金平糖のワルツ
●Have a spooky night
くるり、くるり。翻る裾は花のよう。
くるり、くるり。踊る爪先は羽のよう。
戯れあうように燥ぎながら子うさぎたちは『さかいめ』を往く。羊皮紙のせかいから飛び出して、ひともおばけも何もかもがよろこびをうたう夜へと誘われるために。
「わぁ……!」
やがて、至る。
ジャック・オー・ランタンに照らされて街中がオレンジいろのあかりに包まれる様はまるで現実のせかいを人々が忘れてしまったよう。みなが思い思いの仮装に身を包んでいて、最早誰がひとで誰がほんとうのおばけなのかラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)にはちっとも見当がつかない。
「みんな、お菓子は持ちましたか?」
子うさぎたちの身を彩るは、それぞれが選んだスートを掲げたトランプを題材にしたとっておき。
お世話好きのクロノスはスペードの近衛騎士。羽付帽子を頭に被り、あおいマントを靡かせながら三人を先導するように歩く姿が頼もしい。
むじゃきなルイスはダイヤの吟遊詩人。おもちゃの竪琴を鳴らしながら、ラデュレに応えてゆめにとらわれてしまわないようにぴょんと飛ぶ。
おしゃまなカイロスはハートの魔法司書。お気に入りのティーポットを本に持ち替えて、今宵紡がれるあたらしい物語を期待している。
それから――ラデュレが纏うは四葉のクラブ。さいわいを運ぶ魔女の装いに身を包み、星になぞらえた金平糖を詰め込んだ小瓶を籠いっぱいに携えて、子うさぎたちはおばけでいっぱいの街へと歩み出す。
「それじゃあ、行きましょうっ」
なんでもない日のお茶会は今日はおやすみ。ひとりでは仮装をすこし恥ずかしく思うけれど、寄り添ううさぎの仔たちがいるからこの夜はきっと特別なものになる筈だとラデュレは跳ねるように足を弾ませた。
「うあぁん、わぁぁああん!」
不意に先を行くクロノスがラデュレのドレスの裾を引いて急かすから、何かあったのかと目を丸くすれば。導かれたその先にまいごのおばけの泣き声が長耳に響いてくるものだから、慌ててラデュレは声のする方へと駆けていく。
「泣かないで。お母さまとはぐれてしまったんですか?」
駆け寄ったラデュレと、すこし遅れて追いついたルイスとカイロスを見とめた――歳は10にも満たないくらいだろうか――ツノとしっぽを着けたちいさなあくまの男の子が齎されたその事実を再認識して火がついたように更に激しく泣き出すものだから、まあ、大変!
「大丈夫。だいじょうぶですよ。ラーレたちがあなたのみちを示します。……ほら、『おまじない』を唱えてみて?」
慰めるように寄り添ったふわふわの子うさぎたちのやわらかな感触に、嗚咽を漏らしながらも目を瞬かせたあくまの子はそこで漸くラデュレを見てくれた。安心させるようににこりと微笑んで見せれば、痞えながら、しゃくりながら、それでもちいさく『とりっく、おあ、とりーと』と口にしてくれるから。えい、とひとつぶその口の中に贈った星の粒があまく蕩けるのに、ぴたりと少年の涙が嘘のように引っ込んだ。
「あまい……」
「ふふっ、よかったです。まだ歩けそうですか? 一緒にお母さまを探しにいきましょうね」
差し伸べたてのひらはよるのしるべ。ちいさなてのひらがそっと重なったなら、子うさぎたちとあくまの子ははぐれぬように手を繋ぎながらおばけのパレードの中へと潜り込んでまだ見ぬ母の姿を探しに歩き出した。
「ありがとうございます……! 本当に、なんとお礼を言ったらいいか……!」
「おねえちゃん、ありがとお」
三匹の子うさぎたちが手分けして探してくれたおかげで、少年の母はほどなくして見つかった。黒衣に身を包んだ彼女は軽食を買おうと少しだけ目を離したほんの僅かな隙にいとしい我が子を見失ってしまったのだと、瞳に涙を滲ませながらぎゅっと少年をもう離すことはないと強く強く抱き締める。
「いいえ、お礼なんて……おちからになれて本当によかった」
ゆめとうつつが最も曖昧になるこの夜にさらわれてしまう前に、この子を助けることができてよかったと。はにかむラデュレに何度も頭を下げる母親にふるふるとかぶりを振ってやわく制したなら、四葉の魔女はさいわいを詰め込んだ小瓶をそっと差し出した。
「おふたりに、トリート、です」
魔法のおまじないと共に星のかけらを託せば、ほら。ひとつぶ口にしたひとからみんなすっかり夜のとりこ。
ありがとう、またね、と手を振る母子に別れを告げて、ラデュレたちは再び歩き出す。ちいさな三匹の子うさぎたちは子どもたちをたいそう喜ばせたし、おとなたちはみな四人でひとつのおめかしを褒めてくれることが嬉しかった。
――合言葉を唱えて、さあ、『Trick or Treat』!
道ゆく人もお店屋さんもぜんぶぜんぶ、この魔法ひとつでゆめうつつ。マジックアワーになぞらえたドリンクを買い求めたラデュレは人数分のそれを配り終えるとあたらしい出会いとよろこびにふくふくと笑みを深めた。
「みなさん喜んでくださいました。それに……ほら、みんな見て!」
お裾分けのために詰め込んださいわいの代わりに受け取った、皆々の想いのかたち。なくなる先からまた満ちるしあわせの数々を覗き込み、子うさぎたちは笑い合う。
「今日という夜に。みなさまがたのさいわいを願って――ハッピーハロウィン!」
紅茶の代わりに昼と夜のあわいのいろを傾けて。
ああ、願わくばこの夜が、さいわいが続きますようにと祈りながら、少女はあまいゆめに揺蕩うようにそっと目を細めた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴 成功