俺なら平気って言ってたじゃねぇか! てか俺だって分かってねぇのか!?」)
内心大慌てでツッコんだが、目の前の幼馴染の声は震え、目には涙。斧が玩具である事すら気付いていない様で、どう見ても本気で怖がっている。
必死にポイポイ投げつけてくる物が到底怪我しそうにもないハロウィン飾りなのは微笑ましいが、クレスはもうそれどころではなかった。
そんな殺人鬼の動揺を余所に、オフィーリアは更に声を張り上げて。
「クレス、助けて!」
(「いつも危ない時は呼べって言われてるもの、すぐ駆けつけてくれるはず!」)
(「いや呼べって言ったけどな!?」)
——もはや種明かしが出来る空気ではない!!
とにかく気合で即着替えて場を取り繕わねばと、フラッグガーランドを頭から垂らした|殺人鬼《クレス》は大慌てで逃げ出したのだった……。
●
殺人鬼が去った後も警戒を緩めず、フーッ、フーッと肩を怒らせて、いつでも投げれるようクッションを構えていたが。
「だ、大丈夫かリア!」
少し息を切らしながら扉を開け入ってきたクレスの姿を認めると、安心感からかオフィーリアの涙腺が一気に緩んだ。
「そこに居た怪しい奴はぶちのめしたからな!」
「クレス!!」
泣きながら胸に飛び込んできたオフィーリアを受け止めると、その細い肩はすっかり怯え震えていて。
いつも煌めく若緑の瞳は涙で曇り、ぽろぽろと雨を降らせ続けている。
その様子に(「何が『ちょっと脅かしてやりますか』だ」)と罪悪感を感じつつも、彼女が落ち着くよう撫ででやれば、オフィーリアはしゃくり上げながらクレスの身体を見て。
「怖かったけど私は大丈夫……クレスこそ怪しい人と対峙したの? 怪我はない?」
「どこにもねぇよ。ほら、もう怖くねぇだろ?」
「うん……!」
殺人鬼が実はクレス当人であったなど微塵も疑わず、怪我の心配までしてくれる純粋な瞳に、悪戯狼は良心の呵責に酷く苛まれる。
(「後で沢山お菓子買って、そんでいっぱい甘やかしてやろう……もう二度とビビらせねぇ」)
そんな誓いを胸に秘め、クレスは髑髏のヴェールを手に取った。
「落ち着いたら会場に行こうぜ。ほら、着けてやるよ」
「ありがとうクレス。じゃあ私も着けてあげる!」
オフィーリアと同じく黒薔薇をあしらったクレスの衣装は、冥界の女王ヘルの兄である【巨狼フェンリル】だ。繊細な刺繍を施された黒のドレスコートに紫のジャボタイを合わせ、高貴な印象を与えつつも、髪と同色の狼の耳尻尾と鉄鎖ドローミを思わせる鎖がアクセントになっている。
珍騒動ですっかり乱れた髪をお互い直しながら、銀狼には黒薔薇のヘッドドレスを。そして女王には黒薔薇咲くレースのマリアヴェールを着け合って。
「今宵はフェンリルが女王ヘルをお守りしますよ」
玄関の扉の前でそう言って手を差し出し笑うクレスを見上げ、オフィーリアは再び心が湧き立つのを感じた。
(「外には怖い物が沢山だけど、彼が傍に居てくれるなら何が来ても大丈夫」)
「ええ、楽しみね」
全幅の信頼と親愛を籠めつつも。
女王の風格を意識して微笑すると、その手に自分の手を重ねて。
——さぁ、今宵は楽しい楽しいハロウィンナイト。
ほろりと苦い|涙《トリック》の後は、笑顔で甘い|お菓子《トリート》を召し上がれ!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功