『聞き分けのない子だね』
探せばそのあたりに落ちている。
それは煙草の吸い殻だとか雨に濡れたレジ袋だとか吐き出したガムだとか、潰れかけの人間だとか。そのあたりに、おちている。歩む足取り軽々と、監視の眼はこんな掃き溜めにゃぁ、ありゃしない。あちらへふらふらこちらへふらふら、さながら煙のように。國崎・|氷海風《ヒソカ》は流されていた。風に、ヒトに、世の流れなんかにも。
そうして見つけたものに価値を見出すのが、彼の『仕事』のひとつだったから。
視えた白髪、忘れもしない。互いに勘付いた。あるいは向こうのほうが先だったろう。視線が合う、黒い強膜の眼が此方を見ている。みている。
「やぁヒソカ」
挨拶は気楽なものだった。正面から互いに歩み寄って。彼らが|√能力者《EDEN》と簒奪者という、完全に袂を分かつ存在だとは思えぬほどの出会いだ。
「久しぶりだね、ご飯でもどうだい?」
微笑む顔だってそうだ、本当に――久しぶりなのも事実で、一緒に食事をしたいのも同様。國崎静寂にとって、彼を誘うのは当然のことだった。
「哥哥が、奢ってくれるならねェ?」
「勿論だとも、何処が良い?」
あそことか? ――ヒソカが差す先は、高級中華料理店。はは、と笑い声を挙げながらも快諾するほどに、静寂はヒソカのことを気に入っていた。
食事は楽しく、そして歓談も弾むものだった。高級とあって流石、評価通りの味と痺れが味蕾を刺激する。美味たるそれを、食卓を囲む相手がいることは喜ばしいことだった。
ただひとつ――互いに。
相手は相容れない、『兄弟喧嘩』をした仲だ。ヒソカは内心警戒している。またあのような喧嘩になってはかなわない。実力、関係、場所、すべてにおいて。今は穏やかに過ごすべきだ。
「ヒソカと食べると美味しいね」
それを理解して。それでも兄弟として。彼らは食事をする。
「哥哥と食べるのは嫌いじゃないよォ、それより、そっちもひとくち頂戴?」
「仕方ないね、あーんしてくれたら考えてあげよう」
「はぁい、あーん?」
差し出したレンゲの上に乗ったエビチリ。ぱくりと口にして、美味しいね、と笑う静寂。じゃあこっちも、と口を開けたヒソカの口に差し出されるフカヒレ。距離が近いのは兄弟だからか、彼らの間にそれ以上の信頼があるからか……。
ともあれ楽しい時間はあっという間に過ぎていく。平らげてしまえば、少しの歓談を挟んで、店外へと向かうことになる。
――路地裏にて。先を行く静寂を眺めていたヒソカの足が止まった。
「ヒソカは共に来てくれないのかい?」
それに気づいていながら、先へ数歩進む静寂。
「哥哥が、俺を選んでくれたらねェ」
目を細めるも、それが彼に見えていないことは知っている。ヒソカの残念そうな声色に、静寂もまた似たような声で返す。
「それは、難しいと言っただろう?」
聞き分けのない子だね。そう困ったように笑い。
責めているわけではない、愛おしい子が駄々をこねているとでも思っていそうな声だった。
「知ってるよォ? だから今日もお別れだねぇ?」
自分は我儘だから。……そんな風に、自分自身にも、静寂にも言い訳をするかのような猫撫で声で――。
「愛おしいヒソカ、キミがわかってくれる日を願っているよ」
そんな未来は来ない。笑う彼に返答することはない。
致命的なまでに愛があり、そして致命に至るほどの毒と棘を持つふたりである。楽しい時間を過ごせるのは、互いに距離を保っているから。近づけばどうなるか、自分たちでも理解している。
ヒソカとて。
「(俺だって哥哥と一緒にまた、居たい)」
あんなに楽しい日々はなかった。二度とないと、思いたくはない。それでも彼が簒奪者でいることを選ぶのなら……自分は、拒絶しなければならない。
「(……けれど、俺の美学に反するんだよねぇ)」
だからそちらにはいけないのだと。深い溝の間に渡された梯子、それを渡るわけにはいかないのだ、と。
「またね」
その言葉が果たされる日は、くるのだろうか。来たとして、いつになるだろう。ふたり、夜の路地で。逆方向へと歩き出す。踏みしめる地の音も違えば、片や静けさの中へ、片や賑やかさの中へと、その姿を消していった。
――お気に入りは今日もどこか素っ気なかった。当たり前のことだというのに、つい、笑んでいた頬が、す、と無表情へと戻る。
失敗だったか。
何がといえば、今日よりももっと以前に遡る。『あれ』を『追いやって』しまったこと。我が子可愛さにと親が言うかのような、それとはまた少し違う意図で突き落とした|もうひとり《・・・・・》
煙管から煙が上がる。赤黒いそれが静寂の体を覆う。足りない。食事なんかでは、ちっとも、足りない。欠落は埋まらず、空腹は増すばかり、求める心も永遠――。
伏せられた目の奥、浮かぶ未来はけして明るいものではないが。
……それでも、自分は、彼に手を伸ばさずにはいられないのだ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功