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或る作家の死

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●夏之目書店にて
「やれやれ、出発前に野暮用が入ってしまうとは……おや?」
 嗅ぎ慣れた臭いは頁の群れが作るもの。帰宅の安堵もつかの間、|夏之目・孝則《なつのめ・たかのり》(夏之目書店 店主・h01404)の双眸が見開かれる。
 見知らぬ柄の風呂敷の上にはやはり見知らぬ古書の山。
 作者は全て『|笹召院・福来《ささめいん・ふくらい》』――様々なジャンルでベストセラーの手前までいく作家だ。
 読んではいるが違和感に襲われるので自然遠ざかっていた。
「おかえりなさい。ごめんなさいです、まだおかたづけができてないのです」
 おさげをたらし俯くのは|山野辺・雅《やまのへ・みや》(夏之目書店 お掃除係 | 夏之目 孝則のAnker・h02476)だ。
 なんでも、マスクにサングラスと怪しげな風体の男が有無を言わさずおいて去ったとか。雅の無事にほっとし慎重に改める。
 ひらり、タイプライター文字の『夏之目書店様へ贈呈。お好きに』とのメモが落ちた。
「そろそろ出発ですしどうしたものか……」
 今日は待ち焦がれた『稀覯書展覧会』だ。
 主催の|深草・正《フカクサ・タダシ》は金と暇を持てあます高等遊民。そんな彼が無人島を買いとり移り住んだのは1年前。
 稀覯書、とかく世に出る前の原稿を蒐集する彼はたまにこうした展覧会に同好の士を招く。
「旅のお供に読んでみたいのです。持っていってはだめなのです?」
「文庫本にしてくださいな」
 頬を掻きしょうがなしの風情で好きにさせる。
(「某の都合で雅ちゃんの読書体験を奪うのは傲慢が過ぎますしね」)

●福来という作家
 帝都から汽車で2時間のお昼時。ぼぉおっと腹の底を揺さぶる汽笛が嘶いた。定期船を寄らせる辺り、深草の桁外れの財力が窺える。
 ソファで読みふける雅を横目におにぎりを囓る。
 汽車で絵本と冒険小説は読了済。
 絵本は最初期で凡作、次作の冒険小説で売れるまで実に7年。その後も、数年沈黙しては新しいジャンルで売れ出すのがこの作家の傾向だ。
 冒険小説を読み終えた雅は林檎の頬で矢継ぎ早。作家福来に含みがあろうが、感想戦はいと楽し。
 だが、船に乗り2時間。
 雅はむいっと唇尖らせて恋愛小説もSFも読みかけで手放した。瞳は得も言われぬ感情を宿す。ははぁこれは同じ違和感に辿り着いたな。
「自分が悪者になった気分でしょう」
「! どうしてわかるのです?!」
 飴をつまみ上げ掌にころんと落とす。
「某も全く同じだったからです」
「……おはなしには、作家せんせーのぜんしんぜんれいが詰まっていると夏之目さんは教えてくれました」
 飴で口の中は甘いのに、心は苦い。
「なのに疑ってしまいました。でも……ちがう人が書いてるようなのです」
 孝則は深く頷く。
「その4冊は明らかに望みが違う」
 今度は雅が頷く番だ。
「人気を得たい作家は世間の流行を分析し好まれる仕掛けを施す」
 冒険小説がこれ。
「伝えたい物語が先にある作家はテーマを纏った台詞で絡め取る」
 恋愛小説がこれ。
「浮かぶままに書く作家は一部読者に根深く刺さる。このタイプは書くの自体が望みで人気はどうでも良い」
 空想科学小説がこれだ。
 ……とまぁ感覚的で根拠はない。だから盗作を疑う己が後ろめたくなる。
「雅ちゃん、真実を知ることは出来ません」
「よのなかには、とけない謎もあるのですね」
「そういった謎が殆どです」
 雅はこくんっと頷くと竹皮をほどいた。
「|稀覯書《きこーしょ》が待ってるのです、夏之目さんがわくわくしていたからすごいはず」
 あむりとシャケおにぎりを頬張ってやっと破顔する。
「その2冊も帰ったらちゃんと読むのです」 

◆登場人物
「幽深館」主/稀覯書展覧会 主催:深草・正
「幽深館」使用人:|蓬《よもぎ》・アリス

カストリ新聞記者:荻野・|記《しるす》
佐倉医院 医師:佐倉・フジ

大人気作家:笹召院・福来
編集長:|長内・太《おさない・ふとし》

夏之目書店 店主:夏之目・孝則
助手:山野辺・雅

●同好交流
 豪奢な扉を開けたのは若い使用人だ。執事服だが声は高い、女性だ。招待状を確認後、旅路を労い室内へ。
「わぁあ!」
「これはまた見事なものですねぇ」
 感嘆。
 湾曲した壁には本の群れ。さながら巴里図書館のミニチュアといった風情か。
 先客が寛ぐソファに目を向ける。自己紹介の後、記という青年が話し出した。
「新聞記者という仕事柄文章に触れますが、虚構たる小説が好きです。現実より素晴らしい世界が小さな中に収っている」
 掲げる文庫本の表紙では銀幕スタアが眩しい破顔を見せる。
「三上ノリ子ね」
 顎のラインで切りそろえた髪を揺らしフジも加わる。
「少年の時分は憧れたモンですよ。もう25年かァ」
「ご存じかしら? その第2版から表現が変えられてるのよ。例えばここ……『新雪のように』が『春風のよう』って。ノリ子のイメヱジに合わせたでしょうね。私は前の方が好き」
 嗚呼、己の持たぬ視点、時代の記憶を有する同好の士との対話は斯くも心が弾むものか!
「新雪と春風じゃあ全く逆でしょう。立ち位置まで変わってしまうのでは?」
「実はね、結末も少し違うの。深草サンはよくわかってる、初版もちゃあんとこちらに。銀幕が当たってノリ子の表紙以外は回収されたから、これも稀覯書よ」
 女医は古びた文庫本をスッと前へ。しばし間違い探しで盛り上がる――。
「しかし招待客が揃うのが心待ちでしたよ。|須田・類《すだ・るい》の幻のミステリがやっと御開帳です」
 盛り上がる記に誘われ顔を出したのは主催の深草正だ。
「夏之目クンよく来てくれたね!」
「お招きいただき至極光栄です」
 挨拶もそこそこに初耳の須田類について問う。
「僅かな部数の同人誌があるのみ、全て揃っとる」
「珠玉の才能です。須田の妹が月刊『栄晄』に持ち込んだ短編が不可思議で……空想科学寄りですけどミステリも書いていたとは」
 やけに詳しい記の声がドアベルの音で遮られ、深草とアリスが顔を見合わせる。
「招待客はもういない筈だが」
 ゴンゴンッともはや殴打だ。
「おい! 笹召院福来大先生のおなりだ! はやく開けろ!」
 中年男のだみ声は愉楽の空間を容易くぶち壊す。

●招かれざる客
 現れたのは毛むくじゃらで大柄な男と、紳士然とした青びょうたんの男だ。共に四十代。招待状の提示を求めるアリスに大柄が封筒をつきつける。
「福来先生の元に届いた。儂は月刊栄晄の編集長の長内太」
 雅はアリスを見てことりと首を傾げた。
「なんでもー、未発表のミステリを拝見させていただけるとか。招待状に子細にあり胸躍らせ訪れた次第」
 変な調子で喋る、こいつが福来だ。
「……この招待状はうちからの物ではありません」
「ああ、封蝋の模様が違うよ」
 深草は孝則の招待状と並べて見せる。
「困るぞぅ。あれを見んと吾輩は……長内クンなんとかし給えー」
 長内はアリスを押しのけ室内をギロリ、記を指さし、
「あんなカストリ新聞の記者風情がおるのに儂らは駄目だと」
「長内、アンタがそれを言うのか!」
 いきり立つ記をフジが冷めた目で見据える。
「嘘の告発を企て社会的制裁を喰らった男が良くて、大作家先生と大手出版社の儂が駄目な理由をお聞かせ願えませんかねぇ」
 ねちこい長内にアリスは辟易露わに主を見た。深草は嘆息と共に渋々と告げる。
「この時期の天気は変わりやすい、どうぞ」
「……ボクは嫌だ。作品を見せたくない」
「アリス!」
 深草から強く促され使用人は渋々と頭をさげる。
「最初からそうすれば良いものを。ささ、福来せーんせ、どうぞ」
「うむ! んー?」
 ふんぞり返る福来はアリスに目を留める。
「君どこかで……?」
「失礼します、お部屋の準備がありますので」

●幕間
 深草の予想通りだ。今は窓硝子を雨粒が叩くコンサアトが開催されている。
「零からマイナスは平然、だが天空の如き良事からの落は無用に心をいたぶる――」
 自室の寝台に腰掛けバスタオルを掛けた頭で項垂れる孝則へ、雅は文庫本をにゅっと差し出す。
「SF『刻の涙』のこの頁なのです」
 |作者《福来》がいると言うのに全くもって心が躍らない。
「いやはや散々でした……」
 すぐに自室に籠もったフジが一番利口であった。

 記が告発をしたのは福来。内容も予想がつく、大方『盗作』に気づいたのだろう。
 だが相手が悪かった。福来は稼ぎ頭であり、深草と同格華族――そう孝則も知る程に、長内は記をあげつらった。
 福来は「未発表ミステリを吾輩だけに見せろ」としつこく、空気は最悪。

(「未発表作品を他の招待客に見せたくない理由は明白過ぎますね」)
 福来は盗作作家だ。
 だから別人が書いたかの如く毎回作風が違う。ハイペースに数作出して、数年休み、またジャンルを変えて同じことを繰り返す。隠蔽は恐らく出版社ぐるみ。
 ……謎はとけたようなものだが雅に伝えたものか。
(「そういえば、アリスさんを見て雅ちゃんはなにに気づいたのでしょう」)
 問う前に、耳を劈く悲鳴が廊下より響く!

●騎士の刃
「イヤァアア! 福来さんが死んでるー!!」
 廊下にしりもちのアリスが部屋の中を指す。傍にはトレイと割れたティセット転がっている。
 孝則は中を覗き込みうっと口元を覆った。

 ――ああ、そこには作家の衣で着飾っていた男が、真っ赤な背中で倒れてる。
 壁沿いに置かれた甲冑からの銀剣からは、命の水が雨粒のようにぽとりぽとり――。

「雅ちゃん、見てはいけません」
 少女を抱きすくめつぶらな瞳を隠し込んだ。その脇を女医のフジと深草が抜けていく。
「まだ生きてるわ! 出来る限りの手は尽くしましょう」
 病院に担ぎ込めば助かるやもしれぬが生憎この島にはない。だからかフジの容は暗い。
「先生、これを!」
 深草は一抱えある鞄を開いておいた、ギラリとメス他が姿を晒す。
「この島には医者がおらん。それ故、医務室には色々揃えとります! 動かせそうならそちらへ。アリス、倉庫の担架を取ってこい」
 アリスはまるで聞こえていないのか棒を呑まされたように動かない。
「おい、なんの騒ぎだ!」
「どうしたんですか?」
 書架室側から長内と記が連れ立って現れた。これで全員揃った。
「助手は私がやる、夏之目クンは彼らへ説明を。アリス、お茶を……」
 壁を伝い立ち上がる使用人目掛け長内がパニックで叫び出す。
「殺人犯な女が入れたお茶が飲めるかぁああ!」
 大声に怯え華奢な指が孝則の腕をぎゅっとした。
「雅ちゃん、大丈夫ですよ」
 背中をさすり嘆息を零す。
 ――誂えられた役に『探偵』と書いてある。億劫だが雅を守るには席に着くしかないようだ。

●尋問開始
 殺伐が支配する中、紅茶には誰も手を付けず長内に到ってはアリスを犯人扱いだ。
「長内さん。何故彼女が犯人だと? 理由を教えてはいただけませんか」
 刺激せぬよう言葉を選び、左手で雅の手をつつここむ。
「そんなもん簡単だ。儂はそこの荻野と一緒にいた。こいつァ元部下でなぁ当時は目をかけてやったものよ」
 指さされた記は泥のような双眸を瞬かせ黙り込む。
「福来先生と同室でしたが、なんでまたおひとりで出られたのでしょうか?」
「福来先生に一人にするよう言われたんだ。大方その女が色仕掛けでー……」
「巫山戯るな、誰があんな下衆」
 成程、アリスが福来に含む所があるのは確実だ。
「……皆さんお飲みにならないなら片付けますね」
 孝則が止めるのも聞かずアリスは去っていく。
「と・に・か・く! 儂らにゃアリバイがある。なぁ荻野、お前もなんとか言え」
「僕ァ長内さんと逢ってなんかいませんよぉ。ひとりでいました」
 長内が戦慄くのを面白がるようににやつく。
「そうそう、福来先生のSFが万人受けせずお困りとか。しかし数十年単位で福来派の長内編集長が『月間栄晄』を牛耳ってたもんだから新人作家が育ってない」
 不貞不貞しく煙草に火をつけ記は元上司へ煙を吹きかけた。
「僕ァカストリ記者ですからぁ? そういうゴシップにゃ詳しくてでしてねぇ。大方お尻に火がついて、起死回生の|小説のネタ《盗作の元》を取りにここに来た、招待状まで偽装してねぇ」
「偽装なぞしとらんっ! 貴様ァ自分のアリバイもなくなるんだぞ」
「良いんですよ。どうせ正直に言ってもねじ曲げられる、あの時みたいにねぇ!」
 ――なんて茶番だろう、見るに堪えない。
 記には長内へここぞとばかりに意趣返しをしているだけだ。つまりこの二人は共犯でない限りは白確定。
 不意に、書架室に別の騒々しさが割り込んできた。
「おーい、福来先生を医務室に移動するから、手を貸してくれ。出血は派手だが傷は浅かったようでねぇ」
 ――二人になった所で雅はつんっと孝則の袖を引く。ああ、今なら聞ける。
「アリスさんがどうしたのでしょう? 先ほど言いかけていましたよね」
 雅は大きな瞳を更に見開いて肩を震わせる。
「……これを言ったら、アリスさんが犯人になってしまうのです?」
 孝則はほんの少しの間を置いて首を傾けた。
「わかりません。けどね、雅ちゃん。もしも福来先生が助かれば同じ事の繰り返しです」
 盗作はさもしく続く。一蓮托生の長内はもっと汚い手を使うやもしれぬ。
「もしかしたら、今度こそそんな福来先生の命が奪われるかもしれません」
 本懐を遂げられぬぐらいならと発覚覚悟で殺害を謀るやもしれぬ。
 ――もう、アリスが犯人だと言ってるようなものだ。
「アリスさんは、福来先生を見てはじめに、一瞬だけにっこりしたのです」
 確かにそれは、福来を迎え入れたくない態度とは噛み合わない。
「福来が館に来なければ殺せない、か……雅ちゃん、とても参考になりました。それでは某からも。アリスさんが『ボクは嫌だ。作品を見せたくない!』と叫んだのを憶えていますか?」
「はい、にっこりしてたのになんで嫌がるのってなったのです」
「そうですね。この台詞は恐らく福来を誘う罠でしょう。だから『作品』だなんて、|あたかも自分が書いたかのような《・・・・・・・・・・・・・・・》言い回しをした」
 あっと目を見開く雅ちゃんの肩を叩くと、行きましょうと立ち上がる。
「雅ちゃんは先ほどまでSF『刻の涙』を読んでいましたね。だから“須田類の未発表ミステリ”が同じ作者かわかるでしょう?」
 雅はようやくいつもの無邪気さを取戻しグッと拳を握った。
「はい、わかるのです。読ませてもらうのです」

●さてと探偵膝を叩き、めでたく事件解決
 果たして、須田類の未発表ミステリは笹召院福来のSF『刻の涙』と同じ者が書いた小説であった。
 随所にある似た言い回し、エスプリの効いたオチ、何より読者からの承認は求めずただ浮かぶ事象を自在に書き留めた文体に作者の人格がこれでもかと刻み込まれていた。
 ところで、福来はこのミステリを自分にだけ読ませろと欲した。それこそが福来作ではない裏付けだ。自分で書けないから所持を望んだのだ。

 記は「須田類の小説が妹の手により栄晄編集部に持ち込まれた」と言っていた。その妹こそが使用人の蓬アリスである。
 アリスは「才気豊かな兄さんが日の目を浴びないことが悔しくて原稿を持ち込んだ。あんなことをしなければ良かった」と大層悔やんでいた。
 兄が行方不明となり3年、失意の中で紆余曲折があり名を変え女性らしい見目を捨てるに到った。
 兄の残した“未発表ミステリ”が蒐集家の深草の目に止り、当面の生活費と自らが使用人としてそばにいる事を条件に深草に譲った。

 今回の事件は誠に不幸な事故であった。
 福来の部屋は急遽誂えた部屋で、本来は“未発表ミステリ”の被害者の部屋を再現したものだ。
 だから、壁の甲冑が本物の銀剣を構えていてもおかしくはない。
 何故倒れたのかというと、だ――「須田のミステリをよこせ」「嫌だ!」と福来とつかみ合いになったアリスが無我夢中で突き飛ばした先に、不幸にも銀剣があった。
 幸いにも、|たまたま《・・・・》女医の佐倉フジが招かれており、医者がいないことを危惧した深草の手により|たまたま《・・・・》医療設備が整えられていたため、福来は命を取り留めた。
 確かに謎は残っている。偽の招待状を福来に送った者、福来の書籍を持ちこんだ者、これらは誰か? だが些事なので不問とす。
 これが表向きの話だ。

●帰路
「偽の招待状も福来先生の本を持ってきたのも、深草さんがやったのです?!」
 事後処理が終わり再び船上の人となりし雅が吃驚に震えた。
「あの様な子細な偽招待状なぞ、主催以外は作れはしません。うちに福来作の本を持ち込んだは、作品を読ませて盗作の確証を某の口からと狙ったのでしょうか。記さんが招かれたのも同じです」
 思えば余りに作為的な招待客だらけだ。
「深草さんはアリスさんの敵討ちを手伝いたかったのです?」
「それは確実に。一方で人殺しにはしたくなかったから医者のフジさんを呼び設備も整えたのです」
「優しいのです、とても」
 自分を探偵役として呼びつけたとは口にしたくない。某は一介の書店主であって探偵ではないからだ。
「そうですね。彼は己の高き身分の使い方も非常に心得た御方です」
 福来の盗作の罪は近い内に白日の下に晒される。
 かつて捏造の汚名を着せられた苦渋を舐めた記の手により証拠をきちりと揃えて。何しろ、今回アリスに吐いた「お前の兄の未発表作をよこせ」など自白に等しい発言も確りと録音で残っている。
 同格の華族である深草が事実を知った以上、権力での隠蔽は不可能だ。
「アリスさんは殺したかったと泣いていたのです」
「最終的には納得したでしょう――綴る事を生涯奪われ生き続けるのは死より残酷である。彼を愛したフアンはその手に侮蔑の石礫を握りしめるのだと深草さんに言われてね」

 ――これは殺人事件ではない。だが“笹召院福来という作家”の息の根は止る。

 深草は世に出回る前の作品の蒐集家だ。
 ……冒険小説、恋愛小説、それぞれ綴り福来と長内の毒牙に掛かった者の同人誌もコレクションにあった。そもそも福来の盗作に気づかぬわけがないだろう。
(「それとも『あの魔書』に突き動かされたのでしょうか」)
 旅行鞄の中に眠り海を渡る名も無きそれは、深草からの謝礼だ。なんでも「同人誌を蒐集する内に、いつの間にやら本棚にあった曰く付き」だとか。
 どこか「情念に身を貸すのはこれまで」と手放したがっているようにも見えた。不要な書は引き取るのは書店店主の大切な役回りだ。

追記
福来によって座敷牢に監禁されていた須田類だが無事に保護された。
精神の毀損が著しくはあったが、今は佐倉医院にて療養。妹の熱心な看病もあり回復の兆しを見せているという。










 
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