Let's decorate !
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ハッピーハロウィン! ──よりもやや早く。
ハロウィンよりも時計の針を少しばかり逆回転させて。
誰が音頭をとったのやら、いつものお店『Gimel』に集まった一同。客を迎え入れる前のがらんとした店内に楽しそうな声が木霊する。
「ようし、皆揃ってるな」
店長、|渡瀬《わたせ》・|香月《かづき》が店内を見渡せば、頼もしい従業員の面々はそれに応えるように。
「いない人は言ってくださいね!」
「……イリス様、それは難しいのでは」
元気よくイリス・レーゲングランツが返せば、シンギュラリティ・|災禍《さいか》は静かに指摘を入れる。
「災禍くん、もっと大きな声で指摘していいよー」
その光景を見てやんわりとツッコミをいれるのは|青柳《あおやぎ》・サホ。
Gimelのホール担当3人のやりとりを前に、香月は思わず破顔する。
「こらこら、漫才のために集まってもらったわけじゃないんだけどな」
「ふふ、漫才ではなくハロウィンの準備ですよね、店長」
「大丈夫ですよ。せんせいも張り切ってますから!」
|神代《かみしろ》・|静香《しずか》が流れを汲めば、任せてくださいと言わんばかりに|鳴瀬《なるせ》・|月《るな》も声を上げて。その足元ではコーギーの護霊こと、せんせいがくるくると走り回ってご機嫌な様子。まさに準備は万端といった感じのGimelのキッチン担当2人+1匹。
「ああ、元々何かをしようとは思っていたんだけれども」
静香の回答に肯定しつつ、一同に近くまで集まるように声をかけると、その中心に据えられたのは大きな紙袋。コウモリ、南瓜、黒猫、骸骨などなどの飾りがぎっしりと。まるで飛び出さんかのようにぎゅうぎゅうに詰まっている。
「こんなにたくさんの飾りを買ってきてくれたやる気あるヤツがいてな」
そんな言葉をかける先、ちらりと見やれば他もそれにつられるように同じ方向を向いて。
「だって香月さん、折角のハロウィンですよ。お店をハロウィンらしく飾り付けたいじゃないですか!」
その先に立っているサホは二本指を立ててウインクで返す。それから、その袋を並べたテーブルの上にひっくり返すと、賑やかな飾りの山が出来上がり、そして歓声。
「わー、サホさんナイスアイディア!」
「感謝いたします、サホ様」
一同の感謝に対してへへ、と照れくさそうに笑うサホ。
「重かっただろ。買い出しありがとなー」
香月も労いの言葉をかけると、「ハイ」という返事と共に渡されたのはやけに長いレシート。主に100均で買い揃えてきたらしい飾りの対価は、数がある分それなりの数字になっていた。
「……マジ?」
「マジです」
特別手当含め、精算は後程ということで……。
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何はともあれ、香月の号令と共に始まったハロウィンの飾りつけ。
まずはどの飾りを使うか、飾りの山を崩すところから作業は始まる。
「どの飾りにしようかな……」
「これは……悩みます!」
山から出てきたおばけや魔女のオーナメント、あるいはコウモリや蜘蛛の巣のシール。一体全体何から手を付けて、どう飾るべきか。その選択肢の多さに目移りしてしまう月とイリス。
「うーん、せんせいはどれがいい?」
すると、問われたせんせいは答える代わりにテーブルへと飛び乗り、シールを咥えて満足そうに月へと見せびらかす。
「そのシールが気に入ったんですか?」
どれどれ、どんなシールだろうと屈んで確認しようとすれば、せんせいはその低くなった頭に飛び乗って一層上機嫌に。知能犯的犯行にあたふたする月と、その光景に笑いを抑えきれずにくすくすと笑うイリス。
「もー、せんせい?」
「せんせい、すごくはしゃいでますねっ」
元気すぎて困りますと苦笑しながら、まずはその導きに従うようにせんせいが選んだシールを窓に貼り始める月。
清掃が行き届いたGimelの店内に蜘蛛の巣がかかるはずもないけれど……ハロウィンの日ばかりは蜘蛛の巣だらけに!
「よーし、それじゃあ窓は月さんとせんせいに任せて、私は壁を飾り付けるね!」
高らかに宣言すると、いくつかのオーナメントを抱えて壁に向かい合うイリス。
「イリス様、台をお持ちしました」
その隣にすっと、台を持った災禍が現れる。壁に吊るす性質上、オーナメントを飾るにはある程度の高さが必要だと控えてくれていた様子。
「わっ、ありがとう災禍さん。助かるよー」
それじゃあさっそく抑えてもらっていいかな、と踏み台に載って高いところから飾り付けていくイリスと、その台を抑える災禍。
「高所の位置調整は私が担当しますので」
「ホント? じゃあ一旦私が飾ってみるから、遠くから見てどうか確認してほしいかな」
おばけのオーナメントを1個吊るして、そこから間隔をあけて魔女のオーナメント。間にコウモリのシールを貼ってみたり、黒猫のシルエットライトなんかも付けてみたりして。
「どうかな? 一旦確認してくれる?」
「わかりました」
一旦台を降りて、抑えてくれていた災禍は距離をとって全体のバランス感を確かめに行く。
「イリス様」
「うんうん」
「おばけとコウモリの間隔が、魔女とコウモリの間隔よりも2cmほど狭いかと」
「災禍さん結構細かいねっ!?」
賑やかに飾り付けが進んでいく光景を横目に、キッチンに立つ香月の手には本物の南瓜と、いつもの仕事道具──良く研がれたナイフ。
「じゃあ俺はレジ横に並べるランタンでも作ろうかな」
南瓜をくり抜いて本格的なランタンを作れば、きっと訪れたお客さんが喜んでくれるだろうと。
「まあ、本物ですか?」
カウンターの向こう、目を丸くする静香の手には、何やら骸骨の模型。
「ああ。こういうのは本物の方が雰囲気が出るからな」
「そういうことであれば、私も本物の骸骨を準備するべきでした」
いや、骸骨は偽物で正解。
「その組み立てているのはどこに飾るんだい?」
「テーブルの上にでも。他の人達は可愛らしい飾りつけをしてるみたいなので、私は少し驚かす方向にしようかな、と」
そう言って組み立てた模型を指でちょんとつついた途端、骸骨は急にカタカタと笑うように動き出す。何も知らずに触れたお客さんはきっとびっくりしてくれるだろう。
「へぇ、器用なもんだ」
これは俺も負けてられないな、と香月が意気込めば、近くで作業をしていたイリスと災禍が模型を見て近寄ってきた。
「動いてる! これって妖術とかじゃないんですよね?」
「成程、脅かすための仕掛けですか……」
興味深そうにのぞき込む二人に気を良くしたのか、静香は謙遜しながらも構想を語り始める。
「√ウォーゾーン仕込みってところかしらね。作ろうと思えば私みたいに爆発する南瓜なんかも作れるわ」
「爆発」
「私みたいに」
パワーワードに一瞬気圧される二人だったものの、静香にその気がないことが分かれば愉快なジョークだと笑って。
「静香様。この仕掛けに最も適した位置を提案させてください」
「そうそう! 災禍さんってすごいんですよ。見ただけでピッタリな場所がわかっちゃうんです!」
へー、すごいなという香月の言葉を待つ間もなく、早速組み立てた模型の飾りつけということで各テーブルへと向かう災禍と静香。
その姿を目で追いながら、香月は感心したように呟いて。
「災禍、張り切ってるなー」
「そうなんです! 高いところの飾りつけとかも積極的にしてくれて」
本当に助かりっぱなしです、とイリスは首が取れそうなぐらいの勢いでその言葉を肯定する。
黙々と作業に徹する『仕事人』と化した災禍の姿に心強さを感じれば、店長として負けていられない。
いざ、とナイフを握りなおせば、迷いなく南瓜の底面を切り落とす。次に切り落とした面から種や中の身をくり抜く。
「さすがのナイフ捌きですねっ」
「はは、きちんと手入れしているおかげかな」
手元を覗き込むイリスから感嘆が漏れれば、謙遜するように笑って。それから、ある程度中の身をくり抜いたところで、マジックペンで南瓜の顔、いわばナイフで切り抜く部分を描きこんでいく。
「光源はどうするんですか?」
「LEDのライトがあるから、それを使う予定ー」
話ながらもその手は決して止まらず。
刺して、動かして、切り抜いて。
刺して、動かして、切り抜いて。
刺して、動かして、力を込めて切り抜いて──
力強く、流れるような手際が続くことどれぐらいだろうか。気づけば、南瓜はランタンの形となって、鎮座するように目の前に現れた。腕に残る心地の良い疲労と、中々の達成感。割と愛嬌のある表情に仕上がったそれは、見ていると思わず自賛の言葉が漏れ出してしまいそうで。レジ横に飾ってみると、おや良いカンジ。
「中々雰囲気出て、いい感じじゃない?」
「はい。早速灯りを調整しましょう」
急に背後から聞こえる声。振り向けばそこには災禍。
ややのけぞるように後退したものの、ナイフはしっかりと握っていたので落とすことはなく。
「お任せください。室内の他のライトとバランスを見て、配置場所も調整可能です」
意識の外からかけられた言葉に内心かなり驚いたものの、災禍の表情からするに、いや、彼の在り方するにそこに悪意はなく。おそらく自分が熱中しすぎていたのだろうと苦笑すれば、香月はランタンを両手で持ち上げ、そして災禍に渡す。
「おう、じゃあ頼むわ」
「はい。必ずや最善を尽くします」
使命感にあふれるその言動は、普段の仕事通りとも言え。ただ、今日の立ち回りを見ている限り、いつにも増して気合が入っているようにも思える。うすうす感じていたけれど──楽しいのかもしれない。普段『強い感情』に留意しているせいか、感情を抑えがちな彼がこの店のことで楽しんでくれているのだとしたら、それは、とても嬉しい。
「せんせい、もう少し……もう少しだけ上に伸びませんか……?」
そんなことを考えていると、今度は近くではなくやや遠く、どこからか弱弱しい声。
声のした方を見れば、窓の飾りを任された月が奮闘している様子が目に入る。
その頭上に載ったせんせいにお手製のガーランドの端を咥えさせて、目いっぱい背伸びをする1人と1匹。
「窓の上の方に貼りた……あう、届かないかも」
つま先立ちの分、月の身体が左に右にとふらふら揺れれば、おのずとせんせいも左右に揺れて。思わずその口からガーランドが離れる。装飾である黒いコウモリが、滑空するようにひらりと。
「おっと、位置はここかな」
しかしコウモリは落ちることはなく、駆け寄った香月の手に無事着地すると再び天高く舞い戻る。
「はっ! 香月店長、ありがとうございます!」
「はは、高いところは俺や災禍に任せてくれていいよ」
折角のハロウィンを前に怪我でもしたら大変。ここは任せて、他のところを手伝ってきてよと香月。
「はい! ……うーん、背、高いのいいなぁ」
元気の良い返事の反面、身長を羨む気持ちを抑えつつ。
気を取り直して早速──と振り向いた先、月の目に飛び込んで来たのは店の中の黒板。
普段、Gimelオススメのメニューが書かれているそれが、何やらハロウィン仕様へと変貌を見せている。『HappyHalloween』の文字を、ジャックオーランタンをはじめとして黒猫やコウモリに蜘蛛の巣が取り囲むような構図。ハロウィンイベントにはこれ以上ない、まさに目印となるような存在とも言える。
そして、その黒板の前で黙々と作業をしているのはサホ。少し離れてはまた描きこんで、少し離れてはまた描きこんでの繰り返し。職人のようなその工程の中で、今回のデザインの構想が描かれているのか、時折手元の紙を見ながら細部を整えていく。
わあ、と感嘆して黒板まで近寄れば、同じようにイリスや静香も集まっていて。
「サホさんが絵を描くところを見るの、初めてかも!」
「わわ、びっくりした」
そんなイリスの声に驚いたように振り向くサホ。その顔にはチョークの粉がついたままで、作業への熱中度合をうかがわせる。
「サホさんは絵が上手なのね」
「キュートですよね、サホさんのイラスト!」
声を合わせるようにその出来に感心する静香と月。
「へへ、ありがと。ハロウィン要素をフレームのようにしたいなって思ってて」
作品の前で、屈託のないピースサイン。
「お客さんが入る直前に微修正するとして、我ながら上手く描けたかな」
満足そうに、手を組んで上に。大きく伸びをしてから、大きく息を吐く。それから、スマホを取り出すとまた黒板を向いて写真の撮影。次のイベントに備えてね、とちゃんと次回の仕事に資料を残せるようにして。
「私は絵心が無いから素直に尊敬しちゃうわ……」
「わたしも、なんか絵、下手なんですよね……尊敬しちゃう」
それに対してなんだかすごく下の方から畏敬の念を抱く二人。足元ではせんせいが月を慰めるようにぴったりと身を寄せている。
「またまたー。そんなこと言われるとかえってどんな絵か見たくなるんだけど」
まだ外に出す小さな黒板が別にあるから、ちょっと描いてみない?
そんなサホに対し、いざお手伝いと月がチョークを手に取れば。静かに、そして悩みながら手を動かしていく。
三角を描いて、丸を描いて。
丸を描いて、ちょんちょんと線を引いて。
結果、数分の格闘によって出来上がったのは──
「わあ、かわいい猫ちゃん!」
「……せんせいです」
気まずい沈黙。
いつの間にか、まるで二人と一匹だけが世界から取り残されたように。
「……でも、かわいさは間違いなく伝わってるから! ね!」
「そ、そうですよね! せんせいはかわいいですもんね!」
勢いに任せたフォローと、勢いに乗った自己肯定感。
ハロウィンはお祭りなんだから、好きなだけ色々描いちゃえと、残りの黒板にはいろいろな絵を描き足して。
「サホさん、せんせいのこと描いてくれます?」
「OK、じゃあ月さんには代わりに何を描いてもらおうかなー」
もふもふコーギーとくまのぬいぐるみ。
まんまるミツバチと大きなリボン
どんどんペアで描かれていく絵はスペースを埋め尽くして、さながら仮装行列のように。
「絵上手いなー」
こんなに無心で絵を描いたのはいつぶりだろう。かけられたその言葉にふと我に返れば、作品を眺めるように皆が集まっていて。
「こっちは大体飾り終わったけど、看板も完成かなっ」
「骸骨も設置できたわ」
余った飾りを両手に吊るすイリスと、手元でカタカタと骸骨を鳴らす静香からは業務の完了報告。
「月様。そちらの黒板は恐らくあちらの場所がよろしいかと」
「よし。じゃあ、それを設置したらひと段落だ」
災禍がすかさずサポートに入ると、いつの間に量産したのか両手にランタンを抱えた香月からは一休みの提案。
いざ店内を見渡せば、普段のGimelからは一転して異世界とも言えるぐらいに様変わり。気づけばコツコツ賑やかに進めてきた殆どの作業が完了している様子。
「私ってば絵しか描いてないのに、みんなすごいねー」
「本当に、流石です……!」
各々の仕事ぶりに感嘆すれば、自分たちに残された仕事を片付けるべく小さな黒板を二人でよいしょと持ち上げて。
災禍がミリメートル単位で示した場所に設置すれば──ようやく完成!! Gimelハロウィン仕様!!
誰からか、自然と拍手が沸き起これば既に山場を越えたような心境になってしまう始末。
「よし、打ち上げするか」
いや、まだ早いって。
●
「みんな、おつかれさん」
多少のドタバタはあったものの、各々の手によって普段落ち着いた店内は賑やかに彩られて。香月の淹れてくれた飲み物を手に店内を見渡せば、装飾から伝わる各々のあたたかさと共に、自らの達成感がじわじわと胸に込み上げてくる。
「本当に大変なのはまだこれからですけどね」
「きっとたくさんのお客さんが来てくれますよ」
茶化すようにサホが笑うと、カップを掴む手にぐっと力を入れたのは月。がんばりましょうね、という決意の眼差しは自然と皆に伝播して。
「お任せください。絵や工作では遅れを取りましたが──」
接客は任せて欲しいと意気込む災禍と、まだ早いと笑う面々。そんなひとときの安らぎに、話題は自然と昔話へと向いて。
「皆はハロウィンの思い出ってある?」
サホが話を切り出すと、皆それぞれの表情で腕を組み、あるいは顎に手を当てるように過去に思いを馳せる。各々の表情を見渡したのち、サホの話は続いて。
「私は育った場所が山奥過ぎて……仮装したり、町のありこちにハロウィンの飾りがあったりは経験したことがないんだ」
一口カップに口をつけてから、所謂『田舎』だったからね、と言葉を足して。ただ、それは単なる自嘲ではなく。大切な思い出を振り返るように、その視線はかぼちゃのランタンに向いて。
「ハロウィンの日にね? おばあちゃんがかぼちゃの蒸しパンを作ってくれたんだよね」
しみじみと思い返すように。あれ、美味しかったなぁと目を細めて笑う。
「とっても素敵なお話!」
その耳を動かすぐらいに感情の乗ったイリスの声。
「サホさんのおばあちゃんは、ハロウィンを知ってたんですね」
「んー、私が興味あるって知って、何かで調べてくれたのかなって」
調べた結果が蒸しパンなのはおばあちゃんらしいよね、と照れたように。それでもサホにとっては何より嬉しかった思い出。
「俺は、おばあちゃんも嬉しかったと思うな」
深く頷いてから香月が続ける。
「俺も昔、南瓜のプリンとパンケーキを初めて作ってさ。それをあげたらめっちゃ喜んでくれてさ」
自分のために作ってくれたものは嬉しいし、自分の作ったもので喜んでもらえるってのは──やっぱり嬉しいよ、と普段厨房に立つ者の、実感のこもった感想。
「私も……わかります!」
お母さんに初めて料理を作ってあげたときも喜んでもらったっけ、と思い出すようにイリス。
わかってくれるかと香月も笑えば、作ってくれる人はえらい、すごいと皆が褒め称えて。
「あと、店で売ってるみたいなやつが自分でも作れるんだ、って驚きがあって面白かったなー」
そういう積み重ねがあって今があると、香月は半生を振り返るようにしみじみとカップを傾ける。
「それで、店長は誰にあげたんですか?」
「それわたしも気になります!」
静香の追求に乗っかるようにして月。
「いや、それが……」
不思議と誰に作ったか覚えていないんだ、という答え。
「香月さん……」
「店長……」
満たされない答えを前に、瞬時にして降り注ぐ反論の数々。流石にそんな回答じゃ誤魔化せませんよ、と。
それに対して災禍が一人、香月を援護する。
「皆様、店長様がそんなわかりやすい嘘をつかれるとは思えません」
「災禍くん、絶妙にフォローになってないよ」
そんなやりとりにひと笑いが起きれば、やがて月が二人の思い出に続いて。
「わたしも、『トリックオアトリート!』って人のお家回るのやってみたかったな」
そういう習慣、なかったから……とやや顔を曇らせて嘆くと、わかるよーとサホも共感。
「でも、母がサツマイモのプリンとか人参のクッキーとか作ってくれました!」
それは共通する、家族との甘くて幸せな思い出なのかもしれない。
「私のハロウィンも、兄からお菓子を貰ったり、南瓜料理を食べたりしたくらいだったかしら」
生まれ育った場所ではお祭り騒ぎができる場所ではなかったから、と静香がぽつりと呟く。オーラム逆侵攻を機に√ウォーゾーンから渡って来た彼女にとって、目立つような飾り付けなんてかつては考えられなかった行為。
「すると、こんなイベントは今年が初めてなのか?」
「はい。だから、こうしてハロウィンの準備をしたりするのは初めてで」
香月の問いかけに肯定すると、同僚の方を向いてふわりと微笑む。今年はとても楽しいわ、と。
すると、静香に続くように災禍。
「私にも……こういった季節の行事の記憶は、ありません」
その生い立ちによる事実を告げると、一瞬、キャンドルの灯りのように場の空気はゆらめく。しかし、その表情は決して暗いものではない。「ですが」と強調するように自身の感想を紡いで。
「皆様が楽しそうに飾り付けをされている光景は、とても心地よいものだと感じます」
まっすぐな視線に、まっすぐな思いを。
「こうして“同じ空間を共有する記録”として残れば、それは十分に嬉しいことです」
一瞬の沈黙。そして、
「静香さん……災禍くん……!」
「今日はいっぱい浮かれちゃいましょ!」
「飲み物のお代わり、いるか?」
そんな二人の言葉に感極まったのか、堰を切ったように負けじと声を上げる面々。ならば、楽しい思い出をたくさん作ろうと話は徐々に盛り上がって。
「あ。私の思い出って言うと小さい頃、近所の子と一緒に化かしあいっこしてました」
「化かしあいっこ!?」
そして、種族特有とも思えるイリスの思い出話に一同のテンションは最高潮を迎える。
「妖狐の子供あるあるの遊び方なのかな?」
「可愛い!」
果たしてどんな内容なのかと問われれば、イリスは滔々とルールを解説して。
「他の生き物に変化して驚かせたりとか。誰のが一番驚いたかでもらえるお菓子が変わったりして」
私もいろいろ工夫してました、と場の盛り上がりはそのままに本人はしみじみ懐かしむ様子。
「化かしあいってめっちゃいいな!」
「か、可愛すぎる……!」
見たいわー、と笑う香月。そして想像した化かしあいの光景の可愛さに悶えるサホ。
「だから、こっちでの『仮装』というのは新鮮でした」
成程、妖狐が変幻自在ならば何かに変わるのに衣装は不要だったのかもしれない。
それぞれの文化の違いと、今皆がここに集まった奇縁に思いを馳せれば自ずと時間は過ぎて。話題は徐々に思い出話から今のハロウィンに、今のハロウィンから秋の味覚の話へと徐々に移り変わる。
「そもそも、秋の食材って美味しいものが多いよね」
ハロウィンの時期って美味しいお菓子がいっぱい出ているから……ついつい食べ過ぎちゃわない?
そうサホが問いかけると、食い気味に賛同する面々。
「食欲の秋とはよく言ったものよね」
「食欲の秋ですもんね」
同じことしか言っていないけれど、それだけでわかり合ったかのように静香と月は互いに微笑みあう。
「お芋も、栗も、カボチャも、美味しいですし」
「しかも、この時期はスイーツが充実してて、誘惑ばっかりですよねーっ」
「秋の食材ってメイン料理もスイーツもいけるってものが多いからホント楽しいし美味いよなー」
うんうんとイリスもその輪に加われば、肯定するように香月が続けて。そんな美味しいものを色々と食べたくなる季節だからこそ、食欲の秋。
しかし、問いかけた本人は複雑そうな顔をしている。
「お菓子もご飯も美味しくて……困らない?」
困らないけれど困るよね、とサホ。
「た、食べた分の運動もがんばります!」
明日から、と弱々しく付け足すイリス。
「でも秋は運動もしやすい気温だし、多少食べ過ぎてもその分身体を動かせば問題無いしね?」
やや早口に思える静香。
何とは言わないけれど、『天高く馬肥ゆる秋』という言葉があるならば、何かを気をつけなければならない季節だと。
ただ、無理な食事制限は当然はNG。
「コホン。お客さん、沢山来るからなー」
きっと忙しくなるから、しっかり食べておいてくれよ。
そう言って香月が指し示したのは、テーブルに置いてあるフライヤー。イベントを告知するソレは、ほとんどを配り終えていて。配った分だけ来てくれるなら既に相当数の来客が見込まれる状況。みんなで考えたハロウィンメニューや、ハロウィン限定弁当は、果たしてどれくらい出るのやら。
「そうそう、『Gimel』のハロウィン限定のお弁当も美味しそうにできたよね!」
「ええ。全部のおかずが美味しそうで」
我に返ったように声を上げるサホと、調理工程を思い出して頷く月。
「南瓜グラタン食べたいなー。災禍くんは?」
困る困らないの話題辺りからきょとん、とした顔で聞いていた災禍にイリスが問いかける。
「……カレーでしょうか」
しばし考えた後にゆっくりと上がった指先が示すのはフライヤーに描かれたイラスト。
『満月オムライス闇夜のブラックカレー添え』
辛いものが好みで、と主な理由を告げた後にかつての味を思い出すように目をつむって。
「皆様のお作りになる料理は、味の変化が分かりやすく、大変興味深いです」
その言葉に顔を綻ばせるキッチン担当達。
「甘味も塩味も強く感じられるので、刺激の種類を覚えるのに適していると思います」
「え? わたし調味料入れ過ぎました!?」
それはかつての食事と比較しての話だったと思うけれど、言葉通りに受け取った月の誤解を招いて。多分そういうことじゃないと思うぞ、と香月が笑ってフォローを入れると、いっそ爆発するほど辛くしない? と静香が危険な提案に繋げる。
「爆発する辛さってどんな感じなんだろう……」
「Gimel激辛チャレンジメニュー?」
まだ見ぬメニューに思いを巡らせれば、美味くないものは出さないと豪語する香月に一同から笑いが漏れて。
果たして一番人気はどれか。コレはみんな絶対好きだよね、などと。飾り付けの終わった店内でワイワイと話し込むのは、秘密基地での作戦会議のようでワクワクしてしまう。
いいな、ハロウィン。
「何より、季節のイベントを皆で楽しめるのがいいよね」
仮装も楽しみだな、とサホがこぼせば、お次の話題は皆の衣装の話に。
話し込んでいるうちに、ハロウィンはもう目の前で──
●
「あっという間に終わっちゃったー!?」
「はいはいお疲れさん」
片付けまでがハロウィンだぞー、と遠足のような例えで嘆くサホに指示を出していく香月。
店内は祭りの後。飾りはまだそのままに。準備をしていた時とほぼ変わりはないはずだけれども、そこに居た人々の余韻が「がらん」という効果音を鳴らしているかのよう。
「名残惜しいけれど……皆、お疲れ様ー」
「お疲れ様でした。今日は大盛況でしたね」
静香の言う通り、営業時間中はキッチンもホールも大忙し。ハロウィンイベントは大成功といったところ。
「ホントホント! お客さんいっぱいきてくださって、大盛況でしたねっ」
「えへへ、忙しくててんてこ舞いでしたけど……いろんな仮装の人も見られたし、お菓子もいっぱい!」
興奮冷めやらぬといった様子のイリスと、ぽわぽわと満足した様子の月。
「色んな仮装した人がたくさん来てくれて、見てるだけでもめちゃくちゃ楽しかったー!」
仮装した店員と仮装したお客さんが入り混じった一日は、まるでパーティのようで。
そう、Gimelの店員もバッチリ仮装をしていたならば、100%ハロウィンを楽しんだご様子。
ナースとマジシャンと怪盗が一同に会して話を弾ませているのは、一見して奇妙な光景。その向こうでクマ耳を付けたゴシックロリータドレスが黙々と飾りを片付け始めているならば、まだこの店内は異世界を保っているようにも思えて。
ただ、並んだランタンの灯りがひとつずつ消されていく様は、少しずつ今日という一日が終わりに向かっているのを感じさせる。
「メニューも喜んでもらえてて、考えた甲斐がありました!」
「いっぱいお客さんが来てくれてよかったね」
お弁当も喜んでもらえたし。食べてくれたお客さんの顔を思い返せばみんなでにっこり。
「な! 皆で考えたハロウィンメニューも好評で嬉しかったわ」
「ハロウィンが毎月あってもいいのに」
そうなったらもうちょっとお料理を早くできるようにならないと。そんな反省をしている月を労わるようにせんせいが頭をこすりつける。
「毎月はさすがに少し疲れちゃうかも……」
「まあまあ、明日からはまたいつも通りですから」
それはそれで、忙しかったり楽しかったりするけれど。片付けが終わるまでは、もう少しこの余韻に浸ってたいとイリス。
「店長様、サホ様」
そこに、クマ耳を揺らしながら近づいてきた災禍。その手には、箱にしまわれたオーナメント。紐が絡まないようにしっかりと整頓されているところが災禍らしい。
「こちらは、来年も使用可能でしょうか?」
ふと、来年かという言葉が漏れる。果たして、来年の今頃はどうなっているのやら。検品を兼ねてオーナメントを一つ手に取れば、何やらやけにキラキラして見えるように思えて。
「本日、皆様が笑顔で過ごされている様子を見られたこと……それが、私にとっての“ハロウィンの記録”になりました」
すると直立不動のまま、災禍から伝えらえる今日一日の感想。
ひとつ夢が叶ったと言うその表情はいつものままだけれど、どこかその声色はあたたかく。
「来年も、もし同じように過ごせるのなら……嬉しいです」
「災禍くん……」
だったらもう、答えは全部OKに決まっている。
「バッチリ使えるよ。さ、一緒に仕舞っていこう!」
「いいね。次は何やろうかなー」
即答するサホ。そして機会があるといいなと言う香月の表情は楽し気で、すでに何かを思いついているようにも。
「来年もよろしくって、いいですね」
ぽわんと月が笑えば、せんせいも鳴いて。
「私も、とても充実した一日でした」
こんな風に過ごせる日が来るなんて思っていなかったからと、静香も凄く楽しそうで嬉しそうにうなずく。
「よーし、じゃあ次の楽しい記録のために、まずは片付けよっ」
イリスの掛け声に一同は応と声を合わせるのだった。
●
素敵な思い出が増えていますようにと願いながら、ひとつひとつ飾りをしまっていく。
来年もまたよろしくね、と。
来年がどうなるかは、正直誰にもわからない。
きっと大丈夫。
今日のことは、それぞれがどこにいても思い出すことのできる宝物だから。
かくして、今年のハロウィンはこれでおしまい。
あ、言い忘れてた。
せーの、ハッピーハロウィン!
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