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猫のお宿にご案内

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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 黄昏の闇から浮かび上がるように、現れたのは真っ黒な猫。場所によっては不吉の象徴とも言われるそれは、やけにのんびりした調子で声をかけた。
「暗い顔してどうしたの。おじさんに話してごらんよ」
 夜道の縁石に腰を下ろしていた少年は、訝しげにそちらを見た後、すっと目を逸らした。
 なるほどね、と気にした様子もなく黒猫は頷いて、耳飾りが小さく揺れる。おそらく、こういう反応には慣れているのだろう。
「そういう子にちょうどいい場所があるんだけどね。坊や、お月見は好きかな?」
 黙って聞いている相手の、興味のありそうな気配を察して――否、察してなくても喋っただろうが、黒猫はそのまま話し続ける。
 曰く、月がきれいに見えるそこに、一軒の宿がある。あったかいお風呂があって、美味しい料理が出てきて、それから猫がたくさん居るのだと。
「……お母さんが、知らない人についていっちゃダメだって」
「ああ、それなら大丈夫。おじさんは――」
「知らない妖怪も」
「ははあ」
 急にはっきり言うじゃないかい、最近の子供はこれだから。ぶつくさと小さくぼやいてから、黒猫は「うーん」と頭を捻る。
「そうだねえ、だったら……『知ってる猫』ならどうだい?」
「……大丈夫かも」
 そうだろう、そうだろう。寂しそうにしている子供を連れて行ってしまう、そういう不逞の輩とは違うのだ。
 一人大きく頷いてから、黒猫は少年を先導するように歩き出した。
「おじさんは大吾。お月見亭の大吾さんだよ」

 そこからどれくらい歩いたものか、人通りの多い大通りから古めかしい街灯の照らす路地に入って、気が付けばあっという間に山の中。少しばかり開けた場所に、和風の旅館が建っていた。
 『お月見亭』という看板のかかった入り口を開けると、大吾はぴょんと靴脱ぎ場から跳び上がった。
「お客様ご案内だよ」
「はいはい、ご苦労様」
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました~」
 神経質そうな声に続いて、間延びした調子の返事がかえってくる。受付担当の三毛猫と、お出迎え担当の白猫だ。どうやら、猫がたくさん居るどころか、猫の経営する宿らしい。
「道中寒くなかった? すぐに膝掛け担当を呼んでくるからね~」
「ひざかけ担当……?」
「あいつは特別毛並みがふわふわでねえ、膝に乗せるとあったかいよ」
 大吾がそう付け加えると、受付の三毛猫が口をはさむ。
「それより、さっさとお風呂に入ってもらったらどうだい?」
「ん~? それならお背中流し担当を呼んだ方が良いのかな?」
「いやいや、ここはご飯が先じゃないかね」
 やいのやいのと話し合いを始めた玄関担当猫達を横目に、少年が大吾に問う。〇〇担当、みたいな役職名が、先程から無数に飛び交っているが。
「みんなおしごとが決まってるの?」
「じゃないとサボるからねえ」
 だってほら、猫だから。そんなこんなで纏まらない会議をしていると、奥から現れた女性が猫達を窘める。
「何をやっているの、お客様がお待ちでしょう」
 しっかりとした着物を着た人間の女性、彼女はこちらを認めると、恭しく頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。女将でございます」
 日々のご苦労は一旦置いて、今宵はどうぞごゆるりと。
 淀みなく、感じの良い挨拶がなされている後ろで、大吾が小さく付け加える。
「怒らせると怖いからね、気を付けるんだよ」
 そう言い終わる前に、九つに分かれた長い尻尾が大吾をはたく。人間の姿をしてはいるが、他に漏れず、女将もまた猫又であるらしい。
「さっさとお行き、若造が」
「はいはい」
 こちとらそれなりに齢を重ねているのだが、最長老である『大婆様』から見ればまだまだ子供に過ぎないようで。
 このお月見亭を経営する一族の中では中堅程度の立ち位置である大吾は、大人しくそこで引くことにした。
「じゃあ、あとはよろしく。迷子にさせないでおくれよ」
「まかせて~」
 この従兄弟の間延びした返事を聞くと毎回心配になるのだが……まあいいだろう。そんな引継ぎを済ませたところで、少年が問う。
「行っちゃうの?」
「あたしは『ご案内担当』だからね。お仕事はここまでさ」
 猫の身体で器用に肩を竦めるような仕草をして、それから安心させるように続ける。猫ばかりで心配になるかもしれないが、この旅館は掃除が行き届いているし、人間用のてんぷら料理も絶品だ。和食が苦手なら『お料理担当』に言えば洋食も出してくれるはず。
 ほかにも『遊び担当』や『話し相手担当』、『背景で自然に寝てる担当』、『肉球マッサージ担当』から『寝るときの読み聞かせ担当』なんてのもいるから、きっと朝まで賑やかに過ごせることだろう。
 ゆっくりと楽しんでいくと良い、そう告げて、大吾は玄関の方へ飛び降りた。
「おじさん」
「うん?」
「またね」
 ああ、はいはい。サービスで明日のお見送りくらいはしてあげるさ。
 最後に尾を一つ振って、黒猫は夜の闇に溶けていった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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