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啓明のファンファーレ

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●序
「あんた、コルヌの竜だろ? 客商売なら他所でやんな。……まあ、そんな調子じゃあ人売りに拐われる方が先かも知れんがね」
 これで5件目。
 すげなくあしらわれるのは慣れたものだが、冒険者と云うものは斯くも厳しい世界で生きているのか。ダンジョン踏破をうたう張り紙を前に若き竜はがっくりと肩を落とした。
 次なる旅路へと移ろう一族の歩みからひとり憧れに手を伸ばし真逆の方向へと飛び出したトゥバ・コルヌコピア(翠嵐・h09459)は絶賛迷走の只中にあった。御伽話の主人公ならば奇跡の祝福があったりなんだりして、最終的には魔王と呼ばれるような人々を脅かす存在を打ち倒して世直しをしたりなんだりして――自分たちを救ってくれた彼らのように光り輝く存在になれるのだと、そう、思っていたのだけれど。
「……はぁ。何で俺たちには戦うちからが無いんだろ」
 コルヌの竜は弱く、ひとりではとても今の世を生きることが出来ないのだと両親は己に口を酸っぱくして告げていた。年頃らしい見栄と勢いだけでそれらを突っぱねてトゥバは今ここに立っている訳だが、それにしたって皆冷たすぎやしないだろうか。
 竜人と見れば誰もが皆力仕事を期待するのに、|角の氏族《コルヌの竜》と分かれば直ぐに『子どもは帰れ』とてのひらを返されてしまうことが年若き竜にとってはひどい屈辱であった。いや、現状確かに自分は背負った斧に振り回されている位にはひよっこだし、薬草摘みや大道芸でしか今のところ金銭を稼ぐすべがないのだけれど。
「ご先祖さまは何時も出てきてくれる訳じゃないし……俺もダンジョンに潜れたらなあ」
 どうしても旅立つのなら、せめて持って行きなさい、と。両親に託された先祖の輝石をひかりに透かしながら齧った干し肉は何時もより少し塩辛い気がした。
 やっぱりだめだった、なんてみんなと合流し直すのなんて格好悪い。
 帰るのはせめて何かしら冒険者としての成果を上げてから。そうでなければ大口を叩いた意味がない、いつか自分たちが真竜であった頃の輝かしい冒険譚に傷をつけることになってしまう。だから、みんなに胸を張れる『なにか』を、見付けなくては――、

「よお、本当に居たぜ。『輝石持ち』の生きた竜だ!」

●翔
 あおく、あおく。
 どこまでも遠くそらが続くこの世界が好きだ。
 胸に下げた輝石にその景色を余すことなく映すことが出来るように、祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は街で一番高い時計台の頂上で一度大きく伸びをした。この街は冒険者たちが多く集まる旅の中継地点のような場所で、多種多様な人々が行き交う様を眺めることが出来るだけでも充分に楽しい。
「カエルムさんもこの街に来たことはあるのかな」
 あおい輝石は今は何も語らない。けれど、長く旅路を共にすることで彼自身と触れ合える機会も増えてきたから。そらを、自由を、ひとを愛した彼がこの光景を気に入ってくれるであろうことは何となく汲み取れて、ラムネはどこか擽ったい心地で街を見下ろしていたのだけれど。
「……ぅわん! わふ、ゎっ、わぅ! わん!」
「ソータ?」
 それまで静かに足元に座り込んでいたふわふわの入道雲――もとい、ましろの友人が身を乗り出して何事かを訴え掛けるから。その尖ったしろい耳と目線の先に視線を落とせば、そこには路地の奥へと追い込まれた少年を取り囲む幾人かの男の姿があった。
 声までは耳に届かないが、決して穏やかな様子には見えない。迷いなく屋根を蹴って宙を駆けた青年の姿を、ああ、誰がみとめることが出来ただろうか。

●標
「ついてるぜ俺ら。こいつを売りゃあ、当分遊んで暮らせる!」
「違いねえ!」
 下卑た笑いが人気のない路地に木霊する。大人たちに守られ、愛されて育ってきた若き竜には彼らが言っている言葉の意味がわからない。
「(売るって、言ったのか。俺を? ……ひとを、売り買いする? そんなこと、)」
 否、『わかっているのに、脳が理解することを拒んでいる』。
 背負った斧を振るうことが出来たならば目前のひとのかたちをした脅威を振り払うことが出来たのかもしれない。けれど『誰かを傷付けること』に至る発想を持たない少年にとって、この斧は余りにも重すぎる。
 額にじわりと嫌な汗が滲むのを感じていた。
 なぜ一族の皆は群れて旅を続けるのか。ひとつのところに留まらず、流れ流れて暮らしているのか。家族がひとり旅に対してあんなにも否定的だったのか。最悪なパズルのピースがかちり、かちりと嵌っていくのを感じながら。逃げ場のない袋小路に追い詰められた少年が喉を引き攣らせた、その時だった。

「その話、詳しく聞かせて貰いたいな」

 ――鳥だ、と思った。
 宙空より飛来したそれは着地と共にひとりを沈め、その場にいた全員が何が起こったのかも分からぬままにもうひとりの男を風の如き蹴撃に依って地面に捩じ伏せた。
「な、なんだぁお前! このガキは俺たちが先に目を付けた獲物だ、横取りするってんなら――ぎゃッ!!」
 能力者でさえない悪漢の集まりなどどうと云うことはなく、武器を抜く必要さえない。自分を囲んでいた大男たち全員をあっという間に沈黙させたラムネの姿を、少年はただ呆然と見詰めていた。
「……人攫いなんて、何処の世界にもあるんだな」
 このうつくしいそらの世界でこんな事が起こるなんて。けれど未然に防ぐ事が出来てよかったと――振り返った青年が少年のすがたをきちんと視認すると、ぱちり、と胸の輝石から直接電気が弾けたような感触が流れ込んでくる。首を傾いだその先に、輝く少年の角を見とめてラムネはあおい瞳を大きく瞬かせた。
「君は……コルヌの竜、なのか?」
「へっ。あ、……ぁっ、と、……そう、です」
 怪我はないかと首を傾げるラムネがこちらに対して敵意がある存在なのかどうか分からず、然れど咄嗟に嘘を吐くことも出来ず。愚直に是を唱えるその姿にちいさく笑いながら、君を傷付けたりしないと両手を挙げてみせればそこで漸く己が助かったのだと理解したトゥバはその場にへたり込みそうになる脚に喝を入れながらも何とか『ありがとう』と口にする事が出来た。

 どうしてひとりで居るんだと聞けば、少年はおずおずと『あの日、ひかりを見たんだ』と語って聞かせてくれた。
 それはラムネにとってもまだ記憶に新しい出来事のひとつで、自分もその『ひかり』のひとつに含まれているのだと知れば何とも面映い気持ちが湧き上がってくるけれど。冒険者を夢見た結果こうして危ない目に遭っているのだと知ればこのまま放っておくわけにもいかない。
「俺はラムネ。君たちコルヌの民から、祝福を貰った旅人のひとりだ。君の名前は?」
「……トゥバ。『ラッパ吹き』の、トゥバ」
 何時かあなたたちみたいになれるだろうかと。辿々しく告げる少年の言葉は真っ直ぐで、果てなき夢と希望を抱いて一歩を踏み出した彼の勇気を無碍にするのも寝覚めが悪い。『帰る場所があるなら帰った方が』と告げそうになるのを飲み込みながら、ラムネは人好きする笑みを浮かべて少年と視線を合わせた。
「『悪漢退治』の報酬は、半分こだ」
 彼らを自警団に突き出した後は、改めて冒険者登録をしに行こう。
 戦うばかりが冒険の醍醐味ではないけれど、身を守るすべくらいならば教えられるから、と。差し伸べられた提案に、少年は瞳を輝かせながら何度も首を縦に振るのだった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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