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宿り木は空の下

#√ドラゴンファンタジー #ノベル #クリスマスノベル2025

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 厚い|天鵞絨《ビロード》のカーテンを両脇へ引くと、外気に冷やされた硝子窓から這い寄る様なつめたさが伝う。
 袖や裾にたっぷりとファーを蓄えた真白のコートに、同じく緻密な毛足で織られた暖かな真白の帽子――すっかり外へ出る為の防寒具で身を固めていると云うのに、思わずリュシル・フロスティアはそのちいさな身体を震わせた。
「寒い?」
 途端、傍らから案じる様な声が降って来る。
 ぱちと瞬いて見上げれば、ノア・アストラがテラスへと続く硝子窓の把手に手を掛けた儘、心配そうに此方を見下ろしていた。
「ううん、平気よ」
 リュシルは慌てて首を左右に振る。今日は寒いからやっぱり止めようか、なんて言われでもしたら落ち込んでしまう。
 でも、とノアは難しい顔をして窓の外へと視線を移した。遠くに綺羅びやかなひかりが滲む夜を背景に、滾々と密やかに降り頻る雪が暫く止みそうにない事なんか、リュシルにだって解る。
 慌てて、白い手袋を纏った幼い両手がノアのコートに縋り付いた。
「ね、お願い。寒いだなんて、途中でわがまま言ったりしないわ」
 くりくりとしたおおきな氷晶の如き眸が、真摯に見詰めてくるのを無碍に出来る訳もない。
「――……、解った」
 思案する様な間が少しあって、ノアが息を吐く。
 このちいさなお姫様のお願い事なんて、全部叶えてやりたいに決まっている。
「じゃあ、しっかりしろくまくんを抱いていて。少しは暖かいだろうから」
 今宵の|リュシルのぬいぐるみ《しろくまくん》には、ちょっぴり魔法で細工を施してある。ほんの少しだけ熱を帯びて暖かいのだ。
 親友を抱え直す様にしっかり抱いて、リュシルは愛らしく片手を挙げる。
「はあい、まかせて」
 ノアは浅く肯いて、それから改めて窓の把手へと手を掛けた。
 温度差で蝶番の金属が軽やかに軋む。きい、とちいさくそれを響かせながら開け放てば、凍て付いた夜風がリュシルの甘い頬を撫ぜた。
「――それじゃあ、お姫様」
 月のあかるい寒夜を背に、ノアが恭しく跪いて片手を差し伸べる。
 まるで燦めきながら飛び込んでくる様な賑々しい光の欠片が、その端正な顔立ちの輪郭を、闇の中に描き出していた。
「お手をどうぞ」
 ほんの少し照れた様にリュシルがはにかんだのは、まるで物語から飛び出てきた騎士の如き出で立ちだった所為だ。
 特別な夜だった。ひととせに一度の、|きらめきの宵《ホーリー・ナイト》。
 エスコートは、|彼《わたしの騎士》でなくては。
 エスコートは、|彼《ノアくん》が良かったの。
「はい」
 しろくまくんを、ぎゅうっと抱き締める。照れ隠しだ。
 預けた片手は、ほんの少しだけ背伸びの気持ちを纏っていた。

*

 切っ掛けは、本当に些細な事だった。
(――ノアくんは、お空を飛ばないのかしら)
 じい、とリュシルがそのおおきな氷晶の眸で見つめるのは、ノアの背に畳まれている立派な竜の翼だ。同じ様に頭上には角が生え、腰には尻尾が伸びている。
 空を駆ける種の特徴であるそれらは、けれどリュシルの見えるところでそんな風に生かされた事はない。
 視線を移す窓の外には、星を鏤めた様な銀河が広く果てなく敷き詰められている。
 譬えばあの綺羅びやかな夜空を、重たいカーテンの様に撫ぜながら飛び回る事が叶えばどんなにか楽しいだろうと思い描いたのだ。
(どうして、お空を飛ばないのかしら)
 リュシルの背に翼はない。楽しい空中散歩を夢想した所で、叶えられるものがない。
 楽しさを抜きにしたって、背に翼があるなら日々の概ねを快適に過ごす事が出来るだろう。移動の手段に飛行が在るのなら、それが一番早い事なんかリュシルにだって解る。然し、ノアがそうしている所なんて見たことがなかった。
 今までその事実を露ほども気にしなったし、疑問にも思わなかった。だと云うのに、一度意識が向いてしまえば無性に気掛かりで堪らないのだ。

「……空を飛びたい?」
 だから、リュシルはそれを真っ直ぐにおねだりする事にした。
 ほんの少し面食らった様に瞬き、リュシルのおねだりを復唱したノアは、僅かに眉間に皺を寄せる。あ、とリュシルがちょっぴり首を竦めた。どうしようかな、って考えている時の顔だ。
「だって、今日はクリスマスだもの。きっと絶対、どこもかしこもきらきらで、とびきり綺麗だわ。だめ?」
 折しも今宵は特別な一夜だ。|託《かこつ》けた――と言えば聞こえはあまり良くないけれど、お願い事をするのならば今日だと思った。
 縋るように、ノアを見上げる。
「ううん、駄目ではないけれど――」
 そして、もう一度ノアは瞬く。今度はゆっくりと、意外そうに。
 この|小さな女主人《リトル・レディ》は、時折こんな風に突拍子もないおねだりをして周囲――否、俺を驚かせる。今宵の様に。
 勿論それが可愛い所でもあるのだけれど。然し今度はどうした風の吹き回しだろうか、翔んでいく小鳥に思いを馳せでもしたのだろうか。
「――……そうだな。もちろん、構わないよ」
 考えるのを止めて、ふと柔和に息を吐いてノアが微笑む。
 寒くはないだろうか、恐がらせやしないだろうか、――そんな些細な悩みだなんて詮無い事だ。
 確かに空を滑るのならば佳き夜だろう。今宵、国中は光で盈ちている。

*

 そうして舞い上がった、夜寒の空だった。
 頭上には銀の月が冴え冴えと耀き、降り落ちる雫めく光はまるで滴る宝石の様にも見えた。吐く息がその端から白く濁り、代わりに吸い込む呼気はどこか硬質で、ちりちりと肺の奥を苛んでいる。
 五感すべてがこの夜をうつくしいのだと囁いていた。

 ぬいぐるみをしっかり抱えたちいさな真白の|リュシル《お姫様》を両腕に抱き上げ、背の竜翼を巨きく広げて風の流れを掴み、空気の流れを路の様に滑ってゆく。
「……こわい?」
 ノアが柔らかな声で腕の中に問うたのは、彼女の細い両腕が、ぎゅう、と力を籠めて自身の身体に縋り付いているのに気付いた所為だ。
 覗き込めば、愛らしい両眼をすっかり頑なに瞑ってしまっている。思わず笑う様にノアの呼気が揺れた。
 高度を少しずつ上げたり、出来る限り揺らさない様にとあれこれ気を回してはいたが、矢張りちいさな身体には中々難しかったらしい。
「大丈夫。絶対にリュシルを落としたりしないから」
 甘い声が謳うみたいに囁いた。
 誘われる様にして、リュシルがおずおずと瞼を解く。とても下を見られないから、真っ直ぐにノアを仰いで見詰めた。
「ほんとに?」
「ほんと」
 呼応は早い。くすくすとリュシルが笑って、ふふ、とノアのそれも被さった。
 目指す場所はそう遠くもない。周囲の街の景色を臨めるだろう時計台は、いつもと変わらず街の中心部に物静かに居座っている。
 深々と、雪が降っている。
「――さ、着いたよ」
 最後にひとつ大きく背の翼を羽ばたかせ、ノアの両足が時計台の上に降り立った。
 ふたりの背後には、巨大な時計盤が狂いなく秒針の音を刻みながら微睡んでいる。今宵の寒さと雪と街灯に、何だか時計盤も凍えて眩しげにしている気すらした。
 高所作業の為に取り付けられた申し訳程度の柵が、朽ちかけながら残っている程度だ。リュシルを下ろしながらも、その片手をしっかり繋いだ儘でノアはそう声を掛ける。
「……もう、だいじょうぶ?」
 促されれば、そろそろとリュシルの瞼が押し上げられる。
 ちいさく息を呑む音が在って、幼い感嘆が真白の吐息と共にふわりと散った。
「――、……わ、ぁ……! きれい……」
 今宵、国中は光で盈ちている。
 見晴るかす街の細い路地のどこまでも、まるで水の様に光が溢れてゆらゆらと揺れていた。揺れるのは多分、頻りに雪が視界を舞い落ちていくからだ。
 ちいさく色とりどりの人影が、賑やかにそんな往来を行き来していた。光の路を泳ぎ、行き交い、今宵を共に過ごす人を迎えに――或いはもう一緒に歩きながら、ここまでは届かぬ談笑で街の隅々までを満たしている。
 それら凡ては眼下だった。
 見上げれば、闇に星の光が入り混じった銀河色の空が天蓋を覆っている。ちかちか、ぴかぴか、遥か遠い昔に皓った筈の星々の息吹が、まるでこの為に誂えたかの様に|聖夜《クリスマス》を彩るオーナメントと成っていた。
 上にも下にもきらめきが跳ねている。
「地上で見ている景色とは、ぜんぜんちがうの、……」
 心を揺るがされて、ほんの少し息が詰まる。上擦る呼吸を飲み込んで、リュシルはノアと繋ぐ手を甘える様に揺らした。
 風の冷たさだけではなく、頬が灯る様に暖かい。
 少女らしさが色濃く差すばら色の両頬が、蕩けるみたいに微笑んだ。
「連れてきてくれてありがとう、ノアくん」
「どういたしまして。リュシルのそんな顔が見れたなら、お安い御用だ」
 世界にたったひとつ、こんなにも愛おしい笑顔を受け取れるのならば。
 そうしてふたりで、暫し宝石箱を引っ繰り返したみたいな街の景色を眺めていた。

 ――けれど、ふと。
「ノアくんって、どうして翼があるのに飛ばないの?」
 向けられた問い掛けは軽やかなもので、こどもらしい興味に溢れているのは直ぐに知れた。
 成る程、それが知りたくてこのおねだりだったのだろうか、とノアが瞬く。
 そうだね、と考える様に視線を遠くへと遣るひとときが在った。
「必要ないから、かな」
「……そうなの?」
 きょとんと表情を変えるリュシルに、ノアは淡く微笑む。
「――僕が帰る場所は、お空の上ではないからね。それに、」
 内緒話の様に人差し指をそっと立てると、リュシルもはっとして真似をする様に人差し指を立てる。
 秘める程の話でもなかったけれど、今宵の想い出としての一葉には為り得るだろう。
 だからこれは、クリスマスに預けた|ここだけの話《ふたりだけの秘密》だ。
「リュシルは、地に足をつけて歩くだろう?」
 雪降る野を往く王女の傍らに、並び立たぬ騎士など居ないのだから。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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