シナリオ

夜に浮かぶ

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 不破・ふわりの肉体は、いつものように夜を歩く。肉体を動かすのは生まれ落ちた時からの|主人格《ふわり》ではない――怪異に襲われた彼女を守るため、夢の中から現れたもう一人の|人格《ペルソナ》。
「ふわり。夜は騒がしいです」
 声は届けたい|主人格《あいて》に決して届かない。|夢の人格《じぶん》が|覚醒《めざ》めたあの日からずっと、海のように深い眠りに微睡んでいる――そう、ずっと。肉体の生命活動すらも放棄して、永遠に。
「ふわり。月が綺麗ですよ」
 |夢《いま》のふわりは、眠りを知らない。夢の世界でさえ、彼女は眠ることがないのだ。だからこの夜が、彼女だけの時間だった。

 夜は騒がしいと|彼女《ふわり》は言った。|主人格《ふわり》の夢に寄り添うために生み出された|隣人《イマジナリーフレンド》にとって、世界は賑やかすぎる。なら、誰もが寝静まった夜も同じだ。
 風の音。自販機のクーラーの音。虫の鳴き声。電灯のジイジイという音……あまりにも多くのものが、世界にはありすぎる。静かな場所を求めて彷徨い、人のいない奥へ奥へと向かっても、音は決して無くならない。

 やがて辿り着いたのは小さな丘。ふわりは、夜霧に湿った草の上に腰を下ろす。|主人格《ふわり》を愛する両親がいない今日のような時だけが、こっそりと夜の散歩に出かけられる数少ないタイミング。演技の世界で生きる両親は、生まれた時からずっとふわりを愛してきた――そして今も。だから|夢の人格《じぶん》のことを明かすわけにはいかない。決して。
「星が綺麗です」
 ぼんやりと、彼女は呟いた。星の輝きに音はない。だから無心で眺めることが出来る。両親の目を気にして、目覚めることのない|主人格《ふわり》を夢の中で眺めているよりも、心が落ち着いた。たとえ愛する|主人格《じぶん》でも――否、だからこそだ。何故眠り続けているのか、どうして目を覚まさないのか、どれだけ調べても、足掻いても、何も解らないのだから。

 ぷかぷかと浮かぶ風船が、まるで隣に腰掛けるように位置を保つ。|風船の護霊《バルーン・ゴースト》は、現れようと思えば|無数《いくら》でも顕れられる。けれど、夜の散歩に数は不要だ。意思持つ友達は、何も言わずに寄り添う。|主人格《ふわり》の眠りの謎を解こうとしているのは、|風船《かれ》も同じ。この世界でおそらくは唯一、主人格への愛情と真実を同時に共有できる相手。
「ふわりは星の夢を見ていますか?」
 問いかけに答えはない。解りきったことだ。返ってくるのは微かな風の音と、そよぐ草の鳴らす声。星も月も、夜の暗闇さえ言葉は返さない。それが心地よく、だが寂しくもある。あの頃のように|主人格《ふわり》と遊び、語らえる時間は、はたして何時訪れるのだろうか?

 ふわり。
 朗らかで、|夢の友人《じぶん》を生み出してしまうくらい寂しがり屋で、家族や友達や、周りの人達のために立派で在ろうとすることの出来る健気な子。愛しく大事な、この世で唯一の半身。

(「ふぅちゃん。わたし達、ずーっと友達だからね」)
 |10歳《いま》よりもっと幼い頃、夢の中で|主人格《かのじょ》は笑顔で言った。それは、|夢の人格《ふわり》にとっての宝物だ。
「ふわり――」
 抜け落ちたようなぼんやりとした表情に、哀しみの色が微かによぎった。それはまるで明けない夜のよう、けれど夢の住人は眠れない。眠りは救いにならない。ただ夜を繰り返し続ける――いつまで?

「ふわりが風邪を引きます。帰りましょう」
 彼女は呟き、立ち上がった。気が付けば風船が二つ、三つと増え、身体を包む。夜に踊るような足取りで、少女は帰路へついた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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