シナリオ

夕彩に灰花を

#√ドラゴンファンタジー #ノベル #クリスマスノベル2025

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●PM 18:30
 少女の耳元で、ふたつのいろを湛えた淡い雫が揺れている。
 慣れないドレスの裾を引き摺らないように気を付けながら、雲路・秋桜羽(秋桜咲く渡り鳥・h06838)は氷の城門をそろりと潜る。レースや造花をふんだんにあしらったローブ・ア・ラ・フランセーズは微睡の紫陽花の如き鮮やかさで以って少女のしろい肌を彩っていた。
「ドレスを着てくれてありがとう。とても似合っているよ」
 柔く穏やかなシスティア・エレノイア(幻月・h10223)の声が緊張を解すように掛けられたなら、秋桜羽は自分の手がほんの少しだけ震えていることに気付く。病室で眠っていた日々に思い描いた『もしも』をいざ手にしてしまったら、どうしたらいいのか分からなくなってしまったなんて。口にするのは照れ臭くて、純粋な賛辞へ淡く綻ぶように笑みを返した。
「こんなに素敵なドレス、頂くなんて思わなくて……似合わなかったらどうしようって、思ってたから……嬉しい、な」
 贈り物を受け取ってくれなかったらどうしようか、と。色々懸念はあったけれど、こうして可愛らしく咲いてくれた秋桜羽の姿を見ることが出来て嬉しいと。率直な言葉を口にすれば、少女の頬がぱっとばらいろに染まる様子が可愛らしい。
「すごい……とっても綺麗……!」
 壁面や柱、天井の至る所が硝子よりも澄んでいて、床面は白い氷の粒で仄かに覆われている。ほんとうに全てが氷で出来ていると云うのに、不思議と体温は奪われないまま。これが招待状に乗せられた冬の加護なのかと思えば、この送り主の姿が気になった。きょろきょろと視線を巡らせたなら――ダンスホールの奥まったところで、ちいさな雪だるまたちと共に薄氷のドレスの裾を翻して踊るひとのかたちを見とめて、秋桜羽とシスティアはそっとその近くまで歩み寄る。
「この度はご招待頂き、誠にありがとうございます」
「この度は、招待頂き……ありがとうございます」
 恭しく礼をすれば、声に気付いた氷精たちを統べる女王と呼ばれた娘はにこりと微笑みドレスの裾を摘んで『にんげんの真似事』をしてみせた。言葉を発さない様子に小首を傾げば、彼女の足元に群がっていた氷精たちが『にんげんが女王さまのことばを聞けば凍ってしまうよ』と笑うものだから少しばかり吃驚してしまうけれど。楽しんでほしいと云う旨は所作だけでも十分に伝わってきたから、ふたりはもう一度冬の女王へ敬意を払うとダンスホールへと足先を向けた。

「さて。一曲どうかな?」
 秋桜羽が転んでしまわないようにゆったりとした歩調のまま。踊る人々の邪魔にならぬところへ位置取って足を止めたシスティアは、少女のてのひらを掬い上げてその目を真っ直ぐに覗き込む。ぴくり、とそのほそい指が微かに跳ねたのは、きっと気のせいではないのだろう。
「わ、私で良ければ……」
 声が上擦る。だけど、緊張よりも今は楽しみの方が勝っているから。こくりと頷いた秋桜羽の手の甲へくちづけを送る『ふり』をすれば、擽ったそうに少女の唇から笑う呼気が溢れるのを獣の耳は余さずに拾う。それを秋桜羽なりのひかえめな承諾と取ったシスティアは、繋いだ手を掲げて優しく握ると空いた片手を少女の細い背に回す。胴が触れ合う程度に軽く抱き寄せれば微かに彼女が息を呑む気配がして、ふ、と微かに笑ってしまう。
「左手は俺の腕に乗せる感じで背中に……うん、顔は左に少し逸らして?」
「あ、はい……! こ、こう……かな?」
「うん、いいね」
 流れる曲に身を委ねるよう、ふたりの身体が回り出す。躓くようなぎこちない足取りの秋桜羽を腕で支えながら身を翻したシスティアは、あまく目を細めるとそっと彼女に余分な重心の負荷が掛からぬようにと、身を引き寄せてほんの僅かに離れていた距離さえもなくしてしまう。
「ひゃぁ、」
「力抜いて、俺に身を委ねて……そう、上手」
 秋桜羽が怖がらないように。声をほんの僅か高くして、淡く染まった耳殻に囁き頬を寄せれば少女の喉から裏返った悲鳴にも満たぬ声が溢れた。
「(ち、近くて……ドキドキしちゃう、っ……)」
 彼は、こういったことに慣れているのだろうか?
 上手と褒めてくれる言葉に安心するけれど、それ以上にねだるようなあまい声音と甘やかす言葉たちにこの胸は高鳴りっぱなしで、頭の中が真っ白になってしまいそうだ。
 目を白黒させながらもなんとかシスティアのステップに身を委ねていれば、段々秋桜羽も規則的な動きの繰り返しであることを知り始めるから、音楽に寄り添うことが苦にならなくなってくる。花弁の如く広がったスカートが氷上を舞う度に、風を含んで自分の身体が浮かぶようで。ほんとうにゆめを見ているかのような時間は、ずっと覚めてほしくないなんて過ってしまうほどだった。

「ありがとう、お疲れ様」
「こ、こちらこそ……ありがと……、……ございます」
 曲の切れ目と共に、夢のような時間はひととき終わりを迎えたことを知る。
 うつくしい所作で以って礼をするシスティアの姿に、秋桜羽もまたドレスの裾を軽く摘んで覚えたてのカーテシーを披露してみせた。とくとくと早い鼓動を刻み続けるこの胸は、ダンスの余韻に震えているからだろうか?
 休憩のために壁際へ移動する間も夢の続きを見ているかのように惚けたような表情を浮かべている秋桜羽の顔を覗き込めば、一度、ぱちりと目線が重なって。
「……緊張させてしまった?」
「あ、いえ……そんな……!」
 踊っている間、触れ合う身体同士から伝わる彼女の鼓動がとても早かったから。不安が勝ってしまってはいないだろうかと、窺うように問うた言葉に、ふるふると一度はかぶりを見せるけれど。彼に嘘はつきたくなくて、秋桜羽は逡巡の間を挟んだのちにちいさく頷いた。
「その、緊張、は……ちょっと、だけ……?」
 『ちょっと』は心配をさせないため。けれど、それがいやなものでは決してなかったのだと伝えるように彼の手を取って繋いでみれば、柔く安堵のいろを浮かべたシスティアは彼女の輪郭へ触れかけて――躊躇うように指先を握り込み、その衝動を抑え込む。
「システィアさんは、疲れて……ない? ずっと合わせてもらってたから……」
 リードしてもらうばかりで申し訳ない気持ちも沢山あったから。だから、あなたに負担をかけてはいないだろうかと。逆に心配が勝れば今度は秋桜羽がそのかんばせを覗き込み返すから。くすりと笑みを溢せば、システィアもまた首を横に振り直ぐに否を唱えてくれた。
「心配ありがとう。楽しいから、気にしなくていい」
 病院で眠ったままだったら、きっと一生経験することはできなかった時間。
 その楽しい時間は、彼と、それから――D.E.P.A.S.としてインビジブルに助けてもらっているお陰。今も寄り添ってくれているシトロンも楽しそうに囀ってくれるから、秋桜羽の唇は笑みのかたちを描くばかり。

 ああ、このまま帰してしまわずに。
 彼女を森へ攫ってしまえたら、なんて。そんな想いを抱いてしまう俺は、悪い狼に違いない。それなのに。

「ね、もう一曲……踊ろ?」
 女性を遅くまで連れ回すのは気が引けるから、程々にして帰ろうと。すました大人のままで居たいのに、己が叶えることが出来てしまう願いにはどうにも弱くて。
「あぁ、いいよ」
 降参とばかりに吐息で笑ったシスティアは、繋いだ手を握り返すと秋桜羽のからだを優しく掬い上げた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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