ひとつぶの祈り
ぼくたちの海は、ツィリの描く星の路のかなたにある。
ゆらゆらとゆれる夜にきらきらと星がこぼれて、やがて境がわからなくなる場所――そこが、|星河《せいが》の入口だ。
はじめてきみに出逢った夜のこと、覚えてる?
まだ、きみがいまよりずっとちいさくて、ドレスも少しだけ袖が長かったころ。
おとうさんとおかあさんに導かれて、きみは星河のほとりまでおりてきた。
足もとに咲く星くずを、ひとつ、ふたつ、ゆっくりと舞上げながら。
(誰かくる、誰かくる)
(この星の子、海の女神さまの潮の香りがするわ)
(あの子だよ、きっと――)
そのさきで、きみと眼が合った。
一等星のいろをすくいとったような眸。
月光をあびた夜のうみみたいな銀の髪。
夜と波のあいだをほうき星――ぼくたちの、主。
その夜、星神の父と海の女神の母が、静かに告げた。
この子はこれから、ひとりで世界へと旅立つ。
愛おしい子だからこそ、|天《そら》ばかりじゃなく、地を知る必要がある。
そしてぼくたちは、かみさまたちがそばにいられないかわりに、きみを守る契約をむすんだんだ。
――主がころんだら、ちゃんと支えてあげること。
――さみしくて泣きそうになったら、星河をひらいてみちしるべになること。
――つよくなろうとする心を、いつでもいちばん近くでみまもること。
それからのことは、きみもよく知ってるよね。
はじめての大地をふみしめて、はじめてのいろをその眼に映して。
変わらずきらめく星の路を描きながら、まっすぐ前を向いてあるいていくきみに、ぼくたちはいつだってわくわくはらはらしてるんだ。
(主~♡ ちゃんと食事もしてえらい!)
(あっ! でもまた夜更かししようとしてるみたい……?)
(ほんとうだ! あンの主め……!!)
しっぽで水を弾いてはしゃぐ魚たち。ふわふわと舞うように浮かぶくらげやヒトデ。
きみの一番の相棒のぼくは、イルカの尾ひれをおおきく揺らして笑うんだ。
大好きで尊敬する家族をおもいうかべたときの笑顔を、ぼくたちはよく知ってるよ。
――その笑顔の奥に、ほんの少しのさみしさがひそんでることもね。
試練の旅はきっと、愉しいことばかりじゃない。ひとりで立って、ひとりで選んで、ひとり傷つく夜もある。
それでもきみは、まっすぐに前をむく。
だからきみが誰かと、なにかと闘うときは、ぼくたちがせいいっぱい力になるよ。
きみの手がふるえないように。
きみがきみのまま、笑顔でいられるように。
でも、ぼくたちがいちばん好きなのは、もっとふつうの時間。
夕陽が海をうすい金にそめて、街のあかりが少しずつ灯り始めるころ。
砂浜にすわって、星のかたちをした砂糖菓子をひとつ口へとはこんで、ふわりと笑うきみ。
ぼくたちはその横顔を、宝ものみたいに眺めるんだ。
ねえ、ツィリ。しってる?
きみが小さな吐息をたててるとき、ぼくたちがこっそり|星河《せいが》から顔を出して、きみの寝顔をながめてること。
夢のなかまではついて行けないけれど、それでもどうにかして、きみをまもっていたくてさ。
だから、朝になってきみが星のようなきらきらした笑顔で目覚めたとき、ぼくたちはみんな、しっぽをふったり踊ったりして笑うんだ。
(つついて起こしたのは正解だったね!)
(まったく、お子様め……まだまだ手がかかるな)
(でも、そこがかわいいのよねぇ)
きみには、おとうさんもおかあさんもいるけれど。
――ぼくたちも、そんな気持ちできみのそばにいるんだよ。
もしも声を出せたなら、ぼくたちはきみに何度でも言うだろう。
あまり無理をしないで。ちいさな手で、全部を抱えこもうとしないで。
星神と海女神の娘であるまえに、きみはひとりのこどもなんだ――って。
でもきみはきっと、大丈夫だって笑って首をふるんだろうな。
それなら、って。ぼくたちは、べつの伝え方を選んでみた。
きみの頭上にひろがる夜空に、こっそりと模様を描くんだ。きみの好きな、デルフィニウムの花のかたちを。
そうして花束のように星々をあつめて――きみがふと見上げたとき「あ、お花みたいね」って思ってくれたら、それでいい。
この旅路が、きみを傷つけるだけのものじゃなく、広い世界のやさしさや美しさを、たくさん見せてくれるものであってほしい。
きみの心が、もっと自由にのびのびとひろがっていってほしい。
――そう、星河の波間からいつも願ってる。
いつか試練がおわって、家族のもとへ戻るその日まで。
ううん、その先の日々も。
きみが歩くたび足もとに咲く星の路をわたって、ぼくたちはずっとついていく。
主であるきみが、そのさきでも笑っていられるようにね。
だからこれは、毎夜きみへとおくるひとつぶの祈り。
――どうか、きょうもよい眠りを、ツィリ。
閉じたまぶたのむこう、あおくひろがる|天《そら》と海の世界でも、きみが幸せでありますように。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功