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After Closing~誰かのためのクリスマス

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 ――√EDENの一角にあるカフェ&ダイニングバー、『Gimel』
 クリスマスの営業を終えた店内には昼間とはまた別の顔をした淡い静けさが穏やかに息づいて、ディナータイムを通して流れていた控えめなジャズの余韻もキャンドルの小さな炎を微かに揺らし、外に降る雪に解けて消えてしまったかのようだった。
「……サホ?」
 片付けや明日の準備も一通り終えて、そろそろ自分も賄いをつまんで帰ろうかと思っていた渡瀬・香月(Gimel店長・h01183)は、ホールの片隅に残る人影に気づいて声を掛ける。
 何故かほんの一瞬、憂いを帯びていたようにも感じた横顔が振り向いた時にはもう、そこには良く見慣れた――人懐っこそうな笑顔があった。
「……あれ、香月さんまだ帰ってなかったんです?」
(気の所為、かな?)
 不思議そうに首を傾げる青柳・サホ(春のかたみ・h01954)に香月は内心で呟きつつ、笑顔で賄いを盛り付けた皿をカウンターテーブルへと置く。
「ん? もう皆帰っちゃった?」
「……はい、皆、帰っちゃったみたいですね」
 改めてホール全体を見回してみても、確かにサホの他には誰も残っていない。
「そっか。じゃあ……良かったら一緒にちょっと飲まない?」
「えっ、いいんですか?」
 軽い調子で続いた香月の一言に、サホの瞳が忽ちの内に輝きを帯びる。
「折角のクリスマスだしさ、お客さんから差し入れに貰ったちょっと良いワインも開けちゃおうか。余ったパイ包みの中身を肴にして……あとリエットもあるよ」
「やったー。飲みます飲みます」
 良いワインがあると聞いたら、最早飲む以外の選択肢はない。
 満面の笑顔で頷くサホに、香月もまた満足気に笑みを深めた。

 今日――クリスマスの営業は、普段の『Gimel』とは少し趣が違っていた。
 笑い声が弾けるような賑やかさはなく、店内には終始静かで柔らかな空気が満ちていた。
 提供する料理もコースに絞っていたから、香月の仕事は料理の仕込みが九割を占めており――厨房には平時のような慌ただしさはなく、一定のリズムで落ち着いた時間が流れるばかりだった。
 寧ろ忙しさを一身に引き受けていたのは、サホをはじめとするホールで動く面々だ。
 クリスマスという、年に一度の特別な時間。その夜をこの店で過ごすことを選んでくれた恋人たちのために。
 コース料理ゆえのタイミング管理やテーブルごとに異なるペースへの配慮、そして何よりも重要な――ゲストの時間を邪魔することのない距離感。香月も手が空いた隙を見つけてはホールに顔を出していたけれど、だからこそ互いの動きを察し、自然に補い合って動く皆のチームワークを改めて実感するばかりだった。
 今日という日を無事に駆け抜けることが出来たのは、間違いなく皆がいてくれたからだ。
「今日はホントお疲れー。マジでいつも助かってるわ、ありがとう。かんぱーい」
「はーい、かんぱーい。わー……香月さんのお料理美味しいし、そこにお高いワインもつくなんて贅沢すぎる……」
 軽やかにグラスを触れ合わせた後、思わずそんな本音を零さずにいられなかったサホに、香月は小さく肩を揺らして微笑む。
「香月さんは……クリスマスの思い出とかってあります?」
 グラスへ一度視線を落とし、小さな間を挟んでから、サホは何気なくそう切り出した。
「クリスマス? そうだな……昔は家の飯がちょっと豪華になるから、やっぱ嬉しかったよ」
 今となってはそれを生業にしているくらいには自分で作れるけれど、幼い頃の香月にしてみれば、特別なケーキが食べられる日はそれこそ誕生日とクリスマスくらいだった。
「それにクリスマスは飾りも独特だから、見てるだけでも楽しいし。サホは?」
 香月の言葉にうんうんと頷いていたサホは、問い返す視線にそうですねと微笑む。
「普段は見ない大きなチキンが食卓に乗ったり、ホールケーキを皆で切り分けたり……非日常な感じが楽しいんですよね」
 祖父母に育てられたサホにとっても、普段は和食中心の食卓にたくさんの洋食が並ぶクリスマスの非日常感は、楽しいだけではない特別なものだった。思い出を振り返って懐かしそうに目を細めるサホを微笑ましく眺めながら、香月はなんでもないことのように続ける。
「まあ、サンタのことは割と最初から胡散臭ぇって思ってたかな。だって煙突から入るってただのヤバい人じゃね?」
「サンタさんへの疑いが現実的すぎません? や、私もうち煙突がないのにどうやって家に入ってくるんだろう?って思ってましたけど」
「確かにそもそも煙突がない家のが多いかー……あはは、やっぱ怪しいな」
 何で信じてたんだろうなと小さく肩を竦める香月に、サホは思わず小さく笑みを零す。
「私はサンタさんが来るまで起きていようと頑張っていたら、おじいちゃんとおばあちゃんに早く寝るように促されたりしてましたね。早く寝ないとサンタさんじゃなくて鬼が来るとか言われて……今思うと、二人とも焦ってたんだろうなって」
「それは確かに、お祖父さんもお祖母さんもめちゃくちゃ焦ってたんだろうなー。そのエピソード込みで微笑ましいわ」
 ――クリスマスの夜、いい子にしていた子どもたちにプレゼントを届けてくれるサンタクロース。
 結局どれほど頑張って待っていても気づけば毎年夢の中だったし、祖父母から聞くことはないまま、きっと多くの子どもがそうであったようにサホもまた時の流れの中で自然とその正体に辿り着いたものだけれど――二人がサンタさんとして子どものサホに夢を届けてくれていた事実は変わらない。
「香月さんは、クリスマスに貰って嬉しかったプレゼントとかあります? サンタさんからじゃなくても」
「貰って嬉しかった……っていうか一番覚えてるのは何気に近所のおばちゃんがくれたシュトーレンかな。その人いつも手作りでさ、勿論どれもめちゃくちゃ美味くて。店で作るみたいなお菓子も自分で作れるんだー!?って衝撃だった」
「シュトーレン作りが出来るおばさんがご近所にいるのすごいな。いいなぁ。その思い出が香月さんの料理作りにも繋がっているのかな」
 だとすれば、そのシュトーレンがサホと香月をこうして繋いだ縁のひとつになったのは違いなくて。見知らぬマダムと彼女が作ったシュトーレンに、サホが胸の裡でそっと感謝の想いを紡いだりもしたのは――ここだけの話ではあるけれど。
「今思えばそうかも。……そういうサホは? 貰って嬉しかったプレゼント」
 再び問い返す声にひとつ瞬いてから、遠い記憶を辿るようにサホは伏せた視線をグラスに落とす。
「ゲーム機と着せ替え系のゲームソフトを買ってもらったのが一番嬉しかったかな。小さい頃から服が好きだったんですよねー……それこそ寝る間も惜しいくらい夢中になりすぎて、結局おばあちゃんに取り上げられましたけどね」
「着せ替え系のゲームが嬉しいってのがサホっぽい!」
 ファッションデザイナーを目指しているサホが子どもの頃からそうだったというのも、香月には容易に想像がつく。
 ――だから。
 まるで自分のことのように笑う香月に、サホはくすぐったそうに微笑んだ。

 いつしか皿の上の肴もだいぶ減っては来たけれど――薄暗い照明に照らされた店内で静かに流れ行く時間は、外の世界から切り離されたかのように緩やかなものと錯覚するほど。
 隣に座る香月をほんの一瞬だけ横目で見やってから、サホは静かにグラスを傾ける。
「香月さんにとって、理想のクリスマスってどんな感じです?」
 ふと投げかけられたその問いは、キャンドルの小さな炎が揺れるのと同じくらいにささやかなもの。
「理想のクリスマスは……そうだなぁ」
 香月はすぐには答えず、グラスの縁に指を触れさせたまま少し考えるように視線を泳がせた。
「お客さんが俺の作った料理食べて嬉しそうにしてくれたら、それはやっぱ嬉しいなって思うけど……俺個人としてはめちゃくちゃベタなことやってみたいかも」
「ベタなこと?」
 小首を傾げるサホに、香月は微笑んで頷く。
「そう。恋人と待ち合わせしてデートして高級フレンチ予約して……みたいなやつ。この仕事してるとそういうのをやる機会とかないからさ。まぁクリスマスに飲食店はあんまり行くもんじゃないって気もするけどな」
「いいですね、デートでフレンチ。……その後、イルミネーションとか見ちゃったりもして」
「ああ、確かにそれもベタなことだよな。でもそういうベタなクリスマスって、やっぱちょっとは憧れるよ」
 楽しげに香月が語る理想のクリスマスは、確かに彼が言う通り、普通の恋人同士であるならばごくありふれた――言ってしまえばベタなことだろう。けれど、香月はどちらかと言えばそんな恋人たちへ理想のクリスマスを提供する側だ。
 だからそんな香月がベタなクリスマスに憧れを抱くのも、サホには何となくわかる気がして――楽しげに語る横顔を見つめながら、自然と口元が綻んでいくのを感じていた。
「確かにこういうお仕事してたら、あまり現実的じゃないかもしれないですけど。そういう憧れの気持ちを口にするの、大事だって思います。……もしかしたらいつか実現するかも」
 するといいですよね――なんて、さりげなく続けた言葉に託したのは気づかれずとも構わぬ願い。
「私は、自分で作った服を着てお出かけしたいかな。自分が作った最高にかわいい服を着て、美味しいごはんを食べて、イルミネーションでキラキラしてるクリスマスの街を歩いたら、この上なく楽しいと思うんです」
 弾む声で紡がれる言葉は、彼女自身の未来をそのまま描き出すようで――。
 自分で作った服を着て煌めく道を歩む彼女のいつかの姿を瞼の裏に思い浮かべながら、香月はこの上なく満足げに笑みを深めてグラスを傾ける。
「サホはそもそもオシャレな服作るから、クリスマスデート用の服だと……めっちゃ綺麗なの作るんだろうな」
 その言葉に混ざるのは飾り気のない香月の素直な想いと、サホに対するほんの僅かな眩しさ。サホの才能を真っ直ぐに認める気持ちと彼女が描く未来への期待感が、そのまま声色に滲んでいるようだった。
「……ありがとうございます、香月さん。――今日、こうやってお店で働いて思ったんですけど」
「うん、」
 相槌を打つ香月の声は、急かすわけでも遮るわけでもなく、ただ続く言葉を待っている。
「誰かの思い出に残るクリスマスのお手伝いが出来るのって、素敵なことだと思います」
 ちらりと背後へ振り返ったサホの瞳が、まるで魔法が解けてしまったみたいにひと時の眠りについたテーブルを映し出す。
「香月さんのお料理を運んで、それを食べる人たちの幸せそうな顔や美味しいって言葉が聞けて、なんだかちょっと誇らしかったんですよね」
 自分が作ったわけじゃないのに変ですよね、と小さく笑って、サホは続けた。
「だから、あの。……今日は香月さんと一緒に働けて良かったです。大袈裟かもだけど、自分が生きてきた中で一番のクリスマスの思い出になりました」
 サホにとってこれまでのクリスマスは実家で家族と過ごしたり友人たちとの忘年会ばかりで、こんな風に――クリスマスを楽しむ人たちのために働くのは、今日が初めてだった。
 だから今日のための打ち合わせや準備の間は勿論そうだったし、今日の営業中もずっと、いつもよりそわそわと心が弾んでいたのだ。
(……ああ、だからかな)
 今日を思い返しながら、サホはふと気づく。
 もしかしたら――クリスマスが終わってしまうのが寂しくて、仕事が終わってもひとりで残っていたのかもしれないと。
「うわ、そう言ってくれるとありがたいなー。俺もサホや皆と一緒に働けて良かったし、めっちゃ良い思い出になったわ」
 サホの言葉を受け取った香月はどこかくすぐったそうな、けれど満面の笑みを浮かべて言った。
「あっそうだ、大切なことを忘れてました」
 それからはっとしたように瞬いたサホは時計を確かめて――未だ日付が変わっていないことにそっと安堵の息をつく。
「うん?」
 不思議そうに瞬いた香月に向き直り、サホは、笑顔で告げた。
「香月さん。――メリー・クリスマスです」
 それはささやかでありふれた、けれど、今日という日を祝福する大切な言葉。
 香月はもう一度瞬いてから、静かに笑って頷いた。
「メリー・クリスマス、サホ」
 
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