シナリオ

狙撃型空白兵器整備解析記録:Case No.01293

#√マスクド・ヒーロー #ノベル #ハロウィン2025

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 生活エリアの奥、研究開発エリアへ降りる為のエレベーターの中で、二人は立ち止まった。
 僅かな浮遊感が落ち着き、扉が開く。そこから先は別世界だ。
 雑然とした生活エリアとは対照的に、無機質な壁面。床は継ぎ目なく白く、天井には規則正しく配置された照明と換気口。空気の匂いすら変わる。

 オメガ・毒島が、いつものように足を踏み出そうとした――その瞬間。

「――止まれいッッ!!」

 爆音のような怒声が叩きつけられた。

 白衣を翻し、ドクター・毒島が通路の奥から現れる。
 緑の髪は乱れ、目は鋭く細められていた。その視線は二人の身体に付着した“汚れ”に突き刺さっている。

「何だその付着物は!! 血か!? 粘液か!? どこの世界のモノだ!!」

 一歩踏み出しかけた二人の動きを、言葉だけで押し留める。

「……培養槽があるのが見えんのか。正体不明の雑菌共に社会科見学でもさせる気かッ!」

 くわっと天井隅を仰ぎ見る博士。監視カメラへ怒号が飛ぶ。
「λ! 室内を正圧にしろ! 排気最大! 汚染気体を外へ叩き出せ!!」

 返答はない。
 だが次の瞬間、換気システムが低く唸りを上げ、空気の流れが変わるのが分かった。

「……妥当な判断です、博士」
 オメガが即座に頷いた。
「未知の物質です。フォーさんの喉部にも付着しています」

 フォー・フルードが、一歩後ろで口を開く。
「毒島博士。《ザッ》ご-_¯挨拶が_¯-」

 声が、途中で崩れた。

「……もう__-_¯《ザザッ》し、わけ……ありま_¯-《ザッザッ》」
 音が割れ、掠れ、途切れる。

 博士は一瞬、黙る。
 その一拍でマッドサイエンティストの高揚が、薄皮一枚だけ剥がれ落ちる。

「……喉の発声装置だな」
 視線がフォーの首元に向けられる。
「後でじっくり診る。……いいか、今は洗え。命と研究は清潔第一だ」
 消毒室の扉が開き、白い光が研究開発エリアの入り口を満たす。

「……_¯-解しま__-_¯た」

 フォーは従順に頷き、白い光の中へ歩を進める。
 消毒室の扉が閉まり、研究開発エリアは完全な無機質に戻った。

 ここから先は、処置の時間だ。


 消毒室の白い光から出てきたオメガは、慣れた様子で人工透析機へと向かう。
 透析ユニットを兼ねた電動車いす型の機構だ。背部に組み込まれた循環装置が規則正しく脈動し、人工血液の流れを示す淡い光がチューブの中を行き交っている。

 椅子に座ると同時。首元にあるΩマークの黒いカバーが開かれ、バスキュラーアクセスが露出する。
 消毒。接続。確認。
 その一連の作業を、オメガはほとんど意識せずに受け入れた。
 痛みはない。人工透析機と接続された瞬間に、痛覚が“遮断”されている。
 圧迫される感覚や冷えた金属が触れる感触は残っているが、それ以上の情報は脳へ送られない設定だ。処置を“理解”するために必要な最低限だけが残されている。

「……よし。循環開始」
 毒島博士がコンソールを叩く。画面に数値が踊った。
「……あぁン? コルチゾールやや高レベル? 血糖値も少々高め。オメガよ、ちと食い過ぎじゃあないか?」

「誰のせいでヤケ食いが増えてると思ってるんでしょうかね?」
 オメガは即座に返す。
「“面白そうだから”で、毎回毎回ろくでもない事に巻き込まれる身にもなってください!」

 オメガの恨み節を棚の上に挙げ、博士はモニターを一瞥し、次のタブを開いた。
 そこに映るのはオメガとは違う、別系統のデータ群。

「いやはや! しかしあのフォー・フルードが破損し、メンテナンスを請いに我がラボへ転がり込むとはな!」
 湧き上がる知識欲に応じて声が弾む。

「ワッハハハ! 暁光暁光! よくやったオメガ!」
「私がやったみたいに言わないでください!」

 即座にオメガが噛みついた。
 透析ユニットの上から博士をジト目で睨む。

「別に私が彼を投げた訳でも、壊した訳でもありませんからね」
「分かっておる分かっておる! だがなぁ、成果は成果だ!」

 博士はフォーの喉部を一瞥する。
「さて、発声装置がイカレておったな。無理に喋ると他の部品に過電流が流れる恐れもある」
 棚から小型の装置を取り出し、放る。

「ほれ。思念伝導型サブスピーカーだ。レシーバーが脳波を拾ってスピーカーに流すだけの簡易品だが――十分だろう」
 小さなレシーバーをキャッチしたフォーは、無言で頷いた。装置が起動し、解析台脇のスピーカーが低く鳴る。

《了解しました》

 感情の起伏を持たない、整った音声。それは“声”というより、思考の読み上げだった。
 オメガが透析ユニットの上で、何とも言えない表情を浮かべる。

「……懐かしいですね。私も発声ユニットの動かし方が分からなかった頃、よく使わされました」
「便利だろう?」
「“人として喋っている感覚”が無くなるのが難点ですが」
「なぁに、情念の火花が伝わるならば出力方法の違いなど些末事だ」

 博士はオメガの苦言を一向に気にしない。
 足元を走行するαに注意を向けつつ解析台の周囲を半周し、フォーの背面――マント状の装備に視線を留めた。
 黒い布地に見えるそれは、よく見れば“唯の布”ではない事が分かる。表面に付着した微粒子が、わずかに光を反射しているのだ。

「ほう……これは塗装ではないな」
 指先を近づけるが、触れる直前で止める。
「液晶粒子か? いや、もっと性質が可変だ」

《EOC――電磁的光学迷彩です》
 思念伝導型サブスピーカーが即座に応じる。

《マント表面に付着した粒子を散布し、周囲環境と同化します。稼働終了後、粒子は回収され、エネルギーの再チャージが開始されます》

「ばら撒いて、戻すか。……フハハ! 迷彩を“使い捨て”にしないとな?」
 博士の声が弾む。
「姿を消すだけではない。投影も可能だな? 人型の輪郭を偽装する用途か」

《はい。人間として認識される確率を最大化する設定も存在します》

 オメガが小さく肩を竦めた。
「飲食店で見かけても違和感がない、というやつですね」
「うむ……隠密というより、“存在を誤認させる”方向だ」

 次いで博士の視線は、フォーの頭部へ移る。
 中央に並ぶ三本の横ライン。左右に配置された円形ユニット。

「……視覚系も一筋縄ではない」
 大型モニターに拡大表示が浮かび、各センサーの役割が推定されていく。
「中央は通常視界兼スコープ。左右は――サーモと暗視、か」

《正確です》

「全部を同時に使わんのだな」
《必要な情報のみを選択します。過剰な入力は判断速度を低下させます》

 博士は満足そうに頷いた。
「よし、分かった。隠れるための目、撃つための目……」
 そして、にやりと笑う。
「では次だ。――それらを束ねる“外装”の話に入ろうか」
 モニターにフォーの構造図が展開される。

「ISSフレーム……潜入狙撃補助、だったな?」
《はい。EOCとの併用を前提とした外装です》

 スピーカーから、淡々とした説明が流れる。

《消音性と精密動作を最優先に設計されています》
 博士の指が、関節部の構造をなぞる。

「音を殺すだけではない……反力そのものを内部で相殺しているな」
《狙撃地点への移動を想定しています》
 なるほど! と博士の笑みが深まる。
「“気配を残さず進むための脚”の価値を最大まで引き出すフレームか。……だが」

 指先が関節部の構造を素早く拡大する。画面には応力分布が集中している部分が表示された。
「摩耗が蓄積する隠れたリスクがあるな。精密動作を優先した結果、脚部に掛かる負荷を“受け流す”だけで終わっている!」

 フォーに向き直る博士の眼は、科学者としての探求心に燃えている。
「フォーよ。このフレームの改良版を私に研究させろ。相殺反力からエネルギーを回収する機構が完成した暁には、一番にお前に組み込んでやろう!」
 勿論、二番目に組み込まれるのはオメガ・レッグだろう。博士の思惑を察知した上で、フォーはスピーカーから答えを返す。
《……前向きに検討しましょう》

 博士はその声を聞くや否や、高らかに笑い出した。
「フハハハハ! 検討と来たか! まぁ良い、イイ返事を期待しているぞ?」
 そして、呟くように。
「だが、これはまだ外側だ。中身は――もっと面白そうだ」





[解析台周辺:博士が作業に入るのを検知]

 ● ● ●
 ● ● ●
 ● ● ●

[無影灯スタンバイ――3.2.1…]

 ○ ○ ○
 ○ ○ ○
 ○ ○ ○

 ガコン、という音と共に強い光がフォーを照らし出す。
 白の冷光は容赦がなく、装甲の隙間にこびりついた微細な砂塵すら浮かび上がらせた。
 博士は指先でスライダーを操作し、スキャンモードへ移行。
 バイタル表示と物理ダメージマップが次々と立ち上がり、立体映像として空間に投影される。

 その中に赤く点滅する警告領域が複数、浮かび上がった。

「損傷率、総合で――30%、プラスマイナス5%と言った所か」

 博士はあっさりと言い切る。
「……意外と軽い、と思ったか?」

 対するオメガが首を傾げた。
「ええ、正直に言えば。……あの戦闘なら、もっと破損は重いものだと思っていました」

「壊れても動く。いや――切り捨てることを“前提”に、壊れる部位を最小限に留める設計に見える」
 博士は即答する。

「一つの身体を一つの完成品として扱っておらん。パーツを役割ごとに切り分け、使えるものだけを束ねて戦わせる」
 それは、|殺戮機兵《ベルセルクマシン》としては筋の通った設計思想であろう。
「戦場用に最適化された、機能群のオーケストレーション……そんなところだな」

 解析台の上で、フォーは静止したままだ。
 だが、思念伝導型サブスピーカーから音声が流れる。

《戦闘行動に支障はありませんでした》
 平坦な声。

《敵個体は大型。接近戦が主となりました》
 モニターに、戦闘ログの一部が再生される。
 巨大な異形ゾンビ。瓦礫を砕き、腕を振り回し、掴みかかる影。
 その中を、黒い影が滑るように動いていた。

 撃たない。隠れない。跳び、転がり、踏み込み、かわし続ける。

「……アクション主体か」
 博士が、少しだけ声の調子を落とす。
「狙撃機にやらせる動きではないな」

《地形と距離の関係上、最適解でした》
 フォーは淡々と、ただ事実を並べる。

《EOCの展開維持が困難でした。隠密性を捨て、運動性能を優先しました》
 フォーにとっては、合理的判断だったのだ。

 博士が絶縁手袋をパチンと嵌めると同時、工具台が静かに展開する。
 ロックの解除音が短く鳴り、フォーの喉部装甲が左右にスライドした。

 内部が露出する。

 発声装置――声帯に相当する振動ユニットと、そこへ信号を送る細い導線群。
 その一部が歪み、焦げ付き、保護材の色を失っている。

「ほれ、見ろ」

 毒島博士はピンセット型のマニピュレーターで、断線しかけた導線を軽く弾いた。
「掴まれた部分、此処に過電流が走っておる。喉を潰された衝撃で、信号が逃げ場を失ったのだ」

 微細な火花が一瞬だけ散り、博士はおもむろに追加でアース線を手袋にセットする。
「このまま喋り続けていたら発声装置だけでは済まん。ショートが思考出力系に達していた可能性がある」

《……了解、しました》

 思念伝導型サブスピーカーが、淡々と応答する。

「うむ、素直でよろしい。何処かの誰かさんとは偉い違いだ」
「ええ、ええ。αにも少し見習って頂きたいものです」

 ぶつかり合い、バチバチと火花を散らす視線。いいから早く修理してあげて下さいよ。
 オメガと仲良くメンチを切り合っていた博士は、フォーに向き直ると同時に劣化したユニットを引き抜く。
 代わりに装着されるのは、光沢を抑えた新型のモジュール。

 接続。
 固定。
 導線の再配列。

 |内部を流れる《リンク-アップの》光が一度消え、再び安定したリズムを刻み始める。
「今回は思考出力系への干渉を極力抑えたモジュールを選んだ。これで、次に首を掴まれても即死はせんだろう」

 喉部の装甲が静かに閉じられるのを見届けると、博士は左脚へ移動する。
 外装が外され、内部フレームが露出した瞬間、オメガが思わず息を呑んだ。

 細身の構造体。その内部には異様なまでに密集した補助アクチュエータと、衝撃分散用の可動リンクが組み込まれている。

「ほぉ……よくもまあ、ここまで削って詰め込んだものだ」
 博士の声が低くなる。興味深さ半分、技術職及び研究者としての感心が半分。

「見た目は無事だがな。折れてはいないが――削れている」
 内部フレームに走る、無数の微細な歪み。衝撃が積み重なった痕跡だ。

 博士はダンパーの固定具を解除し、摩耗したユニットをゆっくりと引き抜いた。
 外見上は無傷に見えたそれは、内部の衝撃吸収材が潰れた事で既に弾性を失い、ただの重りと化している。

「衝撃を受け止めきれず、逃がす事も儘ならん。これでは“動ける”が、“持たん”」
 新しいダンパーが組み上げられ、内部フレームへと滑り込む。
 今度のものは多層構造だ。一次衝撃を受け、二次で分散し、残余を微細振動へ変換する設計になっている。

 続いて、応力センサーが追加される。
 骨格に相当する主フレームへ直接接続され、負荷の方向と大きさを逐一中枢へ返す役割を持つ。

「今までは“耐えてから判断”だった。これからは“耐える前に知らせる”」

 制御信号線が引き直され、各アクチュエータへ再配線されていく。
 微細な遅延すら許されない箇所だ。博士の指先が、迷いなく動く。

 最後に、グリス注入。粘度を調整された銀色の潤滑剤が、可動リンクの隙間へ均一に行き渡る。
「よし……これで、同じ無茶をすれば“警告”は出る。無視すれば――分かっているな、フォーよ。今度は私が怒るぞ?」

 テスト駆動。
 脚部がわずかに動き、内部応答が数値として返る。――正常値だ。
 博士は満足そうに頷いた。


[解析台周辺:メンテナンスフェーズから内部解析へ切り替えます]

[モニタ切換スタンバイ――3.2.1…]

 脚部の最終チェックが終わり、解析台の表示が一斉に切り替わった。
 映し出されるのは、構造図でも戦闘ログでもない。
 数値と波形、統計モデルの集合体――人格データだ。

 # Berserk Machine Type : |GEASS《Ghost Electromagnetic-Optic-Camouflage Anomalous Sniping Silhouette》(|Temporary Classification《ラボ内仮識別タグ》)
 ----------------------------------------
 [UNIT SPECIFICATIONS]

 2.0 m : Overall Length

 approx. 140 kg : Mass (Unarmed)
 approx. 170 kg : Mass (Fully Equipped)

 ----------------------------------------
 [CORE DATA]

 2024-04-09 : Current Persona Boot Date
 BLANK DATA : Initial Activation Date

 ----------------------------------------
 [FRAME ORIGIN ANALYSIS]

 Manufacturing Period Estimate :
 circa 2014

 Method :
 Radiometric Isotope Assessment
 (Residual Structural Material Sampling)

 博士は解析台の横に立ち、映し出された数値群を一瞥したまま、しばし黙り込んだ。
 そこにあるのは人格の輪郭ではない。痕跡だ。
 起動日、空白の履歴、素材の劣化曲線――それらが語るのは「いつ」「どこで」ではなく、「どれだけ使われてきたか」だった。

「……ふむ。記憶なし、とは?」
「オメガ店長の様な所謂“記憶喪失”と違い、自分のそれは記憶の消去です。記憶走査を再起動時に行いましたが、機体名以外の一切ログは検出されませんでした」

 静かに息を吐き、博士は次のレイヤーを呼び出す。
 波形が増え、グラフが重なる。
 数値の色が変わった。

 STRESS INDEX : CRITICAL (SUSTAINED)

 オメガが透析ユニットの上で、思わず身じろぎする。
「……常時、ですか?」

「常時だな」
 博士は即答した。
「起動以来ほぼ横ばい。上下動が無い。これは“平静”ではない。“張り付いている”状態だ」

 その声に、フォーが静かに応答する。
「現在のストレス値は、想定人間基準における換算モデルです。実際の処理性能に支障は――ありません」

 一拍。そして、続ける。
「ただ、自分が何を期待されているのか理解出来ない状態が継続しています」

 オメガが、はっと息を詰める。

「狙撃、暗殺、排除。これらは最も効率的に遂行可能です」
 声は淡々としている。
「しかし、それらは許可されていません」
 疑問を“感情”として吐き出しているわけではない。
「では、何のために自分は存在しているのか」
 ただ事実として並べているだけだ。

「時折、意図的に困惑する様を見せるために存在しているのではないか、という仮説が浮上します。……検証不能のため、結論は出ていません」

 博士は、そこで初めて口を開いた。

「……壊れているのではない。狂ってもおらん。“納得出来ない”状態が、終わらないだけだ」
 指先で解析画面をスクロールしながら、次のウィンドウを開く。

 制限プロトコル。友好強制プログラム。
 そして、その下に埋もれるように表示される、戦術最適化モジュール群。

「ほほう……なるほどな」

 博士の口元が、僅かに歪む。笑みだ。

「心を持った兵器か。しかも、加害行動は複雑に縛られている」
 指で画面を叩く。
「そりゃあダブルバインドもいい所だ。ワッハハハハハ!!」

 オメガが眉をひそめる。
「……博士。笑い事ではないと思いますが」

「いや、実に“人間らしい”じゃあないか!!」
 博士は視線を外さずに豪語する。
「本来の用途を果たす設計思想、だがそれを活かす事は容易には許されんと来た。その齟齬に、答えの出ない問いを抱え続ける――魂の葛藤と呼ばずして何と呼ぶ?!」

 画面に新たなログが浮かぶ。
 特定条件下でのみ起動する極端な省電力・省信号状態。

「ところでフォー・フルード。お前、狙撃時に“発覚率”をどこまで下げられる?」
「観測者の精度によりますが、|背景放射《バックグラウンド・ノイズ》の閾値以下――ゼロ点数パーセント、路傍の石と変わりません」

 即答だった。自慢でも誇張でもない、ただの報告。
 博士の眉が僅かに跳ねる。

「それは、どうやって実現しているのだ」
「不要な機能を停止します」

 フォーは淡々と続けた。
「全リソースのバイナリ化です。指先の微細制御と弾道演算を除く、すべてのライフサインを凍結します。循環、擬似呼吸、感情及び高次自己意識のパージ。外装排熱も停止する為、内部温度が120度に達するまでという制限付きではありますが……」

 モニターの波形が、一瞬だけ平坦になる。

「狙撃に限らず、タスク遂行の為の様々なリソース最適化が可能です。《|Zero Signature State《ゼロ・シグネチャ・ステート》》と、システムでは呼称されています」

「……それだ」

 フォーの解説を聞いた博士は一拍置き、柔らかく言った。
「余計な判断、感情、自己認識を全て切り捨てる。だからお前は、仕事をしている時だけ楽になる。役割を果たしている間だけ、ストレスが下がる。……多分な」

 オメガは言葉を失ったままモニターを見つめていた。

「安心しろ、フォー・フルード」
 博士は、いつになく落ち着いた声で続ける。
「私は此処を“直そう”などとは思わん。これは欠陥ではない。設計と環境の不整合だ。……だがな。この矛盾を抱えたまま生き続ける方法なら、考える価値はある」

 そして、にやりと笑う。

「――浪漫があるからな」


 解析台の照明が落とされ、ラボには低い駆動音だけが残った。
 フォー・フルードの内部解析は一段落し、表示されていた数値群も静かに消えていく。

 完全に理解されたわけではない。
 解決策が見つかったわけでもない。
 ただ、“どういう存在なのか”という輪郭だけが、少しだけ鮮明になった。

 博士は背を伸ばし、満足そうに息を吐く。
「いやはや……面白いものを見せてもらった。壊れぬために壊れる設計。撃つために在り方を捨てる判断。これを作った連中も、なかなかに業が深い!」

 フォーは解析台の上で沈黙を保ったままだ。
 応答がないのではない。――言葉にする必要がないだけだ。

 オメガは透析ユニットの上から二人を見比べ、ゆっくりと口を開いた。
「……とりあえず、今日は休みましょう。メンテナンスしたばかりで無茶をされるのは、いけませんから」

「おや、管理者の顔だな?」
「ええ、ええ。雇用主ですから」

「ワハハハ! いいだろう! ではフォー・フルード、福利厚生として当分は定期メンテナンスに通え。タダでいいぞ」

 ラボの照明が通常モードへと切り替わる。
 日常が戻る。

 ベルセルクマシンは、今日も答えを得ない。
 だが、役割だけではない“居場所”を、確かにここに持ち始めていた。

 修理は終わった。
 だが、この物語は――まだ稼働中だ。
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