シナリオ

髄までも啜る

#√EDEN #ノベル #至高天

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 誰かの見ていた悪夢が――誰かが覗き込んでいた魔障が――容赦なく浄化されたとして、それは『いい』ことなのだろうか。ハッピーエンド主義の裏側に潜む、悪辣とした竜の咆哮について、さて、いったい如何して気が付かなければいけないのか。一歩一歩、何事もなく、ひとつひとつ音沙汰もなく、楽園への階段を昇っていく。
 ――|至高天《エンピレオ》。
 ――全て贋作だったとしても、杯の中身は立派なものだ。
 |馬の骨の味《モンスター》へ、出来損ないの讃美歌。
 何処かに隠してしまった鏡餅、ぺたん、ぺたんと、搗かれた記憶すらもなく、真っ蒼に染まっていた。染色されていたのはおそらく鏡餅だけではない。玄関先に転がされていたゼラニウム、誰かが踏んでしまったのか、触れてみたならば、想像していた以上にヌメヌメとしている。ルビーのように、アメジストのように、眼窩へとめり込んでくる有り様は何処かの魔王を彷彿とさせるか。いいや、何もかもはデジャヴだ。デジャヴのような代物に導かれて、唆されて、今と謂うものを謳歌しているのだ。そうとも、こんなにも綺麗なのだから、こんなにも可愛いのだから、化け物さんが迷い込んでしまっても、誰も文句など謂えやしない。わたし、カタツムリさん! ばけものさんじゃないわ! 失礼しちゃう! プンプン、頬を膨らませているカタツムリさん。さて、彼女はいったい何者に怒りを向けているのか。今、なんだか、莫迦にされたような気がしたの。私の気のせいだったら良いのだけれどね! 床を舐るように歩みを進め、ああ、テキトウなものを抓んでみる。もしや、それは店の主が夕食にとっておいたおせち料理ではないだろうか。わたし、この甘いのがお気に入りなのよ! 甘いもの大好きなカタツムリさん。丁寧に切ってあると謂うのに伊達巻をむしゃり。全部、全部、臓腑の底……。やっぱりおいしいわ! ねえ、伯父様もそう思わないかしら? 問いの向こうに坐していたのは一匹の吸血鬼。ゼラニウムよりも美しい彼は如何様に返答するのだろうか。それは伊達巻って謂うんだよ。僕も結構好きなんだけど、一枚一枚ゆっくり食べた方が良いのかもしれないね。花が咲くように、葉っぱが茂るように、吸血鬼は咲ってみせた。赫々とした瞳が揺れたならば、続けての銀色。誰しもが焦がれてしまいそうな、憧れてしまいそうな、日常生活からこぼれる煌めき。ねぇ、伯父様。先程から何を書いてるの? おとぎ話を書くのなら、わたしのお話も書いてくださる? 吸血鬼の手元には愛用の万年筆と幾枚かの紙。少し前まで真っ白だったそれらは、嗚々、どのようなお話として踊っていくのか。構わないけど……ルトガルド、僕はまだおじ様なんて呼ばれる歳ではないと思うんだよね。おとぎ話の主人公か、或いは、お嬢様として考えてみれば、成程、カタツムリさんは実に素敵な人物だろう。何故なら、カタツムリさんは可愛らしい女給だし、何より、無邪気な性格なのだから! まあ! わたし、おとぎ話のお姫様になってみたかったの! 悪い人に攫われたりするのも、ロマンティックで素敵じゃないかしら? でも……伯父様は伯父様よ! それにわたしはルルドだわ! 喜怒哀楽の大渦眩きだ。まるで、何者かとのおまわりさん。狂ったようにくるくると自在なサマはカタツムリの殻とは大違いか。わたし、カタツムリさん! ヤドカリじゃないわ! ヤドカリ……カタツムリ……思い付いたよ。殻を失くしたカタツムリがヤドカリを倣って、宿を借りようとするお話はどう? めでたしで終わらせるのは勿論だけど、困難は多い方が良いだろうね。……カタツムリさんって何かしら? カタツムリさんはカタツムリだよ、そうやって、ルトガルドがいつも挨拶をしている通りね。カタツムリさんとカタツムリ問答は此処等で止めておくとよろしい。最終的に、水掛け論から塩掛け論へと発展し、そのまま、両者が溶けて無くなって終う。こわいわ! わたし、消えてなくなっちゃうのね! でも、わたしはカタツムリさんだから塩辛いのも平気だわ! 果たして真実、平気なのだろうか。ドロドロと、暗色をした魂で以て――貝類の串焼きを頼んでしまおうか。そうだわ! 伯父様、マスターが作った堅焼きプリンのタルトをサービスするわ。それと、コーヒーも! だから、それを食べたら遊びにいきましょう。そっと、そおっと、卓上に置かれたのは、宝石も嫉妬するだろう黄色の王様であった。王様の下にあるのはサクサクとしたタルト生地、王様を守らんとしている彼等は、視よ、フルーツの兵士たちではないか。イチゴに、リンゴに、キウイに、イチジクに、ザクロに――マスターが趣味で添えている、二粒ほどのキャンディ――プリンのタルト? それは嬉しいね。頂こうかな……。いや、これは困ったね。こんなにも綺麗な宝石箱、僕にはとても、食べられそうにないよ。え? 食べないの? どうして? 食べないと、勿体ないわ! ほら、食べて! 食べないとわたしも困るのよ! 伯父様と遊べなくなっちゃうわ! カトラリーを揃えておく必要はない。フォークでも、スプーンでも、いっそ素手でも、口へと運ぶことくらいは容易なのだ。ともかく、歯を入れるとよろしい……サクッ……悦ばしい。上品な歯触りと共に口いっぱいに広がるのはプリンの甘さか。ホイップとプリンが具合よく混じったところで不意打ちの甘酸っぱさ。嚥下したならば数秒間、ぼんやりするほどの儚さか。しつこいの『し』の字も見当たらず――ネクタイを締め直す必要もない。これは良いプリンのタルトだね。僕、こんなデザートを知ってしまったら、他の店のものが食べられなくなってしまうよ。まあ、そんなにおいしいの? 私も、あとでマスターに作ってもらおうかしら? 堅焼きプリンのタルト! ねえ、伯父様、殻を失くしたカタツムリのお話にプリンのタルトのおうちも出してくれたら嬉しいわ! 思いもよらぬところでの発案だ。きっとカタツムリも、カタツムリさんみたいに美味しいものをお腹いっぱい平らげたかったに違いない。素敵なアイデアだね。ルトガルド。それじゃあ、カタツムリは途中でおっきなプリンのタルトを家にしようと、考えたことにしよう。伯父様! わたしはルルドだわ! ……それで? 遊ぶっていったい何を? 滓ひとつないお皿を厨房へ。ほんの少しの時間を得たところで――カタツムリさんは本題へと辿り着いた。
 カタツムリさんが殻から――ポケットから、もしくは、歪から――ひとつの絵本を取り出した。表紙にはヤケに悪そうなドラゴンと、それに立ち向かう少年が描かれている。本のタイトルは……。冒険者日記……? ルトガルド、この本、何処で買ってきたのかな? 表裏と、吸血鬼は『絵本』を観察してみたりする。おそらくだが、√EDENの代物ではないだろう。ならば、考えられる√はひとつしかない。お散歩してたら偶然拾ったの! 誰かの落とし物かしら? ってさいしょは思っていたのだけれど、親切な人がいて、その人が『此処はゴミ捨て場』って! つまり、カタツムリさんは別の√に迷い込んだ後、ゴミ捨て場で『絵本』を拾ったと謂うことだ。で、ルトガルド、その絵本と『遊び』にどのような関係があるのかな……? ダンジョン! ダンジョンに遊びに行くのよ! わたし行ったことがないんですもの。きっと、おまわりさんみたいに、たのしいわ! ペラペラとカタツムリさんは絵本を捲っていく。そこに記されていたのは――少年が冒険者になった日――少年がはじめてダンジョンを探索した日――モンスターに襲われて、危うく全滅しそうになった日――ドラゴンとの出会い――ドラゴンとの最終決戦――。素敵だわ! わたし、この子みたいな冒険がしてみたいの! 伯父様! ダンジョンに行くのよ! カタツムリさんの遊びたい攻撃は止まらない。それこそ、竜を屠る騎士の如くに、何処までも、何処までも……。ダンジョンか……僕はあんまり役に立てないと思うから、他の誰かにも声を掛けるのはどう? √能力者だとしても『ダンジョン』はあまりにも危険だ。ダンジョンは他の√にも発生し、インビジブルを簒奪していく、謂わば生きた大顎。ああ、ふたりでの攻略などまったく無謀でしかない――あら、ダメよ。わたし今から遊びに行きたいの。それに、モンスターが出てもお化けが出ても、ドラゴンが出ても、何とかなるわ。カタツムリさんの言葉には、科白には強い確信のようなものが籠められていた。……よし、わかった。ただし、危なくなったらすぐに帰るからね? 堅焼きプリンのタルトの味、これが忘れられないのだから、カタツムリさんの『遊びたい』を、それこそ、塵箱にポイするなど出来やしない。√能力者として個人的にも、鍛えておきたいと謂うのも嘘ではないだろう。大丈夫よ、わたしが守ってあげる。それに、伯父様は――。
 伯父様……伯父様! わたし、カタツムリさん! 今日はなんだか、疲れたの! いつの頃の話だったか。カタツムリさんはそれはもう、自分が想像していた以上には疲弊していた。珍しいね、ルトガルド。本当にカタツムリみたいな見た目をしているなんてね。伯父様、わたしはルルドよ! そうだったね。じゃあ、ルルド。疲れたのなら、自分のお部屋に戻って休んだ方が良いと思うよ。わたしも、そう考えていたのだけれどね、伯父様。わたし、伯父様の隣が――いちばん、休まるんだって、最近わかったの! 何が原因なのかは不明だ。不明で曖昧で、未曾有だが、カタツムリさんにとって、怪異にとって……吸血鬼の傍らと謂うものは如何やら、まさしく、殻と謂っても良いほどの――湿っている具合らしい。ルルド、僕の隣で這いまわっているのは構わないけどね。そんなに這いまわっていたら、目が回らないかな? 平気よ! だって伯父様がいるんですもの!
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