灯りがともる教室で
「ハッピーハロウィンです、皆さん!」
皆の集まった教室に、マルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)の声が響く。今日は待ちに待ったイベント当日、見慣れたこの部屋ばかりではなく、集まったメンバーもまた、いつもとは違う装いになっていた。カボチャにコウモリ、浮かれたオバケ、飾り付けと仮装に、忘れてはいけない甘い|お菓子《Treat》。
「お菓子、持ってきましたか?」
もちろん、という返事が揃ったところで、一行は順番にくじを引いていく。誰が当たるかはお楽しみ、ペアを作ったら、早速お菓子を交換してみよう!
●
最初にできたペアは魔女っ娘とお姫様。三角帽子のマルルとドレス姿の寺山・夏(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h03127)だ。
「夏くん先輩、プリンお好きですか?」
「そうやって訊くということは――」
「はい! 私が持ってきたのは、自作の南瓜プリンです!」
掌にちょこんと乗った小さな瓶から、ほんのりとカラメルの甘い香りを感じる。夏の表情は、一見動いていないように見えるけれど。
「可愛らしくて、食べ易いサイズで嬉しいです」
「……ふふ、なら良かったです!」
安心したように微笑むマルルに対して、お返しにと彼が差し出したのは、飴色に輝くさつまいも。その上にはふわりと白い生クリームが乗せられている。
「わぁ! 大学芋に、クリームですか?」
「甘さが足りなければスティックシュガーで足して下さい」
マルルにとっては初めての組み合わせ、驚いた様子で瞳を輝かせた彼女は、早速一口、確かめるようにそれを味わう。やわらかなクリームの感触の先にあるカリッとした飴のコーティング、対照的な甘さに頷いて。
「……うん! 幸せの甘さが溢れてきます!」
気に入った様子でもう一口。そしてスプーンで南瓜プリンをつつき始めた夏の方を見て、マルルは「あ」と声を上げた
「水筒に紅茶入れてきたので、夏くん先輩もどうですか?」
「ああ、では頂きます」
注がれた紅茶とプリンを前に、夏は行儀良くそれらを食べ始める。こちらも大学芋の続きをいただこうとしたところで、マルルはふと手を止めた。
「……あれ、夏くん先輩。今何か、聞こえませんでした?」
いいえ、という答えを聞いて小首を傾げる。なにか、か細い声が聞こえたような気がしたのだが。もう一度耳をすませてはみるけれど、聞こえるのはパーティで賑わう皆の声ばかり。
「気のせいでしょうか……いえ、やっぱり、なにか……!
だがよくよく聞いてみると、喧騒の裏でかすかにおどろおどろしい音色が聞こえるような。そういえば、先程の質問に対しても、プリンを食べていた夏からすぐに返答なんて来るはずなくて――。
「ひっ! な、夏くんせんぱぁい!」
思わずその腕に縋りつくと、低い誰かの声は徐々に大きく、怨嗟を込めたような「トリック」の呪文が繰り返し聞こえ始める……!
動転したマルルが助けを求めるように夏の方を向くと。
「……まあ、イタズラですよ」
「え?」
そこには夏の代わりにスマホの画面が。ディスプレイをよく見れば、なんかおどろおどろしい声の音声ファイルが再生状態になっている。
「も、もー! もーが! もーで! もー!!!」
我慢ならないとばかりに、マルルは掴んだ腕を振り回し始める。それをされるがままにした夏は、罪悪感からか、笑みを堪えるためか、無言でそちらから顔を背けた。
その頬が赤く見えたのは、多分マルルの気のせいだっただろう。
●
一方こちらは青色の吟遊詩人と赤い頭巾の狼少女、シャル・ウェスター・ペタ・スカイ(|不正義《アンジャスティス》・h00192)とリリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの|屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)もまた、ペアになってお菓子交換に臨んでいた。
「ボクのお菓子はペロペロキャンディでーす」
「わたしの作ってきたのはこっちのグミよ」
交わしたそれらはもちろんハロウィンらしい出来栄えになっている。キャンディはオレンジや白のアイシングでデコレーションされており、グミの形もかわいらしい南瓜のそれだ。鮮やかなオレンジ色をしたグミには、さらに追加である仕掛けが為されており――。
「実はね、この中に1個だけとても酸っぱいレモン味のグミがあるの」
「え、それ最初に言っちゃってよかったの?」
「黙ってた方がよかったかしら?」
ドキドキしながら選んでねってことかな? などと笑いながら、シャルはしげしげとグミの入った袋を眺める。見た目では全く区別がつかないのだが。
「シャルさんには是非引き当てて欲しいところね」
「こういう運はあるので、期待しててよー」
指先に任せて選んだグミを口に運べば、舌を刺激するのは濃いレモンの風味。
「酸っぱ! ホラ、当たった!」
さすがね、と笑うリリンドラの様子に気をよくして、満面の笑みを浮かべたシャルはもうひとつグミを摘まむ。一番酸っぱいものを食べ終えた後の口に、オレンジの甘味が広がる……?
「んん??」
「驚いた? 味も南瓜にしておいたの」
「なるほど、何の味かと思ったよ。変わってるねー」
油断したところに刺さってタイミングもよかった、ナイストリート。イタズラ好きのシャルとしても高評価だったらしい。
「オレンジ味にしといた方が良いかと思ったけど、試食したらそこまで悪くなかったから――」
イタズラが成功したのはやっぱり嬉しいもの、笑顔でそんな言葉を交わしながら、リリンドラもまたシャルから受け取ったキャンディを口に運ぶ。趣向を凝らした見た目も楽しめたし、彼の料理の腕を考えれば味の方も期待できるというもの。
一方のシャルもどこか期待を込めた目をしているようだが、それに気付いているのかいないのか、リンドラは口を開いて、ガリッと歯を突き立てた。
「あっ」
華やかな色取りのキャンディを割り取ると、そのままバリバリと咀嚼する。味はとても気に入ったのか、満足げな笑みを浮かべているのだが、対照的にシャルは若干苦笑いに似た表情になっていた。
「あのね、それクッキーなんだけど……」
「えっ」
そう、それはシャルが工夫を凝らした一品。大きく渦巻き型にクッキーを焼いて棒につけ、デコレーションすることでキャンディに見えるように加工したものだ。食感の差に驚いてくれる……はずだったのだが、運悪くというべきか、リリンドラはキャンディを噛み砕いて食べるタイプである。
「確かに、キャンディにしてはサクサクしていたかも……」
「うん、残りは楽しんで食べてみてね?」
そんな言葉に、少々慌てた様子でリリンドラが残りのキャンディを口にする。そうしてそちらに気を取られたところで――。
パーン! と軽やかな音色が響いた。落ち込んだふりをしていたシャルが、ひそかに手にしていたクラッカーを鳴らしたのだ。
「どう? ビックリした?」
にこにこと笑って問うと、リリンドラは驚いた表情で身を縮こまらせていた。
なるほど、こういう突発的な音には弱いタイプ。
「こっちには本当のキャンディが入っているんだ。イタズラのお詫びにこれもあげちゃう!」
イタズラに勝ち負けはないけれど……まあ、あえて言うなら一勝一敗。笑顔で行うそんな応酬も、きっとハロウィンならではのものだった。
●
くじ引きの結果、最後にペアになったのはキョンシー娘と狼尻尾の赤頭巾、門音・寿々子(シニゾコナイ・h02587)と九竜・響(はじめから・h06647)だった。
「響さんの金平糖、可愛いですね」
「ピカピカ光ってる金平糖を売っているお店屋さんもあったけど、今日は普通のお店屋さんのを買って来たっす」
響から寿々子に渡されたのは、色とりどりの金平糖の詰め合わせ。この季節に売っているだけあって、入れ物がカボチャに似た形に作られている。パーティに渡すとなると、よりピカピカした方に心惹かれるものかもしれないが。
「はろうぃんは、ちょっと暗い方が良いんだって」
「そうなんですか」
よく知ってますね、という寿々子の言葉に少しはにかみながら、響もまた寿々子の用意したお菓子を覗き込む。
「寿々子せんぱいのお菓子は、クッキー?」
「ええ、月並みかもしれませんが……」
コウモリの形をしたのがココア味で、ジャック・オー・ランタンの形をしたのがカボチャ味。お約束と言えばその通りだが、ハズレのない鉄板のお菓子と言っても良いだろう。
「色々な形があって、ちょっぴり楽しいっす。お腹いっぱいにならない様にちょっとずつもらうっすよー」
「はい、楽しんでくださいね」
そうして笑みを交わすと、響の尻尾が愉快気に揺れる。そんな和やかな空気に引かれてきたのか、二人の周りにはふわふわと浮かぶおばけが集まってきていた。
視えて話せる二人にとっては特に驚くこともない。白いシーツを被ったようないつもの子達に加えて、影絵みたいな姿で漂うドラゴンに、狐に妖精、はっきりと姿が見えるのはこの中の誰かの『友達』だろうか。ヒソヒソと言葉を交わす彼等は、何かの計画を立てているようで。
「楽しそうだけど……」
それってすぐにバレちゃわない? そんな響の心配通り、幽霊達の悪だくみに気付いて、寿々子がそれを窘める。
「皆さんにイタズラしちゃダメですよ」
微笑む彼女の周りから、なーんだ気付かれたか、とおばけ達が散っていった。
「イタズラって難しいっす……」
「そうかもしれませんねぇ」
響の呟きに寿々子が頷く。改めてイタズラする側として考えると、うまい考えはそうそう浮かんでこないもの。どうせハロウィンなのだから、何かしてみたいけれど、うーん、と頭を悩ませた寿々子は、結局良い案が思いつかなかったようで。
「こうなったら……えい!」
「うに?」
くすぐってやろう! そんな実力行使に出た。
「んっ、あふふっ、くすぐったいーっすよー」
やられてばかりではいられない、響もそれに反撃に出て、寿々子をくすぐりにかかる。
笑い合い、声を上げてくすぐりあって、そんな賑やかな空気の中、笑いすぎた寿々子が躓いた。
「きゃっ!?」
「わわっ、寿々子せんぱい、大丈夫?」
仮装のための慣れない靴のせいか、しりもちをついた寿々子に、響が慌てて駆け寄る。
「んと、いたいのいたいの、とんでけー」
「ふふ、驚かせてすみません。大丈夫ですよ」
「二人とも、びっくりしちゃったっすねー」
イタズラとは、やはり難しいものらしい。そんな平和な結論のせいか、集まったおばけ達もにこやかな顔をしているように感じられた。
●
ひとしきり交換会を終えたところで、ここからはみんなでお菓子を持ち寄ってのパーティである。
せっかく美味しいお菓子を用意したのだから、シェアしないともったいない。教室の机を集めた即席の大テーブルにクロスを敷いて、六人分のお菓子を並べればパーティーの名に相応しい華やかさ。
「こんなにあると目移りしてしまいますね」
「南瓜プリンいかがですか、可愛く美味しくできた自信作ですよ!」
マルルの勧めるそれを受け取り、寿々子は早速「いただきます」と口にする。やわらかな橙色のそれは、つるりと滑らかな食感と甘味で舌を楽しませてくれ、思わず顔に笑みが浮かんだ。
キャンディー風のクッキーに、ちょっと危ないイタズラ入りのグミ、色とりどりのそれらを、響は物珍し気に眺める。色鮮やかな様子はもちろん、各々のメンバーの服装にも当てはまるように思えて。
「色々なお洋服にお菓子、なんだか不思議な気分っすよー」
「でもまさか、狼赤ずきんで被るなんてね」
モチーフ被りはよくあることだが、まさかここまで。リリンドラがおかしそうに笑う。
「でも、皆さん可愛くてとても素敵です」
頷いた寿々子もまた、改めて皆の仮装を見回す。ハロウィンらしいといえばその通り、みんな揃って絵本から現れたような、素朴というか和やかな――あれ、その点キョンシーはどうだろうか。
自分の仮装が若干異彩を放っているような気がしてきて、寿々子はわずかに頬を赤らめた。
「寿々子さんもお似合いですよ!」
「わ、私はちょっと恥ずかしいです……」
そしてまた隣に視線を移せば、夏もまたみんなの揃えたお菓子をじっくりと吟味している。食べるのは好きだけれど、あまり量が食べれない身としては、どれを手に取るかは重要な選択……なのかもしれない?
「夏くん先輩はどれ食べます?」
「そうだなぁ……」
じっくりと悩んでから、お菓子を受け取る。わいわいと賑やかな雰囲気の中、ゆっくりとそれを味わいながら、夏はひそかに淡く微笑んだ。
宴も酣、弾む会話の中で楽し気に笑うシャルの姿を横目に、マルルはそっと声を落とす。頃合いですね、なんて策士のような言葉を囁いて。
「夏くん先輩、電気お願いします」
「まかせて」
こそこそと目立たぬよう裏に消えるマルルを見送って、静かに頷いた夏もまた教室の入口へと移動する。そして気取られないようにこっそりと、壁のスイッチへと手を伸ばした。
「うにー? 電気、消えちゃった……」
「停電かな?」
急に教室の明かりが落ちて、響とシャルが周囲を見回す。すぐに目が慣れてくる――その前に、ゆっくりと音を立て、教室の扉が開かれた。
現れたのは小さな火の明かり、微かに揺れるそれは蝋燭の炎だ。教室に入ってきたマルルの手には大きなズコットケーキが抱えられており、その上には「21」の形をした蝋燭が乗っていた。
「シャル先輩、ハッピーバースデーです!」
いつの間にやらシャルを囲むようにしていた一同から、一斉にお祝いの声が上がる。みんなの中心に居るシャルは、突然のことに目を丸くしていたが、本番はここから。
「シャルさん、お誕生日おめでと! 一曲歌うわね!!」「ハッピーバースデーです、シャル先輩」「ハッピーバースデー、です」
リリンドラが戦闘時の勢いでバースデーソングを歌い上げると、召喚された小型の白竜や風狐がわいわいと囃し立て、さらに寿々子と夏、そしてリリンドラは先程のお返しとばかりに立て続けにクラッカーを鳴らす。
怒涛の畳みかけに、シャルはどことなく声を震わせて。
「誕生日? ケーキまで準備してくれたの……?」
どうやらサプライズは無事成功したようで、誇らしく胸を張りたいような気持ちでマルルが応じる。
「ふふ、どうですか、いつもびっくりさせられているので、今日は仕返しで――」
「う、嬉しいよぉ……」
すると最後まで聞く前に、感極まったようにシャルは涙を流し始めた。
「え、シャル先輩?」
「あ、その、泣かせるつもりじゃ……」
え、これどうしたらいい? マルルと寿々子が慌て始めたところで、シャルがぺろっと舌を出す。
「どうだ、涙はビックリしただろう! ふはは!」
「え? 噓泣き、ですか…? も、もー! シャル先輩!!!」
どうやらしてやられたらしい。おろおろとしていたマルルがそう声を上げて、寿々子が安心したように微笑む。そんな一行を振り回すシャルの様子に、流石に手慣れているなぁと感心していた夏は、そこで教室の窓がこつこつと叩かれるのに気付いた。外から聞こえるそれはオバケの誰かの仕業か、そんな夏の様子につられて、一行の視線が窓に向いたところで、外に大きな花火が上がった。
「うにー。火よ、光よ、おいわいの為の力、おれに貸して欲しいっすよ」
校庭に居たのは、部屋が暗くなった合間に移動していた響の姿。以前はこの、大きな音を立てて爆ぜる花火は苦手だったけれど、それもシャルのおかげで和らいだ。そのお礼の気持ちも込めて、精霊銃を空へと放つ。
打ち上げられたのは魔法の花火。腹に響く、小気味いい音とともに弾けたそれは、夜空に「お誕生日おめでとう」というメッセージを描き出した。
「わぁ、お祝いのメッセージ花火! 綺麗だねぇ」
シャルが拍手と共に喜びの声を上げて、彼等はみんなで同じ光景を見上げる。
「素敵な花火、また見れましたね!」
マルルの言葉に頷いた夏は、目に焼き付けるように、じっと夜空に視線を注いでいた。
「来年もまた、お祝いさせてくださいね! ……あ、嘘泣きはなしで!」
「あは! 嘘泣きはもうしないよ!」
サプライズは1度だからこそのインパクト。次はまた別のイタズラを準備しよう――そう。来年もまた、こんな風に集まれたなら。
六人の笑顔が重なるこの夜が、そっと温かな思い出へと変わっていく。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功