アダムの肋骨、イヴの心臓
|環状機構《システム・メビウス》起動。『矯正』を開始します。
――失ったはずの骨が軋む気がして、唇を噛む。打ち付けられた胸が痛むが、それを気にしている暇はない。
囀る『ハーモニウム』、『アルテスタ』の砲身から撃ち出す蒸気弾が上空で炸裂し、√能力者へと降り注ぐ。ダメージはまあまあか、だがまだ足りない。
アルテスタの偽物の心臓を、炉をさらに加熱し、『正義の味方』どもにぶつけてやる。過熱蒸気の中を突っ切ってまで現れる彼らは、本気で俺を殺す気でいる。何度でも甦り、何度でも戦い、そして目的を果たそうとする相手に容赦はいらないのだろう。何度でも潰せばいいんだ、虫みたいに。
「ねぇ、君たちはどうして『進化』を拒むんだ? 現代に縋り付くのは何故?」
甘いリブートの音、打ち出した『針』は確かに腕に突き刺さったはずだが、彼はそれを引き抜きもせずに弾丸を撃ち返してくる。
過去を重んじて、現代を守り、未来に繋げようとする彼らと俺は、たいして変わらないはずだ。同じ√能力者。ただそれが、簒奪者として己のためにインビジブルを喰らうか否か、それだけの。
「それでも! 止めなきゃいけないんだ! |俺たち《・・・》の未来のために!」
――ふうん。
「俺の未来のことは、どうでもいいってわけだね」
細めた目、その理由、きっと彼らは察せていない。
廻るメビウスの輪、風車のおもちゃ。贋作の絵画。『アルテスタ』が求めたものは随分ヒトらしい。でもどれもガラクタばかり、トランクに溢れてく。
ガラクタ漁りは慎重に。ゴミ山の中で王冠を探すように、取り出した発煙弾を叩きつけて周囲に煙を充満させ、姿を隠す。
それを強烈な風で流し去ってくる彼ら。まったく無粋だ。距離は取れたけど。
「……しぶといな……!」
「こっちのセリフだね。――|Watching you《見てあげる》」
――分体のアルテスタと融合する。何が何でも、少しでも、この先の未来を奪い取る。あの世界を、【スチーム・プログレス】と呼ばれた俺の未来を。我が国、『ヘイズフォージ』が正しい未来を歩めるよう……ここで……!
それでも、何度でも。殺し尽くしてくるのが彼らだ。鋭い刃が肉を断つ。機械化された片腕を盾にしながら、電磁剣を振るう。『ハーモニウム』が蒸気弾を吐き出し、一箇所へと引き寄せた標的へと弾丸が撃ち込まれ。それでも沈黙することはない。
タフにもほどがある――自嘲したその瞬間に、懐へと踏み込まれた。
「っ……ハァッ、ぐ、っ……!」
肋骨を抜けた刃が心臓を掠めた。相手の腹を蹴り距離を取る、どうにか回復するが一時凌ぎだ。あと一回。あと一回だけ、死ねる。一人くらい……持っていってやる。
踏み込んできた傷だらけの「それ」を掴んで。過熱蒸気を、己諸共巻き込んで噴出する。『アルテスタ』のビープ音が響いている……けれど。止まるわけには、いかなくて。
――肋骨の檻の中、寂しく鳴く心臓が、肺腑の下で無意味に脈打ち潰えてく。
持っていってやったぞ。切り取った右半身、失血死は免れないだろう。ざまあみろ、ざまあみろ……。
「は……あは、あはは……!」
笑い声は高らかに、きっと呆れた目をする者もいる、冷淡に俺を見る者もいる、それでいい。
俺は。『アルテスタ』の視線が向けられていれば、それでよかった。
それでも、どうしようもなく、下らないものだけが、俺の手の中で静かに息をしている。
ねえ|アダムの肋骨《アルテスタ》、|イヴの心臓《心のありか》よ。
人間は少しでも、賢い子供になったかなぁ。
もし人間に、『心のありか』が無いのなら。
いつか、のために、置き場所を作っとくよ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功