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√ブラック・ゴッド『帰郷』

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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 #√妖怪百鬼夜行
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●√
 闇色に浮かぶのは金色の瞳。
 それは白刃と共に己の左目へと突き立てられた。
 激痛。
 痛みから生まれた絶叫が響き渡るが、それはやはり闇夜の中に溶けて消えていくばかりだった。
 同時に己の中に湧き上がる衝動もまた確かなものだった。
 不可視の怪物。
 それは己の中にあった何かの撃鉄を起こすようなものだった。
 いや、違う。
 あれは己の血潮を炎へと変えて、錬鉄の槌を振るう音だった。

 現実味がない。
 あれが、もしも夢であったというのなら、今自分が見ている『これ』は一体なんなのか。
 現実であるというのならば否定したいと思った。
 これは夢だ。
 あれも夢だ。
 どうしようもない現実は逃げ込む先すら塗りつぶすように金色の瞳が見せる光に照らされている。

 誰かが言う。
 目を開けてはならない。
 けれど、見なければならないことでもあると言いう。
 何故ならば――。

●√
「――……ハッ……!!」
 息を吐き出す。
 自分が今まさに意識を喪っていたのだと自覚できたのは、眼の前の光景が様変わりしていたからだ。
  黄昏・剱(鋼焔の後継・h09087)は、衝撃的な出来事に我を忘れていた。
 何が起こったのか。
『先程起こった出来事を、つぶさに説明せよ』
 受験勉強の名残か、そんな文言が頭の中に浮かぶ。

「そうだ、僕は……」
 学校の帰り道、炎髪の如き髪をした金色の瞳をしたセーラー服の少女と出会った。
 白刃が脳裏に浮かぶ。
 思わず左目を抑えた。
 だが、痛みはない。
 そればかりか、朱に染まった視界の半分すら感じられない。見える。色彩は、そのままだ。
 だが、その両の目で剱は周囲を見回す。
 何か、おかしい。
 確かに街中の歩道である。先程まで己がいた場所と寸分たがわぬように思える。
 けれど、なにか、違和感しか感じられないのだ。
 まるで、此処は自分の居場所じゃあないというかのようでもあり、また同時に妙にしっくり来ているとさえ思えてならなかった。

「死んだはずじゃ……」
 見上げる空には星は変わらず瞬いている。
 変わらない。
 なのに、どうしてこんな奇妙な感覚を己が覚えているのか剱には説明する言葉を持ち得なかったのだ。
「いや、それよりも……帰らなきゃ」
 そう、自分の変える場所など一つしかない。
 いつまた、あのセーラー服の少女に襲われるやもわからない。せめて、人通りの多い場所にでれば、と思ったが、彼女の恐るべき殺意と喜色満面なる笑顔を思い出す。
「夢じゃ……ない。あれは、あったことなんだ、現実に……!」
 そして、同時に思い出す。
 自分の腕。
 切断されたはずだ。
 あの痛みが嘘なわけがない。だが、剱の腕は喪われていない。

 掌を握って開いて。
「ある……動いてる。なのに……」
 違和感ばかりが募っていく。
 とにかく、人のいる場所に行きたい。恐怖と不安とが剱を駆り立てるようにして膨れ上がっていくのだ。
 誰かに話したい。 
 誰だって良い。自分の話を聞いてほしい。それで少しでも、このざわめく心が落ち着くのならば、すがりたいとさえ思っていたのだ。

「はぁっ、はぁっ……!」
 息を切らして走る。
 灯り。
 誰かいる!
 剱は走った。だが、理解した。自分の住んでいた街は、こんなにも建物が少なかっただろうか、と。
 いつの間にか風景が様変わりしている。
 先程までは市街地めいた光景が広がっていた。なのに、今はどうだ。
「なんだ、どうして……っ! どうなっているんだ!? なんで、畦道が続いてる……!? 僕の知っている街じゃあない。いや、そもそも、ここは街なんかじゃあない……! こんな、田舎めいた風景なんて、僕は知らない……!」
 そう、剱の瞳には異なる風景が広がっていた。
 まるで田舎の農村。
 誰もが思い描くような、田畑だけが広がるような自然と共生している風景。
 今どき、農業が盛んな土地柄であっても見ることができない程に、古めかしい農村の光景が暗がりに広がっているではないか。
 よく見れば、街灯の一つすら立っていないではないか。

「こんな、こんな……一体、僕は、『どこ』に迷い込んでしまったんだ……!?」
 剱は周囲を見回す。
 誰もいない。
 なのに、ざわざわと風の気配だけが彼を取り囲む。
 そして、その風は徐々に広がっていく。気配が増えていく。視線を感じる。見回しても、広がるのは闇ばかりで剱は見通すことができなかった。
 体が震える。
 何か、恐ろしいことが起こっているのではないか。
「まさか、あいつの……!」
 思い浮かぶのは、金色の瞳の少女。
 日本刀の白刃。
 背筋が凍る。
 恐れが込み上げてきて、叫びだしたくなる。

「やあやあ、これはこれは人間じゃあないか」
「どうした、こんな場所に。もしや、ひょっとすると迷い込んできてしまったのか?」
「ひゃひゃひゃひゃ……!」
 複数の声が聞こえる。
 己を見ている。
 闇の奥から、自分を見ているのだと剱は理解した。
 何か、よくない気配だ。
 その何かが闇の中から現れる。
「……化け物……!」
 そう表現するしかないほどの異形。
 けむくじゃらであったり、顔が複数あったり、奇妙な姿をしていたりと多種多様であるが、まるで剱の気配に引き寄せられたように次々と闇の中から姿を表すのだ。
 周囲を見回す。
 ぐるりと剱を中心にして、異形の化け物たちは闇の中から現れ続けている。
 一体、どれだけいるのかもわからない。

「まさか、こいつらも、さっきのやつと同じ様な……!」
 燃え上がるのは怒りだった。
 己を傷つけられた怒りではない。
 それは己の日常を傷つけられた怒りであった。そう、剱は、今まさにはっきりと思い出していた。
 素行は悪く見えても思いやりのある男友達も、そんな男友達とひっそりと恋仲になっていた女生徒も、それだけではない。
 歯抜けのように欠けたクラスメイトたちの顔も。
 全部思い出していた。
 あれは『忘れようとする力』によって、無理矢理忘れてしまっていただけなのだ。
 不幸にも、剱は思い出してしまっていた。
 彼が今迄感じていた違和感は、『忘れようとする力』によって引き起こされていたのだ。それが彼の生まれと素養とによって打ち消されてしまっていた。

 不確かな力。
 その存在を今一度、剱は掴み取る。
「あいつと同じことをしようっていうのなら……ッ! 戦う!」
「戦う? 我らと?」
「人間の子が……? んっ、んん?」
「こ、これは……この匂いは、まさか……!」
 異形たちが目に見えて動揺するのを剱は見ただろう。何が原因なのかはわからない。わからないが、今が好機であることは言うまでもない。
 ここで逃げ出すことを選んだのならば、剱の運命もまた異なる方角へと進む事になっただろう。
 だが、剱は立ち向かうことを選んでいた。
 奪われるだけなんて許せないからだ。

 あの白刃を思い出す。
 退けば奪われるだけだ。
 臆せば殺されるだけだ。
 何をしなくても死ぬだけだ。
「なら、立ち向かって生きてやる……ッ!」 
 それが剱がした決意であった。
 例え、相手が化け物だとしても、剱には確信があった。
「僕は、生きるッ!!」
 瞳に輝くのは不可視の怪物の孤影。
 自然と、その不可視の怪物からエネルギーを引き出すやり方を剱は知っていた。呼吸をするように剱は引き出されたエネルギーでもって己が身を鋼で覆っていく。
 うねるようにして四肢を覆っていく鋼。

「お、おおおっ! これは、まさか、まさか!」
 巨大な腕と脚。
 沈む大地がひび割れ、剱が変じるのは|鋼焔の鬼神《アーキタイプ》。
 戦う。
 その決然たる意志を発露せんと剱は踏み出した。けれど、意思の向かうべき場所にいる怪物たちの敵意は、彼の戦意とは裏腹に霧散霧消してしまっていた。
「そんな、こんなことが! よもや、再び相まみえることができようとは……!」
「頭領……ああ、頭領の御姿……!」 
 異形の化け物達は、一様に膝をつき、頭を垂れているではないか。
 一体何があったというのか。
 剱は困惑するしかなかった。

「頭領! 頭領に瓜二つじゃ……!」
「な、なんだ……? と、とうりょう? 一体何を言っているんだ?」
「となれば、この坊主は……あいや、お方は!」
「ああ、間違いない! 頭領の一粒種!」
「まさか、お館様の御子息!!」
 その言葉と共に異形の怪物たちは、剱を中心にひれ伏し続けるのだ。
 剱からすれば、一体全体何が起こったのかもわからない。
 けれど、明確な敵意が消えたのだ。敵意のない相手を殴ることなんて、彼にはデキなかった。

「さ、さっきから話が見えない……というか、今更だけど、ここは何処なんだ?」
 田舎には間違いないようである。
 だが、こんな田舎まで剱は徒歩でやってきた覚えがない。ただ、己は走っていただけだ。なのに、こんな場所まで来るなんて、おかしなことだからだ。
「此処は√妖怪百鬼夜行。坊っちゃんは、ご存知ないのも無理なからぬこと。むかしむかし、妖怪の生まれしこと……」
 ずい、と歩み出した一人の異形は語る。
 1つ目であり、片腕がない。
 そして何より、その額にはまるで……鬼様な一本角が生えているのだ。

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、君たちは……!」
「左様、わしらは妖怪でございます。そして、坊っちゃん、あなた様は、我らの戴く頭領の御子息」
「は、話が急展開すぎる! 頭領? 御子息? 僕は、僕には両親はいない……!」
「そうでございましょう。ですが、どんな生物も親なくば生まれはしますまい。それは生物である限り変わらぬ事実」
 1つ目の小鬼は頷く。
 確かにそうかもしれないけれど、と剱は頷くしかなかった。
 だが、話が突飛過ぎる。
 自分はこれまで養護施設で育ってきたのだ。
 恐らく捨て子、ということで。なのに、まさか、眼の前の異形達は自分の出自、ルーツというものを知っているのだ。

「坊っちゃん、あなた様は知らねばなりません。あなた様自身の出自を。あなた様の身に流れる血脈の意味を」
「それは、一体……」
「あなた様のお父上は、荒ぶる魂。時には神として、時には鬼として、人と妖怪に畏れられる存在でありました」
 荒唐無稽。
 まさしく、それに尽きる。
 いきなりの言葉に剱は言葉に詰まってしまう。
 だが、一つ目の小鬼は、構わず続ける。
「我らが住まう地球は、|√《ルート》と呼ばれる複数の異次元……異なる歴史を辿った地球の重なり合いでできているのでございます。しかし、常人は√の存在を知覚することができません。しかし、重なり合っている以上、誰でも偶然に異世界に迷い込んでしまう可能性があるのです」
 くらくらする。
 いくつもの事実が剱を襲う。
 けれど、理解もできた。
 それならば、と説明がつくことが多すぎた。

 あの燃えるような炎髪の少女。
 手にした日本刀。
 あれもまた、おそらくこの眼の前の異形……妖怪たちと同じように重なり合った√のいくつかの中に存在している者だったのだろう。
 だからこそ、彼女たちを知覚できたとしても、その事実に耐えられず、『忘れようとする力』の働きによって忘れ去ってしまうのだ。
「ですが、あなた様もそうであるように、すでに『欠落』があるのならば……不幸にも異世界を幻視できる異端の存在……つまりは、√能力者へと覚醒し、無意識のうちに、故郷であるこの√妖怪百鬼夜行に世界移動を行ってしまったのでしょう」
「世界移動?」
「左様。√能力者は、異世界を幻視することができます」
「それは、世界が重なっているから、なのか?」
「慧眼でございますな。そのとおりでございます。そして、あなた様は最早、死ぬことができませぬ。仮に死んだとしても……時間をかけて少しずつ元の状態に蘇生……おや、すでに一度経験なされているご様子」

 その言葉に剱は青ざめていた。
 まさか、という思いがあった。そう、確かに自分は一度死んだはずだ。片腕を切り落とされ、左目を貫かれた。
 仮に生きていたとしても、大量の失血によって死は免れなかっただろう。
 なのに、今自分がこうして生きているのは、死後蘇生した、という事実に他ならない。
「本当に……?」
「ええ、それは間違いありませぬ。あなた様は、√能力者に現れる三つの変化をすでに身を持って知っておいでだ」
「三つ……?」
「今、その御姿でございます。いやはや、まことに久しい……」
 一つ目の小鬼の目から涙が落ちた。
 
 見やれば、周囲に取り囲んでいた妖怪たちの目からは大なり小なり、キラリと光る涙粒が見えた。
 滂沱の涙を流す者さえいた。
 なんとも居心地が悪い。
「……で、僕が√能力者、というものだということはわかったよ。けど、僕の父親、というのは……」
「今は、ご対面できませぬ。お父上……頭領は、古妖として封印されております」
「古妖?」
「嘗て、妖怪とは衝動のままに悪徳と殺戮の限りを尽くし、生きる為に必要ないにも関わらず、諧謔の為に多くの血肉を喰らって参りました」
 なんだそれは、と剱は思った。
 だが、自分を襲った存在も妖怪だったというのならば、その言葉の通りだった。
 あの少女は衝動のままに刃を振るっていた。
 己たちを殺す必要もないのに、殺していた。
 まるで自らの欲望のままに、だ。
 その言葉と彼女が重なって見えてならなかったのだ。

「しかしながら、妖怪はその性質から互いに騙し殺し喰らいあっておりました。それはすなわち、数を増やすことができない、ということ。結果として、緩やかな滅亡に瀕しておりました」
 だが、そうはならなかった。
 他の√で言うところの大正時代。
 何処かの√から人間たちが迷い込んできたのだ。
 人間は妖怪にとっては、ただの美味い餌でしかなかった。
 だが、同時に彼らとは比べるまでもなく短い寿命を生き急ぐ彼らの儚さに美しさを見出すようになっていったのだ。
「お父上も例外ではございません。元より神なる信奉を受けていたお方。零落すれど、その側面が消えたわけではないのです。そして、一人の人間のおなごと結ばれ……」
「それって……!」
「ええ、坊っちゃん。あなた様がお生まれになった。しかし……」
 一つ目の鬼は、言い淀んだ。
 だが、意を決したように事実を告げる。

「ただの人間が古妖であるお父上と交わることは、想像を絶する負担となったのでしょう。あなた様がお生まれになって、奥方は……」
 言うまでもない。
 そう、剱の母は己を産み落として、落命したのだ。
 その事実に剱は、頭が揺れる。けれど、それ以上に、だ。
 自分は人間ではない、という事実に打ちのめされるよりも早く、自分には力がある、ということへの裏付けが行われてしまったのだ。
 そう、自分を襲った少女。
 彼女のような存在は、一人だけではないのだ。
 不幸なのは、自分だけでいい。
 なら、と剱は拳を握りしめた。

「そうか……でも、僕には戦う力が有るんだ。なら……」
 そう、戦える。
 力があるなら、戦わなければ。もう二度と、あんな事件の被害者がでないように防がなければならない。
 それは義憤の心であったことだろう。
 自らのことではなく、他者ののことで走り出せる人にのみ宿るもの。
 その心が剱を戦いに駆り立てていた。

 だが、その心とは裏腹に一つ目の小鬼と共に剱を囲んでいた妖怪たちが一斉に立ち上がった。
「ばぁか言っちゃいけねぇ! そんな成りで何ができるってんでい!」
「そうだそうだ! その程度の力で、何ができる!」
「確かに坊っちゃんは正しい。正しいが、それは言葉だけの正しさじゃ! 力なき正義など、悪にも劣るものであるぞ!」
 一斉に剱は妖怪たちに言葉で責め立てられる。
「なんで! 僕には力がある……! さっきだって……!」
 彼らは自分に平服しただろう。
 何より、あの少女だって自分は退けることができたのだ。

 あれが√能力者の言うところの戦う力だというのならば、これは万能の力だ。なんだってできる。敵を倒すことも、誰かを助けることだって思いのままのはずだ。 
「だから、できる!」
「いいや、できませぬ。これだけは断言できましょう」
「やってみなくちゃあ……!」
 わからないだろう、と剱の瞳に不可視の怪物が揺らめく。
 引き出されたエネルギーと共に彼の体を覆う外骨格のごとき鋼の拳が握りしめられる。

 嘆息が満ちた。
 それは周囲の妖怪たちのものだった。
「こうも向こう見ず、とは。これでは、かの『金山毘売神』に遠からず……」
「致し方あるまい。この御方は我らが戴くべき御方。むざむざ、無為なる死に向かわれる必要はない」
「ごちゃごちゃと……! ぶっ飛ばしてやる!」
「やれやれ……此処は一つ、冷静になっていただこう」
 膨れ上がる重圧。
 剱は、知っただろう。いや、何故、理解できていなかったのだろうと改めて思う。

 眼の前の妖怪たちは、己を尊重してくれていたのだ。
 だからこそ、感じ取ることができなかったのだ。彼らに敵意はなかった。だが、力尽くでも、というのならば、と妖怪たちは外骨格纏う剱を前にして、その本来の力を解き放つ。
 顎に衝撃が走る。
 それは一つ目の小鬼……隻腕たる彼の一撃であった。
 顎先を掠めるようにして放たれた一撃。
 それは容易く剱の意識を刈り取るのだ。視界が暗転する。ぐらり、と揺れる外骨格は、力を喪ったように剱の内側へと吸い込まれるようにして吸収され、残されたのは剱が仰向けに倒れる姿だけだった――。

●√
 剱は思い知らされた。
 自分の未熟さ、というものを、だ。
 今まさに剱は、妖怪たちに力の未熟さを迷い込んだ里で叩き直されていた。
 此処は、√妖怪百鬼夜行――、というらしい。ここは重なり合った地球の一つでしかなく、自分が生きていた√もまた別の名前がついているのだという事を知った。
 不幸にも自分は、その√を知覚できてしまう才能があったらしい。
 才能、と言ってもそれは『欠落』と呼ばれるものなのだという。埋めがたきもの。それを得たからこそ、他の√のことを忘れることができないのだ。

 それは良いことではないか、と思うのだ。
 なぜなら、√能力者は、不可視の怪物……生物が死した後変貌する『インビジブル』からエネルギーを引き出し、万能の力、√能力を行使することができるようになるのだ。
 この力があれば……。
「あだっ!?」
「ほっほっほ、坊。脇が甘いですぞ」
「く……!」
 妖怪の一人である天狗が、今まさに剱に鍛錬を付けてくれている。
 確かに√能力は万能の力だ。
 けれど、その能力には出力差というものがあるらしい。さらに言えば、√能力者の強さにも関連がある。
 成長限界。
 それは成長の天井と言えば良いのか。これらが√能力者ごとに決まっているのだという。
 そして、その成長限界が高く、通常のインビジブルではない邪悪なインビジブルからもエネルギーを引き出し、膨大なエネルギー出力を持つ√能力者のことを『簒奪者』と呼ぶのだ。

 恐らく、己を襲った少女は『簒奪者』だ。
 今も稽古を付けてくれている妖怪に剱は敵わない。だが、あの少女は、彼ら以上の力を持っていたように思えてならない。
 自分が彼女を撃退できたのではない。
 彼女が自分を殺したのだ。その事実に剱は漸く理解が追いついていた。
 つまり、自分は彼女に勝てていない。
「だっ!?」
 身が弾き飛ばされて、地面に背中を打ち据える。
 息が詰まるような思いをしながら剱は、身を起こす。
 眼の前に降り立った天狗は、嘆息していた。

「身が入っておりませぬな。考え事をしながら、とは」
「いや……うん、ごめん。その、ここに来る前の事を考えていて……」
「ほう。気がかりなことがお有りか?」
「……僕を一度殺した『簒奪者』……炎みたいな髪の色をした金の目で日本刀を持った女の子、だったんだけれど……」
「……! それは!」
「知ってるの?」
「……それなるは、おそらくは『|金山毘売神《かなやまひめのかみ》』でありましょう。なるほど、坊にも」
「僕、『にも』? どういうこと」
「あ、いや! これは失言でありましたな。さあ、稽古の続きと参りましょう」
「なんで! 教えてよ!」
「今は、教えられません。なぜなら、坊の修行に差し障りがあるからでございます」

 つまりは、それを知れば、自分が修行を放り出してしまうということだ。
「修行が終わったら……?」
「いずれ、知ることもできましょう。世には、知ることで存在を認識して縁を繋ぐものでございます。そして、坊が求める縁は、遠からず結ばれましょう。であれば」
「焦る必要がないって言いたいの?」
「左様でございます。であれば!」
 そこからの修行は苛烈なるものであった。
 まるで剱に余計な事を考えさせないようにするようでもあった。
 正直な話、辛い。
 キツい。
 やめたい。
 何度もそう思った。
 けれど、弱音は吐けない。誰にも、だ。なぜなら、自分は一人だ。
 それにあんな想いはもう二度としたくない。

 剱は修行に打ち込む。
 かつて父の配下だったという妖怪たちから、その技術や力の引き出し方を学ぶのだ。
 その一つに鍛冶があった。
 一つ目の小鬼。
 彼に教わることは、多かったように思える。
「ほう、妙な夢、と」
「うん。たまに見るんだ。変な夢を。けど、今ならわかるな……僕のお父さん……? というやつが、鍛冶の神様として崇められてたってこともあったんでしょう?」
「左様でございます。お父上は、わたくしめなど遠く及ばぬ領域にあられました」
「……一つ目。僕はなんだか理解できるんだ。君がやっていることも、どんな風にやりたいのかも。けれど、手が追いつかないんだ」
「眼高手低、まさしくでありますな」
「がんこうしゅてい?」
「批評は上手だが、実際に行えば下手である、ということであります。ですが、それは行動せぬ者にとってはただの嘲りでありましょう。しかし、行動する者にとっては、比類無き光るものがある、ということでございます」
 どういうことだ、と一つ目の小鬼に剱は尋ねる。
「見る目がある、ということは教わろう、学ぼうという意欲がある、ということ。そして、正しく眼の前の事象を捉えることができるということでございます。技術が拙いことなど、始めたてであれば当然でありましょう。であれば」
「これから、ってこと?」
「ええ」
 そうなのか、と思う。
 すごいことなのだ、と言われても実感がわかない。
 実感できることは、自分が甚だ未熟だ、ということだけだ。

 だからこそ、剱は己のこの焔や金属を操る力を練磨していくのだ。
「ですから」
 このままでもいい、と一つ目の小鬼は言う。
 言わんとしていることを剱は理解できた。戦わなくてもいい、と。このまま、安穏と過ごすことを誰が咎めるだろうか。
 けれど、剱は√能力者であると同時に衝動を持ち得るEDENなのだ。

 どんなに簒奪者『金山毘売神』が恐ろしく強いのだとしても。
「やっぱり僕は戦うよ」
 決然とした瞳がそこにはあった。
 どんなに恐ろしくても、あの日……『金山毘売神』に邂逅を果たした時、湧き上がった衝動には嘘がつけない。
 例え、凄惨な未来が待っていても。残酷な真実が隠れていても。
 それでも戦うのだ。
 一つ目の小鬼は、瞼を閉じた。

「であれば……止めますまい。いえ、止める理由も本来は私どもにはありませぬ、が、一つだけ」
「うん。わかっているよ。自分の身を護る。けど、たくさんの人も護る。一つ目。だから自分が死んじゃったら意味がないって言いたいんだろう」
「護るためには立っておらねばなりませぬ。力を示さねば、戦いを治めることすらできぬでしょう」
「だから、君たちに認められる相応しい実力をきっと身につけて見せるよ」
 そう言って拳を握る剱を一つ目の小鬼は、目を細めて見やる。
 しかし、その胸中には不安があった。

 そう、問題は、『金山毘売神』である。
 如何なる術策か、かの簒奪者は√を跨いで剱を見つけた。そして、一度は、その生命に手をかけたのだ。 
 だが、その手中に剱を収めることができなかった。
 何故、か。
 宿命というのならば、剱は本来此処にいない。
 なのに、現実に彼は、この√妖怪百鬼夜行にいる。
 それは僥倖であったが、しかし同時に彼自身の頭上に凶星が瞬くのと同じであった。もしかしたのならば、この帰郷も仕組まれたものであるのかもしれない。

 だが、これから彼に降りかかる災難が如何なるものであったとしても。
 それでも幸いあってほしいと願う。
 我が子を前にして触れることも叶わずとも、我が身を封じることを選んだ主が願ったことに報いることができれば、と願うことしかできない我が身は歯がゆい。
 しかし、何の心配もいらないのかもしれない、とも一つ目の小鬼は思ったのだ。
 主の子息。
 剱は、今も散る火花に金色の瞳を輝かせている。 
 それはきっとより善い未来を見ているはずだからだ――。
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