ヒーローのなりかた
どうやらおれは『おにいちゃん』というものになるらしい。
幼稚園のともだちにもおにいちゃんがいるし、おにいちゃんになったやつもいる。
でも、いざおれがおにいちゃんになるんだよってママとパパに言われても正直、よくわからなかった。
そもそも、おにいちゃんってやつはフツーになれるもんなのか。
なにもわからなかったけど、わからないなりにおにいちゃんになるって言葉はなんかカッコよくて、さいしょはおれもワクワクしていた。
「かならずりっぱなおにいちゃんになってやるんだ!」
そう決めたおれは大きくなるために牛乳をたくさん飲んだし、大嫌いなピーマンとにんじんだってがんばって食べた。
どんどんおおきくなるママのおなかの中にいるらしいあかちゃんに「げんきにうまれておいで。そうしたら、おれがいっぱいあそんでやる」って声もかけた。
おなかのなかにいるのがいもうとだってわかって、ますますおれはやる気をだした。
でも、とちゅうからママが病院に行く回数が増えた。病院がえりのママはいつも嬉しそうにあかちゃんの様子をおれに教えてくれてたのに、それもなかった。
なんだか家の空気が重くなった。ママはおれにいつも通りやさしく笑って話しかけてくれようってしてたけど、ママがだいすきなおれにはそれがとてもムリをしてるえがおだってわかったよ。
おれがよくわからないまま、でも、つらそうなママになんで?ってきけないままだったある日。
おれはパパによばれた。向かい合って正座したパパがまじめな顔でおしえてくれた。
「ママのおなかの中にいるあかちゃんは病気なんだ。だから、|颯太《そうた》にも色々頑張ってもらうことが出てくると思うけど、大丈夫だよな? 颯太は男の子で、お兄ちゃんになるんだもんな?」
「う、うん。でも、ママとあかちゃんは平気なの?」
「ああ、きっとお医者さんがなんとかしてくれるさ」
パパはおれをなでながらそう話してくれたけど、でもパパの顔だってムリをしてる感じのかおだった。
おれはがんばるよ。でも、どうがんばればいいんだろう。
だいすきなテレビのヒーローなら、こういうときたぶんとても強い言葉をかけてママをはげますのにな。
そうして、ママが入院して少したった。元々しごとが忙しいパパもママのためにがんばってはやく帰ろうとしている。
でも、仕事とかママのおみまいとかでパパもあまりおうちにいない。
その代わり、おれといっしょにいてくれるのは、近所に住んでるばあばだ。
でも、ばあばも病院にいるママのおせわでなんだか忙しそうだ。
家でおるすばんしてなさいって言われたけど、なんだかじっとはしてられなくて、おれはちかくの公園にあそびにきた。
このこうえんはいつもママといっしょにきている公園だ。
遊びにいくとだいたいお友達がいるんだけど、今日はおともだちは誰もいなくて、代わりに小学生たちがなにかを囲んで楽しそうにしている。
最初はなにかゲームでもしてるのかなって思った。でも、すぐにそれは違うんだって気付いた。
みーみーとか細い鳴き声がきこえる。小学生たちはとてもいじわるな顔をしていて、棒を振り回したり石を投げたりしていた。か細い鳴き声は痛そうな声をあげる。
「おい、やめろ!」
おれはとっさに小学生たちの輪のなかに飛び込んでいった。
予想したとおり、輪のなかにはうす汚れたちいさな子猫がいた。
おれはとっさにその猫をだきかかえて、小学生たちのいじわるからまもった。
でも、とっさに飛び込んだはいいけれど、どうすればいいのかわからなくて、しゃがみこむしかなかった。
「おい、お前!」
小学生がイラッとした声をあげながらおれのかたを掴もうとした時、何か黒いものがこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「わん! わわわわん!!!!」
走ってきたのは、黒い柴犬だった。おれたちの傍に駆けてくるとわんわんと吠えている。
いきなり現れた柴犬に小学生たちはびっくりしたりこわがっている表情をしている。さっきまでのいきおいがウソみたいだ。
「ちょっとハヤタさん! リードを振り解いて勝手にどっか行かないでくださ――」
続いて、黒い柴犬の飼い主らしきおねえさんが公園に飛び込んできた。
最初は柴犬を怒っていたけれど、すぐにおれ達の状況に気が付いたみたいで、すぐに厳しい顔になった。
「あなた達、何をしているんです? 大きな子が自分よりも年下の子を寄ってたかって複数人でいじめてはずかしくないんですか?」
おねえさんの声に小学生達はばつが悪そうな顔をしている。
そうして顔を見合わせて、そのまま自転車にのって、どこかにいってしまった。おねえさんは完全に小学生がどこかに逃げていくのをかくにんしてからおれの方を向いた。
「大丈夫ですか? 怪我とかありませんか?」
「うん、平気! でも、ねこが……」
おれはうでにかかえたままの子猫をおねえさんに見せた。
みーみーとか細く鳴くボロボロの子猫に、おねえさんはやっと気が付いたみたいでおれに聞いてくる。
「もしかして、この子をかばっていたんですか?」
「うん、あいつら、よってたかっていじめたんだ。ほっとけなかった」
うでのなかでみーみー鳴いている子猫の鳴き声が弱々しい。目だってあいてない。
おねえさんも子猫をしんぱいそうに眺めてくる。
「たしかにこの子は心配ですね……近くにハヤタさん行きつけの動物病院がありますから、まずはそこに連れていきましょうか」
「うん!」
おねえさんはおれとハヤタさんを連れて病院に行こうとハヤタさんのリードを握った――そのとき、ハヤタさんがその場に座り込む。
「拒否柴をこんなところで発揮しないでください!」
「わぅううー……」
動かざること、しばのごとし。けっきょく、おねえさんはハヤタさんをだきあげて『キョーセーシッコー』をした。
「じぶんがびょういんに連れていかれるっておもったんだな……」
まるでひとの言葉がわかっているみたいだ。わかってたら自分じゃないってわかるかもしれないけど、そこはたぶん、病院というだけでいやなのかもしれない。
おねえさんに連れられて動物病院に入る。おねえさんが受付の人にくわしくおはなしをしてくれたおかげで、ボロボロのこねこはすぐに見てもらうことができた。
せんせいにくわしくみてもらった結果、やっぱり小学生たちにいじめられた怪我とかはあるみたいだけど、でも、おもったよりもひどい怪我じゃなかったみたい。そこはよかった。
あとは、ねこかぜというのをひいているらしい。目がひらかなかったのもねこかぜで目やにがたまってしまっていたからとのことだった。
こまかいけんさとちりょうのため、子猫はいったん病院におとまりということになった。ママと同じ入院というやつだ。
動物病院から出たあと、おれはおねえさんにおじぎをする。
「おねえさん、おれとあのねこをたすけてくれて、ありがとうございました!」
「いや、いいですよ。当然のことをしただけです」
なんだかそのとうぜんのことをしただけですって言葉がかっこよかった。
たしか前に大好きなとくさつヒーローが女の人を助けた時にいった言葉みたいだ!
「それにおねえさん、あんないじわるそうな小学生をおいはらったじゃないか! すごい! まるでテレビのとくさつヒーローみたいだ!」
「いや、あれはどちらかというとハヤタさんが追い払ったというか感じですよ」
おねえさんはなぜだか少し困った様子でこたえてた。
一方のハヤタさんはなんだかほこらしげにぶんぶんとしっぽをふっていたからおれはひとまずなでてあげた。
おれは正義のヒーローみたいだねって言われたらうれしいけど、おねえさんは嬉しくないのかな。
どうしてだろうっておれはいっしょうけんめい考えて、やがて辿り着いたこたえにおれは「あっ」ってなったんだ。
「あ! そうか! おねえさん女なのにヒーローなのがいやなのか! じゃあおねえさんは魔法少女だな! 幼稚園の女の子たちはみんな魔法少女が好きだから!」
「いや、そうではなくてですね……というか、もっと離れた気がしますよ?!」
えーこほんとせきをしてからおねえさんは言葉を続ける。
「まぁ、いいです。私はヒーローでも魔法少女でもなく、一般人です。それに、あなたはその子猫を助けようと勇気を出して飛び込んだじゃないですか。そういう人こそ多分ヒーローなんだと思いますよ」
「えへへ」
おねえさんにすなおに褒められて、ちょっとてれくさいけど嬉しかった。
褒めてくれてから、おねえさんはきりっとまじめなかおをする。これはママがおこる時にするかおで、おれはとっさにびくっとしてしまった。
「でも、あんまり危ないことはしてはいけませんよ。あなたが怪我をしたら、だれかが心配するし、悲しい思いをしてしまうので」
「はい、ごめんなさい」
おねえさんのいってることがただしいのはこどものおれにもわかったから、そこはすなおにごめんなさいっていった。
おねえさんもあまりおせっきょうをするつもりはなかったみたいで直ぐにおかおを変える――けれど、今度は別の意味で少しむずかしそうな顔になった。
「今日のところは動物病院にあの子を預かってもらいましたけど、これからどうするかを決めないとですね。このまま病院に里親さんを探してもらうのもありなんですけど……あなたはどうしたいですか?」
「かいたい、けど……」
おれにきいてくれたおねえさんに、おれはちょっとむずかしい顔をしながらこたえた。
おれのかおがちょっと気になったのかおねえさんが「どうかしましたか?」と聞いてきてくれたから、おれはもうすぐ生まれるいもうとが病気でたいへんなんだってことをはなした。
おねえさんはおれのはなしをまじめに聞いてくれてから深くこくんって頷いた。
「なるほど……中々大変そうな状態ですね。厳しそうではありますけど、ちゃんとお話をすることってとても大切だとおもいますよ。言う前から諦めたらだめです」
その言葉におれはハッとした。
テレビのヒーローだって、やる前にあきらめちゃったら意味ないって言ってたじゃないか。
やっぱりおねえさんはテレビにでてるヒーローにそっくりだな。でも、これを言っちゃったらまた「ちがいますよ!」ってかえすんだろうなって思った。
おれはすこしかんがえてから、おねえさんにひとつお願いをしてみることにした。
ねこかぜと小さな怪我ってきいたけど、他にも色々何かいっていた気がする。
あの子の状況をおれだけで説明するのは難しいとおもったんだ。
「ねえ、おねえさん。おれの家で、ばあばにあって、あの子のおはなしをしてくれないかな?」
「えっ! あ、そうですね。ちゃんと細かいお話を伝えなければいけませんもんね」
こころよく引き受けてくれたおねえさんをつれて家にかえった。
今日はばあばが既に戻ってきていたみたいで勝手におでかけしたことをまずは怒られてからいっしょにいたおねえさんに不思議そうなかおで「どちらさまですか?」ってきいた。
おねえさんは「見下・七三子です」となのってから、おれとあったことをぜんぶ説明してくれて「猫を飼いたい」っておもってることも伝えてくれた。
ばあばはおさんのお話を真面目にきいてから「ありがとうございます」ってお礼をいってから「家族で検討してみますね」とおねえさんにいっていた。
おねえさんが帰ってからけっこう経って、すっかり夜になってからパパがおうちにかえってきた。
ばあばが作ったごはんを3人で食べながら、今度はばあばがお昼にあったことをパパに話した。
パパはとってもびっくりとしたかおをしてから、やっぱりむずかしそうなかおをした。
「颯太の気持ちはすごくわかるよ。パパもママも実は猫が大好きだから颯太のお願いをできれば聞いてやりたい。だが、いまはママもあかちゃんも大変な時期に猫を近づけるのは少し厳しいんだ……申し訳ないんだけど、その子をかわりにお世話してくれる人を探そう。確かパパの会社に猫を飼いたがってた人がいたから――」
「まあ、いいじゃないの。命をだいじにすることって大切なことよ」
しぶい顔をするパパに口を挟んだのはばあばだった。
ばあばはやさしくおれの頭を撫でて、まっすぐに目を見た。
「ソウちゃんのおうちが落ち着くまで、その子はばあばのおうちで暮らしてもらうってことでいいかしら」
「いいの?」
「ええ。でも、その子を飼いたいって言ったのはソウちゃんだから、ちゃんと最後まで責任を持つこと。ばあばのおうちは近いからお世話しにこられるわよね? あと、新しく生まれてくる妹ちゃんにも優しいおい兄さんでいること。約束できるかしら?」
「うん! おれ、約束するよ!」
おれが元気よくいえば、ばあばは満足げに笑って今度はパパの方を向いてから「それでいいかしら?」と聞いた。
パパは、ばあばに「ありがとう」といって、お顔をくしゃっと泣きそうな顔にしていた。
そんなことがあってからちょっと経って、いもうとが生まれた。
いもうとはずっと入院してて、なんども手術をして大変そうだったけど、パパとママがいうには少しずつよくはなっているみたい。
そうして、春になっておれは小学生になった。あのいじわるな小学生はおれといれかわるようにソツギョーしていったみたいで、正直ちょっとほっとした。
「あ! ハヤタさん! なみこおねえさん!」
小学校からの帰り道。なみこおねえさん達の姿をみつけたおれはかけよった。
おねえさんとは家がごきんじょさんだったみたいであれからも、色んなおはなしをしていたりする。
おねえさん達もすぐに気が付いてくれたみたいでにこっと笑顔をみせてくれた。
「あ、颯太さん。おひさしぶりです。お、小学生になったんですか? 入学おめでとうございます!」
「わん!」
おねえさんはおれが背負っているまあたらしいランドセルに気付いたみたいだ。
黒いランドセルの刺繍はせいぎの赤! ヒーローのあかいろだ!
「うんっ! おねえさん、ハヤタさん、ありがとうっ!」
みせびらかすように一回転してからちゃんとお礼をいった。
りっぱなおにいさんは挨拶を忘れないのだ。
「そういえば、あれから妹さんと猫ちゃん……確か、みーちゃんって名前をつけたんですよね? みーちゃんはどうなりましたか?」
「いもうとはね、しゅじゅつしてるけどよくなってきてるって! みーはばあばの家! いもうとがもう少し大きくなってげんきになったらおうちに連れてきてもいいって!」
「そうですか。よかったですね!」
おねえさんはまるで自分のことのように嬉しそうにしてくれたからおれもうん!って頷いた。
おれはおにいちゃんとしても、正義のヒーローとしてもまだまだ見習いだけど、いつかなみこおねえさんみたいに正しくつよいひとになりたいな!
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