「ようこそ、薄野古雑貨店へ」
店の扉を開くと、そこには琥珀色の光が満ちた空間が広がっていた。
高い天井から下がるクラシックなシャンデリア。灯かりはろうそくを使うのだろうか。
その下に立つ穏やかな雰囲気の店主が出迎えてくれる。
「ようこそ、薄野古雑貨店へ」
『薄野古雑貨店』の店内は、心地よい静寂で満ちていた。
小さな窓から注ぐ柔らかな日差しや、使い込まれた家具のぬくもりが感じられる。
ふと店の奥を見ると、レトロな雰囲気の螺旋階段があった。その傍らには店主のための机があり、レジが置いてある。レジの横には読みかけの本と古風なカードの展示があった。
店主の机の背後には、分厚い本や高価そうな品物が収められている大きな棚。そのそれぞれに、丁寧な説明書きが添えられている。
他にも、店内には様々な商品が並んでいるようだ。
「どうぞ、気になったものがあれば手に取ってみて」
そう言う店主が抱えているのは、大きな木箱だ。一体何が入っているのだろうか。言いたいことが伝わったのだろう。彼は一度木箱を置き、中に入っていたリースを取り出して見せてくれた。
「まだ値札は付けていないんだけどね」
それは緑の濃淡が美しいリースだった。幾重にも葉が重なる繊細な作りをしている。
つい先ほど届いたもので、今から展示の準備をするということだ。
彼が作業に戻るのを合図に、再び店内を見回す。
奥の大きな棚の中身、壁に飾られた絵画、そして店内の棚に並ぶいくつもの小物たち。
柔らかな光の下、そこに並ぶ小さな世界へと引き寄せられた。
まず目に入ってきたのは、足元に無造作に置かれた大きな木箱だ。
のぞき込むと、丸められて紐で縛られた紙束がぎっしりと詰まっている。羊皮紙のようにも見えるが、さて。木箱に貼られたメモには、大量入荷につきそのまま展示中との文字。さらに『重要書類かどうかは不明。確かに古いもの』と、正直な一文も添えられている。なるほど、この中から自分だけの掘り出しものを見つけてみるのも良いかもしれない。
そういえば、店内には他にも床に置かれた木箱が目立つ。
そのひとつに、枝飾りが投げ入れられているようだ。季節ごとの商品だろうか。素材の良さを活かした控えめな装飾が、古びた木箱となんとも言えない調和を見せている。その色合いに惹かれて辺りを見回すと、この店には緑が豊富であることにも気づいた。
窓際から差し込む柔らかな陽だまりの中に、大小さまざまな観葉植物が飾られているのだ。
手ごろな小さい鉢植えもあり、添えられた紹介カードには丁寧に説明が記されていた。
アンティークの家具の中で、植物の緑がやさしく溶け込んでいる。
いくつか気になった鉢を手に取りながら店内を歩いた。
次に目に入ってきたのは使い込まれた木製の机だ。
ここでは、それらの机が陳列棚としての役割を果たしている。その上に並べられているのは、天然石を連ねた繊細なアクセサリーだ。
綺麗にカットされた宝石ではなく、内包物を含んだ石の表情が特徴的で、茶色の机に良く映えていた。
商品には小さなカードが添えられており、丁寧な説明と作家名が記載されている。
個人の作家による手作りの品ということだろう。
それぞれの作品への思い入れが伝わってきて温かな気持ちになれる。
机の上には小さな引き出しも置かれていた。
「引き出しの中も、どうぞご自由に」
どうやら、自由に見てもいいようだ。
店主の声に後押しされて、木枠を引いてみる。
その中は格子状に仕切られており、指輪やブローチのような小ぶりな品が収められていた。
これはまた、と、目を見張る。
小さなアクセサリーたちは、控えめだが日常にそっと添えられる愛らしさがあった。机の上の展示品とはまた違った趣だ。
これらにもきちんと紹介カードが添えられている。
試しに一枚、手に取ってみた。
『旅人の守り石を指にどうぞ。小さなラピスラズリが、あなたに幸運をもたらしますように』
作家からの真摯なメッセージを読んでから見る指輪は、自分だけの特別な一粒に思えてくる。
さて、一通りアクセサリーを吟味してから、次に目を向けたのは窓の近くの机だ。
そこには、小さな茶器たちが整然と並んでいた。
深い茶色の机の上で、その乳白色はふわりと浮かんで見える。陶器の柔らかな肌が、窓からの陽光を受けて、アンティーク調の店内に清涼感を与えているようだ。
紹介カードには『茶葉はほどほどに。お湯を注ぐたびに変化する香りと甘みを感じてください。一煎目は濃厚な香りを、二煎目はまろやかな甘みを。作法は気にせず、まずは楽しんで』とある。
何度もお湯を注ぎ、味の変化を楽しむためのものだろうか。
時間をぜいたくに使うためのヒントのようにも感じた。
毎日のティータイムが楽しくなりそうだとも。
小さな茶器に癒された後、一歩引いてもう一度店内を見回してみた。
高い天井に続く壁面には、額縁に入った絵画が並んでいる。緑豊かな風景画やセピア色の抽象画など、どれも個性豊かな表現で描かれており、飴色の空間に深みを与えていると感じた。
そして店の最奥には、店主の机の背後を守るように、大きな木製の棚が立っている。
最初に店に入ってきたときにもチラリと見たが、あらためてその中をじっと見てみた。
そこには、数百年を生き抜いてきたような古書が並んでいた。木箱に放り込まれていた巻物と比べると、いかにも荘厳な雰囲気を醸し出している。掠れた革の質感や丁寧な装丁から、貴重なものだろうと推測できた。背表紙に踊る金文字は、ここからは解読はできない。それは貴重な学術書なのか、それとも古の魔導書か。
書物の隙間には、用途の知れない天球儀や怪しく光るガラスの小瓶などが置かれている。
何らかの儀式に使うと言われても違和感のないそれらは、他の可愛らしい雑貨とは一線を画すオーラを放っているようだ。
これらはきっと、容易に手が出せない一級品だろう。
いつかは手に取って見たいものだが……。
と、そこまで考えて、ようやく長居をしてしまったことに気づく。
売り物の振り子時計が、ポーンと時間を知らせてくれた。
迷った末に、引き出しの中の小さなアクセサリーをいくつか選びレジへと運ぶ。
店主は丁寧に商品を包んでくれた。
「ありがとう。またいつでもお越しください」
その穏やかな声に送られ、外に出る。
振り返ると、店は変わらず静かにそこにあった。木製の家具の香り、優しい日差し、そして最奥に鎮座する書物たち。
素敵な店を見つけた幸運に感謝を。
次は、あの本棚にある書物についても聞いてみたい。
そんな期待を胸に、軽い足取りで歩き出した。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功