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奏でられるもの

#√EDEN #ノベル #【巻き込まれ】 #第3番

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 #√EDEN
 #ノベル
 #【巻き込まれ】
 #第3番

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「まったく、君、わたしの使い方というのを間違えていないかい?」
「うるさいぞオルフェ。きみも|男《・》だろう? 率先して探してみせるべきだろう、きみが」
「だから、わたしはどちらでもないと……」
「きみの実性別を|わからせ《・・・・》てやろうか! ぼくの手で!」
「ああわかった、わかった、黙ってくれ……今は男として振る舞うよ」
 呆れたように息を吐きながら、ハイヒールの音を響かせ歩くは人間災厄「オルフェウス」。その少し先を歩くは同じく音楽の人間災厄、「グノシエンヌ」――。
 どのような関係か? そう問われれば、「ジャンル違いの音楽仲間」だ。オルフェウス、グノシエンヌ双方、互いの趣味嗜好を理解している。どこぞの「歓喜の歌」は天使を名乗り人間を守護するなんて役割を担っているものだから、話が通じないったらありゃしない。だがこちらはまた別だ。最終的には虜にして殺す、何も変わらぬ簒奪者二人。
 オルフェウスは――奏者に略されたのでオルフェと呼ぼう――深くため息をつく。グノシエンヌは「何か」を探している……いや。誰かを探しているようで、こんな藪の中に目当ての存在がいるのかと怪訝な顔で、|彼《・》はグノシエンヌの後をついて歩いていた。足元がおぼつかないのは高いヒールゆえ、仕方がないことか。

「……ああ、いた」
 小さな声。耳に響く、何らかの……複数の呼吸音。小動物の息だ。覗き込んだ先の藪、グノシエンヌとオルフェを視認するが否やざっと四方八方へ散ってていったのは猫の影。その中心――いや、中心だった場所で丸まっていたのは、神咲・七十であった。

「顔を見たことがある。ひどいめにあった」
「ぼくはずーっとひどいめにあってる」
 ふん、と鼻を鳴らすはグノシエンヌだ。オルフェ、それに肩をすくめながら七十の側に膝をつく。眠っているだけなのだろう。念の為と首筋に添えた手から感じ取れるのは、正しいがゆったりとした脈拍だった。
「ん……」
 その指先が冷たかったか、少女が目を覚ます。やや虚ろな眼でくるり、周囲を見て、「んぅ」と小さく唸ってまた瞼を閉じた。

「おい。唸ってる場合かい? ぼくたちの姿を見ても何も思わないのか?」
 グノシエンヌが苛立った様子で、靴の先で七十の体を小突く。それを止めようともしないオルフェ。なんともかんとも、勝手気ままな災厄たちだ。七十含め。
「お目当てはこの子? 関係を聞いても?」
「ぼくの『欠片』をやったのさ。気配くらい追える」
「で、気配がしたからちょっかいを?」
「悪いかい?」
 一対一であれば、実力は対等以上。簒奪者は√能力者が数人がかりでようやく倒せる。あるいはそれこそ、一人でも全力で――死を恐れずに戦えばかろうじて殺せる、そのような存在である。それがふたりもいるのだ。七十も己の従者を――隷属者たちを召喚できても、彼女たちの『|連弾《攻撃》』には敵わないだろう。

 今はふたりとも敵意がない。今は、だ。オルフェがまるで猫を掴み上げるかのように七十の服の襟後ろを掴み、その場に座らせようとするもくらりとふらつく。支えがなければ座ることすら難しいか。何が理由でこうなっているのか――奏者ふたりは顔を見合わせる。見た所傷はないし、病の匂いも音もしない。何かしら別の理由があるのか。
 ともあれ。オルフェに引き上げられ、本当の猫のようにぷらんとぶら下げられることとなった七十。そこでようやく、反応があった。
「……だっこ……」
「……は?」
 素っ頓狂な声を上げたのはグノシエンヌである。明らかに自分に向けられて言われた台詞ではない――七十はグノシエンヌへ視線を向けていたのだから。
「だってさ、グノシエンヌ」
 ぷらん。眼の前に差し出された少女を見て、グノシエンヌはひどく不愉快そうに眉をひそめた。
「ぼくは肉体派じゃない。きみの腕力のほうが高いだろ、見てのとおり」
「けれどわたしの持ち方では不満らしいよ」
 身を捩る七十を見て――グノシエンヌは呆れ。そして少し考えて、その手を伸ばした。

「きみ。ぼくにそれを求めるということは、どうなるかわかっているんだろう?」
 横抱きに抱えられた七十。わかっている、知っている、このからだがすべてを。それを、求めている。

 ――ああ、怒られてしまうな。|Anker《カリア》にも、『|歓喜の歌《フェリクスさん》』にも。ぼんやり思いつつも、力の入らない手でグノシエンヌの襟を掴んで。
「ちょっ、ズレる」
「元々痴女なんだから、もう一步痴女に近づいてもいいんじゃない?」
「よくないけど?」
 襟を引っ張られたせいでジャケットがはだけそうになったグノシエンヌに、適当をほざくオルフェ。七十を軽々と抱え先導するように歩く彼女、その後ろを歩くオルフェは声をかける。
「どこに連れていくのかな」
「いつもの場所だよ」
「ふうん、しっぽりヤるつもり? じゃあわたしはこのあたりで……」
「は? 万が一があったら、ぼく、あいつらに勝てないんだけど」
 簒奪者とはいえ一人では√能力者の『|群れ《・・》』には敵わない。ふたりいれば、そして片方が警戒していれば、最悪の事態は避けられる――はずだ。
「きみにもおこぼれをあげよう」
 脳みそのスムージー、お好きだろう。
 ……そう言われてしまえば、まあ、少しくらい相手をしてやってもいいか。深く息をついたオルフェ。靴音ふたつが夜闇に響く。


 足を組み。|彼《彼女》はぼんやりと、褥から少し離れた出窓に腰掛け、竪琴を片手に弦を爪弾いている。甘く憂鬱な音色は、ベッドの上、天蓋の向こうにいる女の|拘る名前《グノシエンヌ》。その足元に寄り添う女の影、エウリュディケは、静かにその音色を聞いていた。
 奏者ふたりは各々の場所で、違う女に寄り添って、各々の時間を過ごしていた。

 普段はこちらを多少小馬鹿にするような言動をして、甘い物ばかりを齧っている少女が、|女《・》が、こんなにも無防備に。じっとりと自分に首筋を舐られているというのは、グノシエンヌにとっては相当におもしろいことだった。
 こちらを喰らうことばかり考えている不躾な少女。美味しそうであれば対象を選ばない。聞けばオルフェも喰らわれかけただとか。とはいえ、グノシエンヌのような気まぐれを――己の欠片を渡すには至らなかったようだが。|彼《彼女》は基本的に、エウリュディケのことしか考えていない。

「一応聞いておいてあげるけど。ここまで無抵抗なのはどうして?」
 絡まる指先、組んだ手にぐっと力を込められても、七十は眉をひそめるだけで嫌がりもしない。その代わり、辿々しく喘いだり、途切れ途切れに言葉を発するだけだ。たとえグノシエンヌの、この小さな手によって――手の甲の骨にヒビが入るほどの力を込められようとも。

「たまに」
 そう、たまに。
「こう、なるんです」
 ふうと息を吐いた喉へ歯を立てるグノシエンヌ。言葉を遮ろうとしてではない、ただ、眼の前の『ごちそう』を味わうために、最大限を尽くそうとしているだけ。
「地母神、なので。大地は、ひろがって。踏みつけられて。草木が茂って、刈られて……繰り返す、でしょう?」
 ――成程、わからない。わからないが、蹂躙を望んでいるようだ。
 ……先日眼の前に現れた己の欠片は、明らかに七十の影響を受けて、多少なりとも変異していた。あの欠片がおさまるはらわたの中、いったいどうなっているのやら……。
「それで? 続きは?」
 手をく、と自分の口元に寄せて、口付けるように。そのまま爪へと歯を。ぐ、力が込められる|顎《あぎと》。あっさりと剥げた爪、びくりと跳ねた指先。爪をぺっと吐き出してグノシエンヌはその傷を舐る。
「――ただ、それだけ……」
 要領を得ない返答にふんと鼻を鳴らしたグノシエンヌ。苦痛に対しての反応すらやや薄いのが気に食わないか、がり、と指に齧り付いて、そのまま肉を抉り、咀嚼する。

「……だれにも、迷惑をかけてほしく、なくて」
「そうだね。こうして相手してる時点で、ぼくはきみに夢中ってことになる」
「ほかの人に、見られたくなくて」
「天蓋一枚で十分かい?」
 ……中で起きているあれこれを察しているオルフェ、ぴんと張られた弦をさらりと撫でて『存在』をアピールする。……七十はこくりと頷いた。

「つまりきみは。ぼくに、食らってほしいわけだ」
 わらうグノシエンヌの声に、七十が頷いた。それで、契約成立だ。「あーあ」とオルフェの声が響き、|彼《彼女》は演奏をやめた。
「それで? 雰囲気作りのわたしはどうすれば?」
「食べたいならそこにいなよ」
「……まったく……」
 深いため息。カウチソファへ横たわるオルフェ、適当な音色を爪弾いて遊び始めた。

 ――さてどこから食ってやろう。肌に這わせた手指はやわらかく、ぬるい体温を楽しむようだ。どうせこれから殺すのならば、こんなものあってもなくても同じだろう、グノシエンヌの爪がぶつりと。服の前を開けるようにして引き裂く。
 正直言って、そこまで興味があるわけではない。魅了した女を連れ込み脳を揺さぶってやるのは好きだが、無抵抗に近い相手を嬲るのは。だが下処理してこその調理である。
 天輪の鍵盤が沈み込むと同時、下着の中に潜り込んだ手指もまた沈む。小さく唸る声にようやく笑みを。

「……わたしは何を聞かされているんだ」
 第3番、オルフェにも効果がある。頭を抱えた|彼《彼女》、太腿を擦り寄せ体を丸めた。
「なにって、ナニだけど」
「最悪……っ」
 この災厄ども、『マトモ』の指数では間違いなくオルフェが勝っている。ゆえにこの場における物理的被害者は七十であり、精神的被害者はオルフェであった。寄り添うエウリュディケからも顔を逸らし、ただ『コト』が終わるのを待つ。

 泥濘。酩酊。あたまがくらくら。押されれば腰を引く、けれど逃してはくれない。派手に暴れることも出来ぬし、するつもりもない体はただ、奏者の小さな手に蹂躙されるだけだ。押され拡げられ羞恥を覚える暇もない、爪の先はしっかりと整えられていて探られる、慣れているかをたしかめられている、それだけは分かる。分かるからこそ、身を任せる。その小さく短い手指だからこそ、優しく鍵盤に触れる指の腹だからこそ、この身を奏でられてしまうのだと、七十の脳のすみっこで震える理性が怯えていた。
「っ、ふ」
 達すれど吐息は短い。褥で上がるには相応しい。派手な声など不要である、派手な音など無様である。ただ粘り気のある水音と吐息こそが、この空間を支配しているべきなのだ。グノシエンヌによる演奏だけが、この褥に響いていれば良いのだ。
 ……それを聞かされるオルフェ? 知った事ではないし、グノシエンヌは意識もしていない――演奏に夢中になっている。肌に落とされる唇、肌を食む。鍵盤はしつこく押され、内腿を何度か震わせて。指がふやけたころにようやく手は離れていった。甘塩っぱい粘液を舐め取って、適当に下着で拭って、そのまま爪先は下腹部、臍の下へと。

「腹を割るのが怖くて仕方がないね」
 ぢり。爪先が肌を撫でる。ばちりと鳴ったのはレーザーか。あの鞭。それと似たものが肌を撫でているのだ、と、気付いた時にはもう遅い。香っていた女の匂いはあっという間に脂肪と肉の焼ける匂い、そして血液の鉄臭い匂いに変わっていった。

 こわくてしかたない、と言っていたわりにはあっさりと割られる腹。溢れる臓物、腹圧に耐えきれぬそれが漏れるように、腸間膜を伴って。
 苦痛ではない、恍惚とした声が漏れた。はらわたに唇を寄せられても、齧り付かれても、抵抗などしない。味見のひとくち、ああ、やはりひとではないか。味そのものは。
 となれば肉の方はいかがだろう。切り裂く肉片、口にする。脂肪の甘味、筋肉はあまり感じない。そのような部位ではないから。なら、もっと上。
 腕なんかはいかがだろう、ばつん。肩より先をおさらばだ。肌を剥き、脂肪を避けて、肉へと齧り付く。汚れた口元を拭うシャツ。ふぅと息を吐いたグノシエンヌ、そのあたりでオルフェのことを思い出したようだ。どんどん溢れて仕方がない血液や臓物も気にしない。
 腕を抱えて、ベッドから降り、オルフェの元へと進む。
 ……耐えている。

「そんなに?」
「そんなに。君、容赦を知らないな」
 くったりとオルフェの足元、カウチソファに額を預けているエウリュディケ、そのスカートの中で何をしているのやら……。
 オルフェ自身も腰に巻いた布地、サッシュで股間を隠しつつ。グノシエンヌの手が伸びるとビクッと反応した。
「なにもしないよ。ほら、ひとまずお裾分け」
「……腕かぁ……」
 それも災厄の。グノシエンヌのお手つきの。まあいいかと受け取った|彼《彼女》、ため息はひどく深かった。

 さてベッドの上へ戻ろうか。沈み込むマットレス。様々な体液でぐしょりと濡れたシーツに眉をひそめながらも、彼女は七十の顔を覗き込む。うつろなオッドアイ。抉り出してやろうかと思ったが、これから何をしたら、どのような眼になるのか。そちらの方が楽しそうだ。

 額に口付け、静かに囁く。
「音に、頭を開いて」
 最初から開いている。
「驕り高ぶらず」
 それは無茶な話だ――。
 揺さぶられる脳、どちらがどちらだったか。ぐらり揺れた思考に、七十の視線が揺れた。「あ」と小さな声が上がる。普段ならまともに受ける事のない言葉、音色、|グノシエンヌ《この楽曲》。奏者の指が額を撫でる、ばちりと鳴ったのは、ああ、開かれているからだ。ばちり、ばちり、まるでトレパネーションのように、穴を開けられて――箱を開けられ。
 ぐちゅり。
 指が沈み込んだ。ニューロンはしっちゃかめっちゃか。びくり跳ねた背中、足先、漏れ出る体液。ピンクと赤と黒。タンパク質と脂肪がぐちぐち混ぜられ、あれ、これは、どこのなに。視界がぐるぐる、どこを見て? それを面白そうに眺めるグノシエンヌは、脳を揺するのをやめなかった。

 けぽり、嘔吐。しかたがない、しかたがない……。掬い上げたピンク色を指で掬って味見するグノシエンヌ。ようやくもう一度、「ねえ」とオルフェに声をかけた。

「完成」
「時間をかけすぎじゃない?」
 腕に手をつけてもいないオルフェは、蹲るエウリュディケの頭を優しく撫でてからベッドの近くへ寄ってくる。
「ストローがいい? スプーンがいい?」
「凍らせたほうが好み。……付き合ったんだ、我儘を聞いておくれよ」
 ぴん。竪琴の音色が、少女の首を刎ねた。

 それでは冷凍庫の中におさめよう。
 それ以外は――。
「ご飯だよ、セイレーン」
 喜び勇み、開け放たれた窓から入ってくる彼女たち。
「ああちょっと、美味しいところは取っておかせなよ!」
「やーだ」
 笑う彼女ら、楽しげだ。
 さてはて本体、どこで蘇ったか。まだ飢えているのだろうか。
 ともあれ――グノシエンヌの『お役目』は、おしまいだ。
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