Under the Winter Lights
冬の夜は、音まで澄む。
吐いた息が白くほどけ、街の光にふわりと染まって、ほんの一瞬、銀色の羽根のように宙へ浮かぶ。その息が消える前に、次の光が目に飛び込んでくる――そんなふうに、街はすっかりイルミネーションの海になっていた。
ビルの壁面を走る白と金の光、街路樹に巻きつく青い星屑、ショーウィンドウに飾られた赤いリボンと緑のガーランド。
華やかな色に押されて、胸の奥がすこし浮き立つ。
「わあ……! レオンさん、見てください! あちこちイルミネーションされて、すごくきれいです!」
見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は、思わず声を弾ませた。
それと同時に、借りた腕をぎゅうっと抱きしめてしまって――はっとする。
「……あ、ご、ごめんなさい! 夢中で、力いっぱい抱きしめてました……。痛くなかったですか?」
隣を歩くレオン・ヤノフスキ(ヴァンパイアハンターの成れの果て・h05801)は、温かいロングコートの襟を立てたまま、肩をすくめた。口元に笑みが浮かぶ。
「おー、すげー。いや、毎年こんなんなってんのは知ってたが……全然意識してなかった」
隣ではしゃいでいる彼女が示さなければ、じっくりと見ることもなかった景色だ。
「……で、痛いかって? なーに、多少折れたって構わねえさ。血でも飲んどきゃ治るんだしよ。好きなだけ抱きついてな」
「も、もう……! 折れたら困ります」
「困るか? せっかく抱きつく口実になるっていうのに」
からかう声に、七三子は頬を赤くしながら、でも腕をほどくことはできなかった。
コート越しに伝わる体温が、外気の冷たさを忘れさせる。
それに――この人の隣で、こうして歩く特別な夜が、嬉しい。
光のトンネルの入口で、七三子は立ち止まり、見上げた。
白い光が枝から枝へ渡され、まるで空に作られた小さな星座のようだ。
「……去年の今頃は、まだレオンさんとお会いすらしてないんですよねえ」
「あ?」
「私が勇気を出して入ったアダムスさんのバーに、レオンさんが立て続けに入店したんでしたっけ」
お酒を楽しむことに興味はあったが、いざバーとなると萎縮してしまうもので。
「ふふ、すごい偶然でした」
言葉にすると、あのときの胸の鼓動が戻ってくる。
扉のベル、ふわりと流れてきた酒の香り、初対面ながら気さくに話してくれた記憶。
それが、いま隣にいるこの人だ。
「そこから水族館でペンギンを見に行って、パブで飲んで……居酒屋で飲んで……」
「ホテルのブッフェでも飲んでたな」
「私達、お酒ばっかり飲んでますね?」
自分で言って、可笑しくなって笑ってしまう。
レオンも肩を揺らして笑った。
「ははっ、マジで酒ばっかだぜ。花火見ながら飲んだし、酒蔵にも行ったしな。出会いもバーだったかんなぁ。酒の女神様にでも祝福されてんじゃねえか?」
「酒の女神様……。じゃあ、今夜も祝福されてますね」
「そりゃあ、されてるだろ。ほら、見ろよ」
レオンが顎で示した先には、巨大なツリーが立っていた。
頂点の星が、ゆっくりと色を変えて輝いている。
見上げた瞬間、七三子は息を呑んだ。胸の奥が、あたたかく満たされる。
「すごい……」
目を輝かせる七三子の様子に、男はふっと笑みを深める。
「こんな……綺麗で……。えへへ、イルミネーションって、人を幸せにしますね」
七三子が言うと、レオンは少しだけ歩みを遅めて、彼女の歩幅に合わせた。
風が吹くたび、七三子は彼の腕へ少し強く寄り添う。
そのたびに、レオンの体温が、自分の帰る場所みたいに感じられて、胸がきゅっとなる。
「そういや、初デートは2月だっけか? もう一年以上経ってる感覚だったぜ」
最初はビビりで控えめな女かと思って声かけたんだがな〜、と笑いながら歩みを進めるレオンに、今度は七三子が悪戯っぽく笑う。
「ふふ、控えめでビビりな私のほうが、よかったですか? そこはあきらめていただくしか――」
「いや?」
レオンの言葉が被さるように降ってくる。
「蓋を開けてみりゃ、芯の太い女だったぜ。ここ一年で成長したのか……どっちにしたって、俺は今の方が好きだ」
「……あ、あの……」
胸の奥が、ぽっと熱くなる。
いま。
彼と出会ってから。
それはきっと、以前より少しだけ人との交流が広くなっていて、
少しだけ素直になれて――そして、少しだけ欲張りになった七三子だ。
「えへへ……。ありがとうございます」
イルミネーションの下、七三子はそっと彼の腕を抱き直した。
さっきよりも、少しだけ甘えるように。
「……ん?」
レオンが何かに目を留める。
視線の先には、サンタの衣装を着た女性たちが、ケーキの予約引換券を案内していた。
いい香りのする髪を彩るような赤い帽子、白いファーが動くたびに揺れて、華奢で豊かな肢体を飾る――魅力的な薄着。
「……あぁ、わりぃ。サンタの姉ちゃんたち、こんな寒い中ミニスカでご苦労なこったって思……」
言いかけた瞬間、七三子の拳が、レオンの脇腹にすっと添えられる。
「レオンさん?」
「……なんか当たってんだが?」
「ケーキ受け取るついでに、どこ見てるのかなって思いまして」
にっこり。
笑顔が怖い。
レオンは一拍置いて、降参のように手を上げた。
「はいはい、冗談だ。……でもよ、あの衣装、買って帰ろうぜぇ。脚が自慢の見下ならぜってえ似合うだろ!」
「だ、だめですっ! 寒いです!」
「家なら問題ないだろ。温めてやる」
「そういう問題じゃありません!」
七三子の頬はイルミネーションより赤い。
けれどレオンは、楽しそうに笑うばかりだった。
◇
予約していたケーキを受け取ると、紙袋から甘い香りが漂った。
生クリームと苺の匂い。
クリスマスの匂いは、どうしてこんなにも心をやわらかくするのだろう。
「早く帰りましょう。あったかいおうちで、ケーキ食べながら……ワインでも飲んで、のんびりしませんか」
「いいねえ。外で光を浴びて、家で酒。完璧だ」
「やっぱり酒なんですね」
「だって俺らだぜ?」
七三子が笑うと、レオンも笑った。
夜道を歩く足音が、雪のない冬の舗道に軽く響く。
風が少し強くなり、七三子はレオンの腕へ自然に寄り添った。
「……寒いか?」
「少し。でも、レオンさんの腕、あったかいです」
「そりゃ良かった」
短い返事が、妙に優しい。
七三子は顔を上げて、彼の横顔を盗み見る。
長いまつ毛の影、夜の光を映す瞳。
この人は、危なっかしいくらい自由で、地に足がついていないように見えるのに――いちばん必要なときに、必ず隣にいてくれる。
玄関前で、七三子は立ち止まった。
袋の持ち手を握り直す。
言うなら今だ、と、胸が小さく促す。
「……レオンさん」
「ん?」
「いつも一緒にいてくださって、ありがとうございます」
レオンは一瞬、目を瞬いた。
そして、照れ隠しのように視線を外し、短く息を吐く。
「おう。こっちこそだ。俺みてえな地に足つかねえ男に付き合ってくれて、いつもあんがとな」
その声は、ふざけた調子のまま――けれど芯のところが温かい。
七三子は胸の奥がじんとするのを堪えながら、笑って頷いた。
「……えへへ。私、こういう日が来るなんて、思ってませんでした。クリスマスに、ふたりでイルミネーション見に来て、ケーキ買って帰って……」
「俺もだ。……悪くねえな」
言って、レオンは七三子の手袋越しの指を、そっと握った。
体温が伝わる。
それだけで、もう充分にクリスマスだった。
「……七三子」
不意に、名前を呼ばれる。
いつもの軽口じゃない声。
七三子は息を呑む。
「愛してるぜ、七三子」
胸の中で、何かがぱちんと弾けた気がした。
イルミネーションの光が、急に滲む。
七三子は慌てて瞬きをして、笑った。笑ってしまった。嬉しくて、泣きそうで、どうしようもなくて。
「……え、ええと、その……はい。私も、愛してます!」
小さな声になってしまう。
けれどレオンは聞き逃さなかったように、満足げに口角を上げた。
「よし。じゃあ、飲むか」
「結局そこに戻るんですね!」
「戻るぜ。酒の女神様が祝福してるんだろ? 今夜も、ありがたく頂かねぇとな」
七三子は笑いながら、ドアを開けた。
暖気がふわりと包み、外の冷たさがすっと遠ざかる。
ケーキの甘い香り。
ワインを開ける音。
グラスが触れ合う澄んだ響き。
きっと明日になっても、今日の光は胸の奥で消えない。
この人の腕の温度も、照れ隠しの言葉も、まっすぐな「愛してる」も。
冬は寒い。
けれど、だからこそ――寄り添う幸せが、こんなにもはっきりわかる。
「……レオンさん。わたしーー」
「知ってる」
長く艶やかな髪に絡める指先は優しく、離さなかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功