シナリオ

散る、降る、束ねる

#√汎神解剖機関 #ノベル #ハロウィン2025 #季景

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 一日のうちに二度。日が地平に出入りする頃にこそ、金木犀はひときわ深く香る。科学的な裏付けについて斯波・紫遠(くゆる・h03007)が詳しいわけではないけれど、少なくとも今朝の寝覚めを促してくれたのは、明け方の白い日差しを浴びて放たれ始めた甘い花の香だった。
「(さむ……)」
 独り言に零したはずの言葉も、口元まで覆い隠した布団に吸われてまともな音にはならないまま。霞む視界を時折黒く閉ざすまばたきの間隔は意志に反してずいぶん長い。ほんの一度、またたいただけのつもりの間に数分と時が流れていても、たぶん気付けない。
 どうしてこんなに寒いのかと言えば当然、|一般人には立ち入れない《防犯の都合を考えなくて良い》立地にかまけて、遅咲きの金木犀の香りを楽しむのも一興と、庭先に続く障子戸をごく薄く開きっぱなしにしているせいだ。間違いなく紫遠がやった。誰のせいにもしようがない。だって昨夜はほんの僅かに空気もぬるいぐらいで、秋風の爽やかさを部屋に取り込む心地良さったらなかったのに。一晩のうちにこれなんだから、秋ってやつは油断ならない。
 枕元のスマートフォンを手探って布団の中へ引き込めば、時刻は金木犀の香りが示してくれる通り日の出の頃。うすらと白く夜を明かしてゆく朝焼けが庭先の寒椿を照らし出す姿なんてさぞや風情があるだろうが、生憎このあたたかな空間から抜け出す気力が欠片もなかった。
 もぞもぞと脚で毛布を手繰り寄せて体に巻き付ける。朝一から依頼人との打ち合わせがあるから、早いうちに事務所の方に控えていなくちゃならない。分かってる。だからアラームだって|いつもの《ルーティン》に比べて少し早く設定してる。分かってるとも。
 起きる時間には早くて、二度寝するには時間が足りない。未明の空を楽しんでみるには眠たさが過ぎ、かと言って心置きなく意識を手放すことも出来ず、せめて隙間風だけでも閉ざそうと布団から出るには寒すぎる――寝起きの悪さにぐずぐずしていれば、そう時間が経った体感もないと言うのに無情にもアラームが鳴り響いた。
 どうしよう、と思った。どうせ誰にも見られてないしな、と魔が差した。画面をスワイプしてアラームを黙らせる。いざ起きなきゃって思えば起きれる方だし。目を閉じながら、布団の外に出ても良いかって思える程度まで体を温めるだけ。あと五分。ほんとうに、たった、あと五分だけ。
 ――紫遠の瞼が落ちた瞬間、止めたはずのアラームが再びけたたましく声を上げた。これまでの設定音量の倍近く、劈くほどの轟音だ。思わず紫遠が耳を塞ぐと、これまた大ボリュームの澄んだ女声がスマートフォンから『おはようございます』を告げた。
「あ、アリスさん」
『私の手を煩わせるとは良いご身分ですね。まずはキッチンへどうぞ。珈琲の一杯でもお飲みになるとよろしいかと』
「ううう」
 哀しい。アシスタントAI『Iris』の居場所であるタブレットは仕事部屋で充電しているのに。ネットワークに繋がった電化製品はおおよそすべてが彼女の耳であり、目であり、手足であるので、紫遠が怠けようとするとこう言うことになる。
 ぺたぺたと情けなく裸足で踏む、夜気に冷えた床の冷たさと来たら。どうにかこうにかキッチンへ辿り着いて、買い置きのドリップバッグをセットする。豆に湯を落とせば広がる珈琲の香気がまとわりつく金木犀の甘さと混じり合い、酩酊するような風合いを成した。
 眠い目を擦りながら、マグを片手に来た道を戻る。寒さに意を決して開いた障子戸の向こう、庭先で光を集めた金木犀の彩りは、家のあるじを待ちかねたように身を震わせた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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